学位論文要旨



No 117959
著者(漢字) 伊藤,浩二
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,コウジ
標題(和) 気液二相流の流動様式と遷移モデル
標題(洋)
報告番号 117959
報告番号 甲17959
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5417号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

 気液二相流は,ボイラ蒸発管や気泡塔など,さまざまな装置に見られるものである.この流れに関する研究は,1940年代後半ごろから体系的に始まり,ボイラの循環水量を見積もるという技術的ニーズを受けて開始され,その後,ボイラ技術の発達とともに発展してきた.一方,その流動現象は,気液の流量割合や流れの方向によって,さまざまな様相を呈し複雑なため,その流動機構や伝熱過程の特性を解明しようとする場合には,第一に幾何学的に似ている流れの様相(流動様式)ごとに分類した後,それぞれの流動様式を対象として研究が行われてきている.そして,技術的ニーズに対応するため,多くの実験が精力的に行われ,有用な実験データや実験式等がこれまでに多数報告されている.しかしながら,その適用範囲は制限された条件下でのみ利用可能であって,現在に至っても,未だ,気液二相流に関して,十分に理解されているとは言い難い.

 この現状を鑑みれば,気液二相流の現象そのものが高次元の複雑な現象であるため,それを理解するために必要となる情報を十分に取得できていないことが,理解を阻む最大の要因であると思われるが,その前段階において,対象とする流れの様相がどの流動様式に属するのかを決定するための研究(流動様式の予測・判定に関する研究)が,実験的に得られた流動様式線図と特定の流動様式の遷移境界線を定めた実験式,または,理論式くらいしかないこと,すなわち,気液二相流問題を取り扱う場合での一番基礎となる流動様式とその遷移に関する知識の欠如が気液二相流問題を難解なものとしている1つの要因ではないかと考えられる.

 そこで,本研究は,比較的取り扱いが容易な等温系気液二相流(垂直上昇流れ)の流動様式とその遷移を対象として,流動様式決定に関わる統一的な原理及び物理的な支配要素を簡易なモデルを構築して明らかにすること,及び流動様式ごとに特性のある差圧変動に関する実験を行って構築したモデルを検証するとともに,これまでにあまり着目されていない差圧の時間変化特性や流動様式が現れる系の構造や複雑さの程度を実験・解析により明らかにすることを目的として行われたものであり,本論文は,流動様式の遷移モデル,同モデルのシミュレーション結果と検証及び流動様式の差圧変動実験・解析により構成されている.

 まず,構築した流動様式の遷移モデルについて述べる.本モデルは,気泡流から環状流までの流動様式を単なる流れ軸方向にできる気液の分布パターンであるととらえている.したがって,気泡のランダムな動きや局所空間内の気泡間の相互干渉等の機構解明には立ち入らず,局所ボイド率の大きさに対応した体積をもつ円筒型の気泡を仮定し,その気泡の大きさと流れ軸方向の配列の仕方から流動様式をモデル化している.本モデルはこれら流動様式及びその遷移を統一的な考え方に基づいてシミュレートできるものである.本モデルの統一的な考え方として,気相の質量移動を基本的に考え,その移流速度として流れ場の平均速度,仮定した気泡の上昇速度及び同気泡の後流の効果を考慮した.また,気相の圧縮性効果及び幾何学的制限効果を取り入れている.

 したがって,本モデルは1次元の気相の質量保存式を基礎式とし,同式対流項中の移流速度の見積もりにおいて,流れ場の平均速度は,気液二相流を均質流としてとらえた場合の運動エネルギと気液各相が単相流として流れた場合の運動エネルギの総和とは等しいという考えから見積もっている.仮定した気泡の上昇速度は,同気泡を質点ととらえた運動方程式,二相流の体積流束は管路断面において一定という関係式及び同気泡径とボイド率との関係式とを連立させて,ボイド率の関数として与えている.同気泡の後流の効果は,流れ場の中に物体を置いた時のその後方にできる後流内の速度欠陥を基礎と考え,流れ場の中に円柱を置いた時の2次元流れの実験式を参考として見積もっている.また,現象論的観点からその効果範囲及び判定条件等を定めている.

 気相の圧縮性効果は管内に供給される気相と管内に存在する気相に影響するとしており,本モデルが等温系を対象としていることからそれぞれ等温変化を仮定した.また,管内に存在する気相は時間の経過とともに上昇することから,この効果を2段階にわけて考え,まず非圧縮として気相の移流が行われ,その後直ちに等温変化が起こるという方法をとった.

 幾何学的制限効果とは,局所空間内に存在しえる気泡及び水の占有領域が局所空間の大きさに制限されているということを考慮したものである.すなわち,本モデルを計算していくと,数値計算上の問題からボイド率の値が負となったり,1を超えたりするが,こうした状況は物理的にありえないことである.この問題を解消するため,ボイド率の取り得る範囲を定め,もし,ある局所空間のボイド率の値が範囲外となった場合は,瞬時に同局所空間より下流側の局所ボイド率の値と調整して,管全体におけるボイド率の値が定めた範囲内におさまるように調整されることとした.この操作は,物理的には管壁の影響によって,気相,あるいは,液相が下流側へ押し流されることに対応している.

