学位論文要旨



No 117949
著者(漢字) 丸山,一平
著者(英字)
著者(カナ) マルヤマ,イッペイ
標題(和) マイクロメカニックスに基づくコンクリートの時間依存特性
標題(洋)
報告番号 117949
報告番号 甲17949
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5407号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 菅原進一
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 岸,利治
内容要旨 要旨を表示する

 近年の地球環境保存の立場から見た場合,建築業界のインパクトは非常に大きい.産業規模も大きく多くの資源を利用しているからである.建築業界から環境負荷を減らすためのスタンスはいくつかあるが,その中でも建築物の耐久性向上を目指す動きは重要である.つまり,建築物寿命の延命を行うことは,環境負荷の低減に大きく貢献する.また,一般的な建築物の寿命名考えた場合、鉄筋コンクリート構造物で38年、鉄骨構造物で29年、木造住宅で40年と欧米諸国の構造物平均寿命の1/3ほどしかなく,消費者の立場からみても建築物の長寿命化は望まれた動きである.

 また,建築物は今まで,仕様設計手法をとってきており,建築物のあるべき性能に対して合目的的に設計されてきてはいない部分がある.実際には,建築物としてどのような性能を持つべきかということも明確に指し示す言葉を有していない部分さえある.このような現状は,欠陥住宅問題,ひいては紛争問題解決までの時間長期化といった問題を生じさせ,消費者も建築物の抱える問題に目を向けるようになってきている.

 一方で建築物を構成するコンクリートは,生産者側にはひび割れのリスクを持つことが認識されているが消費者にはそのリスクの認識が少ない.さらにそのリスクを制御する手法が構築されていないばかりか,そのメカニズムも完全に把握された状態には無い.このひび割れ現象は,建築物の美観劣化・漏水・鉄筋の腐食による構造耐力といった問題を生じさせるため,早急に制御が望まれている.

 このような背景を受け,本研究では,これらのメカニズム究明とモデル化を目的として,セメントの水和反応に基づき,収縮挙動・応力緩和挙動をモデル化した上で,拘束条件下における応力発現を追随可能なモデルを作成することを目的とした.

 本研究は二つの流れによって構成されている.一つは水和反応に基づくコンクリート挙動のモデル化.この研究は2章から5章に相当する.もう一つは,ひび割れ現象を把握するために,コンクリートの実部材を理想化した状態でシミュレートできる試験機の開発である.この研究は主に6章に相当する.

 第2章では,友澤による水和反応モデルを基礎に,粒子間の相互依存性を空間制限モデルという形でモデル内に実装する一方,さらに粒度分布の考慮を行うことでより現実に即した形の水和反応モデルであるC-CBM(Computational Cement Based Material)モデルを開発した.

 粒子間の相互依存性は,理想化された球体のセメント粒子が水セメント比に応じて同一比の水量を保有するとの仮定から,立方体の中で膨張する球体としてセメントの水和反応をモデル化した.このモデルにおいては,セメント粒子が複雑な形状を構成するため,数値計算により非常に精度の高い近似式を立式することでモデル化を行った.

 粒度分布に関しては,多くのセメント水和反応モデルで利用されているようにRosin-Rammler式を用いて近似を行い,数値計算では離散化して取り扱うことによってC-CBMに実装を行った.

 これらの実現象を反映した水和反応モデルは,水和発熱実験の結果との対比により矛盾の無い,普遍性の高いパラメータを決定することができ,その結果あらゆる粒度およびセメントの組成に関してかなりの精度で水和発熱曲線を予測することが可能となった.

 第3章では水和により硬化しつつあるセメントペーストに関して力学的性質である強度と弾性係数に関して予測できるモデルをC-CBMに実装した.この予測モデルは強度と弾性係数がセメントペースト中の空隙量に依存する経験的側面が粒子同士の接触具合を意味する接触面積と表裏一体であることを示し,モデルに実装した.

 第4章では水分挙動に基づくセメントペーストの収縮のモデル化を試みた.粒度の異なるセメント粒子が,水と反応し水和生成物を生成する過程で,セメント粒子間には毛管空隙がつくられ,水和生成物内にはゲル空隙が生じる.このうち,毛管空隙分布はセメントペースト内の水分の熱力学的状況を決定するのに重要な役割を果たすことを,モデルを通じて示した.

 この水和過程における空隙分布の変化と水和によって消費される水分量との調和から,セメントペースト系内の相対湿度が決定される.この系内の相対湿度はセメントペースト内における水分の熱力学的ポテンシャルの代表値ともいうべきものである.この相対湿度は,空隙分布・水分・温度・凝縮水の表面張力から仮定される凝縮水と吸着水の総量のバランスによって導出できることを示し,C-CBMに実装した.また,凝縮水の持つ化学ポテンシャルに基づきセメント硬化体が収縮することを,毛管空隙理論を仮定し,C-CBMに実装した.

 第5章では,クリープ現象がどのようなメカニズムで起こっているのかという仮説の提案と若材齢時のクリープ現象を水和反応モデルに基づいてモデル化を行った.まず,近年定式化された非平衡熱力学の概念を用いて,圧縮クリープにおける支配的なメカニズムが表面拡散する水分であることを示した.この理論を簡略に説明すると,水和生成物を応力下においた場合,微視的にみると不均質な応力分布が起こる.この応力の不均質さに基づいて,応力を受けている部分の物質の化学ポテンシャルにばらつきが生じる.この差は物質の移動の起動力となる.セメントペースト中では,応力を負担できる物理吸着水・化学吸着水がまず移動の対象となり得ることから,このような水の移動を仮定し,水和生成物の大きさに基づいて水分移動距離の概算を立て,量的検証をしたところ,既往の研究と同じ量のクリープ速度であるとの結果が得られた.

 次に,近年活発になってきた引張クリープの研究を圧縮クリープとの差異の観点からまとめ,引張クリープが圧縮クリープと異なるメカニズムに支配されている可能性を示した.この可能性を踏まえ,拘束応力下におけるセメントペーストの結合水量を測定した結果,引張クリープ下で結合水量が増大する結果が得られた.この結果から解釈できる一つの現象として,引張応力下で活性化されたSi-O結合基に対して水分の接触を受けると,S-0結合が破断し,シラノール基に変化する仮説を示した.この仮説に基づき,水の攻撃によるSi-0結合の破断によって変形が生じるとすると,クリープ現象と結合水量の増大が矛盾無く説明できる.これらの仮説を元に,線形破壊力学を引用して引張クリープの工学式を提案した.

 若材齢コンクリートのクリープに関してもモデル化を行った.ここではクリープ現象が水和生成物た固有な現象であるとの仮定を立て,新規に生成される水和生成物とすでに生成されており,応力を負担している水和生成物との間における応力の再分配をモデル化することで非常によい精度で若材齢コンクリートのクリープ現象もシミュレートすることを示した.また,応力の再分配に関しては,若材齢の圧縮リカバリークリープ試験を行うことで,定性的な現象から裏付けを行った.

 第6章では,高強度コンクリートにおいてひび割れ危険性の高い若材齢において実験を行うとともに,より理解のしやすいデータを取得可能な汎用性の高いVRTMの開発を行った.

 まず,完全拘束状態を模擬できるTSTMを用いて,異なる温度,異なる調合において自己収縮とその自己収縮応力を測定した.自己収縮は温度上昇とともに大きくなるといった一律な性質を示さないことが実験によってえられた.これを説明可能な理由としては,温度依存する高性能AE減水剤による表面張力の低下,水和反応に基づく空隙構造の変化といったことが考えられる.

 自己収縮応力は自己収縮と異なり,温度の上昇とともに大きくなる傾向が得られ,特に30℃以上の比較的温度の高い領域では材齢3日以内に破断する現象が頻繁に見られた.

 これらの現象を時間毎に把握しやすい形で材料データを得るために,VRTM(Variable Restraint Testing Machine)を開発した。VRTMは離散化した形のモータ・トランス型のTSTMをべースとし,新たな制御フローによって試験を行うものである.この試験機によって,コンクリート構造中の任意の部材挙動を理想化してシミュレートすることができる.本研究では,この試験機によって有用なデータが得られることが示された.

 第7章では,第2章から第5章までに開発されたC-CBMによって若材齢の自己収縮応力がどの程度予測できるかの検証を行った.

 自己収縮応力挙動に際しては,クリープの温度依存性のモデル化を行った.ここでは,水の表面拡散速度における温度依存性の活性化エネルギー,および化学ポテンシャルによる温度の影響を考慮すると,既存の研究におけるクリープの活性化エネルギーの20[kJ/mol]の値に非常に近い値になることを示し,また引張クリープに関しては,同様な活性化エネルギーを持つものと仮定した.

 これらのクリープモデルを水和生成物固有の特徴として,第5章でおこなった若材齢クリープのモデルを用いて,自己収縮応力をC-CBMによって算出した.その結果,実験値に近い値を示した.

 本研究では,セメントの水和反応という微視的視点から,コンクリート全体の挙動を予測するモデルを構築し,成功を収めたと考えられる.また,コンクリートのひび割れ問題に関して,材料性能を特定するため,実部材を模擬できるVRTMを開発し,有用なデータを取得できることも示した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「マイクロメカニクスに基づくコンクリートの時間依存特性」と題したものであり、コンクリート造建築物の美観劣化、漏水、鉄筋の腐食による構造耐力といった問題を生じさせる原因となるコンクリートのひび割れの発生抑制に資する解析技術を開発することを目的として、セメントの水和反応に基づき、収縮挙動・応力緩和挙動をモデル化した上で、拘束条件下における応力発現を追随可能なコンクリートの時間依存特性予測モデルを開発したものである。

 本研究は、大きくは二つの流れで構成されている。一つは水和反応に基づくコンクリート挙動のモデル化であり、第2章から第5章に相当する。もう一つは、実構造物中でのコンクリートのひび割れ現象の把握を可能とする試験機の開発であり、第6章に相当する。

 第2章では、友澤による水和反応モデルを基に、粒子間の相互依存性を空間制限モデルという形で実装する一方、粒度分布の考慮を行うことでより現実に即した形の水和反応モデルであるC-CBM(Computational Cement Based Material)の開発がなされた。C-CBMでは、水和発熱実験に基づき普遍性の高いパラメータが決定され、あらゆる粒度およびセメントの組成に関して実用上十分な精度で水和発熱曲線の予測を可能とした。

 第3章では、水和により硬化しつつあるセメントペーストについて、強度と弾性係数がセメントペースト中の空隙量に依存するという経験則は、粒子同士の接触具合を意味する接触面積と表裏一体であることを示し、強度と弾性係数を予測できるモデルをC-CBMに実装している。

 第4章では、セメントペースト内の相対湿度が、空隙分布、水分、温度および凝縮水の表面張力から仮定される凝縮水と吸着水の総量のバランスによって導出できることをした上でモデル化し、C-CBMに実装するとともに、凝縮水の持つ化学ポテンシャルに基づきセメント硬化体が収縮する現象を毛管空隙理論に基づきモデル化し、C-CBMに実装している。また、モデル化を通じて、毛管空隙分布は、セメントペースト内の水分の熱力学的状況を決定するのに重要な役割を果たすことを明らかにした。

 第5章では、コンクリートのクリープに関して、メカニズムに対する仮説の提案とモデル化がなされている。すなわち、非平衡熱力学の概念を用いて圧縮クリープにおける支配的なメカニズムが表面拡散する水分であることを示すとともに、引張クリープが圧縮クリープと異なるメカニズムに支配されている可能性を示し、線形破壊力学に立脚して引張クリープの予測式が提案されている。また、若材齢コンクリートのクリープに関しては、現象が水和生成物に固有の現象であるとの仮定を立て、新規生成水和生成物と既成水和物の間における応力再分配をモデル化することで、若材齢コンクリートのクリープ現象を精度良く予測できることを示した。

 第6章では、実構造物の拘束状態を模擬できる試験機の開発を行うとともに、それを用いて高強度コンクリートの拘束状態でのひび割れ発生に関する実験を行い、高強度コンクリートの若材齢時のひび割れ挙動に関して新たな知見を得ている。すなわち、完全拘束状態を模擬できる試験機を用いて、異なる温度・調合において自己収縮ひずみと自己収縮応力が測定され、自己収縮は温度上昇とともに大きくなるといった一律な性質を示さないこと、自己収縮応力は温度の上昇とともに大きくなり、特に30℃以上の比較的高温領域では材齢3日以内にひび割れが発生する場合があることを示している。

 第7章では、第2章から第5章で開発されたC-CBMによって若材齢の自己収縮応力がどの程度予測できるかの検証がなされている。自己収縮応力挙動に際しては、水の表面拡散速度における温度依存性の活性化エネルギーおよび化学ポテンシャルによる温度の影響を考慮することにより、クリープの温度依存性のモデル化がなされており、自己収縮応力をC-CBMによって算出した結果、実験値に近い自己収縮応力を予測できることが示されている。

 本論文は、セメントの水和反応という微視的視点からコンクリート全体の挙動を予測するモデルを構築したものであり、そのアプローチは見事な成功を収めたと考えられる。また、実コンクリート部材の拘束状態を模擬できる可変拘束試験機を開発し、コンクリートのひび割れ問題を解決するのに有用な材料性能の取得を可能としたものであり、コンクリート工学の発展に大きく寄与するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論として合格と認められる。

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