学位論文要旨



No 117977
著者(漢字) 伊藤,隆
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,タカシ
標題(和) エアロスパイクノズルの性能評価と流れ場の数値解析
標題(洋) Flowfield and Performance Analysis of the Aerospike Nozzles for the Future Space Vehicles
報告番号 117977
報告番号 甲17977
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5435号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,孝蔵
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 稲谷,芳文
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では将来の再使用型宇宙往還機用推進ノズルとして利用候補に挙がっているエアロスパイクノズルの流れ場の数値シミュレーションを行い、性能評価を行っている。ノズルの形状としては、環状型、リニア型、及びクラスター型(6,12,及び24モジュール)を考慮している。

 まず、計算結果の妥当性を評価するため、航空宇宙技術研究所で用いられた半頂角25度の円錐型のエアロスパイクノズル及び、ヨーロッパのResearch and Technology Working Group 10が用いたリニア型エアロスパイクノズルを用い、圧力比をさまざまに変化させることで実験結果と比較した。ここで、圧力比は燃焼室圧力と外気圧の比をとっており、低圧力比は低高度領域に相当し、高圧力比は高高度領域に相当する。

 低高度(低圧力比)領域、高高度(高圧力比)領域のいずれの場合も数値シミュレーションで得られたスパイク部表面上圧力分布、流れ場のシュリーレン画像共に実験結果と非常に良い一致を示し、数値シミュレーションが実験結果を模擬できることがわかった。

 まず環状型エアロスパイクノズルを用いて数値計算をした結果、環状型エアロスパイクノズルは高度補償性を示し、等エントロピ過程を考慮し常に適正膨張辛実現すると仮定した理想的な推力係数分布と傾向が一致した。ノズルの軽量化を図るためノズルの切断を行った場合、ベース圧が切断による推力損失を補填することがわかった。また、ベース圧は低圧力比領域では外気圧に影響を受け、高圧力比領域では外気圧に無関係に一定の値をとり、外気に影響を受けなくなることがわかった。このベース圧の特性変化を調べるために外部流を導入し、排気流と外部流の干渉により発生するバレル種灘波を誘発しベース領域の流れ場を詳細に調べた。その結果、ノズル下流中心軸上にはノズル排気流同士の干渉による高圧力領域とバレル揮撃波突入による高圧力領域の二つの圧力ピークが存在し、ベース流の澱み点はどちらかより高圧側に形成されることがわかった。低圧力比領域で澱み点がバレル衝撃波突入により形成される高圧領域に形成される場合、ベース領域は外気圧に影響を受け、また圧力比が高くなり排気流同士の干渉による高圧領域に澱み点が形成された場合にはベース領域は外気に影響を受けなくなる。このことから、外部環境の情報はバレル衝撃波によりベース領域に伝達されることがわかった。バレル衝撃波が後流の亜音速域に突入してもベース領域は外気圧に影響を受けないケースが存在したため、移流現象によって外気圧の情報はベースに伝わる。ベース領域が外気圧に影響を受ける低圧力比領域において外部流マッハ数が増加すると、ベースは抗力として働き特性変化が起こる圧力比は低下するが、外部流マッハ数が遷音速に達するまでに特性変化が起きれば、ベースは抗力として働くことはないことがわかった。

 エアロスパイクエンジンは推重比などを考慮にいれるとガスジェネレーターサイクルを使用することが最適とされている。ノズルの長さを短くすることで多少の損失は発生してしまうが、ガスジェネレーターサイクルのタービン駆動後のガスをベースから二次流として噴射することでベース圧を上げ推力を増加させることができる。そこで、環状型エアロスパイクノズルを用いて最適な二次流噴射法を検討した。ベース領域の循環流には超音速領域が存在し、ベース壁面上の圧力分布も循環流の膨張や圧縮によって大きく変わってくる。そこで、二次流噴射をベース領域の低圧部と高圧部の領域から行ない圧力分布の変化の様子を調べた。その結果、ベース端領域から二次流を噴射するとベース領域全体の圧力分布が上昇することが明らかになった。運動量推力も考慮に入れるとベース端領域から中心軸と平行に噴射させる方法が最も推力を増加させる方法であることがわかった。二次流を噴射する際にベースの循環流を促進する方向に噴射するとベースの圧力上昇が大きくなり、推力増加の効率がよいこともわかった。そのため、ベース中心軸付近から噴射した場合には循環流を壊す方向に噴射するため、ベース圧の上昇率は考慮した噴射法の申では一番悪い。更に推力係数を用いて低圧力比領域から高圧力比領域に対して最適な二次流噴射法を導入し性能評価を行なった結果、全ての圧力比領域で二次流噴射が無い場合よりも推力上昇が見られ、高度補償性も維持されることから二次流噴射の妥当性を確認することができた。

