学位論文要旨



No 117965
著者(漢字) 酒造,正樹
著者(英字)
著者(カナ) シュゾウ,マサキ
標題(和) マイクロテレメータによる昆虫の生体信号の計測
標題(洋)
報告番号 117965
報告番号 甲17965
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5423号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 河内,啓二
 東京大学 助教授 松本,潔
 東京大学 助教授 神崎,亮平
内容要旨 要旨を表示する

 昆虫の行動発現メカニズムにおいて,匂い刺激のタイミングと行動発現のタイミングを比較して計測することが重要である.本研究では,自由行動中における生体信号の計測を行うため,昆虫に搭載可能な小型の送信機(マイクロテレメータ)を試作した.このテレメータを用いて,カイコガ(Bombyx mori)の筋電位(EMG)や触角電位(EAG)を計測し,データの解析が可能であることを示した.

 本研究において試作したマイクロテレメータの特徴として,電源を外部から非接触で供給(リモートパワリング)できるシステムと活動電位の発火タイミングを記録することに特化したことがあげられる.そのため,従来の昆虫のテレメータと比べて,試作したマイクロテレメータは重量が軽くなった.また,ボタン電池を使用していないので,計測可能な持続時間が無限に長くできるといったメリットがある.

 試作したマイクロテレメータの電気回路図をFig.1に示す.処理の流れは,次に示すように大きく4つに分けられる.

1.触角や筋肉からの信号をインスツルメンテーションアンプにより増幅する.

2.直流成分の緩やかな変動をローパスフィルタにより除去する.

3.筋電位や触角電位の発火タイミングをコンパレータにより二値化する.

4.LEDの点灯により電位をトランスミッションする.

 この電気回路を小型化するにあたり,銅張りポリイミドと表面実装部品を用いた.銅張りポリイミドは,膜厚が30μmと薄く表面形状をフレキシブルに変化させることがでる.表面実装部品は,実装面積が1.0 mm×0.5mmの受動部品(抵抗,コンデンサ,ダイオード,LED)と市販されている小型ICパッケージを用いた.この部分の重量はわずか50mgである.

 リモートパワリングシステムは,2つのコイルに働く電磁誘導を原理として試作した.送信側のコイルは,径が2mmのエナメル線を用いて,直径10cmの円形状に20回巻いて試作した.また,テレメータに搭載する受信側のコイルは,リソグラフィとエッチング技術を用いて微細加工した.そのサイズは,1cm×1cmの大きさで平面状に巻き線が形成した.インダクタンス値は,約2μHであった.また,伝送効率を高めるために,受信側のコイルにはLCの共振系を利用した.リモートパワリングシステムは,次のように実行した.

1.ファンクションジェネレータ(Agilent,33120A)により正弦波を生成.

2.電力増幅器(YOKOGAWA,705810)により電圧増幅.

3.送信側のコイルに入力し磁界を発生.

4.受信側のコイルに生じる誘導起電力を半波整流.

5.時定数の大きなローパスフィルタにより平滑化し直流成分を得る.

 これにより,得られる電圧と電力をFig.2に示す.このシステムにより,最大約100mWの電力を供給することが可能である.この電力は,試作したマイクロテレメータを駆動しLEDを点灯するのに十分な値である.また,電力の変換効率は1%弱であった.

 試作したマイクロテレメータの有効性を確かめる実験を行った.実験の概略図をFig.3に示す.リモートパワリングによりアンプの回路を駆動しカイコガの筋電位を計測した.電極は直径50μmの銀線を用いて,飛翔筋の一つである背縦走筋に1mm程度刺入した.不関電極として腹部に刺入した.

 まず,アンプ直後の信号をオシロスコープにより計測した.電池を用いて駆動した時と同じ結果を得た(Fig.4).また,高速度ビデオカメラ(Photoron, FASTCAM-ultimal)による撮影をもとに,筋電位の発火タイミングとLEDの点灯タイミングの計測を行った(Fig.5).カイコガのはばたき周波数とLEDの点灯周波数が一致していることが見られた.これらの結果から,マイクロテレメータを用いた計測が妥当なものであるとわかった.

 高速度カメラではメモリ制限から短時間しか記録できないが,マルチチャネルでかつ長期記録可能な計測の可能性を示した.テレメータの信号として異なる色のLEDを用い,光センサとして光電子増倍管と色フィルタを用い,その電圧出力を得ることでマルチチャンネルからの記録が可能になる.触角電位と筋電位,あるいは左右の触角電位どうしの信号を同時に計測することにより,行動解析に結び付けられる.

 LEDの点灯の画像解析から求まる筋電位の発火周期とスパイクの数の結果を,それぞれFig.6とFig.7に示す.Table 1にまとめたように,発火周期は43Hz,スパイクの数は1.3であるとわかった.

 本論文の結論を示す.自由行動下で計測可能なマイクロテレメータを試作した.電池を内蔵せずに外部から非接触でエネルギを供給するリモートパワリングシステムを採用し,電気回路をシンプルなものにすることにより約100mgの軽量デバイスを試作することができた.試作したマイクロテレメータを用いて,光による信号のトランスミッションを行い,筋電位や触角電位の発火タイミングを計測することに成功した.

Fig.1 テレメータの電気回路図

Fig.2 リモートパワリングによる電圧出力(上)と電力(下)

Fig.3 リモートパワリングによる筋電位計測のコンセプト図

Fig.4 インスツルメンテーションナンプ後の筋電位の波形

Fig.5 LEDの点灯タイミングの結果

Fig.6 筋電位のはばたき周波数

Fig.7 筋電位のスパイクの数

Table 1 画像解析の結果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「マイクロテレメータによる昆虫の生体信号の計測」と題し,5章からなっている.テレメトリの手法は,主に動物の行動解析において有効であるが,他にも心電図の遠隔計測のような医学や福祉分野においても利用は広まっている.本論文は,体重が1g弱の昆虫(カイコガ)を対象として,行動の自由を阻害しないような低侵襲の小型軽量な計測デバイス(マイクロテレメータ)を試作することを目的としている.マイクロテレメトリシステムを試作する上で,問題となる点を明らかにし,そのシステムの設計と試作,評価について総合的に論じている.また試作したマイクロテレメータを用いて実際にカイコガの飛翔筋の筋電位を計測することで,システム全体の有効性を示している.

 第1章は「序論」であり,研究の目的と意義,背景,論文の構成について述べている.

 第2章「LEDを用いた光テレメトリシステム」では,本研究で試作したテレメータの信号処理回路について,光を用いたトランスミッションの方法について提案している.具体的には,筋電位のテレメトリにおいて,解析の際に必要となるパラメータは発火タイミングであるので,それをLEDの点灯により計測する手法を提案し,従来の無線方式におけるテレメータと比較して電気回路の構成が1組のアンプとLEDにより構成されるので非常にシンプルであるとしている.本章で提案した回路を固定状態にあるカイコガに取り付け,はばたいているときの飛翔筋の筋電位を計測した.駆動源は9Vの電池とした.有線により計測した筋電位と,ハイスピードビデオカメラを用いて計測したLEDの点灯フレームを比較して同じ結果が得られていることを確認している.

 第3章「電磁誘導を用いたリモートパワリングシステム」では,本研究で試作したテレメータを駆動する方法として,外部から非接触でエネルギを供給するリモートパワリングシステムについて提案している.リモートパワリングの方式として電磁誘導を用いたエネルギ供給を採用している.昆虫に搭載可能なサイズを実現する上での条件の検討と,その回路設計および試作をおこなった.電磁誘導の原理を用いる上でコイルの形状とサイズは電力変換効率に関係する.空芯コイル,平面コイル,磁性体のコアの入ったコイルの3種類のコイルについて検討し,十分な電力を得ることができ昆虫に搭載可能なものはフェライトコアにコイルを巻いたものとしている.また,2次元を移動するカイコガからの生体信号を計測することを想定して,計測可能な場所とコイルの姿勢を調べている.変圧器のように静止したものに対するにおけるパワリングと異なり,昆虫が自由に位置や姿勢を変化することによる電力の変化について調べておくことは重要である.

 第4章「生体信号計測」では,第2章と第3章において述べた光テレメータとリモートパワリングという要素技術を統合して,実際に自由行動下のカイコガの飛翔筋の筋電位を計測している.まず,電池駆動による計測と同じ結果が得られることをハイスピードビデオカメラを用いた計測結果から示している.記録した映像から翅の運動と筋電位の発火タイミングが同時にわかることが利点であるとしている.また,匂い源に対する定位行動メカニズムの解明に関する実験のように,ゆっくりとした動きで記録時間が長期にわたる場合の計測方法として,光センサを用いたLEDの点灯タイミングの検出システムを提案している.この方式では,光センサの出力をオシロスコープでリアルタイムに見ることができるため,メモリ制限により数秒間の記録しかおこなえなかったハイスピードビデオカメラの欠点を補うことができている.さらに,カイコガの自由行動下での筋電位計測実験に対する考察を述べている.

 第5章「結論」では,本研究で得られた結論と今後の展望についてまとめている.

 以上のように,本論文はカイコガの自由行動下での筋電位計測実験により,試作したマイクロテレメトリシステムの有効性を実証したものである.論文中に示された特性評価実験から,カイコガ以外の動物においても適用可能であり,また筋電位以外の生体信号も同じシステムを用いて計測することができる汎用性に富むものである.本システムを用いることにより神経行動学の発展に貢献できることが予想される.

 よって,本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める.

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