学位論文要旨



No 117963
著者(漢字) チュムサムット,ラッタポン
著者(英字) CHUMSAMUTR,RATTAPON
著者(カナ) チュムサムット,ラッタポン
標題(和) 交通流シミュレーションのためのドライバモデルの開発およびその車両運動制御システムヘの展開
標題(洋) DEVELOPMENT OF DRIVER MODEL FOR TRAFFIC SIMULATION AND ITS APPLICATION TO EVALUATION OF AUTOMOBILE CONTROL SYSTEMS
報告番号 117963
報告番号 甲17963
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5421号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 教授 金子,成彦
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は,「交通流シミュレーションのためのドライバモデルの開発およびその車両運動制御システムヘの展開」と題し,車両-ドライバの挙動を含んだ交通流のシミュレーションモデルを開発して運転支援システムの設計や評価に応用することを目的としている.対象は主に高速道路における交通流シミュレーションを想定している.本研究は,主に土木工学交通工学の分野で行われてきた交通流の挙動を実際の特性に一致させること(交通流理論)と,機械工学自動車工学の分野で行われてきたドライバの挙動を実際の特性と一致すること(ドライバモデル)とを結び付け,ミクロ的にもマクロ的にも正しい交通流のシミュレーションを実現できるようにすることを目的としている.

 上記の目的を達成するために,本研究では,縦方向のドライバモデルの開発,横方向のドライバモデルの開発を行い,さらにこれらのモデルによる有効性を実証するために,近年開発が進みすでに市販されているがまだ普及の度合が低いACC(Adaptive Cruise Control System)の交通流への影響をシミュレーションにより予測し,ACC制御への提案を行っている.

・縦方向のドライバモデル

[1]交通流理論に属する交通流モデルを適用することによって再現した交通流のマクロ特性を実世界のものにあわせることができる.しかしこのモデルでは自動車の個々の運動までは必ずしも記述できない.そこで,交通流モデルをべ一スにして各車両の前後加速度を計算する項を付加した車両追従のためのドライバモデルを提案した.このモデルは,交通流の平均速度と密度との関係を現実的に再現することができる(画像参考),さらにモデルのパラメータを調整することによって,様々の高速道路のデータにあわせられる柔軟性も有する.

[2]ミクロ的な正しさを獲得するためにはドライビングシミュレータにおいて実験を実行し,被験者の運転行動を計測した.この実験計測結果は車両追従モデルのパラメータ同定に活用した.さらに,交通流の多様性を再現するためには,実験とパラメータ同定を繰り返し,データベースを構築した.このモデルにより再現した車両が実物に近い挙動を示すことが確認できた.

[3]モデルの信頼性を向上するために,安定性解析を行った.具体的には,局所的な安定性を解析して,先行車の速度変化に対する後続車の速度変化が安定的に追随する条件を調べた.さらに,漸近的な安定性を解析して,先頭車が速度変化を行った場合に後続車に速度変化の振幅が拡大されて伝わることがないかどうかを調べた(いわゆるString Stability).その結果,適切なパラメータ設定により,提案した車両追従モデルが両方の安定性を満たせることが確認できた.

・横方向のドライバモデル

[1]車線変更はドライバの意志が挙動のパターンの違いに表れるという点で複雑であり,これに対応するために,モデルをブロックに分割して構築した.各ブロックは,注意深く計画したドライビングシミュレータによる実験を行い,この結果に基づいて,統計的なモデルを作成し,車線変更挙動に生じたばらつき等を適切に再現できるようにした.

[2]実際の高速道路から観測された車線変更の頻度を利用して,全体のモデルをマクロ的に調整した.ドライバによる使用車線の嗜好をモデル化しなくても(車線変更に関してはすべてのドライバは統計的に適当な分布を有する均質な性質をもっていると仮定してモデル化しても),実際の交通流の車線変更の統計値を十分な精度で説明できるシミュレーションが行えることがわかった.

 以上の2段階により交通流シミュレーションモデルが完成した後,運転支援システムの代表例としてACCをとりあげ,このACCシステムを評価した.評価項目は,ACCシステムが交通流におよぼす影響,およびACC車両のドライバが車線変更を望んだ場合にはACCシステムが違和感を与えないかどうかを調べ,これらの問題点のACCシステムによる解決策を提案した.これらの評価は以下の通りである.

[1]ACC車両の割合が高くなるほど,ACC車両間に車群が出来あがる傾向が強くなる.その結果として他の車両の車線変更を妨害することになりがちである.一方,縦方向の運動に関してACCシステムが交通流に発生する急加速や急減速を減らす働きが確認できる.

[2]従来指摘されていた,ACC車両のドライバが車線変更を望んでいるにも関わらずそのACCシステムが減速を実行してしまいドライバに違和感を与えてしまういわゆるOvertaking Dilemmaという問題の発生はかなり頻度が低いと予測できることが確認できた.

