学位論文要旨



No 117972
著者(漢字) 三嶋,晶
著者(英字)
著者(カナ) ミシマ,アキラ
標題(和) 心筋細胞膜活動電位光学マッピングシステムの開発とその不整脈研究への応用
標題(洋)
報告番号 117972
報告番号 甲17972
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5430号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 稲田,紘
 東京大学 教授 高増,潔
内容要旨 要旨を表示する

 心臓突然死の主要な原因である心室細動は、その大部分が心室頻拍を契機として発生することから、VF/VTの発生機序解明は心臓病学の課題となっている。電気生理学的見地から、単電極による1点での膜電位変化のみならず、心臓における興奮伝播の空間ダイナミクスを詳細に解析する方法が求められている。

 まず、高速度カメラを用いた心筋細胞膜活動電位の光学マッピングシステムを開発し、256x256の画像分解能を持ち、43[μm/pixel]の空間解像度、4500[fps]のサンプリングレートでの心臓活動電位光マッピングを可能とした。また、立ち上がりが1[ms]以下となる心筋神経細胞の応答を同様のオーダーで計測することが可能となった。そして、基本刺激下あるいは頻拍中の膜活動電位を記録することで、イオンチャネル抑制が興奮伝播様式に与える変化を解析可能とし、頻拍時の旋回興奮成立機構を解析可能とした。旋回興奮が心筋層をさまようように移動するミャンダリング現象にたいしても、解像度を維持したまま広領域のマッピングを可能とし、Figure of eight等の現象で複数の波面が干渉し合う様子を観測・解析可能とした。

 また、不整脈中により近い心筋特性を計測・解析するために、Dynamic Pacingおよび心筋のmemory effectを排除したFeedback Based Pacingの両刺激プロトコル、回復曲線仮説に基づく心筋特性解析法を実装した膜活動電位光シグナル処理システムを構築し、より不整脈中の興奮伝播パターンに近い刺激を発生させる刺激プロトコルをもとに心筋細胞の特性を諭ずることを可能とした。その結果、短い興奮間隔の持続によって回復曲線の傾きが急にする方向に変化し、VTからVFへ変化しやすいことなどを論じた。同時に、システム化に伴う回復曲線計測時間の、時間単位から分・秒単位への短縮によって、チャネル抑制に等に伴う特性変化をより細かい時間経過で取得し、解析対象に加えることを可能とした。

 本研究において開発された心筋細胞膜活動電位マッピングシステムは工学的な特徴から心筋細胞の電気生理学的研究を支援し、心臓不整脈という病の治療法確立に多大に貢献する、医用生体工学領域の画期的なシステムであると結論づけられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は心室筋の刺激伝導について光学計測法に基づく心筋細胞膜活動電位光学マッピングシステムを構築し、刺激アルゴリズム、あるいは刺激に対する心筋膜電位や心室筋組織全体での興奮伝播様式の解析機能をもとに不整脈研究へ応用したものである。

 心臓突然死の主要な原因である心室細動は、その大部分が心室頻拍を契機として発生することから、VF/VTの発生・維持・停止機序解明は心臓病学の課題となっていた。電気生理学的見地より、単一細胞の膜電位変化のみならず、心臓における興奮伝播の空間ダイナミクスを詳細に解析する方法が求められていた。一方で、非薬物治療として行われている除細動の成功のためには、電気刺激による心筋細胞の応答ならびに心臓全体での応答を研究する必要があった。十分な時間・空間解像度を持つ光学マッピング下に電気刺激を与えることで、電気刺激に対する心臓全体の興奮過程を詳細に検討することが可能となる。

 第1章では研究背景として、心室性不整脈が心臓突然死の原因であること、不整脈発生時の除細動刺激、心臓の刺激伝導系、直接の観測対象である心筋細胞膜活動電位、従来の細胞膜活動電位計測法について解説をした。第2章では目的を具体化し、第3章において高速度デジタルビデオカメラレコーダを用いた高い時間・空間分解能を有する光学マッピングシステムを構築し、性能の検証をおこなった。第4章では前章で構築したシステムを用いて、抗不整脈薬を投与したウサギ心標本で、Naチャネルの抑制作用によって活動電位に生じた変化が、心臓全体の興奮様式に与える影響を観測した。第5章ではVF/VT中にみられる旋回型興奮波面が心筋層をひろく移動するミアンダリング現象を代表とする、広範囲の観測が必要とされる興奮波面の解析にシステムを適用するため、複数台のカメラを用いて活動電位を計測し、それぞれのカメラ画像を統合することで、心外膜のより広い領域における膜活動電位マッピングを可能とした。その結果、観測領域は39%増加し、右室側壁から左室側壁までの広い領域に対して行った頻拍中のリエントリ観察では、1方向からの撮影のみではみられなかった興奮波同士の干渉する様子をとらえることが可能となった。第6章では心筋細胞を不整脈中に近い興奮間隔で刺激したうえで心筋特性を計測・解析すること、ならびに、不応期からの回復特性を考慮した除細動刺激を与え、それに対する心筋の応答を計測することを目的とし、Dynamic Pacingおよび心筋のmemory effectを排除したFeedback Based Pacingの両刺激プロトコルと、回復曲線仮説に基づく心筋枠性解析法とを実装した膜活動電位光シグナル処理システムを構築した。そして、より不整脈中の興奮伝播パターンに近い刺激プロトコルあるいは不整脈状態にある心臓の電機刺激に対する応答をもとに、心筋細胞の特性を論ずることを可能とした。短い興奮間隔の持続によって回復曲線の傾きが急になる方向に変化し、VTからVFへ変化が生じやすいことが示された。システム化に伴い回復曲線取得に要する時間は、時間単位から分・秒単位へ短縮した。また、マッピング結果を連続しない設定時間毎に保存することが可能となった。このことによって、心筋特性をより細かい時間経過毎に取得し、チャネル抑制・神経抑制等に伴う急峻な心筋特性変化を解析・研究対象に加えることが可能となった。

 以上の通り、本研究において開発された心筋細胞膜活動電位マッピングシステムは工学的な特徴から心筋細胞の電気生理学的研究を支援し、心臓不整脈という病の治療法確立に多大に貢献する、医用生体工学領域の画期的なシステムであると結論づけられる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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