 以上述べた統一的な考え方に基づいた本モデルを,気液の体積流束をパラメタとしてシミュレーションしたところ,Fig.1に示すとおり,流れ軸方向にできる4つの気液の分布パターン(三角波パターン,短矩形波パターン,長矩形波パターン及び一様パターン)を現すことができた.これらパターンと流動様式の写真の視覚的な比較及びこれらパターンから計算される局所ボイド率の確率密度関数の分布形状特性から,三角波パターンは気泡流に,短矩形波パターンはスラグ流に,長矩形波パターンはチャーン流に,一様パターンは環状流に対応させることができた.また,気液の体積流束をいろいろと変化させて現れたパターンをMishima-Ishii流動様式線図上にプロットした結果をFig.2に示すが,これらパターンの境界とMishima-Ishii流動様式線図の各流動様式の境界線が比較的一致したことから,本モデルの妥当性を確認した.さらに,本モデルの検証として,ボイド率の関数として与えられる気液二相流の圧力損失を介して,その妥当性を確認した結果をFig.3及びFig.4に示す.Fig.3は気液二相流の摩擦損失勾配特性を示したものであり,本モデルのシミュレーション結果はChisholmの実験式と比較的一致した.また,Fig.4は本実験により明らかにした流動様式の差圧変動の極値を用いたリターンマップ分布特性であるが,本モデルのシミュレーション結果はパターンごとに比較的類似した分布特性を示した.

 ここで,本モデルのシミュレーションから4つの流れ軸方向にできる気液の分布パターンが発生するシナリオに関してであるが,気相の圧縮性効果が後流の効果による空間内の移流速度の不均一化を促進して4つのパターンが現れるのである.そして,どのようなパターンが発生するかは,移流速度(気相の管内滞在時間)と気相の体積流束(供給気相体積流束)との関係から決定されることになる.例えば,移流速度が小さければ,気相の管内滞在時間が長くなって後流の効果が十分に行われることにより,非一様のパターン発生が促進される.そして,気相の体積流束の大きさによって幾何学的制限効果による管内の一様化がどれくらい行われるかによりどのパターンが現れるのかが決定されるのである.

 本モデルの適用範囲であるが,管径の大きさに制限がある.すなわち,その下限値については,本モデルが気相の移流速度を見積もる時に,慣性力,壁面摩擦力,気泡の表面張力等を無視していることから,本モデルは重力支配の系に対して適用可能であると考え,フルード数とウェーバ数との関係からその下限値を内径Φ10mm程度までと考えている.また,上限値については,現段階において明確に定めることは困難であり,本モデルで設定しているパラメタを調整して現れるパターンと流動様式線図とを比較して定めるか,または,将来の実験結果を待って定める必要があるとしている.ただし,本モデルが管径の大きさを計算の空間刻み幅としていること等から,せいぜい内径Φ26mm程度までであろうと考えている.なお,内径Φ7mm,Φ14mm及びΦ28mmについてのシミュレーション結果をMishima-Ishii流動様式線図と対応させたところ,比較的一致した結果を得ている.

 以上述べてきたとおり,気泡流から環状流までの流動様式及びその遷移を統一的な考え方に基づいて表す簡易な1次元モデルを構築し,同モデルをシミュレーションすることによりこれら流動様式と類似した流れ軸方向にできる4つの気液の分布パターンを現すことができた.そして,このことから,流動様式決定に関わる統一的な原理として気相の質量移動(等温系に限れば質量保存則)が考えられ,その物理的支配要素として適当な気液の体積流束,先行気泡による後続気泡の引き込み効果,気相の圧縮性効果及び幾何学的制限効果が考えられることを明らかにした.また,流動様式の差圧に関する実験・解析を行うことにより,流動様式ごとにリターンマップ分布形状特性があること,スラグ流とチャーン流が現れる系の複雑さの程度は2から4次元程度であることを明らかにした.さらに,これら実験・解析結果に基づいて,流動様式の客観的な識別を行った.

Fig.1 Void fraction patterns in space.

Triangula Wave Short Rectangular Wave Long Rectangular Wave UniformitySymbols

Fig.2 Classification of all calculation points on Mishima-Ishii flow pattern map

Symbols ○:Type1 pattern (Triangular wave), △:Type2 pattern (Short rectangular wave) □:Type3 pattern, (Long rectangular wave), ◇:Type4 pattern (Uniformity)

Fig.3 Calculation results on X-Φ map. (L-M Correlation)

Fig.4 Return maps of extreme values of differential pressure fluctuation.