[3]Overtaking Dilemmaをさらに排除するためには,ACCシステムのブレーキ範囲,すなわち減速を開始する車間距離を適切に調整することが有効的である.具体的には,車速と先行車に対する相対速度に比例してブレーキ範囲を調整するとOvertaking Dilemmaを減らすことは勿論,ドライバが結局車線変更をしない場合に生じる衝突の危険性を抑えることもできる.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,「Development of Drier Model for Traffic Simulation and its Applicationto Evaluation of Automobile Control Systems(交通流シミュレーションのためのドライバモデルの開発およびその車両運動制御システムヘの展開)」と題し,車両ドライバ系の挙動を含んだ交通流のシミュレーションモデルを開発して,運転支援システムの設計や評価に応用することを目的としている.対象は主に高速道路における交通流シミュレーションを想定している.本研究は,主に土木工学,交通工学の分野で行われてきた交通流の挙動を実際の特性に一致させること(交通流理論)と,機械工学,自動車工学の分野で行われてきたドライバの挙動を実際の特性と一致すること(ドライバモデル)とを結び付け,ミクロ的にもマクロ的にも正しい交通流のシミュレーションを実現できるようにすることを目的としている.

 上記の目的を達成するために,本研究では,縦方向のドライバモデルの開発,横方向のドライバモデルの開発を行い,さらにこれらのモデルによる有効性を実証するために,近年開発が進みすでに市販されているがまだ普及の度合が低いACC(Adaptive Cruise ControlSystems)の交通流への影響をシミユレーションにより予測し,ACC制御への提案を行っている.博士論文の内容は以下通りである.

 第一章は,「Introduction」と題し,本研究の背景と目的を記述した.さらに,ミクロ的にもマクロ的にも正しい交通流のシミュレーションという目標に向けて,本研究で進めてきた方法論すなわち,交通流理論の適用とドライビングシミュレータによる実験結果・観察データとを併用する方法論を説明している.

 第二章は,「Fundaentals of Traffic Flow Theory」と題し,交通流理論及び交通密度と平均速度との関係を記述する5種類の交通流モデルを紹介した.交通流の挙動を実際の特性に一致させるために,一つの交通流モデルを縦方向のドライバモデルの基本モデルにした.この基本モデルの選択法及びドライビングシミュレータによる実験結果に基づくパラメータ同定法を説明している.

第三章は,「Driver Model for Longitudinal Maneuver」と題し,縦方向のドライバモデルの開発を記述した.上記の基本モデルを適用することによって再現した交通流のマクロ特性を実世界のものにあわせることができる.しかしこのモデルでは自動車の個々の運動までは必ずしも記述できない.そこで,基本モデルをべースにして各車両の前後加速度を計算する項を付加した車両追従モデルを提案した.ミクロ的な正しさを獲得するためにはドライビングシミュレータを使った実験を行い,被験者の運転行動を計測した.この実験計測結果は車両追従モデルのパラメータ同定に活用した.さらに,交通流の多様性を再現するためには,実験とパラメータ同定を繰り返し,データベースを構築した.このモデルにより再現した車両が実物に近い挙動を示すことが確認できた.また,車両追従モデルの信頼性を向上するために,安定性解析を行った.具体的には,局所的な安定性を解析して,先行車の速度変化に対する後続車の速度変化が安定的に追随する条件を調べた.さらに,漸近的な安定性を解析して,先頭車が速度変化を行った場合に後続車に速度変化の振幅が拡大されて伝わることがないかどうかを調べた.その結果,適切なパラメータ設定により,提案した車両追従モデルが両方の安定性を満たせることが確認できた.

 第四章は「Driver Model for Lateral Maneuver」と題し,横方向のドライバモデルの開発を記述した.車線変更はドライバの意志が挙動のパターンの違いに表れるという点で複雑であり,これに対応するために,モデルをブロックに分割して構築した.各ブロックは,ドライビングシミュレータによる注意深く計画した実験を行い,この結果に基づいて,統計的なモデルを作成し,車線変更挙動に生じたばらつき等を適切に再現できるようにした.

 第五章は「Traffic Simulation Model」と題し,縦方向のドライバモデルと横方向のドライバモデルとの統合を記述した.交通流シミュレーションモデルが完成すると,実際の高速道路から観測された車線変更の頻度を利用して,モデルをマクロ的に調整した.ドライバによる使用車線の嗜好をモデル化しなくても,実際の交通流の車線変更の統計値を十分な精度で説明できるシミュレーションが行えることがわかった.さらに,高速道路から観測された車線変更における車両間隔及び相対速度を参照データにして,交通流シミュレーションモデルの評価を行った.

 第六章は「Application of Traffic Simulation Model」と題し,交通流シミュレーションモデルの応用を記述した.特に,運転支援システムの代表例としてACCをとりあげ,このACCシステムを評価した.評価項目は,ACCシステムが交通流におよぼす影響,およびACC車両のドライバが車線変更を望んだ場合にはACCシステムが違和感を与えないかどうかを調べ,これらの問題点のACCシステムによる解決策を提案した.

 第七章は「Conclusions」と題し,本論文でえられた結論をまとめている.

 以上のように,本論文では交通流シミュレーションとドライバモデルとを結び付けることにより,車両制御,安全装置を含む車両系の挙動を交通流の中で評価できるようにしたことの意義は大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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