 エアロスパイクノズルを実機に適応する場合、スロート等での熱的な問題から噴射口をモジュール化したクラスター型ノズルの採用が有望視される。そこで6、12及び24モジュール型エアロスパイクノズルに対して数値計算を行うことにより流れ場及びノズルの特性を創面した。モジュール同士が周方向に配置されているため周方向にも排気流が膨張し、排気流同士が干渉することで複雑な流れ場を形成する。その際、傾斜部には干渉による高圧領域が点在するが、ノズルを切断し軽量化を図る際に、モジュール数が少ないほど傾斜部の高圧領域において切断が行われ、傾斜部においては推力損失につながる。しかし、ノズルの長さが短くなればなるほどベースでの圧力は環状型形状の場合よりも増大し、クラスター型ノズルであっても推力損失の補填につながることがわかった。ノズル傾斜部ではノズル排気流同士の干渉によりモジュール間及びモジュール中心線上の圧力分布には大きな違いを生じるが、ベース領域までは影響がほとんど及ばずベース領域では軸対称な流れ場になることがわかった。ベース領域は低圧力比領域では外気圧に影響を受け、高圧力比領域では外気に影響を受けないという環状型エアロスパイクノズルで見られる性質と同じ性質をもつものであることが分かった。また、モジュール化を行っても高度補償性を持つノズルであることが確認できた。モジュール数を減らすと周方向の膨張により形成されたモジュール間の低圧領域によって、性能は低下していく。しかし、モジュール間の距離を無くした形状で性能評価を行った結果、同じモジュール出口面積をもった環状型エアロスパイクノズルの性能とほぼ同じ性能がでることがわかり、モジュール間隔をなるべく少なくする形状を考慮する必要性を示した。

 エアロスパイクノズルを再使用型単段式宇宙往還機に適応した場合、着陸フェーズにおいてモジュールの噴射を制御する可能性がある。そこで、点対称に配置されたモジュールを停止させた場合に推力にどのような影響を及ぼすかを調べた。その結果、作動しているモジュール数が同じであっても、作動しているモジュールの配置によって推力が変化することがわかった。隣り合ったモジュールが作動している場合、そのモジュール間下流の傾斜部に排気流同士の干渉による高圧領域が形成され、推力に寄与する。高圧領域の数は作動しているモジュールの配置によって変わってくる。そのため、同じ作動モジュール数を持ったノズル同士を比較した場合、隣り合った作動モジュールの数が多ければ多いほど推力は増加することがわかった。

 近年再使用型宇宙往還機の設計において、再突入時に揚力を稼ぐためリフティングボディ形状を考慮する場合が多い。リフティングボディ形状を考慮した場合には、リニアエアロスパイクノズルを搭載した方が機体との融合の観点から理想的である。そこで、簡単なリニアエアロスパイクノズル形状を用いて計算を行った。リニアエアロスパイクノズルの両端に横方向の膨張による損失を抑えるためにSidewallを設けたものと設けない場合の二つの形状を考慮した。Sidewallを設けない場合にはノズルの対称面付近では二次元的な流れを有するが、両端に近くなるほど三次元性が大きくなることがわかった。低圧力比領域においては横方向の膨張も少なく、また両端付近では過膨張による衝撃波がノズル壁面に衝突することで圧力が上がり、Sidewallがない場合でも推力低下をある程度防ぐことができる。しかし、圧力比が高くなり横方向の膨張が激しくなると推力低下が大きくなり、Sidewallが必要になることがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)伊藤隆提出の論文は、"Flow field and Performance Analysis of the Aerospike Nozzles for the Future Space Vehicles"(邦題:「エアロスパイクノズルの性能評価と流れ場の数値解析」)と題し、本文9章及び付録1項からなっている。

 近年では打ち上げコスト低減のために完全再使用型単段式宇宙往還機の開発が注目を浴びている。このような宇宙往還機では打ち上げから軌道投入まで単一の推進システムを利用するため、推進システムとして高度補償性を有するエアロスパイクノズルの利用が有望視されている。エアロスパイクノズルはスペースシャトルの搭載候補にも挙がり1960年代から盛んに研究が行われてきたが、設計上の様々な問題点が指摘され、現在用いられているベル型ノズルに座を奪われ研究が停滞した。90年代に入り、完全再使用型宇宙往還機にエアロスパイクノズルの搭載が決定してからは再び研究が盛んになった。しかしながら、研究の多くは実験に基づいた個別的な議論や得られた性能に関わる議論に終始し、エアロスパイクノズルの設計に必要な性能の背景となる流体現象に対する理解は得られていない。

