学位論文要旨



No 117936
著者(漢字) 田中,浩也
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヒロヤ
標題(和) 空間画像ネットワークに基づくWWW上の擬似3次元空間
標題(洋) Pseudo-3D Space based on Networked Spatial Images
報告番号 117936
報告番号 甲17936
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5394号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 有川,正俊
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,WWW(World Wide Web)上に配信されるデジタル写真画像群を位置的に連携して擬似3次元空間を構成し,実風景型の空間データベースとして運用する方法について論じるものである.近年のGIS(Geographic Information System)では,データ収集技術の高度化により,従来よりも多彩なデータを扱うことが可能となってきている.GPSやPHSあるいはジャイロや加速度計等を用いてデータ収集段階から位置属性を付属させる方法,チケット予約データや自動改札データ,コンビニエンスストアのPOSデータ等を解析して事後的に位置を特定する処理技術の研究も進んでいる.そのような自然・社会・人間・経済などの特性を示すデータは,GISの基盤となる幾何データに対して属性データと呼ばれている.

 そのような状況において,WWW上にもまた現実世界の位置と対応付け可能な大量のデータが分散的に蓄積されている.WWW上のデータは,専門家によって収集されたデータだけでなく,一般市民が能動的に配信したものが多く含まれる点がひとつの特徴である.すなわち,日常的かつ主観的な空間データがWWW上には潜在的に多数存在している.なかでも本論文ではデジタル写真画像に注目する.近年,国内ではデジタルカメラの急速な普及にも伴い,一般市民によってデジタル写真画像がWWW上に大量に配信される状況が起こっている.従来GISにおいては,リモートセンシング技術や航空測量によって取得した空中写真が多く扱われてきているが,一般市民が日常的な視点から撮影した風景写真もまた,空間データとしての利用価値を持つものである.風景写真は日常的な視界から捉えた現実世界の忠実な記録であると同時に,一般市民が印象的と判断した場所・瞬間を捉えたものでもあり,関心や興味のある地点を示すデータ,すなわちPOI(Point of Interest)あるいはAOI(Area of Interest)の一形態であるとも解釈できる.

 現在WWW上のデジタル写真画像は,特殊な機器で撮影したものを除いて,ほとんどのものは位置属性を備えていない.そこで,なんらかの事後的な編集によって,デジタル写真画像を位置的に組織化する方策の検討が必要となる.

 そこで本論文では,WWW上に分散しているデジタル画像群の相対的な位置関係を手動で決定していくアプローチをとる.まずデータ連携要素として,「空間ハイパーリンク」(Spatial-Hyperlink)を提案する.空間ハイパーリンクは,2枚の写真画像の位置的な対応関係を,WWW上のリンク情報として記述するためのものである.この提案は,通常のHTML文書で用いられる「ハイパーリンク」を,画像データに対してより高度に適用できるように拡張する意味を持つ.空間ハイパーリンクの導入により,WWWの写真画像群を連携しネットワークを構成することができる.このネットワークを本論文では「空間画像ネットワーク」(Spatial Image Networks)と呼ぶ.次に,空間画像ネットワークを画面上で擬似3次元的に半合成表示するための「空間エフェクト」(Spatial-Effects)という手法を提案する.これにより,空間画像ネットワークを連続的に繋いで閲覧できる状態となる.以上により,WWW上のデジタル写真画像群を連携して,簡易なVR(Virtual Reality)を構成することができる.

 さらに発展的な利用を促すために,「拡張空間ハイパーリンク」(Extended Spatial-Hyperlink)を導入する.これを用いて,デジタル写真画像とWWW上の他のコンテンツ(文字情報・音声情報・ムービーなど)や地図サービスとの連携が図れるようになる.この結果,空間画像ネットワークは,単独のVR空間としてだけでなく,さまざまな空間データを閲覧・管理するための基盤としても運用できるようになる.この場合,空間エフェクトによって実現される擬似3次元空間は,多様なデータ群を位置的に探索するためのGUI(Graphic User Interface)としての位置づけとなる.

 以上は,主に一般市民が自ら写真画像や空間データを編集・配信し,互いに利用することを想定した提案である.逆に専門家の立場を想定するならば,空間画像ネットワークを分析することで,一般市民の興味や関心を調査し,地域計画や意思決定などの参考資料として運用することができる.本論文では,その基礎的な分析手法についても触れる.

