学位論文要旨



No 117939
著者(漢字) 横山,栄
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,サカエ
標題(和) シミュレーション音場を用いた環境騒音の主観評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 117939
報告番号 甲17939
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5397号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

 環境騒音に関する主観評価については、アンケート調査によるものや実験室実験による検討など、これまで様々な研究が行われてきた。快適な生活環境を実現する上で音環境とそれに対する人間の感覚を物理的に捉えておくことは非常に重要である。現場におけるアンケート調査による評価では、日常的な生活空間における心理的影響を判断できるという点で有利であるが、被験者各々の生活空間における諸物理特性を把握することが困難であり、物理量と心理的影響の対応を探ることは難しい。実験室実験による場合には、実験室における被験者の精神的状況が普段の状態とは異なり、特にアノイアンス評価は難しいと言われるが、物理量の制御を正確に行えるという点で有利である。人がどのような音環境において快適と感じ、またどのような場合に不快と感じるのかを知ることが快適な生活環境を確保するために、さらには快適性をより向上させるためにも非常に重要であり、人間の感覚を物理量により説明できれば非常に理解しやすい。その目的において、実験室実験は非常に有効な手段である。

 本研究では、実験室実験における被験者の精神状態、および音響的実験条件の不自然さを出来る限り排除して評価を行うことを目指し、様々な実際の音環境を実験室内にできるだけ原音場に近いかたちで3次元的に、自然に、かつ正確に再現し、また受聴する際の姿勢についても不自然でない状態で評価を行うために、3次元音場シミュレーションシステムを考案・構築した。また、評価対象として実環境騒音を用いることとした。そのシミュレーション音場において、音の大きさ・やかましさの他、実験室実験による評価が難しいとされるアノイアンス(妨害感)についても、実験音場において日常行為を実際に再現した状況において評価することを試みた。

 第1章では、本研究の背景と目的について概説し、本論文の構成をまとめた。

 第2章では、まず、環境騒音の評価実験のために3次元音場を自然に、かつ正確にシミュレートするために構築し、本研究を通じて評価実験に用いた6チャンネル収音・再生システムの原理について述べた。

 第3章では、最終的に道路交通騒音が及ぼす妨害感に関する定量的結論を得ることを目的とし、沿道住居内に透過する道路交通騒音が及ぼす心理的影響について、音の大きさ、やかましさ、妨害感に関する実験を行った。妨害感評価としては、テレビ・ラジオ聴取に関する妨害感、会話影響、睡眠影響を取り上げ、実際に実験室内で行為を再現した状況で、影響評価を行うことを試みた。ただし、睡眠影響については想定実験とした。また、交通量が異なり、騒音のレベル変動が異なる場合の心理的影響の違いについても検討を加えた。その結果、交通量が著しく異ならない場合には、道路交通騒音が及ぼす心理的影響は、騒音の等価騒音レベル(LAeq)、ラウドネスレベル(LL(Z))、オクターブバンドごとの算術平均値などの聴感物理量との相関がきわめて高い結果であった。ただし、交通量が著しく異なる場合については、騒音の等価騒音レベルが等しい場合にも「やかましさ」の評価は系統的に異なる結果となっており、交通量が多く騒音が定常的な場合の方が、交通量が少ない場合と比較してより「やかましい」と判断されていた。この結果から、交通量が著しく異なる場面においては等価騒音レベルでは心理的影響を評価できない場合もあることが示唆された。また、交通量が著しく異ならない場合の道路交通騒音に対する結果を定量的に見ると、「やかましさ」については"それほどやかましくない"という反応はLAeq42dBに、"多少やかましい"という反応はLAeq50dBに対応する結果であった。また「会話影響」については"それほどじゃまにならない"という反応はLAeq42dB、"多少じゃまになる"という反応はLAeq52dBに対応しており、「テレビ・ラジオ聴取」については"それほどじゃまにならない"という反応はLAeq42dB、"多少じゃまになる"という反応はLAeq51dBに対応する結果であった。概して、道路交通騒音がLAeq50dBを超える場合には、"やかましい"という印象が生じ始め、また、「テレビ・ラジオ聴取」や「会話」など日常的行為に対しても、"じゃまになる"印象が生じ始めることがわかった。

 第4章では、公共空間における音環境の現状を把握するために実測調査を行った。その上で、実環境音を用いたシミュレーション音場において、喧騒感および、音に対する基本的評価量である音の大きさに関する評価実験を行い、その影響を評価するとともに、対応のよい物理量について検討した。さらに、公共空間における騒音の影響として重要な会話影響について、実際に会話する方法および電話を通して会話する方法により評価することを試みた。現場における調査結果から、公共空間については音響的配慮が充分ではない空間が多く、環境音がLAeq70dBを超える場所が多く見られた。また、心理実験の結果から、「喧騒感」、「音の大きさ」、および「会話影響」、「PAアナウンス音聴取」について、ラウドネスレベル(LL(Z))、オクターブバンドごとの算術平均値、騒音レベル(LAeq)、騒音レベルの中央値(L50)などの聴感物理量がよい対応を示すことがわかった。今回検討を行った環境音については、「喧騒感」と「音の大きさ」は非常に相関が高い結果であった。また、「喧騒感」に関する実験から、"多少喧騒感が感じられる"という反応はLAeq64dBに対応しており、LAeq70dBを超える場合には多くの人が"非常に喧騒感が感じられる"と回答していた。さらに、「会話影響」については、会話の要素として「話す」場合、「聞く」場合、「(総合的に)会話する」場合について評価項目を設けて実験を行った結果、「聞く」場合にもっとも環境音の影響を受けやすく、「話す」場合に影響を受けにくいことがわかった。「会話する」という評価項目について結果を見ると、「話す」、「聞く」に対する回答のほぼ中間値となっており、"少しじゃまになる"という反応がLAeq62dBに対応する結果であった。また、LAeq70dBを超える場合には多くの人が"非常にじゃまになる"と回答していた。また、「PAアナウンス音聴取」については、まずPAアナウンス音の適正レベルは周囲の環境音のレベルと高い相関関係にあり、環境音がLAeq60dBの場合には、S/N比+3dB、70dBでは、S/N比0dB程度が適正レベルであることがわかった。さらに、「聞き取りにくさ」の評価についても、環境音のLAeqとの相関が高い傾向が確認され、"少し聞き取りにくい"という反応はLAeq62dBに対応しており、"だいぶ聞き取りにくい"という反応はLAeq67dBに対応することがわかった。概して、公共空間における環境音がLAeq60dBを超える場合には、環境音に対する"喧騒感"が牛し始め、また、「会話」や「PAアナウンス音聴取」についても、環境音がLAeq60dBを超える場合には、"じゃまになる"印象が生じ始めることがわかった。以上の結果より、公共空間については、現在のところ指針値はほとんど示されていないのが現状であり、このような空間について音響的問題が顕在化することは少ないが、実際には非常に喧騒的となっている空間が多いと考えられる。今後、このような空間に対しても、音響的観点から指針を示すことが必要であると言える。

 第5章では、本論文を総括し、今後の課題について述べた。

 本研究においては、環境騒音に対し、その心理的影響について、シミュレーション音場における実験室実験により検討を行った。その結果、物理量と心理的影響の対応関係を確認し、環境騒音が「やかましさ」の印象や、「妨害感」に関する印象に及ぼす心理的影響の程度について定量的結論を得た。本研究で扱った環境騒音は、道路交通騒音、公共空間における環境音など限られた種類ではあったが、実騒音を用いたシミュレーション音場における実験室実験により、可能な範囲で、「音の大きさ」、「やかましさ」、「妨害感」などについて検討を行い、定量的な結論を得た。ここで得た結論は、環境騒音評価における有用な基礎資料となると考えられる。今後は、本手法により、さらに様々な音環境について評価、検討していく。

