学位論文要旨



No 117935
著者(漢字) ファン レ ビン
著者(英字) PHAN LE BINH
著者(カナ) ファン レ ビン
標題(和) 通勤者の勤務制度の多様性を取り入れた大都市圏鉄道需要の時刻集中特性予測モデルの開発
標題(洋) Commuter Demand Concentration Model Concerning the Diversity of Working Time System
報告番号 117935
報告番号 甲17935
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5393号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 講師 寺部,慎太郎
内容要旨 要旨を表示する

 首都圏鉄道における朝の通勤混雑状況は近年軽減されつつあるものの,いまだに多くの路線の主要区間においてピーク混雑率が200%を超えており,運輸政策審議会答申第13号(1992年)において長期目標とされている「ピーク時の平均混雑率150%」という水準には程遠い状態が続いている.こうした過度の混雑が通勤・通学者に対して大きな負担を与えてきたことは言うまでもない.

 こうした状況に対して,従来は主として輸送力増強などの供給者側の施策がとられてきた.しかし,近年では用地取得;沿線での環境などの面での問題から,新線建設・線路増設による輸送力の増強は一段と難しい状況になってきている.また,ピーク時の混雑に対応するための過剰な設備投資は,オフピーク時の設備の遊休化を引き起こし,投資の効率性を低下させるといった問題もある.さらに,今後は「フレックスタイム制(以下FT制)・時差通勤制などの新しい勤務形態の普及」,「少子化による生産年齢人口減少」,「事業所の地方分散」といった社会環境の変化が混雑緩和に寄与すると予想されており,「今後も鉄道混雑緩和のための投資は必要なのか?」といった疑問の声も投げかけられている.このような流れの中で,こうした社会環境変化がどの程度混雑緩和に寄与するのか,今後供給者は輸送力増強のためにどれくらいの設備投資をすべきなのか,といったことを定量的に分析できる手法が必要となってきた.

 そこで本研究は,輸送力増強などの供給者側の施策や,フレックスタイム制の普及;生産年齢人口減少などの社会環境の変化が,通勤鉄道の混雑緩和にどの程度寄与するのかを定量的に把握するために,「鉄道需要の時刻集中特性予測モデル」を構築した.このモデルは,鉄道通勤者の出社時刻選択行動を定式化した「出社時刻選択行動サブモデル」と,時間と空間を同時に表現したネットワーク上に鉄道通勤者を配分するための「時空間ネットワーク配分サブモデル」からなり,上記のような供給者側の施策や社会環境変化による混雑緩和効果を定量的に評価することができる.

 「出社時刻選択行動サブモデル」は,ランダム効用理論にもとづき,各通勤者の出社時刻選択行動を定式化したものである.通勤者は出社時刻に対する効用として(1)起床不効用,(2)交通不効用,(3)集団乖離不効用,(4)遅刻不効用,(5)余暇時間減少不効用の5つの項目について考慮しながら出社時刻を選択すると仮定する.平成7年度の大都市交通センサスのデータよりこれらの効用関数をのパラメータを推定した結果,概ね良好な結果が得られ,通勤途中の混雑が通勤者の時刻選択行動に影響していることが確認できた.

 「時空間ネットワーク配分サブモデル」は,鉄道のネットワークに時間軸を加え,時空間ネットワークを形成し,ネットワークのリンクコストに「出社時刻選択行動サブモデル」の結果を用い,通勤者をロジットモデルに従って配分を行った.また,高い操作性を得るため,本研究は複雑な鉄道ネットワークを1本の線路にまとめたことを提案した.

 「鉄道需要の時刻集中特性予測モデル」を実際の首都圏の鉄道ネットワークに適用した結果,概ね良好な現状再現性を瞬時に得ることが出来た.さらに,シナリオ分析の結果,現在事業中の路線がすべて完成し,かつ需要動向を最も楽観的に想定したとしても,「ピーク時の平均混雑率150%」という長期目標を達成するのは困難であり,ピーク時の混雑緩和実現のためにはさらなる新規整備が必要であるうことが示された.実際,2000年2月の運輸政策審議会答申18号でも,将来の東京圏の都市鉄道網について,既設線の有効活用と同時に,一定程度の新たな路線整備が示されているが,こうした政策動向は,本研究で得られた試算結果と整合したものとなっている.無論,こうしたモデルによる評価・予測には限界があり,またこの長期目標値が社会的に最適な水準であるか否かについても更なる議論が必要ではあろうが,今後の鉄道政策を考えていく上でのひとつの有用な示唆が得られたと言える.

審査要旨 要旨を表示する

 日本の大都市圏鉄道における混雑状況は事業者によりラッシュ時の輸送力の増強が進められた結果,混雑緩和傾向にあるものの,東京圏における主要区間のラッシュ時の混雑率平均は,依然として200%近くである.こうした過度の混雑が通勤・通学者に対して大きな負担を与えてきたことは言うまでもない.

