学位論文要旨



No 117934
著者(漢字) デュラン,アーサー バリス
著者(英字) DERUN,Asur Baris
著者(カナ) デュラン,アーサー バリス
標題(和) 閉鎖水域における長周期波振動に関する研究
標題(洋) Study on Long Period Wave Oscillations in Closed Basins
報告番号 117934
報告番号 甲17934
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5392号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 教授 佐藤,慎司
 東京大学 助教授 都司,嘉宣
 東京大学 助教授 楊,大文
内容要旨 要旨を表示する

 輸送施設としての港は、海洋の利用形態の中でも最も重要なものの一つである。港は、海への出入口となる閉鎖水域として定義できる。港には単一の水域からなるものもあれば、多数の連続した水域からなるものもあるが、港内の振動の問題は重要である。なぜならば係留システムに不必要な力を与え、係留システムと船の両方に被害を与えることがあるからである。港の中には、この振動により荷役作業が数日間妨げられるほど深刻な場合もある。

 本論文では、港内の長周期振動について様々な角度から研究を行った。特に、規則波と不規則波の両方によって発生する長周期波の性質を調べた。非線形緩勾配方程式(1994、磯部)によって港内の不規則波によって発生する長周期振動をシミュレートし、港形の長周期振動への影響を研究した。

 実験は、長さ100cmから120cmで幅10cmの模型港湾において波向30°、45°、60°、90°の多方向不規則波の影響を受ける長周期波の性質を調査するために東京大学海岸・沿岸環境研究室の造波水槽を使用して行った。造波水槽は5.6m×8.6mで、1/10と1/20の二種の勾配が接続しており、造波板前の水深は23cmである。実験は単一方向不規則波と多方向不規則波の2通りを用いて行った。波高計を港内外に設置して、長周期波の増幅率を測定した。実験データを用いて、合田(1985)の方法によりFFT解析を施し、既存のコンピュータープログラムでコヒーレンス、位相差、伝達関数を求めた。その結果、低周波数の波は定常波と進行波の両方の性質を持つことがわかった。高周波数では、定常波は見られず、進行波性の波が続いた。そして、波向を変えても、多方向・単一方向の波にしても、この結果が大きく変わることはなかった。さらに、斜面上の矩形港湾に対して、種々の波動理論から得られる結果と、水槽実験の結果との比較検討を行った。長周期波の基本周期を調べる理論としては、改訂メリアン式、線形理論、非線形理論の3種類を使用した。線形理論と非線形理論に対しては類似した結果が得られたが、最も簡単なメリアン式によって得られた結果は、汀線近傍の影響により基本周期の計算値が大きくなった。実験には規則波を用いたが、港内外の振幅比がピークとなる周期は、解析結果と良く一致した。

 港内振動の発生の研究では、回折と反射の影響を考慮することが重要である。このための波動方程式として、緩勾配方程式とブジネスク方程式の両方が使用される。双方ともに3次元問題を、深さ方向に加算平均することによって2次元問題に帰着させる。Liu(1990)によると、1952年にEckartが初めて緩勾配方程式を導いたが、後にBerkhoff(1972)がこれを再び導き、その後は複数の研究者が種々の方法によって導いている。近年のコンピュター技術の発達により、鉛直積分された波動方程式を数値的に解くのは容易になっている。緩勾配方程式は、その理論的仮定にもかかわらず、1/3の勾配まで適用できるとされている。そして、Berkhoff(1972)の緩勾配方程式は分散性を含むが、非線形性を無視している。さらに、それは単一の周波数に対して波動場を確定する。したがって、任意の水深や周波数に適用でき、他のモデルでは適用できない状況にでも使用できるという点で、緩勾配方程式は有利である。

 磯部(1994)による非線形緩勾配方程式をADI法を用いて数値解を求め、平面水槽内での不規則波による長周期波の発生を調べた。用いた不規則波のスペクトルは、 Bretschneider-光易型である。スペクトルの各セグメントの面積の平方根に比例させた振幅の成分波を発生させるが、セグメントの周波数間隔は高周波数側では広く取っている。

 本数値モデルのアルゴリズムは、単純港形と複雑港形両方の計算が行えるようになっている。入射波境界での反射波を防止するために、線境界入射波(Ishii et a1.,1994)とスポンジ層(Larson and Dancy,1983)を用いた。全ての計算において、初期条件は静水状態とし、全ての港内壁面は完全反射とした。このようなモデルにより、斜面の有無に関係なく、港内外での水面変動を計算できるようにした。用いた格子・時間間隔は2種類である。モデル1はxとy軸方向の格子間隔が0.05mであり、時間間隔が0.005sである。モデル2は格子間隔が0.02mで、時間間隔が0.002sである。モデル1はx軸に方向に353格子、モデル2は858格子ある。数値計算の結果、不規則波による強制振動に対しては、長周期波の発生に非線形性が効くことがわかった。

