学位論文要旨



No 117940
著者(漢字) 安,昶憲
著者(英字)
著者(カナ) アン,チャンハン
標題(和) 在宅勤務の視点からの住居計画に関する研究
標題(洋)
報告番号 117940
報告番号 甲17940
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5398号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

 戦後、日本の経済発展を支えて来たと言われる核家族は空間的にLDKという住居形式と共に歩んできたとも言われている。しかし、核家族が進行中である今、住居研究に立ち会っている多くの研究者らはそのLDK住居形式の存続について疑問視している。すなわち、社会は様々な部分から変わりつつあり、それと共に住居形式も変わるべきではないかという声である。筆者もその意見に共感し、在宅勤務者のより豊かな勤務空間を確保していく目的を持って、今までの住居形式及び考え方に対する変化を求めて行きたいと思う。

 在宅勤務の立場から見ると、今までの社会は核家族によって流動性を見せてきたが、情報化の波と共に社会は変わりつつあり、移動の概念による核家族の最小限の住居から固定していく住居に変わるべきであると思う。これは移動によるオフィス勤務から、自宅での固定された在宅勤務を意味することでもあり、さらに、住居空間が社会の周辺を回っているのではなく、住居空間を中心に社会との関係を広げていくことを意味するのである。そのために、住居空間と同様なレベルでの勤務空間計画とその周辺環境に対する計画が必要と思うのが、筆者の本研究を進める上での基本となる考えである。

 本論文は全7章から構成される。

 第1章では、関連する研究の概観を通じて、本研究の背景と目的を明らかにした。

 高度な情報処理・通信のネットワーク化の技術革新を背景に高度化・多様化、個性化する人々の欲求の充足、社会、経済、行政の効率的かつ合理的運営が実現できるという情報化社会を背景に生まれた在宅勤務は職住近接的な生活パタンを再び呼び起こしたのと共に勤務空間の新しい概念を引き寄せたといえよう。しかし、在宅勤務についての研究はその例が少なく、特に勤務空間を支える周辺環境を扱った研究は最も少ない。このような状況から本研究では在宅勤務空間を効率よく使うための要素を探っていくことと共に、勤務時間と生活時間との関係性を示す中間的時間要素として休息時間を取り上げ、生活と在宅勤務の関係性を探り、勤務空間の周辺環境を整理していくことを目的とした。

 第II章では、在宅勤務の位置づけのため、在宅勤務をオフィス空間と住居空間の両面から捉え、両面の歴史や流れを調べて在宅勤務についての理解を深めることを目的とした上、在宅勤務の現状や在宅勤務の効果を企業・社会的な側面と個人的な側面に分けて考察した。さらに、在宅勤務者の社会的関係・家族との関係を心理的変化及びコミュニケーションの変化を通じて考察を行った。

 第III章では、在宅勤務に関連する既存の研究を通じて、在宅勤務空間の一般的考察を在宅勤務空間の要素別考察と勤務空間類型分類に分けて行った上で、本研究で調査・分析を行うための方向性を明らかにすることや妥当性を得る為の研究仮説の設定を行った。

 第IV章では、本研究の調査の内容、調査の経緯と方法について述べた。さらに、在宅勤務者はその特徴上、特別な母集団を持っているケースが少ないことと在宅勤務がコンピュータネットワークの普及を背景とすることから、本研究では調査対象者を探す方法の一つとしてインタネットやメールを用いたため、その時の注意点を4項目に分けて説明を行った。