審査要旨 要旨を表示する

 「シミュレーション音場を用いた環境騒音の主観評価に関する研究」と題するこの論文では、人間に対する種々の環境における騒音の心理的影響を実験的に調べるために、実験室内に現実の音環境をシミュレートするシステムを新たに構築し、それを用いて沿道住居内環境、公共空間を例にとって騒音に対する人間の反応(音の大きさ、やかましさ、妨害感)を調べている。

 まず第1章では、本研究の背景と目的について概説し、本論文の構成を示している。第2章では、まず、環境騒音の評価実験のために3次元音場を自然にかつ正確にシミュレートするために新たに開発した6チャンネル収音・再生システムについて、原理的考察とその音場再現精度に関する実験的検討の結果を述べている。

 第3章では、道路交通騒音が沿道建物の居住者に及ぼす影響を定量的に調べることを目的として、上記の音場シミュレーションシステムを用いて行った心理実験の結果を述べている。内容としては、実際に沿道建物内で収音した道路交通騒音を上記の音場シミュレーションシステムで再生し、道路交通騒音が居住者に及ぼす心理的影響について、音の大きさ、やかましさ、妨害感に関して主観評価実験を行っている。そのうち妨害感に関しては、テレビ・ラジオの聴取時における妨害感、会話影響、睡眠影響を取り上げ、実際に実験室内で行為を再現した状況で影響を調べている。(ただし、睡眠影響については想定実験としている。)その結果、交通量の変化が少ない場合には、道路交通騒音による心理的影響は等価騒音レベル(LAeq)、ラウドネスレベル(LL(Z))、オクターブバンド音圧レベルの算術平均値などの聴感物理量との相関がきわめて高いこと、また、交通量の変化(騒音レベルの時間変動性の違い)については、LAeqによる評価値が同じでも、交通量が多く騒音レベルが定常的な場合の方が交通量が少なく騒音レベルの変動が大きい場合に比べてよりやかましいと判断される傾向一があることなどを明らかにしている。この結果は、現在広く用いられているLAeqだけではこの種の騒音の影響を評価できない場合もあることを示唆している。交通量の多い幹線道路などの騒音についてみると、"多少やかましい"という反応はLAeq50dBで生じること、会話影響については"多少じやまになる"という反応はLAeq52dBで生じること、テレビ・ラジオ聴取については"多少じゃまになる"という反応はLAeq51dBで生じることなどを示しており、概して道路交通騒音がLAeq50dBを超えると"やかましい"という印象が生じ始め、また、テレビ・ラジオ聴取や会話など日常的行為にいうても``じゃまになる"という印象が生じ始めることを明らかにしている。

 第4章では、鉄道の駅、空港施設、商業空間などの公共空間における音環境に関する研究について述べている。まず種々の公共空間で行った実測調査の結果をまとめ、この種の空間における騒音レベル、スペクトル特性、残響時間などの音響物理特性を明らかにしている。この実測調査の際に収音した実騒音を実験室内の6チャンネルシミュレーションシステムで再生し、音の大きさ、喧騒感および会話(対面会話および電話による会話)に対する影響について心理評価実験を行っている。そめ結果、いずれの評価項目に関しても、等価騒音レベル(LAeq)、ラウドネスレベル(LL(Z))、オクターブバンド音圧レベルの算術平均値など、既往の騒音評価尺度と高い相関が見られだとしている。そのうち、喧騒感に関しては、等価騒音レベル65dB程度でこの感覚が生じ始め、70dBを超えると多数の人がかなりの喧騒感を感じること、また会話影響については、等価騒音レベル62dBになるとじゃまになるという感覚が生じ、70dBでは多数の人が妨害感を感じることなどを明らかにしている。

 最後の第5章では、以上の研究結果を取りまとめ、環境騒音の心理的影響に関する今後の課題について述べている。

 以上に述べたように、本研究は騒音問題としてきわめて一般的な道路交通騒音と公共空間における音環境を対象とし、新たに開発した音場シミュレーション手法を適用して人間に対する騒音の影響について実験的な検討を行っており、その結果は今後ますます重要となる環境騒音評価における基準値などの設定に資するものと言える。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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