学位論文要旨



No 117942
著者(漢字) 都,周熙
著者(英字)
著者(カナ) ドー,ジュヒ
標題(和) 室内緑化が温湿度環境と空調負荷へ及ぼす影響に関する研究 : 現場実測及び室内植栽の蒸散作用の計算モデルについて
標題(洋)
報告番号 117942
報告番号 甲17942
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5400号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 助教授 佐久間,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

 都市への急激な人口・業務の集中は、都市の緑の減少をもたらし、それに伴ってヒートアイランド現象などのさまざまな都市公害が発生し、都市環境・生活空間を悪化させてきた。高密度・高地価の都市において緑を新たに増やす試みとして、建築物の屋上やビル・家屋の壁面などの建物外皮緑化と合わせ、アトリウム空間・地下空間・建物内のような室内において緑化を行うケースが増えてきている。そしてこうした建物緑化の頃向は、ミクロ気象の緩和効果・豊かさ安らぎ感の向上などの身近な環境の改善効果、構造物に対する温度変化の影響軽減などの省エネルギー効果、低負荷・循環・共生型への都市環境の改善効果もあることから、今後一層広まるものと思われる。

 ヒートアイランド問題に対する建築物の屋上や壁面の緑化の効果に関する研究は、近年多く行われている一方、室内緑化に関する研究はまだ数少ないのが現状である。しかし、室内での植栽の蒸散は室内温湿度環境と空調の潜熱負荷へ影響を及ぼすため、植栽の蒸散作用の定量的把握と負荷の検討を行うことが重要である。そこで本研究においては、室内植栽の蒸散作用の計算モデルを構築し、そのモデルを組み込んで空調負荷の計算を行うことを目的とする。

 植栽の蒸散作用に関する研究では、蒸散速度を葉の気孔率で推定する方法と、温度・湿度などの環境因子をそのまま使って推定する方法に大きく二つに分かれている。

 気孔率で推定する方法については、野島らのスーパーポロメータによる実測から示した飽差×(光合成有効放射)1/2といった気孔コンダクタンスモデル、小杉らの気孔率を光合成有効放射、飽差、葉温、それぞれの関数で表すJARVISモデル、また、平岡のニューラルネットワークを用いた気孔コンダクタンスモデル化などがあるが、これらのモデルで使われているデータは農学や気象学で取られているもので、農学や気象学で扱わない室内植栽については、データ不足と計測機器を使用しにくいなど難点がある。

 同じく植栽モデルの既存研究でも、都市気候への適用を目的としたSIBモデルやSPACモデルなど農学や気象学で開発されたものが用いられていて、これらは本来、森林や農場などを想定した鉛直1次元モデルであり、室内緑化に使用されている小規模な植栽に適用するのは困難である。

 室内植栽を対象とし、環境因子をそのまま用いて蒸散量を推定している既存研究はいくつかあり、松井らは、室温、風速、日射量(60Wと800W)を環境因子とした実験を行っているが、蒸散速度と風速、日射量との関係が必ずしも明確ではない結果となっている。石野・長嶺・浅海・仁科らの実験では、蒸散量に影響を与える環境因子を明らかにし、環境因子を説明変数とする蒸散量に対する回帰式を作成している。しかし、この実験で対象とした植栽は高さ70cmくらいの小さな観葉植物で、環境因子の一つである照度値をある一定場所のものにしているため、実験室の環境と少しでも違う環境、観葉植物の配置、大きさの差がある場合については検討されていない。

 よって本論文では、まず環境因子を変化させながら植栽の実験を行い、各条件下での蒸散量を計測した。ついで蒸散に最も影響を与える照度に注目し、植栽の樹冠内照度分布まで考慮した照度計算法を構築することで植栽の蒸散作用に関するモデル化を行い、植栽の大きさや葉面積密度の変化に対応して植栽の蒸散量を計算できるようにした最後に、照度計算に基づく蒸散モデルと熱負荷計算を併用することで、植栽の蒸散が空調負荷に与える影響について、あるアトリウムを対象に、シミュレーションによるケーススタディーを行った。