 この状況に対して,都市鉄道の整備と時差通勤やフレックスタイム制等によるオフピーク通勤の推進を軸とした混雑緩和策が取られている.まず,都市鉄道の整備においては,輸送力の増強を図る観点から,新線建設,複々線化,列車の長大編成化,運行本数の増加等の施策を推進することとしているが,長期間にわたり膨大な資金を要するため,適切な支援措置を講じつつ,計画的かつ着実に推進していく必要がある.そもそも,ラッシュ時の混雑は,通勤者の出社時刻が短い時間帯に集中していることから発生している.したがって,企業等において時差通勤やフレックスタイム制(FT制)によるオフピーク通勤を推進し,輸送需要をその前後に分散させることで現在の通勤・通学混雑を相当程度緩和することができるものと考えられている.また,そのほかにも「少子化による生産年齢人口の減少」,「事業所の地方分散」といった社会環境の変化も混雑緩和に寄与すると考えられる.これらの社会環境の変化が混雑緩和に及ぼす影響を定量的に分析できる手法が必要となってきた.

 本研究は,輸送力増強などの供給者側の施策や,FT制の普及、生産年齢人口減少などの社会環境の変化が,通勤鉄道の混雑緩和にどの程度寄与するのかを定量的に把握するために,「大都市圏鉄道需要の時刻集中特性予測モデル」を開発した.本モデルは,輸送力の供給を表す鉄道の運行ダイヤ,鉄道通勤需要を表す朝混雑時の駅間OD表,そして鉄道需要の時刻集中を大きく左右すると思われる勤務地での事業開始時刻の分布を入力として,大都市圏の鉄道ネットワークに時間軸を付加した時空間ネットワーク上に利用者配分を行い,各地点での乗車人員の時刻分布,降車人員の時刻分布並びに各区間での混雑率を出力とするモデルである.

 本モデルは鉄道通勤者の出社時刻選択行動を定式化した「出社時刻選択行動サブモデル」と,時間と空間を同時に表現したネットワーク上に鉄道通勤者を配分するための「時空間ネットワーク配分サブモデル」からなっている.

 まず,「出社時刻選択行動サブモデル」は,ランダム効用理論にもとづき,各通勤者の出社時刻選択行動を定式化したものである.各々の通勤者がある時刻に出社する場合,(1)起床不効用,(2)交通不効用,(3)集団乖離不効用,(4)遅刻不効用,(5)余暇時間減少不効用の5つの効用項目を考慮すると仮定した.続いて,通勤者はこれらの5つの効用項目の総和が最大になるように出社時刻を選択すると仮定した.これらの効用関数の関数形は試行錯誤によって設定され,平成7年度の大都市交通センサスのデータを用いてパラメータ推定された.その結果,出社時刻選択サブモデルで通勤者の行動をよく再現することができた.

 次に,「時空間ネットワーク配分サブモデル」では,高い操作性を得るため,本研究は大都市圏の複雑な鉄道ネットワークを1本の線路に集約することを提案した.この集約化は,(1)利用者の経路選択行動は時刻選択行動に影響されない,(2)都市の中心部と郊外部を結ぶ各路線では,都心から同じ距離を離れた断面において,時刻による通過人員の分布,混雑率の分布が同一である,という2つの仮説に基づいた.仮説(1)は大多数の通勤者の定期券での経路が決まっており,経路の変更が少ないことによって裏付けられた.仮説(2)はセンサスデータを用いて妥当性を確認された.続いて,すべての路線が集約化された1本の路線に,都心より一定の間隔で区切られる距離帯の中のすべての駅を集約し,一つの代表駅とした.この際,集約化によって大きく変化するOD表を合理的に変換した.最後に,この1本の路線に時間軸を加え,時空間ネットワークを形成した.ネットワークのリンクコストには「出社時刻選択行動サブモデル」の結果を用い,通勤者をロジットモデルに従って交通量の配分を行った.

 「鉄道需要の時刻集中特性予測モデル」を実際の首都圏の鉄道ネットワークに適用した結果,概ね良好な現状再現性を瞬時に得ることが出来た.集約路線での混雑率も概ね首都圏の混雑状況の平均的な値を示した.次に,クロスデータと近畿圏のデータにモデルを適用したことによって,パラメータの時間・空間的移転性があることを確認できた.

 さらに,2015年を想定し,輸送力の増強,需要の減少,事業所の郊外への分散化などをいくつかのシナリオを想定して混雑率の分析を行った.その結果,現在事業中の路線がすべて完成し,かつ需要動向を最も楽観的に想定したとしても,「ピーク時の平均混雑率150%」という長期目標を達成するのは困難であり,ピーク時の混雑緩和実現のためにはさらなる新規整備が必要であるうことが示された.実際,2000年2月の運輸政策審議会答申18号でも,本研究で得られた試算結果をもとに将来の東京圏の都市鉄道網について,既設線の有効活用と同時に,一定程度の新たな路線整備が示されている.

 また,現段階のFT制通勤者の出社時刻は混雑率のピーク時の前後20〜30分に集中しており,必ずしも通勤混雑の緩和には寄与していない.これは通勤者の集団乖離不効用の影響が大きいためである.例えば自由な時間帯の通勤・勤務が可能な制度が普及した場合,この不効用を減少させることとなり,出勤時刻が大きく分散し混雑率も劇的に減少することがわかった.21世紀は本格的な情報化時代であり,「ライフスタイル」の変動も中長期的な交通需要予測には盛り込まれるべきである.

 無論,こうしたモデルによる評価・予測には限界があり,またこの長期目標値が社会的に最適な水準であるか否かについても更なる議論が必要ではあろうが,今後の鉄道政策を考えていく上でのひとつの有用な示唆が得られたと言える.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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