学位論文要旨



No 117948
著者(漢字) 前,真之
著者(英字)
著者(カナ) マエ,マサユキ
標題(和) 集合住宅における消費エネルギーの住戸差および日・季節変動要因に関する研究
標題(洋)
報告番号 117948
報告番号 甲17948
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5406号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 佐久間,哲哉
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

 地球環境問題の深刻化に伴い、各分野におけるエネルギー消費の抑制が大きな課題になってきている。わが国におけるエネルギー消費は、産業用途の伸びが近年になり鈍化する一方で、民生部門とりわけ家庭用途が顕著に増加しており、住宅における省エネ推進が緊急の課題となりつつある。

 この問題の解決策の1つとして、燃料電池やガスエンジンなどの熱源から電気・熱を同時に供給することでシステム全体の高効率化を目指す、コージェネレーションシステムの住宅への導入が検討されつつあるが、こうした電熱同時供給型熱源は導入先の電熱需要特性により、効率が大きく変化するため、設計時には電熱需要の正確な事前予測が不可欠となる。しかしながら、従来の住宅におけるエネルギー消費の把握状況および評価方法は、未だに部分的で不十分なものに留まっており、新型熱源導入を十分に支援できていないのが現状である。

 住宅におけるエネルギー消費は、住民の生活の中での機器使用に伴って発生するものであり、地域や季節・住民の家族構成・ライフスタイルなどの影響を強く受ける。エネルギー消費量は、既往研究においては平均化された原単位の形で扱われてきたが、実際には住戸毎に差があり、また同一住戸においても日々異なった挙動を示すことから、それらの要因に対し十分な検討を行うことが極めて重要であると考える。

 本論文においては、住宅、特にスケールメリットから新型熱源導入可能性が高い集合住宅を重点的な対象とし、従来明らかにされていない住宅での複雑なエネルギー消費の実態について、その住戸差をもたらす要因、同一住戸における日々の消費変動要因を、様々な角度から分析した。

 また、住宅におけるエネルギー消費は、暖冷房・給湯給水・照明等と多岐の用途にわたるため、複数用途を同時に計測できた場合にはそれらを融合して扱うようにし、併せて各用途に関して住戸毎の特徴を抽出するように留意した。

 給湯給水に関しては、季節や地域差の影響を受けずに実際の消費を比較できる、湯・水の消費行為ベースでのデータ整理・分析手法を提案している。調査対象も、若年から高齢・単身から5人家族までと多様であり、重要な知見を蓄積することができた。併せて、給湯給水の実測においては水栓ごとの調査が困難な場合が多いことを考慮し、住戸入口1点のみでの計測結果から水栓用途を推定できる、ニューラルネットワークによる用途判定手法も試みている。

 暖房・冷房に関しては、特に使用時間帯に住戸差が顕著に表れることを示し、従来の平均行為者率による扱いを離れて標準的な使用時間体のパターン抽出を行うことより、使用時間帯の差が暖冷房の使用やエネルギー消費に大きな影響をもつことを明らかにした。また、日々の変動に関しては、季節や曜日・天候などの日変動と住民の在宅状況が消費量に与える影響を分析し、個々の要因の度合いを評価した。

 照明等については、消費量の住戸差について家族構成や機器の所有状況の影響が大きいことを示し、また日々の変動には在宅状況の影響が最も大きいことを明らかにした。また全国1500住戸における大規模な調査結果から、地域ごとの消費電力や推定冷房使用状況について分析している。

 全国の住宅における消費エネルギーは極めて広大なテーマであるため、本論文においては、様々な特徴をもつ5つの調査毎に、それぞれ1章を設ける構成とした。各調査においては、多くの住戸を対象としたアンケートや検針値による広域調査と、選定住戸において計測器を設置して詳細な計測を行う詳細調査を必要に応じて併用し、できるだけ広くかつ詳細・正確に負荷の実態が把握できるように配慮した。これらの調査結果はそれ自体が有用であるのみならず、本論文の中で用いた各種の分析方法が、今後の消費エネルギー調査・研究において有効であると確信している。

 章の構成は以下のとおりである。

1章研究の背景と目的

 1章においては、住宅の消費エネルギーに関係する統計資料を整理し、合わせてこの分野での既往研究の流れを概観し、その問題点を検証する中で本研究の方向性を示した。

2章30歳代夫婦+幼児1〜2人世帯の集合住宅における実測調査

 2章においては、兵庫県の若い夫婦+幼児1〜2人が居住する集合住宅における、全用途の詳細な調査結果を扱った。入居家族構成は均質であったため、同一家族構成の住戸間における消費エネルギー差の要因を主に分析することにした。調査方法としては、全住戸に対するアンケート調査と、選定10住戸における詳細な実測調査を併用し、アンケートによる全体傾向の把握・実測によるエネルギー消費の詳細把握からなる2段階での分析により、冷房・暖房・給湯給水・照明等に関するエネルギー消費構造を分析している。また、住民の在宅状況がエネルギー消費に大きな影響をもたらすことが予想されたことから、詳細実測においては給湯給水の使用状況から住民の在宅状況を類推して分析に供した。

