学位論文要旨



No 117968
著者(漢字) 大橋,晃太
著者(英字)
著者(カナ) オオハシ,コウタ
標題(和) 骨髄移植用低侵襲造血幹細胞採取デバイスに関する研究
標題(洋)
報告番号 117968
報告番号 甲17968
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5426号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 講師 波多,伸彦
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 白血病,悪性リンパ腫など造血器腫瘍の治療を目的として、同種骨髄移植が近年さかんに行われており、それに伴い、骨髄移植時のドナーからの骨髄採取は、今後ますます増加することが予想されている。また、骨髄細胞に含まれる造血幹細胞や間葉系幹細胞は、再生医療の幹細胞ソースとしても多くの注目を集めている。

 ここで骨髄採取方法に目を向けると、今日主流である腸骨からの骨髄採取方法(Aspiration Method)は、簡単な器具(マルク針)で採取できる反面、ドナーへの合併症(重篤な場合、心肺不全,脳血管の脂肪塞栓等)が問題となっている*1。そこで、低侵襲骨髄採取法を提案し、それを実現するためのデバイスを開発する。試作機による評価実験を通じてその有用性を検討した。

2.方法

 Aspiration Methodの解決すべき問題点は、(1)穿刺回数の多さ,(2)採取効率の悪さに大別される。広範囲の骨髄を採取するためには、多数回の穿刺を要する。また、採取した骨髄中に骨髄細胞は少なく、よって大量の骨髄採取が必要となり、数時間の全身麻酔下で長時間の手技が行われる。この2つの問題点を解消すべく、低侵襲造血幹細胞採取デバイスを考案していく。デバイス開発の参考とするため、骨髄の粘弾性を測定した結果、骨髄は降伏値が平均1140Pa、ずり流動性を示す非ニュートン流体であることが確認された。従って、高いずり速度を発生させることで効率的に骨髄を採取できると考えられる。

2-1 骨穿孔軟性ドリルを用いた造血幹細胞採取マニピュレータ

 既存手法の問題点を解決する方法として、骨穿孔軟性ドリルを用いた造血幹細胞採取マニピュレータを考案した*2。穿刺回数を最小限に抑えるため、軟性のカテーテル状デバイスの先端にエンドミルを装備した"骨穿孔軟性ドリル"を用いて海綿骨に穿孔しながら骨髄を吸引していく。さらに、骨髄採取効率を高めるため、"造血幹細胞採取マニピュレータ"を用いて、アクチュエータにより機械的に強い陰圧を発生して骨髄を吸引する。手動によるAspiration Methodに比べ高いずり速度を発生し、広範囲から効率的に骨髄を採取できると考えられる。

 次に、この概念に基づいた試作機を製作した。骨穿孔軟性ドリル、造血幹細胞採取マニピュレータ、パワーユニットから構成される。海綿骨は皮質骨に比べ脆いため、穿孔する骨穿孔軟性ドリルの先端は鈍なものとし、皮質骨に沿って受動的に屈曲しながら海綿骨を穿孔できるよう設計した。また造血幹細胞採取マニピュレータでは骨髄吸引のための陰圧と、ドリル先端の軸方向の振動を発生させる。

 試作機の性能評価として、まず試作機を用いたブタ腸骨への海綿骨穿孔実験を行った。振動の穿孔における有用性(特に回転数200rpm以上)と、軟性ドリルによる皮質骨に沿った穿孔(全長75.0〜131mm)が確認された。また、屈曲特性を計測するため、骨モデル(Sawbones)を用いて海綿骨モデルから皮質骨モデルヘ向けて角度を変化させながら穿孔した結果、入射角度20°以下、曲率半径58mm以上であれば受動的な屈曲が実現できることが明らかとなった。

 次に、骨髄採取に関する評価として、実験動物(ブタ牌骨)を用いた試作機による骨髄採取実験を行った。腸骨稜からマルク針を用いて皮質骨を貫通後、骨穿孔軟性ドリルにより海綿骨を穿孔しながら、造血幹細胞採取マニピュレータを用いて骨髄を吸引採取していく。採取した骨髄の有核細胞数を計数し、濃度[cells/μl],単位時間あたりに採取された細胞数[cells/min],1回の穿刺あたりに採取された細胞数[cells/pucture]をTable Iに示す。単位時間あたり2倍以上、1回の穿刺あたり6倍以上の細胞を確保された。これらの結果より、骨穿孔軟性ドリルを用いた造血幹細胞採取マニピュレータが、最小限の穿刺回数で高い効率で骨髄採取が可能であることが示唆された。

2-2 Perfusion Methodを用いた骨髄灌流採取デバイス

 Perfusion Methodは、近年提案された低侵襲骨髄採取手法である*3。Aspiration Methodと異なり、海綿骨の間隙に生理食塩水を灌流することですり応力を発生させ広範囲から少ない穿刺回数で骨髄を採取することができる。しかし腸骨でのPerfusion Methodは、灌流時の流量と陽圧が過大である場合に脂肪塞栓症等の合併症が生じること、広範囲から灌流するには多点から灌流を協調して行う必要があることから、術者が行うのは困難である。そこで、これらの自動化を実現する装置を考案した。アクチュエータを用いて圧力・流量を制御し、数点からの灌流を協調して行うことで、腸骨に対するPerfusion Methodの自動化を実現する。

 概念設計に基づいて、試作機を製作した。試作機の機構としては、シリンジ(60ml)を直動機構で牽引し、陰圧を発生させるものである。目標の圧力値との差分をフイードバック制御していく。 ブタ腸骨を用いたin vitroでの骨髄灌流採取実験を行った。灌流された部分を染色しその面積を測定した結果、90[mm]間隔で3点間の灌流を行った場合、腸骨全体面積の平均61%から灌流が可能であった(n=5)。よって、最小限の穿刺による広範囲からの骨髄灌流採取への可能性が示された。また、灌流速度は毎分15.2mlとなり、池原らのPerfusion Methodにおける報告を参考にすれば、移植可能な細胞数を約30分程度の灌流時間で採取可能である可鯉性が示唆された。実験動物を用いた骨髄採取実験において、移植に必要な有核細胞数を得ることを考えた場合、2台のデバイスを協調して駆動することで、既存のAspiration Methodでは41回の穿刺を伴うところを4回の穿刺で、また82分の時間を要するところを約39分で採取可能であった。これらの結果から、本手法が既存手法に比して少ない穿刺回数で効率的な骨髄採取を実現できる可能性が示唆された。

2-3 考案したデバイスを併用した低侵襲骨髄採取システムとその有用性

 骨穿孔軟性ドリルを用いた造血幹細胞採取マニピュレータを用いた動物実験結果から、移植に必要な有核細胞数を得るには、10回以上の穿刺が必要であることが予想される。現状の手法に比して回数は減少するものの、さらなる効率化が求められる。

 一方、Perfusion Methodを用いた骨髄自動灌流採取デバイスは、腸骨稜にのみアプローチし灌流を行うため、ヒト腸骨の広範囲から骨髄をくまなく採取することは難しい。また、灌流には異方性があり、腸骨稜-腸骨稜間には灌流が生じにくい可能性が評価実験において示された。

 そこで、両者を併用することで、この問題点を解決することが期待できる。つまり、骨穿孔軟性ドリルを用いて腸骨稜から腸骨内部に穿孔し、ルートを生成し、それと並行して腸骨稜から骨髄自動灌流採取デバイスを用いて骨髄を灌流採取していく。このような方法をとることによって、ヒト腸骨の広範囲から骨髄の採取が可能と考えられる。

 このような骨髄採取システムが実現することで、将来的には再生医療や遺伝子治療など様々な細胞療法用の幹細胞を採取するデバイスとして応用が期待される。ドナーや患者,死体などから本デバイスを用いて幹細胞を採取し、細胞療法的処置を行った後、患者の体内に戻すといったサイクルの一役を担うデバイスとしての利用が考えられる。

3.まとめ

 低侵襲な骨髄採取を実現するデバイスとして、骨穿孔軟性ドリルを用いた造血幹細胞採取マニピュレータと、Perfusion Methodを用いた骨髄灌流採取デバイスを提案し、in vitroでのブタ腸骨を用いた実験と、実験動物からの骨髄採取実験結果より、両者の有用性が確認された。今後、両者を組み合わせた、低侵襲造血幹細胞採敢システムを構成することで、さらなる低侵襲化・効率化が期待できる。

 今後、試作機の改良を行うと同時に、滅菌性・再利用性へのさらなる配慮や、採取された骨髄に対するコロニーアッセイ法などを用いたviabilityの評価を行っていく。

参考文献

1) C.D. Buckner et al.:"Marrow harvestmg from normal donors," Blood Sep; 64(3) (1984) pp.630-4

2) K. Ohashi et al.:"A Stem Cell Harvesting Manipulator with Flexible Drilling Unit for Bone Marrow Transplantation", Proc. of MICCAI Vol.1 (2002) pp.192-199

3) T. Kushida et,al.:"Comparison of Bone Marrow Cells Harvested from Various Bones of Cynomolgus Monkeys at Various Ages by Perfusion or Aspiration Methods: A Preclinical Study for Human BMT," Stem Cells, Vol.20, N0.2 (2002) pp.155-162

審査要旨 要旨を表示する

 論文題目「骨髄移植用低侵襲造血幹細胞採取デバイスに関する研究」の学位論文は、血友病治療や再生医療における骨髄移植用の造血幹細胞を低侵襲的に採取するデバイスの開発を目的としたものである。本研究の成果は、工学技術を応用した「低侵襲造血幹細胞採取デバイス」の提案により、現在行われているAspiration Methodに代わりうる、ドナーからの低侵襲骨髄採取法のプロトタイプを開発し、評価実験を通してその有用性を検証したことである。

 本論文の第1章は序論であり、骨髄利用による生医療の概略、および現行の骨髄採取法(spiration Method)に関する概略とその医学的問題点が記述されている。

 第2章では、上記本論文の目的を述べている。

 第3章では、低侵襲骨髄採取法の提案をしている。まず、研究対象物である骨髄の解剖学的な特徴を記載し、その物性として、実験動物から採取した骨髄を用いて静的粘弾性と動的粘弾性の測定を行った。この骨髄の特徴に基づき、骨穿孔軟性ドリルを用いた造血幹細胞採取マニピュレータとPerfusion Methodを用いた骨髄自動灌流採取デバイスの概念を提案した。造血幹細胞採取マニピュレータは、軟性ドリルを用いて海綿骨に穿孔しながら骨髄を機械的に吸引採取するもので、これにより広範囲の骨に含まれる骨髄を最小限の穿刺回数で採取可能となり、また強い陰圧を用いることで効率的な骨髄採取が可能となる。一方、骨髄自動灌流採取デバイスでは、Perfusion Methodを応用して生理食塩水を灌流して骨髄を採取するため、末梢血混入を最小限に抑えることが可能となった。

 第4章では、試作機開発と評価を行っている。第3章において提案した2つのデバイスについて、そのプロトタイプを開発し、評価実験を通して有用性を検証している。まず、骨穿孔軟性ドリルを用いた造血幹細胞採取マニピュレータでは、ブタ腸骨を用いたinVitroでの海綿骨穿孔実験、ファントムを用いた骨髄吸引実験、そしてin vivoでの骨髄採取実験を行った。穿孔速度、採取骨髄の有核細胞数カウント等の結果から、試作機が腸骨の広範囲から既存手法に比して少ない穿刺回数で効率的な骨髄採取を実現する可能性が示唆された。一方、Perfusion Methodを用いた骨髄自動灌流採取デバイスでは、ブタ腸骨を用いたin vitroでの骨髄灌流採取実験を行った後、in vivoでの実験動物からの骨髄灌流採取実験を行い、3点のみの穿刺で移植に必要な細胞数が得られ、また所要時間も既存手法の約50%に抑えることが可能であった。

 第5章では、提案した2つのデバイスに関して、臨床応用を行う際の問題点、今後の課題について考察している。また、再生医療や遺伝子治療など様々な細胞療法用の幹細胞採取デバイスとしての応用について言及している。さらに、骨髄の採取部位として大腿骨に残存する赤色髄の採取デバイスについての提案と実験から得られた知見を述べている。

 第6章では、骨穿孔軟性ドリルを用いた造血幹細胞採取マニピュレータと、Perfusion Methodを用いた骨髄自動灌流採取デバイスが、既存のAspiration Methodに代替するデバイスとしての有用性が示された点を結論としてまとめている。

・骨髄の静的/動的粘弾性を計測した結果、骨髄は粘弾性固体として表現され、1140Paという高い降伏値を持った擬塑性流体の性質を持つことが明らかとなった。

・骨穿孔軟性ドリルを用いた造血幹細胞採取マニピュレータは、ブタ腸骨からの骨髄採取実験において、単位時間あたりに採取される有核細胞数が既存手法の約2倍,1回の穿刺により採取される有核細胞数が既存手法の約6倍であった。

・Perfusion Methodを用いた骨髄自動灌流採取デバイスは、ブタ腸骨の灌流実験において、3点の穿刺による各点間のデバイスによる灌流で、1.4×104[ce11s/μl]の有核細胞数を得て、同一点から320ml以上の骨髄を毎分11.1mlの灌流量で採取可能であった。これにより移植に必要な細胞数は、4点のみの穿刺で所要時間20分程度で術者一人により採取可能と推測できる。

 以上のように、本論文で開発したシシテムは、従来方法では骨髄を採取するドナーに多大の危険と負担をかけていたのに対して、極めて低侵襲で時間的にも早く骨髄採取ができることが示唆された。これは、骨髄移植患者のみならず、今後発展が期待される再生医学による治療においてもその役割が大いに期待されるものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

UTokyo Repositoryリンク