学位論文要旨



No 117980
著者(漢字) 手塚,亜聖
著者(英字)
著者(カナ) テヅカ,アセイ
標題(和) 3次元流れ全体安定性解析による定常流から振動流への遷移モードの解明
標題(洋)
報告番号 117980
報告番号 甲17980
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5438号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 助教授 李家,賢一
内容要旨 要旨を表示する

 3次元Bluff Body周りの大迎角流れには、3次元構造をした大規模な剥離領域が存在し、物体に働く空気力はこの剥離領域の影響を受ける。また、迎角やレイノルズ数をパラメータとして、剥離領域の構造は大きく変化する。本研究では3次元Bluff Body周りの大迎角流れとして、回転楕円体周り流れを扱うことにする。

 飛行機やロケットが大迎角で飛行する場合、レイノルズ数や迎角の条件により横力が発生することがあり、その1例として飛行機の偏揺れ(ファントムヨウ)があげられる。また、ロケットのフラットスピンも非対称力の影響で起こると考えられる。横力が発生することにより飛翔体の飛行力学特性は大きく影響を受け、当初のミッションを遂行できなくなる可能性がある。そのため、軸対称物体周り剥離流れの構造の変化を定性的に把握することは、工学上重要である。

 過去に行われた研究によると、定常流れから振動流れに遷移する臨界レイノルズ数の付近で、レイノルズ数の変化とともに流れ場が大きく変わることが知られている。例として球周りの流れが挙げられる。3次元球周り流れは、レイノルズ数が210を超えると、定常で軸対称な流れから、定常ではあるが軸対称性が崩れ、面対称の流れになる。レイノルズ数が270を超えると、振動流れとなる。物体形状が回転楕円体の場合、レイノルズ数のみならず、迎角の影響により、剥離領域が大きく変化する。そこで、回転楕円体の場合で、定常流れから振動流れへの変化の過程で迎角の影響がどのように現れるかを調べることにする。

 定常流れから振動流れへの遷移の過程を説明する方法として、全体安定性解析がある。全体安定性解析では、臨界レイノルズ数前後の速度場に対し、基本流成分と摂動成分に分ける。臨界レイノルズ数付近の流れでは、レイノルズ数の増加とともに摂動成分のみが大きくなると考えることで、レイノルズ数の変化に応じて流れ場がどのように変化するかを定性的に説明することができる。なお、安定性解析では、摂動成分のことをモードと呼ぶ。

 過去に行われた研究では、2次元円柱や3次元の球に対し、流れ場全体の安定性解析を行った結果を用い、定常な流れから振動する流れへの遷移の様子が明らかにされている。千葉は数値計算スキームの安定性解析法であるErikssonの方法を流れの物理的安定解析に適用し、2次元円柱周りの流れが振動を始める臨界レイノルズ数を数値的に求め、妥当な結果を得ている。そこで、本研究においても全体安定性解析を適用する。

 本研究で用いた千葉の方法による全体安定性解析は、速度場に擾乱速度を加え、数値計算のスキームに代入し、擾乱速度の成長/減衰から流れ場の安定性を調べる特徴がある。このため、数値計算スキームの安定性の影響を受ける。本論文では、2次元円柱に対し、対流項を中心差分にした場合と、風上差分にした場合の計章を行い、減衰率の小さいモードに対し、いずれの差分式を用いた場合でも、同じモードが得られることを示す。また、格子のサイズを変えた計算も行い、得られるモードには違いが見られないことを確認した。

 収束状態での流れが、基本流に線形安定性解析の結果を重ね合わせることで説明が可能であることを示すため、線形安定性解析から求まったモードを流れに重ね合わせたものと実際の収束状態の解を比較した。両者の流れ場には、定性的な違いが見られないことからも、線形安定性解析の妥当性が示される。

 2次元円柱まわりの流れは、レイノルズ数の増加とともに、定常な双子渦の流れから振動する流れに遷移するが、3次元球周りの流れは、定常で軸対称な流れから振動する流れに遷移に前に、定常で面対称の流れになる。迎角のない回転楕円体の場合、2次元円柱同様にして、定常で軸対称な流れから振動する流れに遷移するのか、それとも、3次元球と同様にして、定常で軸対称な流れから定常で面対称の流れに遷移するのか、もしくは、2次元円柱や3次元球とは違う遷移の過程をとるのかについては、これまでに研究されていない。また、迎角がある回転楕円体の場合は、レイノルズ数の増加とともに、どのような遷移の過程をとるのかについても、これまでに研究されたことはない。大迎角剥離物体の背後流れでは、剥離のパターンが非常に複雑である。そして、剥離の様子は迎角をパラメータとして複雑に変化する。そこで、本研究では大迎角剥離流れのモデルとして、細長物体の典型的形状である回転楕円体を扱い、定常流れから振動流れへの遷移領域において、流れ場が迎角やレイノルズ数の変化と共にどのように変わるかを調べる。また、物体形状による影響を考えるため、軸のある回転楕円体、鈍頭円柱、低アスペクト比円柱と形状を変えた場合に、定常非対称流れが観察されるかどうかを調べる。

 2次元円柱の安定性解析で得られたモードには、長波長ほど減衰にくい傾向がある。モードの波長と周期の関係を調べ、位相速度がほぼ一定であることを示す。このことから、周期の長い振動モードは波長も長く、周期の短い振動モードは波長も短い傾向が見られることがわかる。これらのモードの空間的な配置を調べたところ、後流が周期的に振動する現象であることがいえる。そこで、後流の安定性に対する古典的解析法である2次元平行流の安定性解析による結果と比較し、後流の振動現象が長波長のものほど減衰しにくい点で同じ傾向となることを示す。

 本研究では、迎角のある回転楕円体周りの流れの数値計算及び全体安定性解析を行い、迎角がない場合は、軸対称で定常な流れから振動する流れに遷移する前に、面対称で振動しない流れになること、また、迎角がある場合は、面対称で定常な流れから振動する流れに遷移する前に、非面対称で振動しない流れになることを見出した。迎角の変化より、臨界レイノルズ数の値は変化するが、レイノルズ数5000前後の場合では、迎角によらず定常非対称の流れとなることがわかった(図1)。

 臨界レイノルズ数に近いレイノルズ数で時間発展のNavier-Stokes方程式を解く場合、計算の初期段階では、減衰率の大きいモードの擾乱が減衰し、面対称の解になる。しかし、この段階の解は安定ではなく、擾乱が成長して最終的に非面対称の解となる。不安定なモードの擾乱の増幅率が小さいため、擾乱が成長するまでには、時間がかかる。そのため、注意して計算結果を解析しなければ、面対称な解で収束していると判断する恐れがある。全体安定性解析の結果は、非面対称な解と面対称な解との差分を与えるため、擾乱速度場の形状から、面対称の流れを非面対称の流れに変えるモードであると判定することは容易である。本研究では、擾乱を成長させるため、無次元時間で150以上の長い時間(主流が回転楕円体の長径の150倍の距離を進むことに相当)計算を行うことで、非振動非対称の解で収束することを示す。この解が安定な解であることを示すため、得られた解を基本流として全体安定性解析を行う。これらの結果から、迎角のある回転楕円体の場合、非振動非面対称の流れが観察されることを示す。

 迎角のある回転楕円体周り流れの全体安定性解析で得られたモードに対し、擾乱速度の表面流線を描き、迎角の有無に関わらず、形状が類似していることを示す。

 また、振動しないレイノルズ数の流れに対し全体安定性解析を行い、基本流に得られたモードの重ね合わせを行うことで、振動流となるレイノルズ数の流れに対して、定性的な説明ができることを示す。

 第1章では、本論文の目的と意義が述べられている。第2章では、本論文で用いた非圧縮流れ全体安定性解析方法についての詳細が述べられている。第3章では、非圧縮流れ全体安定性解析の計算コードの検証問題として、2次元円柱周りの流れが、定常な双子渦の流れから、振動する流れに遷移する臨界レイノルズ数の値を求め、これまでに行われた全体安定性解析結果と一致することを示す。また、3次元の計算コードの検証問題として、球周り流れの全体安定性解析を行う。これまでに行われた数値計算の結果および全体安定性解析の結果と比較し、結果が妥当であることを示す。また、これらの検証計算で得られた結果をもとに考察を加える。

 第4章は、本論文の中核である。3次元回転楕円体周り流れが、迎角0度から30度、レイノルズ数5000前後の範囲において、迎角の有無によらず定常で非対称の流れになることを示す。また、迎角が0度、10度、30度の場合に対し、全体安定性解析を行い、レイノルズ数の変化により流れがどのように変化するかを述べる。第5章では、物体形状の違いによる影響を調べるため、軸のある回転楕円体、鈍頭円柱、3次元低アスペクト比円柱の流れ場に対し、流れの数値計算及び全体安定性解析を行い、物体形状を変えた場合に非振動非対称な流れになるか否かを調べ、非振動非対称な流れになる条件の考察をする。第6章で、本論文で得られた知見をまとめる。なお、数値解析で得られた迎角をとる回転楕円体まわりの定常非対称流れが実際に存在することは、低速風洞を用いた可視化実験で確認している。その詳細については、Appendix Aで述べられている。

図1:迎角とレイノルズ数による回転楕円体周り流れ場の変化の様子

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)手塚亜聖提出の論文は、「3次元流れ全体安定性解析による定常流から振動流への遷移モードの解明」と題し、本文6章および付録5項から成っている。

 大迎角をとる飛行体やブラフボディなどでは、背面の剥離流れの構造の変化によって空力特性が大きく変化するため、その遷移機構を明らかにすることが重要である。定常流から振動流へ流れ場の構造が遷移する現象については、円柱周りの2次元流れや球周りの3次元流れを対象に、これまで多くの実験的あるいは数値的研究がなされ、臨界レイノルズ数の存在とその前後における流れ場の変化の様子が調べられている。数値流体力学を用いた流れ場構造の遷移機構解明においては、近年、全体安定性解析法と呼ばれる手法が注目されている。これは、流れ場の解に微小な擾乱速度を加え、その時間発展を追跡して安定性を判定するものである。擾乱は、モードと呼ばれる空間分布パターンの重ね合わせで表現され、固有値実部が正となるモードが出現する際に、擾乱が増幅して流れ場の構造が変化すると理解される。このとき、固有値の虚部は変動の周波数を表している。これまで、全体安定性解析は定常流から振動流への遷移問題に適用され、臨界レイノルズ数の算出などにおいてその有効性が確認されている。しかし、定常対称流から定常非対称流への遷移現象や迎角をパラメータとした流れ場構造の遷移についてはまだ明らかにされていない。

 このような観点から、筆者は細長物体の代表例として回転楕円体を選び、その周りの3次元流れに全体安定性解析を適用することで、定常非対称流の発生機構や流れ場構造に対する迎角とレイノルズ数の影響の解明に成功している。本論文は、剥離を伴う物体周りの流れとその空力特性の解明に際し有用な知見をもたらすものである。

 第1章は序論で、剥離流れ場の構造の遷移や全体安定性解析に関するこれまでの研究を概観し、本論文の目的と意義を明確にしている。

 第2章は、本論文で用いた非圧縮性ナヴィエ・ストークス方程式の数値解析法および、流れの全体安定性解析方法について、その原理と手法の詳細が述べられている。

 第3章は、本研究で作成した非圧縮性流れ全体安定性解析コードの検証である。まず、円柱周りの2次元流れを解析し、定常双子渦流れから振動流れに遷移する臨界レイノルズ数の値が、過去の研究結果と比べて妥当なものであることを示している。その際に、波長の長い大きな空間構造を持つ擾乱モードほど減衰しにくい傾向があることを指摘し、このことは後流の安定性に対する古典的解析法である2次元平行流の安定性解析による結果とも一致していることを見い出している。球周りの3次元流れでは、円柱周りの2次元流れと異なり、定常で軸対称な流れから振動する流れに直接遷移せず、その間に軸対称性が失われた面対称の定常流れが出現する。筆者は、全体安定性解析の結果において非振動性モードに着目することで、軸対称流れから非軸対称流れへの遷移機構を明らかにしている。

 第4章では、回転楕円体周りの3次元流れについて、レイノルズ数と迎角をパラメータとして変化させ、詳細な数値解析を行った結果とその考察が述べられている。すなわち、細長比4の回転楕円体では、全長でとったレイノルズ数が5000付近で定常流から振動流へと遷移するが、その中間領域において迎角0度では非軸対称、迎角をとった時には非面対称な流れが定常かつ安定なものとして存在することを見い出している。これら定常非対称流は固有値虚部がゼロとなる非振動性モードが不安定となるため励起されたものであり、対称流の解は不安定であることを全体安定性解析を用いて明らかにしている。また、このような定常非対称流が安定であるレイノルズ数領域が存在するには、物体の細長比や迎角に条件があると指摘している。全体安定性解析は定常流れの安定性を調べるものであるが、臨界レイノルズ数近傍であれば、得られたモードと固有値から流れ場のどの領域でどのような周波数の変動が卓越するかを推定することができ、遷移後の振動流の特性を理解することにも有用であることを明らかにしている。

 第5章では、形状の影響を調べるため、底面を切り落とした回転楕円体や有限長の円筒などの物体周りの3次元流れについて数値解析および全体安定性解析を行っている。その結果、いずれの形状においても定常非対称な流れが安定となる場合に共通する特徴として再循環領域で渦線が閉じて論となっていることを見い出している。また、このように渦線が閉じることが、3次元流れにおいて定常非対称流れが安定化する理由であり、2次元流との根本的な違いであると述べている。

 第6章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

 付録は5項から成り、計算結果の検証のために行った回転楕円体周りの定常非対称流れに関する風洞を用いた可視化実験、3次元流れ場の数値解析における一般座標系への変換の定式化、2次元平行流に対する安定性解析法の概要、モードの重ね合わせで擾乱成長後の流れ場を説明することの妥当性に関する考察、全体安定性解析の工学的応用の可能性、に関する説明がなされている。

 以上要するに、本論文は数値流体力学と全体安定性解析を組み合わせることで、物体周りの剥離を伴う3次元流れ場が定常流から振動流に遷移する機構を解明し、定常から振動への遷移過程で非振動性のモードが不安定になる場合は定常非対称流れが生じることを明らかにしており、流体力学に新しい知見をもたらすとともに、飛行体の大迎角空力問題やブラフボディ流れへの適用を示した点で、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク