学位論文要旨



No 117957
著者(漢字) タヌッタマヴォン モントン
著者(英字) Thanuttamavong Monthon
著者(カナ) タヌッタマヴォン モントン
標題(和) 超低圧ナノ濾過を用いた河川水の浄水処理
標題(洋) Ultra Low Pressure Nanofiltration of River Water for Drinking Water Treatment
報告番号 117957
報告番号 甲17957
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5415号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 国包,章一
 東京大学 助教授 福士,謙介
 東京大学 講師 中島,典之
 東京大学 講師 片山,浩之
内容要旨 要旨を表示する

 20世紀以来、浄水処理においては、主に外観の向上、粒子除去、病原菌の不活性化に重点が置かれてきた。しかし、今世紀末、消毒副産物及びCryptosporidium oocystsのような消毒抵抗病原菌による健康への逆効果が知られて、従来の浄水処理システムに対する信頼に深刻な影響を及ぼしている。膜濾過は、消毒副産物の生成無しに微生物を効果的に除去できる有望な技術である。

 近年、ナノ濾過(NF)膜は、工業用途のみならず、浄水及び排水処理分野においてもよく使用されている。ナノ濾過膜は対象溶質を低圧下で、かつより高いフラックスで目標の処理率まで除去でき、多くの場合、ナノ濾過処理は高圧逆浸透(RO)法よりも低施設費及び低運転費で運転することが可能である。更に、原水水質の悪化がより深刻になってきて、精密濾過(MF)や限外濾過(UF)のような代表的な膜濾過処理では、厳しい浄水水質基準を達成することが難しく、消毒副産物の微量前駆物質や、内分泌撹乱物質(環境ホルモン)のような有害物質の危険を取り除けない可能性もある。

 多種多様なナノ濾過膜を用いた河川水の浄水処理への適用のみならず、無機・有機汚染物質の移動現象のメカニズム究明に注目することも価値がある。超低圧ナノ濾過処理における表流水中の溶質除去に関して定量的な解析を行うためには、膜を通過する対象溶質の幾何学的形状の差異などの因子について検討することが必要である。従って、本研究では、対象溶質の有効サイズに着目し、超低圧ナノ濾過の数理モデル化を行った。

 本研究では、多摩川下流において、ベンチスケールのナノ濾過装置を4ヶ月間、0.1MPaの超低圧下で連続運転した。多様なナノ濾過膜を利用し、濾過水のフラックスや、多摩川河川水中の有機及び無機汚染物質の阻止率などといった運転特性の観測を行った。長期運転期間における多摩川原水中の溶存有機物質及び無機塩類の濃度はそれぞれ1.8mg/Lと2.9mg/Lであった。また、多摩川原水に関して、THMFP(トリハロメタン生成能)とUVA254(254nmにおける紫外線吸光度)との間の線形関係が明らかになった。

 超低圧(0.15MPa)ナノ濾過の長期運転(4ヶ月間)において、濾過水フラックスは、どの膜を用いた場合についても、初期段階で急速に減少したのち安定化した。さらに、精密濾過膜による前処理を行わない場合はより急速にフラックスの減少が起こることを確認した。しかし、多摩川原水中の有機及び無機汚染物質の阻止特性は、膜洗浄なしの4ヶ月間の長期運転を通じてほとんど変化が見られなかった。

 多摩川原水中の有機物質の阻止メカニズムは、ナノ濾過膜の分画分子量(MWCO)範囲の観点から箭(ふるい)効果によって明確に説明できた。その反面、無機汚染物質の阻止メカニズムはSteric hindrance効果と荷電効果によって説明できた。例えば、非荷電性溶質であるH4SiO4は比較的サイズが大きいため、タイトなナノ濾過膜により、高い阻止率で除去された。一方、全ての荷電膜において、2価陰イオンのSO42-が1価陰イオンであるC1-、NO3-、HCO3-より高い阻止率で除去された。さらに、同じ1価イオンであり同様のイオン移動度を持つNO3-反びC1-では、NO3-の方が低い阻止率を示したが、これは溶質.と膜物質との間の親和性の差異に起因する。そこで、NO3-について、全てのポリアミド膜で同一の分配係数(Ki)値2.5を与え、溶質一膜境界面における濃度の急変(concentration jump)をDonnan平衡モデルにより算出した。

 超低圧、長期間運転のナノ濾過システムにおける膜ファウリングは、フラックス、膜表面の粗度、ゼータポテンシャルのような膜特性には影響を及ぼしたが、汚染物質の阻止特性には影響が無かった。使用後の膜表面の観測により、膜表面が吸着溶存物質と付着粒子により覆われていることが観測された。一方、使用後の各膜表面のゼータポテンシャルは、ファウリング物質に起因するほぼ同一の値を示した。しかし、ナノ濾過による荷電性溶質の阻止メカニズムは、このルーズなファウリング層の電荷に関わらず、溶質と腹との境界面において機能すると考えられる。

 更に、実験における阻止結果とナノ濾過システムで一般的に使用されるモデルによる算出値との比較を行った。モデルの理論は、イオン性物質と荷電膜間との相互作用か、もしくはStokes半径で表される球状の溶質と円筒形の膜孔間のSteric-hindrance効果に重点を置いている。しかし、超低圧ナノ濾過システムから得られた実験データは既存の膜濾過モデルによっては明確に説明できなかった。そこで、本研究ではSteric hindrance-electrostatic(SHE)モデルを提案し検討を行った。

 SHEモデルにより、さまざまなナノ濾過膜、特にタイトな膜を用いた多摩川原水の処理における汚染物質の阻止特性の予測が可能であった。溶質の有効半径rs*及びスリット状の膜孔形態という新たな概念を用いたSHEモデルの利用により、膜孔内を移動する溶質のSteric hindrance効果を用いた計算を改善することができた。さらに、各ナノ濾過膜のスリット状ポアの幅を、修正steric hindrance-poreモデルを用いて推算した。最終的に、ほとんどのナノ濾過膜、中でも特にタイトなナノ濾過膜について、SHEモデル中のsteric hindrance factor Kshと、ポア幅と有効溶質半径との比(rp*/rs*)との間に良好な線形関係が得られた。しかし、一部の陽イオンについては、その阻止特性をSHEモデルによって適切に予測することができなかった。その理由は、陽イオンについては分配係数馬を適用できないためと考えられるが、正確な理由はまだ明らかになっていない。ところで、浄水処理に関わる河川水中の汚染物質の多くは負に帯電している。従って、SHEモデルは、超低圧ナノ濾過における河川水中の汚染物質の処理特性の予測を行うツールとして有効である。

 さらに、透過水量や汚染物質阻止率といった観点から優れた長期運転実績を示したナノ濾過膜LES90を用いて、実用的なプラントの設計を行った。多摩川河川水の超低圧ナノ濾過処理プラントとして、重力を利用したナノ濾過という新しいコンセプトのプラント設計を本研究で提案した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「Ultra Low Pressure Nanofiltration of River Water for Drinking Water Treatment(超低圧ナノ濾過を用いた河川水の浄水処理)」と題し、既存の浄水ナノ濾過技術における運転圧力よりさらに圧力を低くした運転条件下での、実際の河川水のナノ濾過特性を解明し、自然地形を利用した位置エネルギー差による運転を可能とする全く新しいナノ濾過浄水システム構築の可能性を示した研究である。

 第1章は「緒論」である。研究の背景と目的を述べた後、本論文の構成を示している。

 第2章は「既往の研究」である。ナノ濾過における物質移動現象や既往の理論・モデル等についてまとめている。

 第3章は「理論的展開」で、既往の理論やモデルを出発点として、対象溶質の有効サイズに着目し溶質の有効半径rs*及びスリット状の膜孔形態という新たな概念を用いた超低圧ナノ濾過の数理モデル化を行っている。

 第4章は「実験方法」である。本研究では、多摩川下流において、ベンチスケールのナノ濾過装置を4ヶ月間、0.1MPaの超低圧下で連続運転した。従ってここでは多摩川流域の概要から、実験装置の仕様、実験条件及び分析項目・方法等がまとめられている。

 第5章「膜の特性と多摩川原水水質」では、濾過水のフラックスや、多摩川河川水中の有機及び無機汚染物質の阻止率などといった運転特性の実験結果を整理し、長期運転期間における多摩川原水中の溶存有機物質及び無機塩類の平均濃度、有機物の分子量分画、励起蛍光マトリクス等の分析結果をまとめ考察している。また、多摩川原水に関して、THMFP(トリハロメタン生成能)とUVA254(254nmにおける紫外線吸光度)との間の線形関係を明らかにしている。さらに使用前後の膜表面ゼータポテンシャル値の変化や原子間力顕微鏡を用いて表面の特徴の変化等をとらえ、ファウリングの影響を評価している。これより以下の結論を得ている。超低圧、長期間運転のナノ濾過システムにおける膜ファウリングは、フラックス、膜表面の粒度、ゼータポテンシャルのような膜特性には影響を及ぼしたが、汚染物質の阻止特性には影響が無かった。使用後の膜表面の観測により、膜表面が吸着溶存物質と付着粒子により覆われていることが観測された。一方、使用後の各膜表面のゼータポテンシャルは、ファウリング物質に起因するほぼ同一の値を示した。しかし、ナノ濾過による荷電性溶質の阻止メカニズムは、このルースなファウリング層の電荷に関わらず、溶質と腹との境界面において機能すると推論された。

 第6章「ナノ濾過ベンチスケール実験装置による長期運転性能」では、超低圧(0.15MPa)ナノ濾過の長期運転(4ヶ月間)において、濾過水フラックスは、どの膜を用いた場合についても、初期段階で急速に減少したのち安定化することが実証された。また精密濾過膜による前処理を行わない場合は、前処理を行う場合に比して急速にフラックスの減少が起こることを確認した。しかし、多摩川原水中の有機及び無機汚染物質の阻止特性は、膜洗浄なしの4ヶ月間の長期運転を通じてほとんど変化が見られなかった。

 第7章「超低圧ナノ濾過による希薄系混合溶質における阻止モデル」では、第3章で提示した新しいモデル(SHEモデル)と既存モデルによる算出値との比較を行った。その結果、SHEモデルにより、さまざまなナノ濾過膜、特にタイトな膜を用いた多摩州原水の処理における汚染物質の阻止特性のより精度の高い予測が可能であった。溶質の有効半径rs*及びスリット状の膜孔形態という新たな概念を用いたSHEモデルの利用により、膜孔内を移動する溶質のSteric hindrance効果を用いた計算を改良することができた。さらに、各ナノ濾過膜のスリット状ポアの幅を、修正steric hindrance-poreモデルを用いて推算した。最終的に、ほとんどのナノ濾過膜、中でも特にタイトなナノ濾過膜について、SHEモデル中のsteric hindracce factor Kshと、ポア幅と有効溶質半径との比(rp*/rs*との間に良好柱線形関係が得られた。しかし、一部の陽イオンについては、その阻止特性をSHEモデルによっても適切に予測することができなかった。浄水処理に関わる河川水中の汚染物質の多くは負に帯電している。従って、SHEモデルは、超低圧ナノ濾過における河川水中の汚染物質の処理特性の予測を行うツールとして有効であることが示された。

 第8章「重力ろ過型ナノ濾過による小規模浄水プラントの提案」では、透過水量や汚染物質阻止率といった観点から優れた長期運転実績を示したナノ濾過膜を用いて、多摩川河川水の超低圧ナノ濾過処理プラントとして、重力による位置エネルギー差を利用したナノ濾過という新しいコンセプトのプラントを提示し、このような全く新しいナノ濾過浄水システム構築の可能性を示した。

 以上要するに、既存の浄水ナノ濾過技術における運転圧力よりさらに圧力を低くした運転条件下での、実際の河川水のナノ濾過特性を解明し、自然地形を利用した位置エネルギー差による運転を可能とする全く新しいナノ濾過浄水システム構築の可能性を示した独創的研究であると高く評価でき、本論文により得られた知見は、都市環境工学の学術の進展に大きく貢献するものである。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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