Simulation results (Left), Experiment results (Right)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「気液二相流の流動様式と遷移モデル」と題し,等温系垂直上昇流れの気泡流から環状流までの流動様式とその遷移に関し,統一的な考えに基づいた簡易なモデルを構築し,これら流動様式と類似した流れ軸方向にできる気液の分布パターンをシミュレートすることにより,流動様式の決定に関わる基本的事項及び物理的支配要素を明らかとすることを目的として行った研究であり,論文の構成は全5章よりなっている.

 第1章は「序論」であり,従来の研究を概観し,流動様式の予測や判定に関する研究はこれまでに数多くあるものの,流動様式の発生に関する研究が少ないこと,気液二相流にそもそも何故に様々な流動様式が現れるのか,その遷移のメカニズムが十分には明らかにされていないこと,これまでの研究が特定の流動様式とその遷移を対象として個別に行われており全ての流動様式を統一的な考え方でとらえる研究がないことを指摘し,これらの問題の解決が本研究の主たる目的であることを記している.

 第2章は「流動様式の遷移モデル」であり,構築した簡易モデルについて説明している.すなわち,本モデルは,局所空間内に存在する気泡あるいは気泡群を,気泡の総体積と等しい1個の円筒型気泡とみなし,その気泡の大きさと縦列のパターンとを流動様式と対応させたものである.そして,流動様式の決定に関わる基本的事項として気相の質量移動を考え,また、物理的支配要素として気泡の後流効果,気相の圧縮性,幾何学的制限条件を取り入れている.まず,気相の質量移動についてみると,等温系の場合,支配方程式は気相の質量保存式となる.そして,移流速度は流れ場の平均速度,流れ場に対する円筒型気泡の上昇速度,および気泡の後流効果の総和として与えられるとしているが,流れ場の平均速度は二相流の平均密度を気相の体積流束比の関数として与え,気液各相のエネルギの総和は保存されるとの考えから求め,流れ場に対する円筒型気泡の上昇速度は,同気泡を質点ととらえた運動方程式と二相流の体積流束は管路断面において一定という関係式とを連立させて見積もり,また,気泡の後流効果は,気泡の後方にできる後流内の最大速度欠陥を基礎として,その効果割合と影響範囲等を定めて評価している.次に,気相の圧縮性に関してであるが,等温変化を仮定し,管内に存在する気相については,非圧縮として気相が移流した後に直ちに圧縮性効果が及ぶという二段階過程を考えている.幾何学的制限条件は,気液両相の存在可能空間が管径の大きさによって制限されることを考慮したものであるが,特に環状流では管壁に薄い液膜が存在することから,局所ボイド率の有効範囲を定め,局所ボイド率の値がこの範囲を逸脱する場合は,その過不足分だけ下流側の局所ボイド率が変化すると考え,管内の局所ボイド率が常に規定した有効範囲内にあるよう調整されている.

 第3章は「流動様式遷移シミュレーション」であり,本モデルに基づいたシミュレーションを行った結果について述べている.すなわち,まず気液の体積流束を変化させたとき,流動様式と類似した4つのパターンが現れることを示している.そして,これらパターンをボイド率の確率密度関数の分布形状特性に基づいて客観的に識別し,その結果がMishima-Ishiiの流動様式線図とよく一致することを示している.また,本シミュレーションから得られる摩擦損失勾配がLockhartとMartinelliの相関関係に対するChisholmの実験式と比較して,両者がよく一致すること示し,本モデルの妥当性を確認している.なお,各パターンの確率密度関数の分布形状特性は,従来報告されている気泡流から環状流の流動様式とよく対応すること,本モデルで考慮した流動様式決定に関わる物理的支配要素と出現するパターンとの関係について考察し,流動パターンが気相の管内供給量と移流速度との関係から決定されることを示している.また,本モデルで定めたパラメタの影響についても考察を加え,その影響によってパターンの遷移がどのように変化するかについても論じている.さらに,本モデルの適用範囲については,今後の詳細な実験的検討を要するものの,管内径が10mmから26mm程度までの範囲であれば十分適用可能であることを物理的考察とパラメトリックな計算結果を行って確認している.

 第4章は「実験」であり,流動様式の差圧変動に関する実験を行い,差圧変動の極値を用いたリターンマップ分布特性と本シミュレーション結果とを比較して,本モデルの妥当性を実験的に確認している.また,流動様式の現れる系の複雑さの程度(非線形特性)についても解析を行い,本モデルと実際の現象との相違を明らかにするとともに,流動様式の非線形特性を議論する場合には,測定した差圧変動にある種のフィルタリングを行なってパターンに関する情報のみを抽出する必要性のあることを示している.第5章は「結論」であり,上記の研究を総括し,得られた主要な結果についてまとめている.

 以上要するに,本論文は,学術的のみならず実用的にも重要な気液二相流の流動様式およびその遷移に関し,簡易なモデルを構築し,気泡流から環状流に至る流動様式の変化を統一的な考え方に基づいて説明することに成功しており,この成果は流体工学,熱工学,機械工学の発展に寄与するところ大である.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク