学位論文要旨



No 117938
著者(漢字) 川鍋,亜衣子
著者(英字)
著者(カナ) カワナベ,アイコ
標題(和) 木造軸組構法の展開に関する研究
標題(洋)
報告番号 117938
報告番号 甲17938
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5396号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 松村,秀一
内容要旨 要旨を表示する

 木造軸組構法は、国内の新設戸建住宅の約7割で用いられており、その人気は根強い。また、縮小する市場ながら、裾野の広い事業主体によって、多くの意欲的な改良や開発が続けられている。そうした中、現在の木造軸組構法は、30年前とは明らかに異なる様相を見せてきた。これは、多数の新しい技術や材料を近年のごく短期間のうちに開発・導入したこと、他の構法や構造の技術・材料をも受け入れて構築可能な領域を拡げたことなどが影響している。しかしながら、先の兵庫県南部地震で明らかになったように、木造軸組構法は依然多くの問題を抱えている。それは、歴史的に十分な経験をもちながらも発展的に活用せず体系化してこなかったこと、性能のばらつきや工学的な視点の欠如を許容してきたことが原因のひとつである。その結果、高い性能の確保やその検証方法において、他の構法や構造に遅れをとった。さらに、クローズドで近視眼的な開発が、類似の技術や材料を氾濫させている。このことは、適切な構法選択の妨げであるのみならず、構法の過度の多様化を招き、木造軸組構法のありようを混乱させるものである。こうした背景のもと、木造軸組構法の独自性が稀薄になり、存在意義そのものが問われ始めている。その結果、木造軸組構法の収束すべき方向性は何かという本質的な疑問に対する答えが求められている。1そこで、本研究では、木造軸組構法の現状を整理し方向性を見出すべく、次のことを行った。・近年の特徴的な傾向と、具体的な現象を整理した。(第2章)・構法開発の経緯から、その背景・手法・影響を検証した。(第3章)・構法連関のしくみの分析を通して、各要素技術の位置づけと全体の組み立てられかたを解明した。(第4章)・構法の展開の法則を明らかにし、木造軸組構法の方向性を提示した。(第5章)これらの点について、ヒアリング調査や文献から得られた知見に客観的な分析手法を加えて検討したところ、以下のように整理できた。

 木造軸組構法の現状(第2章)平成に入って以後、木造軸組構法は大きく変貌し、1960-70年代に確立した「在来木造」とも、プレカットや構造用合板が普及し始めた1970-80年代のものとも異質なものになってきた。この現象は、1989(平成元)年に開始した「木造住宅合理化システム認定(日本住宅・木材技術センター)」(以下、合理化システム)において顕著であり、ここでみられる傾向や動向は木造軸組構法の近年の特徴をよく表している。そこで、主に合理化システムの分析から、近年の特徴的な傾向と具体的な現象を部位ごとに整理し、木造軸組構法の現状には次のような特徴があるとまとめた。1)木造軸組構法は千差万別であり、伝統構法から派生したことと、木質の柱と梁を主体とすることを共通項として、種々様々な新しい要素技術を受け入れながら変容を続けている。2)今日の木造軸組構法は、要素技術の無数の選択肢と組み合わせによって造り方は多様でありながら、内容的には、予めある程度加工された要素技術の調達・集結として全体を成立させている。3)こうした現状に至ったのは、数万におよぶ事業主体が裾野の広い生産市場を形成し、個々に独自の構法を生みだしたという、木造軸組構法の特殊性に起因している。

 構法開発の手法(第3章)1990年代は木造軸組構法の大きな転換期となった。それは、数多くの新しい要素技術が開発・導入され、構造体に関わる領域にまで変化が及んできたためである。そうしたもののうちいくつかは、既に広く知られるようになり、例えば「金物工法」や「根太レス工法」といった十数年前までは全く馴染みのなかった名称が定着している。また、小規模な生産者や異業種が構法開発に参入するようになり、時宜を得て開始された認定制度等の後押しで、開発が行われるようになってきた。この傾向は現在も続いており、将来的な木造軸組構法は、さらに異なったものを意味するようになる可能性が高い。そこで、構法開発の経緯からその背景・手法。影響を検証し、構法開発には次のような特徴があるとまとめた。1)行政主導の各種の事業や施策は、技術開発の機会を提供したほか、保守的な主産社会に対し、積極的に提案を行っても良いとの機運をもたらした。また、様々な業種に、木造軸組構法を開発の対象として認知させた。2)新しい要素技術が急速に受け入れられえた理由は、社会が成長段階から成熟段階へ移行したことである。つまり、木造軸組構法に求められるものが実際に量から質へ転換し、生産者や消費者の認識が変化したことを意味している。3)類似の技術の乱開発が続けば、種類過多な状態を招き、適切な構法選択を妨げる。こうした問題点に対し、新しい要素技術を正しく評価する方法や、情報の共有と均一性をもちうる体制を整備し、適切な要素技術に一般性を持たせて、種類をある程度収歛させる必要が、今後生じてくると考えられる。4)今後は、木造住宅以外の業種を含む様々な主体によって、木造軸組構法を工学的に確立しなおすための技術が開発の中心になると考えられる。また、他の構法・構造では不可能な架構・意匠を指向したものや、環境問題などの時世に対応した開発が増えると考えられる。そのためには、こうした開発の要求に応えうる技術の蓄積や人材の確保が、いっそう必要になる。

 構法連関のしくみ(第4章)構法の変容は、要素技術どうしの関係(以下、構法連関と言う)に大きく起因する。なぜなら、構法は多数の要素技術の集合体であるために、それぞれの要素技術は単独で決まりうることはなく、全体における整合や要素技術の相互の関係性などを考慮した中で成立するからである。そうした状況では、一部の要素技術に作用した影響は、自ずと周囲にも及ぶ。例えば、特定の要素技術を変更したり導入したりすれば、他の要素技術を誘導・制約などしてその仕様や種類を規定し、その結果、全体構法を大きく変えることさえある。そこで、構法連関のしくみの分析を通して、各要素技術の位置づけと構法全体のしくみを明らかにし、木造軸組構法の組み立てられかたについて、次のように考察した。1)要素技術は、全体構法の主題となる要素技術(以下、主題要素)、全体構法の骨格となる要素技術(以下、骨格要素)、全体構法を支え安定させる要素技術(以下、支持要素)、全体構法に付加される要素技術(以下、付加要素)、の4つのタイプに分けることができる。すなわち、主題要素とは「特殊で採用しにくいが、採用されれば全体構法を著しく変化させる」もの、骨格要素とは「現在の先駆的な木造軸組構法が備えた標準的なもの」、支持要素とは「汎用性の高いものと、あまり用いられないものがあり、いずれも他の要素技術が開発された所産として登場したもの」、付加要素とは「自身の性能や機能の評価次第で、今後も使用され続けうるし排除されうるもの」と言える。2)木造軸組構法のしくみを簡単に言えば、前述の4タイフの要素技術によって、次のように構成されたものと表現できる。すなわち、「主題要素」が中心的な流れをつくり、それに関連した「骨格要素」をさらに始点としていくつかの流れを作っている。そして、骨格要素と相互に相性の良い「支持要素」が用いられて、全体構法がシステムとして安定し完成している。そこに、構法連関とは関わりなく、「付加要素」がオプションとして付け加えられる。付加要素のうち特別なものは、全体構法の主題要素ともなりうる。そして、要素技術どうしの整合や全体のバランスが取れていればその全体構法は普及し、問題があれば消失する。

 木造軸組構法の方向性(第5章)兵庫県南部地震で不利な評価を受けた木造軸組構法は、厳しい社会要請や他の構法・構造との競合に対し、性能の向上を重点的に図り始めた。そのため、他の構法や構造の技術を含め、工学的な視点や根拠をもつ要素技術を積極的に取り入れ始めている。しかし一方で、そうした柔軟さが類似の製品や技術の氾濫を生み、住宅の長寿命他に向けた構法の長期安定や標準化を求める時流とは反対の、めまぐるしい変化をもたらしている。こうした中、生産者は、用いるべき要素技術や構法の将来像を模索し、新しい要素技術への対応に追われている。構法開発によるそうした功罪に対し、木造軸組構法の方向性を見極める必要性は、ますます高まっている。そこで、木造軸組構法の方向性について考察し、木造軸組構法の今後の展開について次のことをまとめた。1)木造軸組構法に必要な構法面の展開は、工学的な裏づけに立脚した技術と材料に置き換えることと、独自性を最大限発揮した明確な構法像と価値を外に示していくことである。2)明確な将来像の見通しのうえで、それぞれの要素技術の現位置を確認し、従来のものとの違いを適切に位置づける必要がある。すなわち、要素技術の検証・評価方法を確立し、長期的に本質的に優れたものへ収束するように、早いうちに誘導すべきである。3)木質構造全体の発展のためには、法規上・社会上別々の扱いとなっている木質の構法を、構造の観点から同じ範疇にとらえ、ひとつの木質構造として扱っていくべきである。以上を総合すると、木造軸組構法について現状を整理し方向性を見出すという目的の論題が、ほぼ遂行できたと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「木造軸組構法の展開に関する研究」と題し、おもに住宅に用いられている木造軸組構法について、ここ十数年間の変化を調査し、その分析に基づいて、今後の展開を論じたもので、6章からなる。

