学位論文要旨



No 117947
著者(漢字) 藤井,賢志
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ケンジ
標題(和) 多層1軸偏心建物の非線形地震応答評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 117947
報告番号 甲17947
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5405号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中埜,良昭
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 高田,毅士
内容要旨 要旨を表示する

 近年において,建築物の性能評価型の耐震設計法ならびに耐震診断法の開発が世界中で進められている。その代表例としては,アメリカでは1996年に発表されたATC-40や1997年に発表されたFEMA273,日本では1998年に改正された建築基準法が挙げられる。これらの性能評価型耐震設計法等においては,想定した地震動に対する建物の非線形応答の評価は最も重要な項目の1つである。このための簡便な手法としては,FEMA273ではNSP(Nonlinear Static Procedure),日本の改正建築基準法では限界耐力計算法に代表されるように,主としてねじれを伴わない整形建物を対象に,これが強震時に単一のモードで振動すると仮定し等価1自由度系に置換して評価する手法が示されている。

 一方,過去の地震では耐震壁の偏在によるねじれ振動が原因で大きな被害が生じたと思われる例が報告されており,偏心を有する建物についてもその耐震性能を整形建物と統一的な概念で評価しうる簡便な手法が必要である。しかしながら,偏心建物については,強震時に高次モードの影響が顕著となり単一の代表的なモードで振動しているとは見なせなくなる可能性がある事,多方向入力の影響が顕著となる可能性がある事,などからこれまでは上記の等価1自由度系による簡便な応答評価手法は適用の対象外とされてきた。また,近年これを多層偏心建物に適用しようとする試みがいくつかなされているものの,その適用条件に関する検討は十分になされていないのが現状である。そこで本研究では,偏心を有する建物を対象とした等価1自由度系による簡便な非線形地震応答評価手法をテーマに,その最も基本がつ重要である1方向地震入力を受ける単層1軸偏心建物および各階の回転慣性が等しく重心が同一鉛直線上にあり,各階の剛性偏心距離・耐力偏心距離および弾力半径が等しいという条件を満足する多層1軸偏心建物(以下では単純に多層1軸偏心建物と記す)に対象を限定し,各構面の最大応答変位に特に着目して、その評価手法の提案およびその適用限界を論じている。

 本論文は本章8章と付録4章から構成されている。以下に,本論文の内容を構成に従って各章毎にまとめて示す。

 第1章「序論」では,偏心建物に対しては等価1自由度系による簡便な非線形地震応答評価手法は適用の対象外とされてきたこと,そして偏心建物の耐震性能を整形建物と統一的に評価するためには,等価1自由度系による応答評価手法の偏心建物への拡張が必要である事を述べた。そして本研究に関連のある既往の研究を紹介し,本論文の構成について述べた。

 第2章「等価1自由度系による応答評価手法の概略」では,前半部で等価1自由度系による非線形応答評価手法の概略を述べ,等価1自由度系の非線形運動方程式を示した。そして後半部では線形振動する単層1軸偏心系を取り上げて,その応答の1次モード成分(以下では1次モード応答と記す)が単層1軸偏心系の応答に与える影響について検討した。その結果として,単層1軸偏心系の1次等価質量の全質量に対する比率(1次等価質量比)は重心に関する弾力半径比の大小と対応すること,および単層1軸偏心系の1次モード形は弾力半径比の大小により並進卓越型と回転卓越型に大別できること,そして単層1軸偏心系の1次等価質量比の値が大きい場合は弾力半径比が1より大きい場合と対応し,かつその1次モード形は並進卓越型となることを示した。この事は,従来から言われている"torsionally stiff building"と,"torsionally flexible building"の違いが1次等価質量比の大小と対応していることを示すものである。そして,1次等価質量比が大きい場合にはその応答は1次モード応答により概ね評価が可能であり,1次モード応答の影響の大小を判断するためには1次等価質量比が有力なパラメータとなりうることを示した。以上の事は,P.Fajfar博士によって既に指摘されている,等価1自由度系による応答評価手法は"torsionally stiff building"に対してのみ適用可能であるという事が,1次等価質量比によって定量的に説明できることを示唆するものである。

 第3章「多層偏心系の非線形地震応答解析手法」では本研究で用いる数値解析手法を整理し定式化した。

 第4章「単層1軸偏心系の等価1自由度系による非線形応答評価」では,直交方向構面の耐力が十分に高く線形挙動すると見なせる単層1軸偏心系を対象として,等価1自由度系による非線形応答の評価の可能性について検討した。その結果として,1次等価質量比が大きい単層1軸偏心系では等価1自由度系により応答評価が可能である一方,1次等価質量比が小さい単層1軸偏心系では1次等価質量比が小さくなるため応答評価は困難である事を示した。また,単層1軸偏心系の等価1自由度系への縮約においてモード形の変動を考慮すべきであることもあわせて示した。本検討においては,弾性時における1次等価質量比が0.8以上であれば概ね良好な推定結果が得られた。

 第5章「多層1軸偏心系の等価1自由度系による非線形応答評価」では,前半部では多層1軸偏心系の1次等価質量比が等価単層1軸偏心系の1次等価質量比と多層無偏心系の1次等価質量比との積で表されることを示し,これを用いて等価単層1軸偏心系への縮約について論じた。そして後半部では4層と7層のせん断型の多層1軸偏心系を対象として,多層1軸偏心系を等価単層1軸偏心系ならびに等価1自由度系に縮約してそれぞれの応答を比較し,縮約の妥当性について検討した。その結果として,単層1軸偏心系の場合と同様に,1次等価質量比が大きい多層1軸偏心系の場合には等価1自由度系による非線形応答の評価が可能である事を示した。本検討では多層1軸偏心系の弾性時における1次等価質量比が0.6以上であれば概ね良好な推定結果が得られた。すなわち,第4章および第5章で得られた結論は,第2章で示唆された1次等価質量比が大きい偏心建物の応答は等価1自由度系により評価可能であるという事を裏付けるものである。

 第6章「単層1軸偏心系の非線形応答評価における直交方向構面の剛性低下の影響」では,直交方向の特性が各構面で全て等しい単層1軸偏心系を用いて直交方向構面の剛性低下の影響を考慮して1次モード形の変動を考慮した静的漸増載荷解析を行い,直交方向構面の剛性低下を考慮した場合において1次モード応答により応答変位分布を評価する事の可能性について検討した。その結果として,直交方向構面の剛性低下が顕著な場合には1次モード応答のみによる評価では重心および剛側溝面の応答変位を過小評価する可能性があること,ならびに線形応答解析で一般的に用いられる各次モード応答の重ね合わせによる方法による応答評価の精度改善は困難である一方で,1次モードと2次モードに相当する外力分布の和(以下では簡略化したモード直和外力と記す)による静的漸増載荷解析を併用する事によりその改善が可能である事を示した。また,等価1自由度系による非線形応答評価法の適用性を判断するためのパラメータとしては,これまでに議論した弾性時の1次等価質量比よりも剛性低下の影響を考慮した等価1自由度系における1次等価質量比の最小値が有効である事を示した。本検討においては,これが0.6以上となるケースについては,等価1自由度系による1次モード応答の結果と簡略化したモード直和外力による静的漸増載荷解析結果とを包絡することにより良好な評価精度が得られた。

 第7章「等価1自由度系による多層1軸偏心建物の非線形地震応答評価手法の提案」では,これまでの検討結果を総合して多層1軸偏心建物の非線形応答評価手法を提案し,解析例を示した。さらにP.Fajfar博士が提案する"N2 method"との相違点について論じ,その応答評価結果と比較した。本研究で提案した非線形地震応答評価手法は,(1)平面骨組の静的漸増載荷解析結果を用いて多層1軸偏心建物をまず等価な単層1軸偏心系に縮約してから等価1自由度系に縮約するため,多層立体骨組の静的漸増載荷解析が不要である,(2)等価単層1軸偏心系において1次モード形の変動を考慮した静的漸増載荷解析と,第6章で論じた簡略化したモード直和外力による静的漸増載荷解析の2種類の異なる静的漸増載荷解析を行うことにより,剛側および柔側溝面ともに変形を概ね良好に評価できる,の2点の特徴を有している事,および"N2 method"では動的解析時に比較してねじれの影響を過小評価する傾向があるのに対して,本応答評価手法では概ね良好に評価でき評価精度が改善される事を示した。

 第8章「結論」では,本研究で行った多層1軸偏心建物の非線形地震応答評価手法に関する解析的検討で得られた知見について総括するとともに,今後に残された検討すべき課題について分類して述べた。

 付録1「せん断型多層無偏心系の非線形応答評価」では,第5章で議論した多層建物から等価1自由度系への縮約について,せん断型多層無偏心系の平面振動を取り上げて検討をした。ここでは,特に等価1自由度系による層間変位の評価精度について議論をおこなった。

 付録2「偏心建物の耐震性能における建物の平面形状の影響」では,本文で提案した多層1軸偏心建物の非線形地震応答評価手法を用いて,2スパン×2スパンの単層1軸偏心建物を例に挙げて偏心による耐震性能の低下に関して議論を行った。

 付録3「多層せん断型偏心系の非線形地震応答解析プログラム"DYNASTY"のマニュアル」および付録4「等価加速度二等価変位関係の3折れ線近似のための算定プログラム」では,本研究で用いた解析プログラムに関する説明を行った。以上により、本研究では,構面方向からの1方向入力を受ける多層1軸偏心建物の各構面の最大応答変位を等価1自由度系により簡便に評価する手法を提案した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「多層1軸偏心建物の非線形地震応答評価手法に関する研究」と題し,1方向地震入力を受ける多層1軸偏心建物の非線形応答評価を目的に,等価1自由度系による簡便な応答推定手法の提案およびその適用限界を論じたものであり,全8章および付録から構成されている.

