学位論文要旨



No 117966
著者(漢字) 松本,高斉
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,コウセイ
標題(和) 単機能モジュールの分散配置によるその場構築可能なロボットシステム
標題(洋)
報告番号 117966
報告番号 甲17966
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5424号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 小林,郁太郎
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 下村,芳樹
内容要旨 要旨を表示する

 将来,ロボットが人間と共存する空間において様々な作業を担うことが期待されている.この実現のため,作業の内容と環境を想定し,センサやアクチュエータを可能な限り搭載した高機能なロボットを用いて作業の自動化を図るアプローチがこれまでとられてきた.しかし,実際の作業内容と環境は多様であり,特定のセンサとアクチュエータのみを固定的に装備するロボットを様々な作業に適用することは大変困難である.この問題を解決するため,ロボット設計の異なるアプローチとしてモジュール型ロボットが提案されている.モジュール型ロボットとは,一般にセンサやアクチュエータなどのハードウェアやそれらの制御用ソフトウェアなどをロボットの機能の単位として規格化し,機能の構成変更が可能なアーキテクチャを持つロボットを指す.このロボットの機能の単位をモジュールと呼ぶ.

 本研究ではセンサやアクチュエータなどの機能をモジュールとして環境や物体に分散配置し,それらの機能の組み合わせにより作業に適したロボットシステムをその場で構築する方針をとる.具体的には車輪による移動機能のみを備えるモジュール(以下車輪モジュール)とカメラによる観測機能のみを備えるモジュール(以下カメラモジュール)の組み合わせにより搬送を目的としたロボットシステムを提案する.分散配置されたモジュールを一つのロボットシステムとして動作させるためには以下の問題の解決が必要である.

1.複数のモジュールによる制御系の構築

2.分散配置された各モジュール間の位置・姿勢の同定

3.モジュールにより構成されたロボットシステムの操作

 作業に応じてモジュール間が互いに通信し,制御系をなすためには,各モジュールがどのモジュールとどのような通信を行うのかといった通信を決定する必要がある.またモジュールの組み合わせや配置が目的とする作業を実現可能な構成か否かを保障する必要がある.この問題を解決するため,目的とする作業毎にモジュール間の通信をペトリネットにより表現することで,制御系の構築を図る.ペトリネットは各モジュールの動作を表すモジュールレイヤと各モジュールの機能を呼び出すアプリケーションレイヤに分かれており,このアプリケーションレイヤのペトリネットにモジュールの組み合わせや配置が作業に適切か否かを調べる機構を設ける.これに従い,アプリケーションレイヤのペトリネットを変更することで他の作業に対応する枠組みを提案する.

 また,分散配置された各モジュールが協調して作業を行うためには互いの位置・姿勢を同定する必要がある.モジュール間の位置・姿勢の同定に関しては,ロボットシステムを構成するアクチュエータによる運動を行い,運動に伴うロボットシステムの状態変化をセンサにより観測することでセンサモジュールとアクチュエータモジュール間の位置・姿勢の同定を行う手法を提案する.より具体的には点光源によるマーカを取り付けた車輪モジュールの運動とその運動時の点光源の軌跡をカメラモジュールにより観測することで,車輪モジュールとカメラモジュール間の相対位置・姿勢を未知パラメータとするパラメータ同定を行う.この手法により特殊な計測機器を用いることなく,高速にモジュール間の位置・姿勢の同定が可能となる.

 また未知環境にモジュールを分散配置してロボットシステムを構成する場合,モジュールが完全自律的に作業を行うことは困難である.そのため,モジュールにより得られる情報を操作者に伝え,また操作者がモジュールに作業を提示するためのインターフェイスの提案を行う.操作者が環境中に配置された複数のカメラモジュールから送信される画像をもとに車輪モジュールを操作する場合を想定し,複数画像の関係を操作者に提示し,また操作者は画像における環境の特徴をシステムに提示することで作業を実行するインターフェイスの提案を行う.

 以上の各要素にもとづきロボットシステムを構築し,実験により有効性を示した.

審査要旨 要旨を表示する

 松本高斉(まつもとこうせい)提出の本論文は「単機能モジュールの分散配置によるその場構築可能なロボットシステム」と題し,全6章よりなり,作業と環境の変更に応じて,センサやアクチュエータなどの単一の機能を備えるモジュールを環境中に分散配置することでその場でロボットシステムを構築し,人間がインターフェイスによりシステムに介在することで,システムが構築された環境での作業実現を図る手法について論じたものである.

 第1章では,人間と共存する環境における作業実現のために提案されてきた従来のロボットの設計手法を概観し,多様な作業と環境に適応可能なロボットが実現されていないことを指摘した.これを踏まえ,作業が必要とされる場所において,作業に必要な機能を組み合わせることでロボットシステムを構築する「その場構築可能なロボットシステム」の概念について述べた.このロボットシステム実現方針として,1)ロボットを構成するセンサやアクチュエータなどの機能の単位をモジュールとして規定することで作業に応じた構成変更を可能とし,2)モジュールの環境中への分散配置を可能とすることで大域的な情報の観測と制御における頑健性の向上を図り,3)インターフェイスにより人間がロボットシステムに介在することでシステムが構築された環境での作業実現を図るものとした.よって,本研究の目的を「モジュール化された機能を環境中に分散配置することによるその場構築可能なロボットシステムの実現」とした.

 第2章においては,まずロボットシステムを構成するモジュールの機能の単位を設定した.機能の単位の設定にあたり,その場構築の観点から1)機能の組み合わせによる適応性,2)機能の配置による適応性,3)ロボットシステム構築の迅速性を評価基準とすることで,機能の組み合わせの自由度を保ちつつ,環境中への分散配置が意味をなし,また迅速なシステム構築を見込める機能の単位として「単機能モジュール」を定義した.単機能モジュールは具体的には,1)センサもしくはアクチュエータの機能,2)機能を制御する情報処理部,3)情報処理結果をモジュール間で共有するための無線通信部を備えており,この単機能モジュールを組み合わせて環境中に分散配置することによりロボットシステムを構築する.単機能モジュールによるロボットシステムの構築にあたっては,技術要素として1)論理的接続(モジュール間通信にもとづく制御系構築),2)物理的接続(分散配置されたモジュール間の相対位置・姿勢パラメータの同定),3)作業の提示(インターフェイスを介しての人間からモジュールヘの作業指示)が必要であることを述べた.また,カメラモジュールを環境に分散配置し,カメラの画像を用いて人間が車輪型移動ロボットからなる走行モジュールを目的地まで誘導する搬送ロボットシステムのその場構築を例題とし,この例題のもとでその場構築に必要な各技術要素を実現する方針を示した.

 第3章では,第2章で述べた論理的接続として,モジュール間通信にもとづく制御系構築について述べた.多様なモジュールを接続し,また作業に応じた制御系を構築するため,まず各モジュールの振る舞いをペトリネットにより予め記述し,また作業毎のモジュール間の接続をペトリネットとして記述しておくことで,制御系の構築を必要とされるその場でペトリネット同士を接続する方針とした.これにより各モジュールの並行な動作を確認しながら制御系を構築することが可能となった.また,その場構築されたロボットシステムの制御系による各部の動作が実際の環境において作業を実現できなければ制御系が構築されても意味をなさない.これを踏まえ,システムが構築された環境において.物理的な条件として例えば走行モジュールの誘導における目的地までの経路がカメラモジュールの観測範囲内にあるか否かといった条件の確認をシステム側が受け持つことで,ロボットシステムをその場構築でする人間を支援し,また作業の達成を保証する.この作業保証を実現するため,モジュールの振る舞いを表すペトリネットと作業毎のモジュール間の接続を表すペトリネットの間に各モジュール間の通信を監視し,目的とする作業に対する物理的条件が満たされているかどうかを判断し,操作者である人間に提示するペトリネットを設けた.これによりその場構築されたシステムによる作業の保証を実現した.

 第4章では,物理的接続として,分散配置されたモジュール間の相対位置・姿勢パラメータの同定手法を提案した.パラメータ同定手法を提案するにあたり,システムを構成するモジュール以外の計測機器などを用いず,可能な限り迅速に,作業に必要な精度を満たすことを条件とした.これを踏まえ,ロボットシステムを構成する走行モジュールに適当な運動を行わせ,その運動をカメラモジュールにより観測することで相対位置・姿勢パラメータを同定する手法を提案した.この手法において,走行モジュールの運動がパラメータ同定精度とパラメータ同定に必要な時間に影響を与えることを考慮し,走行モジュールのデッドレコニングにおける走行誤差とカメラモジュールによる観測誤差のパラメータ同定精度への影響を解析し,パラメータ同定精度を小さし,また作業に必要な精度を満たす範囲で運動を最短に留めるような運動の設計を行った.シミュレーションによる運動の設計とこれにもとづく実験を行い,作業に必要な精度を満たし,迅速なパラメータ同定を実現した.

 第5章では,論理的接続と物理的接続によりその場構築された搬送ロボットシステムに対して,操作者による複数のカメラ画像からの状況把握を支援し,その場で作業を教示可能なインターフェイスについて述べた.具体的には,操作者による複数のカメラ画像からの状況把握の支援を目的として,複数のカメラ間の共通の観測範囲を各カメラによる実画像上に提示することにより画像間の関係を提示した.また,システムが構築された環境においてはシステムが環境に対する知識を事前に持たないことを想定し,環境の特徴をその場で教示することにより,走行モジュールヘの容易な移動指示を可能とした.

 最後に第6章では,本論文の結論を述べている.本論文では多様な作業へのロボットの適用を目的として,モジュール化された機能を環境中に分散配置することで,任意の場所で作業に必要な機能を満たすその場構築可能なロボットシステムを提案した.モジュール間の諭理的接続を目的としてペトリネットによる制御系構築と作業の保証を行い,物理的接続を目的としてモジュールの運動とその観測にもとづく迅速かつ作業の要求精度を満たすパラメータ同定を行い,構築されたロボットシステムに対して,複数のモジュールの情報を統合して状況判断を把握しつつ,環境の特徴をその場で教示することで容易に作業が行えるインターフェニイスを実現した.

 以上により,本論文により多様な作業と環境に対し,その場構築により適応可能なロボットシステムのアーキテクチャが確立されたといえる.本アーキテクチャは搬送ロボシットシステムを例題として具体的な問題解決を図っているが,モジュールの構成や作業が変更された場合においても,1)論理的接続,2)物理的接続,3)作業の提示における各アプローチはその場構築を指向するロボットシステムに適用可能である.

 この研究は,ロボットシステムの新しいアーキテクチャとして今後のロボッート研究の進展を導くものであり.ロボット工学や精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大であると考えられる.

 よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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