 以上の提案手法をもとに,本論文ではプロトタイプシステムSTAMP(Spatio-Temporal Association with Multiple Photographs)の開発を行い,その有効性を検証する.システムの応用はさまざまに考えられるが,本論文では,道案内・観光案内,地域情報のポータルサイト,建築・都市アーカイヴ,教育目的での運用の4点を上げ,その利用実績の分析を行う.

 本論文の提案手法によると,抽象的な地図を基盤とした2次元GISとは異なり,具象的な写真画像を中心とした擬似3次元空間データベースをWWW上に構築できることになる.本論文は空間データの製作者・利用者という両面において一般市民を主たるユーザと考え,デジタル写真画像の位置的・空間的な活用を促進することを第一の目的とするものである。したがって,複雑な編集作業を要する部分は極力回避し,より即効的な有用性を提案の主軸とする.GISは専門家が利用するものとして機能が複雑化してきた経緯もあるが,本論文は,今後空間情報化社会が広く実現することを目指し,一般市民を想定した汎用的なコンピュータ環境についての一知見を与えるものである.

 現状の認識(図上段):現在のところ,一般市民は通常のWEBブラウザを用いてWWW上の多様なコンテンツを閲覧している.

 本論文の提案(図下段):本研究では,WWW上のデジタル写真を位置的に連携する空間画像ネットワークを提案する.これにより,一般市民は擬似3次元的にWWW上のデジタル写真群を閲覧することができるようになる.またWWW上の他のコンテンツや,地図サービスとの連動も行えるようになり,空間情報の広汎な利用が促進される.空間画像ネットワークは最終的にGISとの連携を計ることも可能である.

本論文が目指すコンピュータ環境

審査要旨 要旨を表示する

 地図情報を基本に、現実世界における地物や現象の情報管理を実現し空間思考による知的活動を支援する情報システムとしてGIS(Geographic Information System)が現在普及しつつある。地図は、そもそも現実世界の地物と現象を点・線・面などの基本図形に抽象化し、紙メディアによる流通を背景に発展し確立した1つの体系である。一方、今日、コンピュータとネットワークの発達により、従来の紙と出版などを基本とした専門家向きあるいはマスメディア向きの情報共有の枠組みがダウンサイズ化・個人化されつつあり、今後ますます個人を中心とする情報共有の枠組みが加速化する傾向にあり、多くの分野においてこの点から構造改革が進みつつある。GISの分野でも、現実世界を抽象化した地図だけを空間情報として取り扱うのではなく、現実世界をカメラやセンサなどで取得した現象情報そのものに特定の抽象化をほどこさずに主情報として保存・管理し、それぞれの応用目的ごとに後から加工して利用するという管理形態の重要性が認められるようになった。ISOの地理情報の国際標準でも、観測(observation)という枠組みで情報モデルの体系化が進められている。

 本論文では、観測情報の代表的存在であるデジタル写真を対象に、専門家だけでなく一般市民も含め広範な分野の人々が現実世界の空間情報を表現・管理・利用・分析でき、かつインターネット上で情報共有を実現する新しい枠組みの体系化を行った。また、その意義と有効性を実用面から確認するためにソフトウェアを開発し、さまざまな空間と応用領域に対してコンテンツを作成し、本論文で提案した枠組みの検証を試みた。本論文の相成は以下のとおりである。

 第1章では既往研究を概観し、本研究で扱うべき社会的・技術的課題を示した。本研究は、GIS、WWW(World Wide Web)、VR(Virtual Reality)という3つの学術分野の融合領域に位置するため、第1章ではそれぞれの分野のおおまかな現状を網羅し、本研究の位置づけを明らかにした。第2章では、WWW上にデジタル写真画像をノードとして位置的に結びつけるための「空間ハイパーリンク」の提案を行った。空間ハイパーリンクはHTML(HyperText Markup Language)における通常の「ハイパーリンク」の拡張型として提案した。デジタル写真画像と空間ハイパーリンクによって、「空間画像ネットワーク」が構成される。第3章では、空間画像ネットワークを擬似3次元的に表示するための基本手法である「空間エフェクト」を論じた。空間エフェクトは、従来、空中写真の幾何補正の目的で用いられていた座標変換の手法を基礎として、CGの手法であるワーピングとクロスディゾルブの技術を加えたアニメーションである。第4章では、空間画像ネットワークの一部分を「略地図」のように可視化する方法をまとめた。また、可視化された略地図をもとに特徴量を抽出し、空間画像ネットワークを分析するための基礎的な手法についても論じた。第5章では、空間画像ネットワークを文書・音声・動画など他のデータ形式と連携させる手法を提案した。たとえば、空間画像ネットワークから構成される擬似3次元空間をパーソナルコンピュータのデスクトップの代用として用いる応用などの具体例を示した。第6章では、以上の理論的成果を踏まえて開発した試作システムSTAMP(Spatio-Temporal Association with Multiple Photographs)を示し、システムの実運用性・妥当性を検証した。本システムの応用としては、道案内・観光案内・建築アーカイヴ・仮想美術館制作などが挙げられるが、現時点における利用の実例について紹介した。最後に、第7章にて本論文で得られた知見を総括し、今後の研究課題を述べた。

 本論文は多くの分野と密接に関係しており、それぞれの分野での問題点を考慮した上で、同時に本論文の意義を明らかにしている。関係する分野の例としては、GIS、VR、WWW以外にも、建築設計、情報デザイン、モバイルコンピューティング、利用者インタフェースなどがある。たとえば、GISの分野での意義としては、絶対座標系を基本とする測位地図という画一的な情報を基本にしているために、GISの専門家ではない人が各自の専門領域における多様性のある現実空間を意図したとおりに空間表現する場合に困難な障壁が生じるという問題があった。一方、本論文で提案した枠組みは、写真を使って擬似3次元空間を表現するために、複数の写真を部分的につなぎあわせるという簡単な構造記述だけを提供することにより、空間情報を制作する人にほとんど制約を与えることなく、本来表現したい内容を自由に空間情報として表現できる環境を実現したと見なすことができる。この枠組みは、相対的空間関係を基本とする新しい空間情報システムの提案とも考えられる。つまり、インターネット上の大規模な情報空間であるWWWの実現の基礎として、情報単位間の相対関連記述であるハイパーリンクが重要な役割を果たしており、本論文での提案はこの相対関連記述を現実世界の空間表現のためにデジタル写真向けに拡張している。このように、本論文での提案は、現在のWWWと空間情報システムの親和性を実現している。逆に、本論文での提案の短所は、絶対座標系との対応を持たないために、異なる空間情報を自動的に重ね合わせることができないという点であるが、この短所は本論文の特徴の裏表でもあり、従来のGISの適応範囲を補完する新たな適用範囲の探究の必要性を示す結果にもなっている。この短所を補う機能としては、間接的空間記述により構成された空間画像ネットワークから、略地図などの低い位置精度の絶対座標空間を生成させたり、利用者インタフェースの面から写真中におけるコンテンツの位置管理の操作を分りやすく簡便にするなどの有効な手法の提案がなされている点も大きな貢献と言える。

 本論文で提案した体系に従い実装したソフトウェアは一般公開され、実証実験やワークショップ開催などを通して、この体系の検証を実用面からも十分に行っている。すでに、このソフトウェアを利用した空間コンテンツも増えてきており、ケータイ電話を使ったヒューマンナビゲーションなどの実サービスの実現に向けた共同研究も数社との間で始まっている。マンマシン・インタフェースに関する日本で最も権威のある研究ワークショップである「インタラクティブシステムとソフトウェアに関するワークショップ(WISS2001,主催日本ソフトウェア科学会)」において、本研究は高く評価され最優秀発表賞を受賞している。本論文のいくつかの研究成果は、情報処理学会、建築学会、ヴァーチャルリアリティ学会の3学会の論文誌の論文としても合計4本受理され公表が決定している。本研究の内容は、知的財産として日本および米国での特許としても申請している。このように、本研究では実用面も広く深く考慮したバランスのとれた有効な枠組みの体系化を行っており、着眼点、手法とも大変斬新である。そして、地図を超えたマルチメディア情報までその適用範囲を拡大し、人間系を考慮した新しい空間情報の在り方に対する有望な方向性を明らかにしており、IT化へ進む実社会への貢献も大変大きいと期待される。よって、本論文は博士(工学)の学位要求論文として合格と認められる。

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