学位論文要旨



No 117979
著者(漢字) 津田,雄一
著者(英字)
著者(カナ) ツダ,ユウイチ
標題(和) 情報管理と誘導則の関係を考慮した大規模衛星群フォーメーションフライトアーキテクチャに関する研究
標題(洋)
報告番号 117979
報告番号 甲17979
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5437号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 稲谷,芳文
 東京大学 教授 川口,淳一郎
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,軌道上で100機規模の大規模フォーメーションフライトミッションを行う際の技術課題を,誘導および情報管理の観点で整理して,大規模フォーメーションフライトを実現するひとつのアーキテクチャを構築しようとするものである.大規模フォーメーションフライトは,広域同時観測や大型衛星の代替といった従来の小規模フォーメーションフライトにもあったメリットに加えて,航法・分散コンピューティング・データ保存・補給・修理等の各種サービスをメンバー衛星に供給する軌道上インフラストラクチャーとしての可能性を開くものである(添付図参照).

 従来のフォーメーションフライトの研究は,航法・誘導・制御(隊形管理)に関する研究と,メンバー衛星が形成する情報ネットワーク(情報管理)に関する研究が個別に行われていたが,特に非常に多くの衛星がフォーメーションフライトに参加する場合,隊形管理と情報管理の手法を同時に考える必要が出てくる.というのも,隊形管理を行うには編隊運動に関する情報が必要であり,編隊規模が大きくなればなるほど,情報収集に要する通信帯域は大きくなるからである.情報管理の観点から見札は,軌道運動のために通信ネットワークのトポロジーが激しく変化することが,ネットワーク形成を難しくする.

 そこで本研究では大規模フォーメーションフライトアーキテクチャから「隊形管理」技術と「情報管理」技術を抽出し,両者のインタラクションを明確化するとともに,大規模フォーメーションフライトアーキテクチャに適した隊形管理手法および情報管理手法を導くことを目的とする.

 本論文では,まず大規模フォーメーションフライトを機能分散型アーキテクチャとして構築し,上記の課題を解決する隊形管理のための誘導則と情報管理の手法を提案する.隊形管理に関しては,任意の円錐軌道まわりに線形化した運動方程式の解析解を利用することにより,小さい情報量でトラジェクトリを記述できるインパルス誘導則および低推力誘導則を導出する.また,情報管理に関しては,大規模システムの構築法として研究および実用化が進んでいる,機能分散の概念を導入する.各メンバー衛星を分散システムにおけるエージェントとして捉え,自律分散的な手法で衛星間クロスリンク通信網(アドホックネットワーク)を形成させる.一般にアドホックネットワークはトポロジーの把握が困難であり,大規模なネットワークを形成するのは難しいとされているが,ここではダイナミクス情報を利用することにより,運用に必要となる情報同期および通信経路制御を実現できることを示す.また,最後に本論文では,ここで提案した隊形管理・情報同期手法を利用してシステム全体の最適化および頑強化の手法を例示する.これらは,本アーキテクチャの,システム最適化・頑強化に対する潜在能力の高さを示すものである.

 以上の成果は,大規模フォーメーションフライトアーキテクチャの設計指針になるとともに,新たな宇宙インフラストラクチャーの将来像を示唆するものと期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)津田雄一提出の論文は,「情報管理と誘導則の関係を考慮した大規模衛星群フォーメーションフライトアーキテクチャに関する研究」と題し,7章と附録からなっている.

 フォーメーションフライトは広域同時観測や分散性・冗長性の観点から有望視されている技術であるが,NASA,ESAを中心に具体的なミッションが出始めたばかりであり,技術としては発展途上にある.フォーメーションフライトの将来像として,100機以上の衛星を使用するものも検討されており,その有用性も広く認識されているが,具体的な実現方法に関しては未だまとまった設計論がないのが実状である.特に,フォーメーション(隊形)の管理には,必ずメンバー衛星間のクロスリンク通信が必要となるので,衛星数が多いほど,従来行われてきたフォーメーションフライトの研究のように誘導則と情報管理を独立に検討するわけには行かなくなる.