 第V章では、『在宅勤務の一般的要素分析』と『時間による在宅勤務の分析』の2つに分けて分析を行い項目別に結果をまとめた。

 先ず、『在宅勤務の一般的要素分析』では、対象者の状況を把握するために全般的・勤務的属性を調べた。そして、在宅勤務空間の構成を満足度と比較しながら分析を行い、次のような結果が見られた。「勤務者の属性」として、男性の勤務者は約7割が月20回以上、そして一日8時間以上在宅勤務を行い、勤務時間ではオフィス勤務者のそれと殆ど変わらないことが分かった。女性は月9.6回〜月13.7回、一日3時間〜6時間の勤務を行った。「在宅勤務空間の構成」では、勤務空間類型は専用タイプ・共用タイプ・コーナータイプ・食卓タイプが採択されたが、女性の勤務者は結婚・同居によりタイプを変えることが多く見られることから、家族構成に影響されることが分かった。専用タイプの利用者・希望者が最も多く、空間利用満足度も最も高いことから効率の高い在宅勤務空間であることが分かった。勤務空間の広さは、現状の1.2倍〜1.5倍を希望し、平均的に6畳前後を希望しているのが分かった。デスクの配置を中心としたワークステーションではI字型が最も多く使われていたが、2重I字型が総合的な満足度で最も高く、特に、作業しやすさ・レイアウトの面での満足が目立っていることが分かった。一方、L字型は収納と落ち着きの満足が高いことからコーナータイプでのワークステーションとして適すると思われた。さらに、勤務タイプと空間タイプを比較すると、出勤や出入りなど動きが多い勤務者ほど自分専用の空間が必要とされることが分かった。照明は全般照明と局部照明の調整が可能な場合、満足度が高い傾向であったが、外光はグレアをもたらすために在宅勤務環境としては殆ど無視されているのが分かった。

 次に、『時間による在宅勤務の分析』では時間を分類の軸にした理由や各時間の定義を明らかにした上、各時間に関する分析を行った。

 先ず、「勤務時間に関する分析」では主な勤務空間を離れて住居空間で仕事空間を設ける副勤務空間の場所としてリビングルームが最も多く使われて、リビングルームが生活だけではなく勤務のための多目的空間として利用されているのがわかった。さらに、副勤務空間を利用する理由として、直接的に勤務と関わりを持たない非勤務的要素が多くあげられたことから、在宅勤務者は勤務時間に副勤務空間を通して、生活との関連性を持つことが分かった。項目別には気分転換が副勤務空間の利用の理由として最も多くあげられ、休息時間が勤務時間の延長であることを表した。勤務時間帯については、約30%の勤務者が午前9時以前から勤務を始めたが、午前9〜12時までは88%の勤務者が勤務を行い、規則性を見せたが、午後になるとばらつきが多く、夜遅くまで勤務及び学習を行ったことや勤務時間と勤務時間の間を2時間以上あけている勤務者が65%もいたことから、在宅勤務の時間に対するゆとり性が見られた。「休息時間に関する分析」では、休息と家族との関係から、コーナータイプのように休息時間が少ない、そして休息時間を仕事優先とするケースでも、休息時間に家族との会話が長引く、作業の効率が落ちた経験が最も多く見られて、空間的・時間的な仕切りが必要なことがわかった。休息時間は家事・家族団らんより仕事の効率を優先する「効率1」の勤務者は「非効率1」に比べて、休息時間に勤務空間を離れて飲食・喫煙などをする傾向と場所は問わないが一人でいる傾向が強いが、散歩などの傾向は見られないことから、効率のため勤務空間を離れた1人だけの住居内の空間を必要とするのが分かった。「生活時間に関する分析」では、在宅勤務を始めてから家事・家族世話や家族とのトラブルが増加した勤務者は勤務の効率のため、休息時間に居間などの共用性の強い空間や行動を避ける傾向が強く、規則的な休息時間を過ごそうとするのが分かった。「余暇時間に関する分析」では、在宅勤務を始めてから余暇時間が減少した傾向が強く見られた。休息時間との関係で比較すると、作業空間での休息や時間を決めての休息が余暇時間の増加に深く関わっているのが分かった。さらに、余暇時間には外で過ごしたいと思う勤務者が多く、親戚や友人との付き合いが少なくなった勤務者は近所の付き合いも少なくなった傾向を見せてあり、在宅勤務が対人関係の全般で影響しているのがわかった。男性勤務者は近隣の「自然との触れ合い」「商店利用」「共用施設」との関わりが多くなり、オフィス勤務と比べて地域性が多くなったのが分かった。

 第VI章では、第V章で得られた結果をまとめた上、在宅勤務空間の周辺環境として休息空間の提案を行った。

 最も効率が良い在宅勤務空間タイプは専用タイプであり、ワークステーションとしては2重I字型が適すると思われ、主な勤務空間の類型と考えられると思われる。さらに、勤務での効率上、グレアをもたらす外光は必要とされず、居住空間全体の効率よい配置を考えると勤務空間は採光が良い位置に置かれる必要がないことから、位置の決定要素が明らかになった。