 本論文は、全7章で構成される。

 第1章「序論」では、本研究の背景と目的を述べている。

 第2章「緑化アトリウムの実態調査」では、室内緑化の実態把握をために、建築雑誌において1993年〜1997年に紹介された210個のアトリウムを持っている建物の中で、東京を中心とした緑化されたものを、計25件抽出し、実地調査ならびに文献調査を行った。そして、さらに室内空間における緑化手法についても述べている。アトリウムの形態、緑化された面積、植物の種類・大きさ・数・設置方法などを調査の項目とした結果、アトリウムの形態は中庭型が多く見られ、用いられる樹木の種類はベンジャミンやヤシ類が一般的であることがわかった。

 第3章「緑化アトリウムの現場実測」では、アトリウム内部に設置された植栽が室内温湿度環境や空調負荷に与える影響を定量的に評価することを目的として、東京にある緑化されたアトリウムを有する某ビルにおいて、2000年の夏季に実測を行った結果を報告している。

 アトリウム内に発生する全体の潜熱の計測や、樹木を取り除いた場合との比較などは現実的に困難なので、同一建物における緑化されているアトリウムと緑化されていないアトリウムについて、シャッターの開閉と池の水の有無に関する組み合わせで三つの実測モード下で、アトリウム内の垂直温度湿度分布と、アトリウム内の負荷を処理している代表的な空調機について実測を行い、実態を把握したその結果、緑化されたアトリウムにおいては、緑化されていないアトリウムと比べて、床付近での温度は低い一方で湿度は高くなる傾向が見られ、また池の水がある時には空調負荷の潜熱の害恰が増加することを確認した

 第4章「植栽の蒸散作用に関する室内実験」では、室内緑化を行った際に室内の環境に大きな影響を与えるのは植栽の蒸散作用であり、その蒸散作用は空調の潜熱負荷に影響を与えるためことから、その性状を把握することを目的に行った実験について述べている。まず蒸散量に有意な影響を与える環境因子を確認し、蒸散量のモデル化を検討するために、温度・湿度・照度の三つを主因子とする実験計画法に基づく直交実験を人工環境室で行い、植栽の蒸散量の変化を計測した。その結果を元に、蒸散量を被説明変数、温度・湿度・照度を説明変数とする重回帰分析を行った結果、ベンジャミン大・小ともにいずれもよい相関を見せており、相関係数も0.94〜0.95と良好であったしかし、蒸散量に最も大きな影響を与えるのは照度であるが、ベンジャミン大とベンジャミン小で照度の係数を比較すると0.00109と0.00068で、同一種類の植栽であるにもかかわらず、大きく異なっていた。これは、説明変数の照度が樹冠の上部で計測したものを用いているために、実際にそれぞれの葉にあたる照度はこれと異なっていること、ベンジャミン大が小に比べてその大きさの割に葉の数が少なく、その分だけ葉に光があたりやすいためと思われた。そこで、葉面積密度を考慮した樹冠内照度計算の必要性が明らかになった。

 第5章「樹冠部及び室内照度分布の計算」では4章で必要性が明らかになった室内植栽の照度分布のより正確な分析のため、従来の形態係数を用いる方法では評価が困難な、複雑な形状の物体同士の間でも柔軟な対応が可能であるモンテカルロ理論に基づいた照度分布の計算方法を示した。植栽の樹冠部をモデル化し、樹冠の葉面積密度が決められたら、そのモデル化に従い樹冠空間内に葉がランダムに配置されるようにした構築された照度計算方法の精度を検証するため、第4章で行った人工環境実験室内照度分布実験における実測直と計算値を比較した結果、5%〜8%の誤差範囲に収まり、よく再現できていることが確認された。ついで、第4章での実験データをもとに各照度水準における実験対象植栽の樹冠部照度分布の計算を行い、その計算結果を用いて重回帰分析を行った結果、ベンジャミン大・小の樹冠内葉面積密度に影響されない回帰式が算出でき、蒸散量に関する重回帰式の精度を高めることが出来た。

 第6章「植栽の蒸散を組み込んだ空調負荷計算」では、5章で構築した照度計算法と植栽の蒸散作用に関するモデルを用いて、あるアトリウムを対象に、植栽の蒸散が空調負荷に与える影響を、照度と熱負荷計算を併用することで、シミュレーションによるケーススタディーを行った。熱負荷計算プログラムはGAEAを使用した。植栽がない場合とある場合のアトリウムの顕熱・潜熱空調負荷に関するシミュレーション結果の比較を行った。そして、同じ葉面積の場合は、樹冠部面積が大きくなり、葉面積密度が低くなると蒸散が増え、空調負荷に与える影響も大きくなることを把握した。

 第7章「総括」では、全体のまとめを行うと共に、今後の課題などについて述べている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、室内に置かれる植栽が温熱環境や空調負荷に及ぼす影響について、現場実測、実験室実験、及び、シミュレーションによって明らかにしたものである。

 20世紀の工業・大量消費文明に対する反作用から、21世紀は環境共生や癒しの時代といわれており、建築物においても緑化が盛んに行われている。緑化は、屋上緑化(近年では外壁緑化も研究されているが)と室内緑化に分かれる。屋上緑化はヒートアイランド問題に対する対策としても社会的に認知されており、多くの研究が行われている。一方、室内緑化については、屋上緑化に比べれば研究が少なく、緑化の効果や影響に関する知見はまだそれほど認知されていない。しかし、室内温湿度環境と空調熱負の観点からは、室内植栽が行う蒸散作用は大きな影響因子と考えられる。それゆえ、室内緑化においては、蒸散作用と潜熱負荷を関係づけるような研究が期待される。

 このような背景を踏まえ、本研究においては、室内植栽の蒸散作用の計算モデルを構築し、そのモデルを組み込んで空調負荷の計算を行うことを目的とした。植栽の蒸散作用を推定する方法は、蒸散速度を葉の気孔率で推定する方法と、温度・湿度・照度などの環境因子をそのまま使って推定する方法とに分かれる。本研究は、基本的に後者に立脚して研究を進めている。ただし、研究の途中で、植栽樹冠内の照度分布については、前者で用いられているような詳細なシミュレーションモデルが必要であると半断し、それを導入した。その結果、満足できる諭理性を有する蒸散モデルが構築され、それを空調負荷計算に適用し、植栽の蒸散が空調負荷に与える影響について分析を行った。

 本論文の構成は以下の通りである。

 第1章は序章であり、本研究の背景と目的を述べている。

 第2章では、雑誌・文献調査と現地調査を通じて行った緑化アトリウムの実態調査について紹介がなされている。アトリウムの形態としては中庭型が、植栽樹木の種類としてはベンジャミンやヤシ類が一般的であることが判明した。

 第3章では、緑化されたアトリウムを有する実際の建物において実施された実測調査について報告がなされている。主な調査対象は温湿度環境と空調負荷である。緑化されたアトリウムにおいては、緑化されていないアトリウムと比べて、床付近での温度は低いが、湿度は高くなる傾向が見られたまた、池の水がある時には空調負荷の潜熱の割合が増加することが確認された。

 第4章では植栽の蒸散作用に関して行った室内実験について述べている。植栽の蒸散量は、温度・湿度・照度の三つの因子でもってよく記述さることが確認されたただし、蒸散量に最も大きな影響を与える照度は、植栽(ベンジャミン)の大きさによって、その回帰系数が大きく変化することが判明した。同一種類の植栽であるにもかかわらず、回帰係数が異なる原因は、実際に葉にあたる光の照度が植栽の大きさや葉の数によってかなり異なるためであると、想像された。その結果、葉面積密度を考慮した樹冠内照度計算の必要性が明らかになった。

 第5章では、4章で必要性が明らかになった樹冠内照度分布のシミュレーションについて述べている。このシミュレーションでは、モンテカルロ理論を用いて計算モデルが作成された。その結果、このモデルは、計算結果が5%〜8%の誤差範囲で第4章の実測直と一致し、現象をよく再現できるモデルであることが確認された。また、ベンジャミンの樹冠内葉面積密度に影響されない回帰系数が算出され、蒸散量に関する重回帰式の論理性を高めることができた。

 第6章では、植栽の蒸散を組み込んだ空調負荷シミュレーションを行い、5章で構築した照度シミュレーション法と植栽の蒸散作用に関する計算モデルの応用を試みた。そして、葉面積が同一の条件では、樹冠部面積の大きな低葉面積密度の植栽が蒸散が多く、空調負荷に与える影響が大きくなることを把握した。

 第7章「総括」では、全体のまとめを行うと共に、今後の課題などについて述べている。

 以上、本研究は、近年の新たな課題である室内植栽が室内環境と空調負荷に及ぼす影響について、基本から応用まで包括的に研究を行っており、建築環境工学の発展に寄与するものと考えられる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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