 港湾の設計においては、風や波、地理的な条件、防波堤の種類、将来の拡張など、多くの要素を考慮しなければならない。港形の設計に際しては、港内振動を防ぐために波の反射を最低限に抑える必要がある。一方、岸壁の位置は、建設費を抑えるよう、地理的な特性を生かして行われる。また、港の形状は、長周期波のエネルギーを分散させられるよう、慎重に決定されるべきである。そこで、非線形緩勾配方程式(磯部、1994)に基づいた数値モデルを利用し、港湾の形状が長周期波の発生に及ぼす影響を調べるため、種々の港形に対する長周期波の増幅率を調べた。シミュレーションに際して、水深は一定であるとし、まず、長方形(30cm×150cm)の港湾内(「I」型)での規則的長周期波の応答関数を計算した。モデルでは、格子間隔は0.05cm、時間間隔は0.005秒とした。なお、モデルの理論的検証のためLee(1971)の理論に基づく計算も行った。この理論は港湾と外海を2つの領域に分け、グリーン関数によって表現された境界での解の連続性を用いて数値解を求めるものである。

 既存の矩形の港に新しい矩形水域(50×50cm)を追加接続することによってL型、T型、F型、Y型へと拡張し、増幅率を各港の港奥において計算した。基本モードにおける増幅率を比較することにより、単純な港形より複雑な港形の方が増幅率が小さいという結果を得たことから、複雑な港形の方が長周期波を誘起しにくいことが示された。また、L型港はI型港の類似形として、基本モードを増幅しやすいと考えられる。本研究では海底摩擦を考慮していないが、これは高周波数成分のエネルギー逸散に効果がある。したがって、数値シミュレーションによって得られた結果より、複雑な港形の港では全エネルギーで見ても長周期波振動の発生が抑制されるといえる。

 キーワード:不規則波、規則波、非線形相互作用、湾形、湾内振動、増幅要因、共振

審査要旨 要旨を表示する

 港内における数十秒から数分に至る長周期の波動は、船舶の係留策の破損による係留事故の発生を始めとして、様々な問題を引き起こす外力であるために、これに関する知見を蓄積し、定量的評価に結びつけることは、適切な港形の設計を行う上で重要である。しかし、長周期波の発生に関しては主に波浪の非線形干渉によるものであると考えられることもあって、理論的な解明が遅れているのが現状である。また、港内における長周期波の増幅については、単純な港形に対しては理論的な解明がなされているものの、実際の港湾に見られるような複雑な港形に対して指針となるような知見が得られていない。本論文で主題としているのは、港内のような閉鎖性の水域における長周期波の増幅の問題であり、より適切な港湾の設計に資する知見を得ることを目的としている。

 第1章は序論であり、海岸工学の内容と位置付け、その中での波動の取り扱いを概観した上で、港湾における長周期波振動の重要性について述べるとともに、その理論を簡単に紹介している。その上で、本論文の構成を述べている。

 第2章では港内の長周期振動に関する既往の研究を年代を追って紹介している。まず、長周期波の増幅に関する初期の研究で、ハーバーパラドックスと呼ばれる理論解析での欠陥を紹介した上で、その後の理論的解析の展開を紹介し、任意の港形に対する長周期波振動の線形解析法に至ったことを述べている。さらに、底面摩擦の影響や非線形干渉波による長周期波振動に関する研究を紹介するとともに、実験や現地観測による研究成果についても紹介し、長周期波振動に関する研究の現状をとりまとめた。

 第3章では長周期波に関する基礎的実験とその理論解析について述べている。まず、平面水槽内に設けられた斜面上での幅の狭い港湾模型を対象として、単一方向不規則波および多方向不規則波を作用させた場合の港内の応答をスペクトル解析した。その結果、長周期波側では進行波と重複波の中間的な性質を有すること、および短周期波側では進行波的な性質を有するという結果が得られた。さらに、斜面上における長周期波の諸理論を紹介するとともに、実験を行った結果との比較によって、共振周波数に関して斜面上の線形および非線形長波理論による予測値とよく一致することを示した。

 第4章では本研究で用いる数値モデルを説明している。非線形緩勾配方程式の基礎理論を紹介した上で、その差分式や境界条件・初期条件を説明している。第5章では数値モデルにおいて重要となる吸収性の境界条件について詳細な検討を行っている。その結果、境界からの反射にともなう波高の非一様性が、吸収層に用いるパラメターに大きく依存するという結果となり、その上でパラメターの適切な値を決定することができた。これを用いて、不規則波浪の非線形干渉によって生じる長周期波が幅の狭い港湾において共振する様子が再現された。このモデルにより、当初の目的である、短周期波の非線形干渉によって生じる長周期波が港湾において増幅される現象が解析できるようになった。

 第6章では共振状態における長周期波の増幅率に対する港湾形状の影響について調べている。まず、本研究で開発した数値モデルの妥当性を一様水深上の線形波について、既往の理論に基づく計算結果と比較して検証した。その上で、I型に加え、L型、F型、T型、Y型の港湾形状に対する共振曲線を求めた。その結果、港湾形状が複雑になるほど、第1共振周波数での増幅率が減少することが明らかにされた。そして、より高周波数成分は底面摩擦や側面摩擦などにより減衰しやすいことを考慮すると、複雑な港湾形状にすることが、長周期波の増幅率の抑制に効果的であると結論づけた。

 第7章では以上を取りまとめ、結論と今後の課題を述べている。

 以上のごとく、本論文は港湾内を始めとする閉鎖性水域における長周期波振動に関して、その基礎理論の妥当性を論ずるとともに、この現象を解析するための数値モデルを開発し、それを用いて種々の港湾形状の共振特性を計算することによって、長周期波振動を抑制するための港湾形状について検討を行ったものである。この研究成果は長周期波の発生予測に有効な手段を与え、港湾形状の決定において有用な知見を提供するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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