 暖冷房に関しては、空調機の使用時間帯のパターン分類を中心に分析し、冷房は在宅していても使用しない時間帯が住戸毎に存在していて多様な使われ方をする一方で、暖房は在宅時常時使用する住戸がほとんどであることを示した。給湯・給水に関しては、湯水の消費行為ベースによる評価を行い、各住戸の特徴を明らかにした。照明等に関しては、生活スタイルや使用家電機器の影響を分析し、妻の勤務状況や特定機器の使用などが有意であり、また日変動要因としては在宅状況の影響が最も大きいことを示した。

3章都心部集合住宅におけるライフスタイルと消費エネルギーに関する調査

 3章においては、東京・大阪の都心部集合住宅におけるアンケート調査から、ライフスタイルと各用途の消費エネルギーの関係を分析している。ライフスタイルに関しては既往研究のように属性ごとに平均化された行動確率から離れ、同一属性内での生活時間のタイプ分類を軸にクラスター分析により検討を加えた。その結果、拘束性が強い外出時間帯の違いが食事や入浴などの生活行動に大きな影響を与えている実態が明らかになり、居住者の生活モデル化の方向性を示すことができた。暖冷房に関しても同様に使用時間帯のタイプ分類を行い、生活時間タイプとの相関が強いことを確認した。消費エネルギーについては、エネルギー種類別検針値からの用途推定を行い、各用途での消費エネルギーが従来知られてきた家族構成等の影響を強く受けることを確認する一方で、生活時間タイプにも強く影響されることを明らかにし、消費エネルギーを考える際には住民のライフスタイルを考慮することが重要であることを示した。

4章都心部集合住宅における給湯・給水消費実態調査

 4章においては、東京の都心部集合住宅22住戸において、台所・浴室・洗面・洗濯・便所の水栓別に計測された給湯・給水の詳細な実測データを扱い、給湯・給水消費の実態を明らかにするとともに、その評価方法構築の基礎的検討を行った。

 実測結果を用途ごとに湯水消費行為の形に整理した上で、その季節変動要因・住戸差要因・日変動要因について詳細に分析を行った結果、給湯熱負荷の季節変動が主に給水温度の変化によること、住戸間の湯水使用の差は主に行為回数に表れることを明らかにし、併せて消費量の日変動や消費行為の流量・温度・継続時間等の分布状況について基礎データを整理した。

 続いて今後の評価手法開発のため、モンテカルロシミュレーションにより日々の消費行為回数分布と消費行為あたり消費量分布の独立性を検討し、両者を独立として扱った場合においても、日消費量の平均・変動の計算値は実際値に極めて近くなることを明らかにした。このことより、日々の消費変動を評価するためには、行為回数の日変化を重点的に扱えばよいであろうと思われる。

 併せて今後の給湯・給水消費の実測結果分析を容易にするため、本データが水栓別に計測されていることを利用しニューラルネットワークによる用途判定を試み、その有効性を確認した。

5章若年・高齢の単身・夫婦世帯における給湯・給水消費量の実測調査

 5章では、若年の単身・夫婦世帯や高齢夫婦世帯を対象に、東京近辺の集合住宅・戸建住宅計7住戸において給湯・給水の実測結果を扱い、今までに十分に調査が行われてこなかったこれらの家族構成の住戸における消費実態を把握した。また、本データは給水・給湯各1点で計測されたもので用途が不明であるため、前章で検証したニューラルネットワークによる用途判定を適応し、用途を推定して分析した。

6章全国の省エネナビ設置住戸における消費電力調査

 6章では、省エネルギーセンターが普及活動を行っている省エネナビによる、全国の戸建・集合住宅約1500戸における電力の計測結果を分析し、電力消費の地域差や年間変動・時刻変動を把握した。さらに夏季については、冷房使用による電力消費の変動から、冷房使用時間帯を推定し、その地域差を検証した。

7章集合住宅における消費エネルギーに関する評価方法

 7章では、上記の調査結果から得た知見に基づき、集合住宅における消費エネルギーの評価手法の基礎的な提案として、集合住宅専有部における消費エネルギー評価プログラムと、循環部挙動の評価プログラムを示している。