 このような観点から、筆者はエアロスパイクノズルの流れ場の数値解析を行い、エアロスパイクノズルの複雑な流体特性を把握し、エアロスパイクノズルの最適設計への指針を得ることを目的として研究を行った。エアロスパイクノズルは将来の宇宙輸送において使用される可能性が高いノズルであり、本論文はエアロスパイクノズル開発、ひいては完全再使用型単段式宇宙往還機の開発に有用な知見をもたらすものである。

 第1章は序論で、これまでのエアロスパイクノズルに関する研究を概観し、今現在何がわかっていないかを示し、本論文の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、数値解析法の詳細が述べられている。基礎方程式は3次元圧紺性Navier-Stokes方程式を用いている。計算手法として従来から広く用いられている一般的なものを利用しているが、ノズルの特性評価には経験上十分な信頼性を有するものである。

 第3章では、航空宇宙技術研究所で用いられた円錐形のエアロスパイクノズル及びNATO RTO Working Group10で用いられたリニア型エアロスパイクノズルに対する数値解析を行い、実験結果と比較することで第2章で示した数値解析手法の妥当性を確認している。

 第4章では環状型エアロスパイクノズルを用いてエアロスパイクノズルの基礎的な流れ場及び性能の評価を行っている。まず、軽量化のためのノズル切断が性能へ与える影響が小さいことを示し、その理由がベースで発生する推力増加のためであることを明らかにしている。またベースでの推力寄与が重要であることからベース圧に注目し、ベース圧はある圧力比で急激な特性変化を示すことを明らかにした。さらに、この特性変化のメカニズムを解明することが設計において重要であることを指摘している。続いて、解析結果に基づいて、新たな特性変化のメカニズムを提案し、それについて詳細に議論している。その結果、特に低圧力比の条件下で発生するベースの抗力低減のための指針を得ている。

 第5章では、ベースからの最適な二次流噴射法について述べている。エアロスパイクノズルにガスジェネレータサイクルを使用する場合、タービン駆動後の排気流を二次流としてベース排気することで全体の推力が向上することが言われていた。しかし、最適な二次流噴射法については述べられた研究例は無く、著者は本章で最適な二次流噴射法について検討している。その結果、ベースの端から推進方向に平行に噴射する方法がベースの循環流を促進し、ベース領域の圧力を向上させる優れた噴射方法であることを明確にしている。

 第6章では、クラスター型エアロスパイクノズルの解析結果について述べている。まず、環状型エアロスパイクノズルにおいて得られた特性がクラスター型エアロスパイクノズルにおいても成立するのかを確認した結果、環状型でのベース特性がクラスター型ノズルに適用できることを示している。さらに、過去の研究では議論されていなかったクラスターノズルにおけるノズル長さ及びモジュール数の影響を調べている。その結果、ノズルを切断することで排気流干渉による高圧部位が切断され、傾斜部での推力低下が顕著に現れるが、ベース圧の増加がそれを補うことから、同じモジュール数同士の性能にはほとんど差異がないことを示している。また、ノズルの推力構成分布及び圧力分布を調べた結果、モジュール間で発生する傾斜部分の低圧領域を減少させることが環状型ノズルと比較した場合の性能低下を食い止める鍵であることを示し、モジュールの間隔をつめることでこの低圧領域を無くした場合には環状型ノズルに匹敵する性能を発揮できることを示している。

 第7章では、クラスター型エアロスパイクノズルのモジュールを制御させた場合について検討している。面対称状に位置する作動モジュールを様々に停止させ、推進方向に働く推力のみの検討を行い推力に及ぼす影響を調べている。作動モジュール数の減少にともない推力は減少するが、作動モジュールの配置を工夫することによって排気流同士の干渉領域を増加させ、推力低下をある程度防ぐことが可能であることを明らかにしている。

 第8章では、リニア型のエアロスパイクノズル特有の現象である横方向の膨張による推力損失の影響を調べるために、リニアエアロスパイクノズルを用いて解析を行っている。その結果、横方向の膨張を抑えるSidewallが特に高圧力比の領域において重要となってくることを示している。

 第9章は、結論であり本研究で得られた知見をまとめている。

 付録は1項からなり、本研究で用いた等エントロピ膨張を仮定したノズルの設計方法について述べている。

 以上要するに、本論文は様々な形状に対して広い圧力比の条件下でエアロスパイクノズルの複雑な流れ特性を把握し、性能を評価するとともに、性能の背景となる空気力学的現象を明らかにしている。この結果は、エアロスパイクノズルに関する新しい知見をもたらし、エアロスパイクノズルの最適設計への指針を与えるものであり、今後の航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク