No | 117964 | |
著者(漢字) | 大武,美保子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオタケ,ミホコ | |
標題(和) | 電場応答性高分子ゲルロボットのモデリング・設計・制御 | |
標題(洋) | Modeling, Design and Control of Electroactive Polymer Gel Robots | |
報告番号 | 117964 | |
報告番号 | 甲17964 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5422号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 機械情報工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本研究の目的は、人工筋肉素材を全身に分布させる柔軟機械構成法を提案することである。具体的には、電場応答性高分子ゲルで全身が構成されるロボット、ゲルロホットを考案し、自在に駆動する手法を明らかにした。このような構成法を取る時に共通と考えられる、以下の二つの課題に取り組んだ。1)仮想的に無限自由度を持つ柔軟機械を思い通りに動かすにはどうすればよいか?2)あいまいで応答性にばらつきのある構成要素(素材)を正確に動かすにはどうすればよいか?前者を柔軟性の問題、後者を活性の問題と名づけ、モデリング・設計・制御の三つの観点から具体的な解決方法を示した。本論文は、三つの観点に即して三部構成を取る。 第一部 モデリングにおいては、柔軟機械を構成するという目的に即した人工筋肉素材のモデリング手法を提案した。第2章では、モデルを理論的に導出・展開し、第3章において、実験とシミュレーションに基づく詳細な評価と検証を行った。 従来、様々なモデルが提案されてきているにも拘らず、新しいモデルを導出する必要があったのは、従来のモデルが以下の特徴を持つことによる。1)モデルは素材を創製する化学や材料科学の分野の研究者が提案するものであり、メカニズムの記述及び材料設計・最適化のために用いることを目的としている。2)従って、駆動原理に基づいてメカニズムを詳細に記述する傾向にあり、見通しがよくない。3)研究という性質上、論文は他の素材との違いを際立たせることに主眼が置かれ、多くのモデルは材料に固有である。以上の問題点をふまえ、新しく導いたモデルの特徴は次のようにまとめられる。1)系を設計・制御することを目的とし、そのために必要な学問分野の理論体系とのインタフェースを明確にする。2)メカニズムに基づきつつ、できるだけ汎用の枠組みに基づいて、系の挙動を近似的に表現する。3)異なるメカニズムの素材が将来開発されることを見越して、異なる素材に対応できるよう、材料互換性を持つ部分と材料に固有の部分に整理する。モデルを導くにあたり、本論文では、人工筋肉素材を活性と柔軟性を持つ素材と定義した。ゲルロボットを構成する系全体を物質(ゲル)と場(電場)に整理したうえで、ゲルは連続体と反応拡散系が結合した素材であるという見方に立つと、見通しよく相互作用を記述することができることを明らかにした。柔軟活性素材の持っ柔軟性は連続体方程式で、活性は反応拡散方程式で記述することが可能である。本論文で導いたモデルは2パラメータ・2方程式で表現され、その簡潔さはゲルの従来のモデリングの常識を覆すものである。入出力関係を記述する内部状態遷移則を局所的な相互作用方程式の形に圧縮することで、素材から機械への拡張が容易になる。実験に基づくモデルパラメータの同定法を提案し、これをキャリブレーションに応用する手法を示した。 第二部 設計では、柔軟活性素材から柔軟機械へと系を発展させる手法について明らかにした。その出発点として第4章では、柔軟活性素材を用いた柔軟機械のスケール解析を行う。そして、物質-場相互作用の枠組みに沿って、第5章で駆動電場(場)を、第6章でゲル形状(物質)を、それぞれ設計した。概念設計に基づいて実験システムを構築し、ゲルの変形応答を実験的に確かめた。 微小機械の設計においては、サイズが小さくなることにより、異なる物理法則が機械の挙動に対して支配的になることが知られている。柔軟機械の設計においても、従来とは異なる考え方が必要になると考えられる。そこで、人工筋肉素材の活性と柔軟性とが持つ効果をモデル方程式とシミュレーションにより検討した。具体的には、設計・制御パラメータが変形応答特性に与える影響を比較した。片持ち梁の変形に関する基礎方程式によると、変形の大きさは入力に比例し、形状とヤング率の逆数に比例する。柔軟性を持つとはヤング率が小さく、即ちヤング率の逆数が大きいことであり、形状や入力電場の違いに基づく変形挙動の違いを増幅する効果を持つ。以上の考察が、系の展開の基礎となる。変形とは、空間的状態の時間的変化のことであるから、空間軸と時間軸の二軸を考える。空間的に均一で時間的に定常な状態から、空間的に不均一で時間的に非定常な状態へと系を展開することとした。特に、空間的に分布する電場及びゲル形状を設計する過程を示した。 柔軟機械を設計する上で本質的な問題点は、内部自由度に比べて入力数が少ないことである。もし内部自由度と同じ数だけ入力を用意し電気的に駆動するならば、配線の数が膨大になり、柔軟性が失われるという問題が発生する。