8章まとめ全体の総括として、本論文で用いた手法を整理し、得られた知見を総括している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「集合住宅における消費エネルギーの住戸差および日・季節変動要因に関する研究」と題し、集合住宅において各種用途で消費される電気量および熱量の住戸差および日・季節変動要因を分析したものである。わが国におけるエネルギー消費は、産業用途の延びが近年鈍化する一方で、民生部門とりわけ家庭用途での増加が顕著である。この家庭用途での増加を抑制する手法の一つとして、燃料電池・ガスエンジンなどを用い、電気・熱を同時に供給することでシステム全体の高効率化を目指すコージェネレーションシステムが注目されて久しいが、同システムの高効率化を達成する上での鍵を握るといわれる電気・熱の需要予測手法が確立されていない問題が常に指摘されている。論文提出者は、住宅、特にスケールメリットからコージェネレーションシステムの導入可能性が高く、かつ、近年建設戸数が急増している集合住宅を重点的な対象とし、この電気・熱の需要予測手法の確立を最終目的とし、集合住宅における消費エネルギー構造の分析を行っており、論文は、以下の8章よりなる。

 第1章では、住宅での消費エネルギーに関連する統計資料を整理するとともに、関連既往研究を概説し、問題点を指摘した上で、本論文の位置づけを示している。

 第2章では、兵庫県の家族構成が比較的均質で、若い夫婦と幼児1〜2名が居住する集合住宅における全用途のエネルギー消費に関する詳細な実測と、アンケート調査の結果から、電気・冷房・暖房・湯水消費の発生構造を分析しており、当然のことながら、在宅状況に強く影響されること、電気に関しては妻の勤務状況や特定の機器の使用が有意であること、冷房は在宅していても使用しない時間帯が住戸ごとに存在し多様な使われ方をするが、暖房は在宅時常時使用する住戸がほとんどであることなどの結果を示している。さらに、湯・水の消費に関しては、給水のみを消費する水消費行為、給湯の消費が発生している湯消費行為という分け方をした上で、給水のもつ熱量も加えた陽熱量という概念を導入することにより、住戸差・季節変動が分析しやすくなることを示してい。

 第3章では、東京・大阪の都心部集合住宅におけるアンケート調査結果から、ライフスタイルと各用途での消費エネルギーの関係を分析している。ただし、ライフスタイルに関しては、既往研究での平均化された行動確率ではなく、生活時間のタイプ分類を軸に分析を展開しており、検針値から用途分離を行った各用途での消費エネルギーが、従来から知られていた家族構成などの影響を強く受ける一方で、この生活時間タイプにも強く影響されることを明らかにしている。

 第4章では、東京の都心部集合住宅における用途別給湯・給水実測データを、第2章で示された水・湯消費行為および陽熱量の概念などを用い分析し、住戸差要因・季節差要因・日変動要因の観点から詳細に分析している。その上で、日々の消費行為回数分布と消費行為当たりの消費量分布の独立性を検討し、モンテカルロシミュレーションの結果、両者を独立と扱って計算しても、日消費量平均および変動の計算値は実際の値に近似することから、日々の消費変動を評価するには、行為回数の日変化のみを扱うことで可能であることを示している。さらに、住戸入口のみの給湯・給水量の測定データから、ニューラルネットワークを用い、用途別の消費量が高い確度で推定できることを示しており、実測を簡便にする一手法として提案している。

 第5章では、今まで調査例の少ない若年単身世帯、若年夫婦世帯、高齢者夫婦世帯を対象とした給湯・給水の実測を行い、第4章で確立したニューラルネットワークによる手法を駆使し、分析を行っている。

 第6章では、省エネルギーセンターが普及活動を行っている省エネナビの電力計測結果を提供願い、電力消費の地域差や年間変動・時刻変動を分析するとともに、夏季の電力消費の分析から、冷房時間帯を推定し、地域差を検証している。

 第7章では、以上の調査結果から得られた知見に基づき、集合住宅の住戸専用部における消費エネルギーの評価プログラムと、住棟セントラル暖冷房・給湯システムの設計で必要不可欠な循環部での熱挙動評価プログラムを提案している。

 第8章では、以上で得られた知見を総括するとともに、今後の課題を示している。

 以上を要約するに、本論文は、住宅における各種用途で消費される電気・熱エネルギーに関して、多くの実測、アンケート調査を行って得られたデータに、既往の実測データ、さらには他研究機関から提供願ったデータを加えた膨大なデータを基に、集合住宅における消費エネルギーの住戸差および日・季節変動要因の観点から消費構造を詳細に解析し、各種用途での消費エネルギーに関する資料を整備するとともに、湯・水の消費を分析する新たな考え方、給湯・給水などの住戸入口のみでの測定から用途別消費量を推定する手法を提案し、さらには、極めて多種・多様な人が住む集合住宅の消費エネルギーを評価する手法を提案したものである。

 従来、標準的な家族構成、ライフスタイルの居住者が住むとして計画され、種々問題が指摘されてきた集合住宅の設備設計、特に、今後省エネの観点から導入が促進されるであろうコージェネレーションシステムの設計において、本論文で示された諸費エネルギーの評価手法は極めて有益であり、建築設備分野の発展に寄与するところが極めて大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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