 本論文は,軌道上で100機程度の大規模フォーメーションフライトミッションを行う際の技術課題を,誘導および情報管理の観点で整理して,大規模フォーメーションフライトを効果的に実現するアーキテクチャを構築することを目的としている.まず,システムを構成する衛星をマルチエージェントとみなし,エージェント間の仮想的な情報共有の場を定義する.エージェントはその場を介して情報を交換しながら隊形の維持や種々のミッションを協調的に実行するが,そこで使われる誘導則を,従来のようなΔV最小という立場だけではなく,交換すべき情報量の観点も含めて最適化する手法を提案している.また,衛星間の位置関係や交換すべき情報内容を考慮に入れた通信経路制御法を提案している.本論文は,このように誘導と情報管理の相互の関係を考慮に入れて最適なアーキテクチャを検討している点が特徴的である.さらには,周波数割り当てや中継衛星配置など上位レベルでの最適化を導入することで,システム全体のスループットの向上やロバスト化を図ることも可能であるなど,実用面でも優れたアーキテクチャであることが示されている.

 第1章は序論であり,フォーメーションフライトに関する研究開発の現状を概観するとともに,大規模フォーメーションフライトに関する問題提起をし,研究の目的と意義を明確にしている.

 第2章では,フォーメーションフライトの一般的な特徴をまとめるとともに,自律分散概念・情報技術に関するこれまでの成果を取り込んだ,大規模フォーメーションフライトアーキテクチャの構築法について言及している.また特に,隊形管理と情報管理の観点で,従来の手法で解決されていない問題点を洗い出し,第3章以降の考察の指針を明らかにしている.さらに,大規模フォーメーションフライトの特徴を利用した宇宙インフラストラクチャーの例として,Virtual Orbital Platformの概念を提案している.

 第3章では,隊形管理を行う際に各々のメンバー衛星が従うべき具体的な誘導則を導出している.特に,線形化された軌道運動における,簡潔な最適トラジェクトリの求解法を導出し,さらに電気推進等の低推力推進の場合へと発展させている.また,ミッション休止時や緊急時において,各メンバー衛星が互いに散開しないような軌道を飛行するための「待機軌道」の概念を導入し,そのための誘導則も導出している.これらは交換すべき情報量の観点でも優れた誘導則であることが示されている.

 第4章では,第3章で導いた誘導則をベースに,さらに隊形全体の情報を利用して全メンバー衛星の燃料消費の合計が最小になるような誘導則を導いている.特に,衛星の目標点が交換可能であるときに,総燃料消費が最小となるような配置を探索する組合せ最適化問題の解法を示している.

 第5章は,大規模フォーメーションフライトのための情報アーキテクチャの具体的な実現法について考察している.まずメンバー衛星が形成するアドホック型の通信ネットワークの特徴を洗い出し,従来の地上ネットワークでの研究や既存技術との対比を行ったうえで,第3,4章で導出した誘導則と,本章で扱う情報管理のインタラクションを明確にし,隊形管理・情報管理の両方の観点でフィージブルな情報同期法および通信経路制御法を提示している.また,情報同期・通信経路制御の具体的なプロトコルとしてDynamics-Oriented Routing and Information Synchronizationプロトコルを提案し,実際のフォーメーションフライトの通信環境を模擬した実験設備で,本プロトコルの有効性を確認している.

 第6章では,本論文で提案したアーキテクチャをベースにして,フォーメーションフライトシステム全体のスループットの最適化や頑強化を実現する手法を提示している.具体例として,第一に,大規模なアドホックネットワークの問題点である通信輻輳や帯域低下を最小限に抑える手法を提示している.第二に,衛星間の距離が何らかの原因で離れてしまった場合に,通信を中継する衛星が最適位置に移動することで,ネットワークの分断を防ぐ方法を示している.これらは,本研究で提案している情報アーキテクチャが実用面からも優れていることを示している.

 第7章は結論であり,大規模フォーメーションフライトのアーキテクチャ,誘導則,情報管理およびその関係について得られた知見をまとめ,今後の課題と展望を述べている.

 附録では第3章で参考にしたprimer vector理論の概説と,第5章で使用したDijkstra法およびフォーメーションフライトの通信環境を模擬する実験システムの概要,および情報同期・経路制御プロトコルのインプリメンテーションについて説明している.

 以上要するに,本論文は,大規模フォーメーションフライトにおいて生ずる情報管理と隊形管理の関係を明確化し,分散性や冗長性といったフォーメーションフライトの潜在的特長を具体化する隊形管理手法および情報管理手法を導出することにより,大規模フォーメーションフライトの設計指針を与え,新たな宇宙インフラストラクチャーの将来像をも示唆しているものであり,宇宙工学上貢献するところが大きい.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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