 休息時間が副勤務空間の最も重要な要素として、勤務時間の延長であることと、家族との関係において、休息時間の過ごし方が勤務の効率と密接な関係であることなどが分かった。また、多くの勤務者が在宅勤務を始めてから休暇時間の減少を感じる現状を思うと、作業空間での休息や時間を決めての休息が余暇時間の増加にも深く関わっていることは勤務及び生活を営む上、無視できることではないと思われ、本研究では勤務空間の最も重要な周辺環境として、休息空間を設けることを提案した。さらに、在宅勤務者らから得られた理想的な休息空間の要素を用いて、勤務空間と休息空間の計画の提案を行った。

 第VII章では、第VI章で行った休息空間の提案から生じられるリビングルームの二分化の妥当性について関連文献を通じて考察を行った。

 項目1には家族の個人化によるリビングルームの団らん機能の低下や在宅勤務者による空間の必要性について述べた。項目2には空間の分節化は勤務・休息の効率と密接な関係であることを述べた。項目3には見立て結界について子供との関係性から述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 この論文は、さまざまな勤務形態上の変化を見せている現代社会における在宅勤務者の住居空間内の豊かな勤務空間計画の方策を考察することを目的としている。

 本論文は全7章から構成される。

 第I章では、関連する既往研究の概観を通じて、本研究の背景・位置づけと目的を明らかにしている。

 第II章では、在宅勤務空間をオフィス空間と住居空間とのふたつの要素から捉え、それぞれの歴史や在宅勤務の現状・効果を企業・社会的側面と個人的側面に分けて考察している。さらに、在宅勤務者の社会的関係と家族関係を心理的及びコミュニケーションの変化を通じて考察を打っている。

 第III章では、在宅勤務空間を要素別と勤務空間類型別に分けて、調査・分析を行うための方向性を明らかにするための一般的考察ならびに研究仮説の設定を行っている。

 第IV章では、調査の内容・経緯と方法について述べている。さらに、在宅勤務者の特徴として特別な母集団を持っていることが少ないことと、コンピュータネットワークの普及が在宅勤務の背景になっていることから、調査方法としてインタネットやメールを用いる際の注意点を考察している。

 第V章では、「在宅勤務の一般的要素分析」と「時間による在宅勤務の分析」とのそれぞれについて分析を行った結果をまとめている。

 先ず、前者では、対象者の全般的勤務上の属性、在宅勤務空間の構成を満足度と比較しながら分析を行っている。そして、男性の約7割が月20回以上、一日8時間以上の在宅勤務を行い、勤務時間上はオフィス勤務者とほとんど変わらないこと、また女性は月9.6回〜月13.7回、一日3時間〜6時間の勤務を行っていることを指摘している。勤務空間類型として専用タイプ・共用タイプ・コーナータイプ・食卓タイプに分かれ、女性は結婚・同居によりタイプを変えることが多いことから家族構成に影響されること、専用タイプの利用者・希望者が最も多く、満足度も最も高いこと、勤務空間の広さは、現状の1.2倍〜1.5倍、平均的に6畳間前後の広さを希望していることを指摘している。ワークステーションはデスクのI字型が最も多く、2重I字型が総合的満足度が最も高く、特に作業性・レイアウトの面での満足が目立ち、一方、L字型は収納と落着きの満足が高いことから、コーナータイプワークステーションとして適し、さらに出勤や出入りが頻繁な者ほど自分の専用空間を必要としていることを指摘している。

 次に、後者では時間を分類軸にした理由を明らかにした上で分析を行っている。そして、主勤務空間を離れた副勤務空間の場所として居間が最も多く使われ、さらに、その理由が非勤務的要素であることから、生活との関連は副勤務空間を通し行われることを指摘している。また、約30%の者が午前9時以前から勤務を開始し、午前9〜12時までに88%の者が勤務を行うという規則性が見られたが、午後はさまざまで、夜遅くまでの勤務や2時間以上の休息時間の者が65%に達することを指摘している。

 その他、「休息時間に関する分析」、「生活時間に関する分析」、「余暇時間に関する分析」などを実施している。

 第VI章では、第V章で得られた結果をまとめた上、今回の調査からは最も効率的な在宅勤務空間タイプは専用タイプであり、ワークステーションとしては2重I字型が適するという提案を行っている。

 第VII章では、第W章で行った休息空間の提案から生じられるリビングルームの二分化の妥当性について関連文献を通じて考察を行っている。以上のように、本論文は今日的な課題である在宅勤務の住居内空間を実例分析を通して考察したものである。変化の激しい現代社会において今後ますます増加が予想される勤務形態に対応した環境の在り方について基本的な知見を示し、建築計画学の発展に大きな寄与をしたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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