 第1章「序論」では,本研究に関連する既往の研究事例を紹介するとともに,偏心建物に対する等価1自由度系による簡便な非線形地震応答評価手法は従来その適用対象外とされてきたこと,簡便な手法に基づき偏心建物の耐震性能を整形建物と統一的に評価するためには,等価1自由度系による応答評価手法の偏心建物への拡張が必要であることなど,本論文の位置づけと構成を述べている.

 第2章「等価1自由度系による応答評価手法の概略」では,単層1軸偏心系の線形応答を対象に,その1次モード成分(以下,1次モード応答)が系の応答に与える影響について検討している.その結果,単層1軸偏心系の1次モード形が並進卓越型の場合には1次モード応答により系の応答が概ね推定可能であること,一方1次モード形が回転卓越型の場合には推定困難であること,またこれらの関係を説明するには1次等価質量の全質量に対する比,すなわち1次等価質量比が重要な指標となりうること,などを示している.

 第3章「多層偏心系の非線形地震応答解析手法」では第4章以降で用いる数値解析手法を整理し定式化している.

 第4章「単層1軸偏心系の等価1自由度系による非線形応答評価」では,地震入力に直交する構面を線形と仮定した単層1軸偏心系の非線形応答を対象に,等価1自由度系に基づいた応答の推定可能性について検討し,弾性時の1次等価質量比と等価1自由度系による推定精度との関係を議論している.

 第5章「多層1軸偏心系の等価1自由度系による非線形応答評価」では,まず多層1輔偏心系の1次等価質量比が等価単層1軸偏心系および多層無偏心系それぞれの1次等価質量比の積で表されることを示し,これに基づいて等価単層1軸偏心系への縮約について論じている.ついでせん断系の4層および7層1軸偏心系を対象に,これらを等価単層1軸偏心系ならびに等価1自由度系に縮約してそれぞれの応答を比較し,等価1自由度系による非線形応答の推定可能性,ならびにその推定精度と多層1軸偏心系における弾性時の1次等価質量比との関係を議論している.

 第6章「単層1軸偏心系の非線形応答評価における直交方向構面の剛性低下の影響」では,地震入力に直交する構面の剛性低下とこれによる1次モード形の変動を考慮した変位分布を強制する単層1軸偏心系の静的漸増載荷解析を行い,直交方向構面の剛性低下が顕著な場合には1次モード応答のみによる評価では重心および剛側溝面の応答変位が過小評価される可能性があること,ならびに線形応答解析で一般的に用いられる各次モード応答の重ね合わせによる方法では応答の評価精度の改善は困難である一方で,1次モードと2次モードに相当する外力分布の和(以下,モード直和外力)による静的漸増載荷解析を併用することによりその改善が可能であることを示している.また,等価1自由度系による非線形応答評価手法の適用性を判断するための指標としては,前章までの弾性時の1次等価質量比よりも剛性低下の影響を考慮した1次等価質量比の最小値が有効であることを示している.

 第7章「等価1自由度系による多層1軸偏心建物の非線形地震応答評価手法の提案」では,これまでの検討結果を総合して多層1軸偏心建物の非線形応答評価手法を提案し,その解析例を示している.さらにこの解析結果をP.Fajfar博士が提案するN2 methodによる結果と比較し,N2 methodでは動的解析結果に比較してねじれの影響が過小評価される傾向があるのに対して,本論文で提案した手法では推定精度が改善されることなどを明らかにしている.

 第8章「結論」では,本研究で得られた多層1軸偏心建物の非線形地震応答評価に関する知見を総括するとともに,今後さらに検討すべき課題を整理している.

 付録1〜4では,偏心建物の応答推定精度を議論する際の前提となる無偏心建物の等価1自由度系による推定精度の検討,本研究で用いた解析プログラムの解説などを行っている.

 以上のように,本論文は等価1自由度系による非線形応答評価手法を用いて,従来その適用範囲外とされていた偏心建物を対象に,その複雑な非線形応答を簡便に推定するための手法を理論的に検討し,偏心建物へめ解析対象の拡張を試みるとともにその適用限界を明らかにしたものであり,その成果は耐震工学の発展に寄与するところが極めて高いと考えられる.よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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