学位論文要旨



No 117943
著者(漢字) バーリー,アンドリュー
著者(英字)
著者(カナ) バーリー,アンドリュー
標題(和) 江戸時代建築図面と地図が語る空間
標題(洋) Folded Space : The Representation of Space in Edo Era Architectural Drawing and Cartography
報告番号 117943
報告番号 甲17943
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5401号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 加藤,道夫
 東京大学 助教授 藤井,恵介
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

 「西洋紙の肌は光線を撥ね返すような趣があるが、奉書や唐紙の肌は、柔らかい初雪の面のように、ふっくらと光線を中へ吸い取る。そうして手ざわりがしなやかであり、折っても畳んでも音を立てない。それは木の葉に触れているのと同じように物静かで、しっとりしている。」

 日本の空間の質の独自性については、過去数十年間にわたり建築家や学者によって、多くの論が展開されてきた。日本の空間は、西洋の三次元的で幾何学的な空間とは根本的に性質が異なり、そのエッセンスを理解しようと「間」、「奥」や「縁」といった概念を用いた解釈が試みられてきた。しかし、空間の認識とはそもそも非常に微妙な文化的、精神的、言語学的な現象に基づいているものであり、日本の空間に関する論述は曖昧で、難解で、時として矛盾を孕んでいることが多い。

 この研究は一つの重要な仮説を前提としている。それは、個人、集団、もしくはある文化における空間の認識は、彼らが描いた空間の表現方法に反映されているとする仮説である。言い換えれば、人間は空間を捉えたのと同じようにそれを描写するということだ。この研究の目的は、今日広く知られる日本の建築空間の質に関する理論が江戸時代の絵画に見られる空間認識によってどの程度まで裏付けられているかということをはかることである。ポイントは二つある。ひとつは、日本の伝統的な製図・描画方法は既存の日本の空間の質に関する理論の裏付けとなるかどうか。もうひとつは、裏付けとなるとすれば、特にどのような質もしくは理論が立証されることになるかということである。

 この研究は二種類の江戸時代の絵画に着目する。ひとつは地図であり大規模な空間的事象を扱う。もうひとつは大工や建築設計者の手による図面である。地図には、多くの場合、地図製作者のランドスケープや都市風景に対する考え方が表れている。西洋の地図は完全で、正確で、整合的な表現をすることを目標としてきた。日本で用いられた表現技法にはランドスケープ上の要素間の関係が大きく歪められている部分がある。特に、街と街の間の地理的関係を示す、交通のネットワークは歪曲されている。地方の地図でいくつもの村の地図を集めたものでは、ひとつひとつの村を「豆」のような形で表現してあり、「豆」同士をつなぐ道路交通のネットワークを無視している例がほとんどである。多くは幹線道路のみを示すに留まり、全く道路が描かれていないものさえある。これに対して、旅行用の地図は当然道路交通のネットワークを強調して描かれているが、ランドスケープの地理的関係は地図のデザインに合うように変形されている。逆説的ではあるが、これら二つの道路交通ネットワークの扱い方(無視、あるいは強調する)は、いずれも村と村の間の関係性を均質化し、地理的な特徴を薄めることになった。皮肉にもここで排除された地理的な詳細情報を伝える目的でこそ地図は理想的な媒体である。しかしながらここでは、空間が単純な鎖状に還元されてしまっている。とはいえ、井上充夫が江戸時代の建築の特質だと述べているのはまさにこの点で、それは位相幾何学的な「行動空間」を規定する「非地理的な空間」の均質な空間的結節点の連鎖であると言う。また、もうひとつの日本の地図における特徴は、建築や山などを絵画的要素として抽象的平面の中に挿入していることである。例えば、山が地図上の重要な位置から見た立面で描かれ、平面の中に「折りたたまれて」いる。この操作によって地図から浮かび上がる単一の絵画的な空間を崩し、複数の場面の集合に分断する。一つ一つの場面にはある視点から眺めた何かが含まれる。このことから、日本の空間認識では「見る人」の、「見られる物」に対する相対的な位置関係が重要であるということがわかる。これは井上が江戸時代の「行動空間」の特徴として定義する連続的な観測という見方に一致する。

 一方、その江戸時代の建築図面を見ると、建築は高度に規制され様式化されていて、世襲制の大工組織の中で木割り術は発展してきたことがわかる。大工の木割り書に書かれている技術を用いることで、図面を何枚も描かなくても建物を建てることが可能であった。板図に描かれたような単純で図式的な平面図と計測機器があれば多くの場合十分であったということである。日本建築に用いられる比較的薄い材料や単純な間取りと繰り返し用いられるモデュールを見れば、平面図の中で用いられている表現システムは非常に抽象的であるということが分かる。

 多くの種類の建築図面は浅い空間の中の二次元の面の集合であると言える。地図については、日本の建築的図面の基本的な性格として折りたたまれていることが浮かびあがる。例えば、垂直方向の絵を水平面に折りたたむことで一つ一つの物体が特定された視点と結びつく。このように一つの図面の中で視点がたくさんあるために、ひとつの絵画的な空間は分解され、いくつかの曖昧な関係性を持つ空間の連なりとなる。これは井上の語るところの位相幾何学的な空間の説明に合致するものである。様式化された建築から個別化された数寄屋への移行は十分に板図から読み取れ、空間の構成方法の変化を伴っていた。起絵図に見られるような組み立て、分解可能な切り抜き図面で構成された模型の建築表現は日本独自のものであるが、この移行は起絵図の描画技法の用い方にも反映されている。

 起絵図の模型は建物の要素の平面性を強調し、日本建築を特徴づける引き戸などの軽量な要素と移動可能な家具に加えて、移動不可能な部分までもが軽量であり、移動可能であるというような印象を生み出す。他の種類の図面に見られる基本的な空間認識はここでも適用されるが、これらは必然的に他の方法で表現されている。地図や建築図面に見られる分解された空間には連続的な観測の位相幾何学的原則が表れているが、起絵図の「つぎはぎの」空間には独立した空間の結節点の位相幾何学的原則が表われている。

 これらの図面の特徴にはどのような日本の空間認識のあり方が表れているであろうか。繋がりを歪めたり、薄い素材を図面の中に折りたたんだり外へ折り出す手法は、全く異なる人々によって描かれた図面や全く異なる種類の空間を描いた図面の中に等しく見られる。この研究では井上充男の位相幾何学的な「行動空間」の提案が江戸時代の特徴であることを文証し、この空間認識がその時代の空間的な現象のより幅広い分野で見られることを示す。さらには、米学者ケビン・ニュートが、「間」という概念の周辺にある神秘主義を排除し、「間」という概念をインターネットの空間になぞらえるような斬新な「間」の解釈を提案した。彼によれば、インターネットは、平板な二次元面上で点のつながりで形成されるネットワークである。二つの地点は「ある地点からある地点まで移動する時間によってのみ」切り離されているように捉えられ、「間に何が横たわっているかはわからない。」ii井上が提案する位相幾何学的な「行動空間」の特徴、「間」のいくつかの重要な様相とこの研究で明らかにされた平面を折りたたむという概念を総合すると、この論文はニュートの空間認識をはっきりと裏付けるものであるということがわかる。谷崎潤一郎、「陰影礼讃」、中公文庫、1975、p.20iiケビン・ニュート、'Ma' and the Japanese sense of Place Revisited:by Way of Cyberspace"、インターネットよりダウンロードp.4

審査要旨 要旨を表示する

 日本の近世建築はモダニズムが標榜する建築と似たところが多いゆえに、内外の論者によって特質が研究されてきた。また、それを支えた空間概念、例えば「間」についてもある種のエキゾチシズムを含みながらも議論されてきた。しかし、これまでの日本の空間に関する理論は曖昧なことが多かったことは否めない。申請者は、「個人、集団、もしくはある文化における空間の認識は、彼らが描いた空間の表現方法に反映されている」・・・「言い換えれば、人間は空間を捉えたのと同じようにそれを描写する」という仮説を前提として、二種類の江戸時代の図像に着目する。それは、地図と建築の図面である。これらの図像は、絵画のように芸術としては見なされてこなかったので、時代精神や地域文化が反映しているものとしては扱われてこなかった。特に建築図面は、実用的図像として機能性の観点から見られることが多かった。申請者は、それらを文化的表象として捉えている。

 最初に近世の地図が考察の対象とされる。地図には地図製作者の自然風景や都市風景に対する考え方が表れているとする。当然のことながら、西洋文化を背景にもつ申請者は、実際の地形との対応において正確で、整合的な表現を目指す西洋の地図の表記法との比較が念頭に置いて、日本の地図の表記法の特徴を分析している。即ち、町と町の間の地理的位置関係を示すはずの交通のネットワークが歪曲されているタイプ、ひとつひとつの集落を「豆(地名を小判型の囲んだもの)」のような形で表現し、「豆」同士をつなぐ道路交通のネットワークを無視しているタイプ、当然道路交通のネットワークを強調して描かれているが、ランドスケープの地理的関係は地図のデザインに合うように変形されている旅行用の地図に見られるタイプなどである。申請者は、これらの日本の近世の地図に共通して見られる、現実の空間関係を無視し単純な場所の連鎖に還元する態度の内に、井上充夫氏が江戸時代の建築の特質として述べている位相幾何学的な「行動空間」との類似性を認めている。申請者はまた、日本の地図の描写の特徴として、建築や山などを絵画的要素として抽象的平面の中に挿入し、しかも地図上の重要な位置から見た立面で描かれていることに着目し、これを、「平面の中に折りたたまれて」いると表現している。これは、「「見る人」の、「見られる物」に対する相対的な位置関係を重要視する態度の表れとしている。

 続いて、近世の建築図面が考察の対象とされる。近世の建設組織では、設計と施工が未分化であり、棟梁が両者を兼ねていたことから、図面表現は一般的に単純であるが、

 「浅い空間の中の二次元の面の集合」という特徴を持っていることを指摘している。地図の表記法で発見された「折り畳み」が、建築図面にも某本的な性格として現れている。例えば、平面図のなかに立面図が同時に描き込まれている、寺院の伽藍の配置図に立面図がバラバラの方向に描かれているなどである。この状況を「一つの図面の中で視点がたくさんあるために、ひとつの絵画的な空間は分解され、いくつかの曖昧な関係性を持つ空間の連なりとなる」と表現している。申請者は、建築図面の考察に続いて、日本の建築模型と図面の両義性をもった、極めて独特である「起こし絵図」について考察している。起こし絵図は、申請者の言う「折り畳み」がそのまま現実化したものである。起こし絵図は近世建築の構成要素の平面性や、その軽量性を強調し、西欧的な感覚では移動不可能な建築までもが軽量で、移動可能であるというような印象をもたらしている。また、起こし絵図の出現は単に建築の設計の道具の改善である以上に近世初期に起こった建築概念の転換と連動したものであるとも指摘している。

 このように申請者は、第1に、これまで実用物として見られてきた地図の表記法と建築図面を文化的表象として再定義し、第二に、別々のものとして見られてきた二つを空間表象として同時に観察することによって、日本の近世の空間概念の輪郭を実証的に示すことに成功している。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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