この問題を解決するために、設計の観点からは次の二通りの方法が考えられる。1)複数の自由度を一つの入力に割り当て、同時に駆動する方法2)内部自由度をあらかじめ減少する方法。前者は空間的に分布する電場で複数の点を同時に駆動する電場設計に相当し、後者はゲルの形状により構造的な固さを変化させて、可変部分を絞り込む形状設計に相当する。本研究では、複数の点を同時に駆動可能な空間分布電場を生成するための、ハードウエア及びソフトウエアシステムを構築した。低電位の電極に対して凸向きに、高電位の電極に対して凹向きに、大変形する新しい駆動系を発見した。一括して駆動することにより、ばらつきを全体として打ち消すことが可能となった。また、ゲルの形状を幅方向や厚さ方向に変化させ、構造的に柔らかい方向をあらかじめ作っておくことで、ばらつきを押さえ指向性を持つ変形応答を引き出す手法を提案した。設計通りの形状を作り出すための成形加工システムを構築し、これを用いて製作した多様な形状のゲルの変形応答挙動を実験的に評価した。従来、機械を構成する物質と機械を駆動する場は一体設計するのが常識であった。本研究で提案した、物質と場に一旦分割してそれぞれを展開し、これらを後から組み合わせるという設計手法は、物質と場の相互作用に基づいて変形する活性柔軟素材を用いて機械を設計する上で、汎用の枠組みとなるであろう。 第三部 制御では、ゲルロボットを目的形状に変形させる手法、及び目的の運動を生成する手法を明らかにした。これらをそれぞれ、形状制御・運動制御問題として整理し、第7章、第8章に分けて論じた。 形状制御は、生物の発生過程を参照し、単純な形状から出発して徐々に複雑な形状に到達させる方法を取った。目的は、「形」を正確に作ることであり、その途中形状が必ずしも問題ではないことがポイントとなる。第二部で、空間分布電場を生成する手法、形状を設計する手法を提案したが、問題をシンプルにするために、一旦一様電場中における片持ち梁形状のゲルの系に戻、電場の極性のみを時間的に変動させた。このような単純な駆動系であっても、多様な形状に到達可能であることを明らかにした。以下にその手順を示す。まず、第4章で行った実験を発展させることにより、入力信号に応じた安定軌道が存在することを示した。この結果に基づいて、ゲルの先端を目的位置に到達させる手法を提案した。次に、どのような形状へ到達可能であるかを大まかに見積もることを目的として、ある単位時間ステップで時間を区切り、極性を反転させた時の有限時間経過後の到達可能パターンを調べ上げた。そして、目的形状へ到達するための入力信号列を探索することにより、形状制御を実現した。以上、多自由度機械に対する入力を時間軸方向に積算することで、みかけの入力数を内部自由度に近づける手法を、形態形成的アプローチと名づけた。 運動制御は、生物が自由度を目的に即して拘束することで全身の筋肉を協調する過程を参考にし、目的の動作を実現する方法を取った。そこでは、形状制御と異なり、最終到達形状でなく姿勢や重心といった全身の状態量の時間的変化がポイントとなる。本研究では、協調動作の典型的な例として知られる、ヒトデの起き直り動作に注目し、ヒトデ型ゲルロボットにおいて実現することを通じ、柔軟ロボットの運動制御手法を提案した。以下にその手順を示す。まず、起き直り方向に自由度を拘束すると考えることで、3次元の問題を2次元の問題に変換した。そして、2次元空間において、起き直り動作を生成する条件を明らかにした。具体的には、第7章で提案した、入力信号の切り替えと安定軌道の考え方を統合した。即ち、2通りの入力信号をあるタイミングで切り替えることにすると、遷移する安定軌道が質的に変化する点が存在する。この臨界点をシミュレーションにより求めることで、起き直り運動を生成することができる。以上の考え方に基づき、まず、短冊形状ゲルで、次にヒトデ型ゲルロボットで、起き直り運動を確実に生成した。以上、多自由度機械の制御点を空間軸方向に結合することにより、みかけの自由度を減少させ入力数に近づける手法を、協応構造化アプローチと名づけた。 本研究を通じ得られた結論は、次のようにまとめられる。本研究では、活性柔軟素材を全身に分布させる柔軟機械構成法を提案した。この構成法を取る際本質的な問題を、活性の問題・柔軟性の問題として抽出した。活性と柔軟性とは相補的な関係にあり、両者の性質を併せ持つことで、それぞれの問題が軽減される関係にあることを明らかにした。そして、電場応答性高分子ゲルロボットを構成することを通じ、解決のための具体的な手順を発見した。設計段階においては系を物質と場に分け、それぞれを展開すればよい。制御段階においては系を時間と空間に分割し、積算あるいは結合すればよい。ばらつきを打ち消し内部自由度と入力数の差を補うことができる。従って、モデリング段階では、物質と場、時間と空間の関係を局所的に記述すればよい。 | |
審査要旨 | 本論文は Modeling, Design and Control of Electroactive Polymer Gel Robots (電場応答性高分子ゲルロボットのモデリング・設計・制御)と題し、英文でかかれ、9章からなっている。電場応答性高分子ゲルなどの刺激応答性の高い材料は、人工筋肉の実現に発展する可能性のある材料として期待されている。本論文は、生物のように柔らかく安全な機械の実現を目指して著者が取り組んだ電場応答性高分子ゲルを用いてロボット全体を構成する研究をまとめたものであり、連続分布したゲル構造体について、モデリング、設計、制御の3つの観点から総合的に論じるとともに、実際にゲルロボットを設計・製作・制御することによってその手法の有効性を実証している。 第1章は序論であり、本研究の背景、目的、研究の概要について述べている。論文は3部構成になっており、2章及び3章でゲルロボットのモデリングについて、4、5、6章は設計と製作について、7、8章ではゲルロボットの制御についての知見をまとめている。 第2章 Reaction-diffusion continuum model of electroactive polymer gelでは、本研究で用いる電場応答性高分子PAMPS(ポリ2-アクリルアミドジメチルプロパンスルホン酸)ゲルとその共重合ゲルの近似モデルを提案している。PAMPSゲルは、界面活性剤溶液中において電場を印加することにより陽極に向かって屈曲変形することが知られている。そのメカニズムは、開始過程と協同過程の二段階に分けて記述される。開始過程は、マイナスに帯電したゲルに対し、プラスに帯電した界面活性剤分子が吸着する過程であり、協同過程は、吸着した界面活性剤分子の疎水基同士が疎水性相互作用により凝集する過程である。この両過程により、ゲル表面に応力が発生し変形すると考えられている。開始過程を反応拡散方程式、協同過程を応力発生方程式として表現し、後者を連続体方程式への入力とすることで変形応答過程を記述した反応拡散連続体モデルを提案している。 第3章 Parameter identification by one point observationでは、提案したゲルの変形応答モデルのパラメータを実験的に求める方法を示すとともに、片持ち梁形状ゲルの一様定常電場入力に対する変形応答と、一様反転電場入力に対する変形応答について、実験とシミュレーションを比較することにより、モデルの正当性を評価している。 第4章 Interaction-based design of deformable machinesでは、人工筋肉素材の特性を測定するとともに、人工筋肉素材を用いて柔軟機械を設計する際に、相互作用を中心に機構形状と駆動場とを一旦分割して系を展開する方法を提案している。例として、厚さが異なるゲルを組み合わせて厚い部分を構造支持部、薄い部分をアクチュエータ部として働くように設計した、全身人工筋肉分布型柔軟機械のプロトタイプを製作している。 第5章 Spatially-varying electric field design by planer electrodesでは、電極をアレイ状、およびマトリクス状に配置した電場生成装置を製作している。また、電場計算をゲル変形モデルに基づくシミュレータに組み込むことにより、製作した電場生成装置により生じるゲルの変形を予測できるようになった。マトリクス状電極については、ヒトデ型ゲルロボットを試作し、脚を一本ずつあるいは中心部分を上下させる実験、起き直り運動を試験的に生成する実験を行った。 第6章 Shape design through geometric variationでは、形状加工プロセスを構築し、切り込みを入れて結合を切る、厚さを変化させて結合の強さを空間的に分布させる、幅を変化させて構造的な固さを変形により大きく変化する、という三通りの構造的な固さ変化方法を取り上げて、形状が変形応答に与える影響について実験的に調べている。 第7章 Input-integral method for shape controlでは、電場応答性高分子ゲルを目的形状に変形させる形状制御を実現するために、単純な形状から多様な形状に到達させる入力信号のかけ方について調べている。片持ち梁状のゲルを空間的に一様な電場下において駆動する従来の変形応答実験を注意深く発展させることにより、新しい駆動法を導いており、周波数応答実験とステップ応答実験の周期や時定数を変化させることにより、先端を目的位置に到達させる手順や、目的形状に到達させる手順などを明らかにしている。 第8章 Lumped-driven method for motion controlでは、全身に電場応答性高分子ゲルが分布するロボットの多様な運動を生成することを目的として、空間分布電場を時間的に変動させることによりダイナミックな運動を取り出す一括駆動運動制御方式を提案している。この方式を応用して、短冊型ゲルとヒトデ型ゲルロボットの起き直り運動生成や物体への巻きつき動作生成の実験を行い、目的運動を確実に生成できることを実証した。 第9章 Conclusion and future worksでは、本研究で得られた結論と今後の展望についての考察をまとめている。 以上要するに、本論文は、電場応答性素材を用いて全体を構成したゲルロボットについて、そのモデリング、設計、制御の3つの観点から総合的に論じるとともに、ゲルロボットを実際に設計・製作・制御することによって本手法の有効性を実証したものであって、機械情報工学の発展に寄与するところ少なくない。 よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める。 | |
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