 第1章「序論」では、本研究の背景として、在来構法と呼ばれてきた軸組構法の最近の変化には、少なからぬ混乱が見られることをあげ、その目的が、このような現状を調査・分析することにより、今後の軸組構法の方向性示すことであるとしている。

 第2章「木造軸組構法の現状」では、1989年に開始された「木造住宅合理化システム認定事業」で認定されたシステムをデータとして、近年の特徴的な傾向と具体的な現象を部位(架構、基礎、床組、壁紙、小屋組、接合部)ごとに整理したうえで、次のような特徴があるとしている。

 1)現在における軸組構法は、伝統構法に起源とすることと柱と梁を持つことの2点のみが共通項であり、様々な要素技術を取り込みながら変容を続けていること。

 2)したがってその軸組構法は、要素技術の選択と組み合わせが無数であり得るが、実際にはある程度取捨選択された要素技術の組み合わせで構成されていること。

 3)このような現状がもたらされたのは、数万におよぶ生産事業主体がそれぞれ個々に独自の構法を生み出したという、木造軸組構法の特殊性に起因していること。

 第3章「構法開発の手法」では、構法開発を促す直接的な要因として、行政主導の事業と、他の構法・構造からの技術転用とあげている。前者に関しては、約30件の事業を採り上げ、その稼かでとくに重要なものとして、「ハウス55技術開発提案競技」「いえづくり'85と木造住宅合理化システム認定事業」「新世代木造住宅開発事業と新世代木造住宅供給システム認定事業」「建築基準法の改正」につて経緯を紹介し、これらが新しい構法の開発に積極的な役割を果たしたことを明らかにしている。また後者の転用元に関しては、「ツーバイフォー構法」「木質パネル構法」「ユニット構法」「鉄骨造」「大断面木造」「ティンバーフレーミング」をあげ、これらの要素技術が積極的に軸組構法に採り入れられていることを示している。

 具体的な開発の手法に関しては、「構造用集成材」「樹脂製のねこかいもの」「樹脂製・金属製の束」「根太レス工法」「構造用断熱パネル」「構造金物」をとりあげ、その開発の経緯と今後の視点について述べている。

 また、開発の主体と形式を検討して、後者に関しては「テーマ設定型」「拡張発展型」「個別追求型」に分けることができるとしている。

 さらにこのような構法開発が職能の変化をもたらし、それに応じて旧来の職方(たとえば左官)の仕事が変化したり、新しい職方(たとえばサイディング工)が現れたりしてきていることを明らかにしている。

 第4章「構法連関のしくみ」では、軸組構法において開発された個々の要素技術間の連関を、構造モデリング手法のひとつである階層構造化ISM法(ISM:Interpretive Structural Modeling)を用いて分析している。その結果、要素技術は、全体構法の主題となる要素技術(主題要素、たとえばユニット構法)、全体構法の骨格となる要素技術(骨格要素、たとえば構造用集成材)、全体構法を支え安定させる要素技術(支持要素、たとえば横架材のせいの統合)、全体構法に付加される要素技術(付加要素、たとえば断熱基礎)の、4つのタイプに分類できることを示している。

 また、これらの要素技術は、「主題要素」が中心的な流れをつくり、それに関連した「骨格要素」が採用され、骨格要素と相性のよい「支持要素」が用いられて、ひとつの木造軸組構法を構成することになる。「付加要素」は、オプションとして付け加えられる。

 第5章「木造軸組構法の方向性」では、以上の調査、分析結果を基に今後の方向性について論じたものである。要素技術については、定着しうるもの(根太レス工法など)、普及しうるもの(樹脂製・金属製の束など)、普及しにくいもの(全通し柱方式など)、消滅して行くもの(筋交いなど)に分けられるとしている。

 また、軸組構法の構造としては、ラーメン的なものとダイヤフラム的なものとへの、二つの方向があることを明らかにしている。

 最後に軸組構法の今後の展開として、他の構法との複合化と多層化をあげるとともに、軸組構法の発展のためには、軸組構法固有の存在意義の創出が必要であるとしている。第6章「結論」では、本研究の成果をまとめるとともに、今後の課題を挙げている。

 以上のように、本論文は、木造軸組構法の現状を調査分析することを通じて、その実態を明らかにし、さらに今後の方向を提示したものであり、建築学の発展に寄与するところがきわめて大きい。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク