学位論文要旨



No 117983
著者(漢字) 杉田,晋哉
著者(英字)
著者(カナ) スギタ,シンヤ
標題(和) 超電導薄膜を用いた抵抗形限流素子の数値解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 117983
報告番号 甲17983
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5441号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 日��,邦彦
 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 小野,靖
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は「超電導薄膜を用いた抵抗形限流素子の数値解析に関する研究」と題し、高温超電導薄膜を用いた抵抗形限流素子の動作特性解析とY系(YBCO)高温超電導薄膜テープ線材の交流損失特性解析を研究対象としたものである。本研究で提案する数値解析手法は、超電導薄膜を用いた抵抗形限流素子における物理現象の詳細な把握のみならず、次世代線材として注目を集める超電導薄膜テープ線材の交流損朱の見積りも可能とする。

 我が国が、地球環境保全という制約のもとで今後も安定的に発展するにはエネルギーの電力化は不可欠であるとされ、電力の有効利用技術は重要である。電力の有効活用を可能とすると共に電力系統の系統安定度向上を図るだけでなく、電気機器の小型・軽量化、高性能化を図ることが可能であり、省エネルギーで地球環境にも優しい超電導応用機器の実現が期待されている。

 超電導限流器は、電力系統の短絡電流を瞬時に抑制できることから、短絡電流の増加による遮断器リプレースのみならず、従来困難であった系統連係への適用、超電導ケーブルの保護用など電力系統への導入といった従来にない機能・可能性をもつ新しい電力機器である。世界各国で抵抗形、磁気遮蔽形、整流器形など様々な方式の研究開発が進行中である。その中で高温超電導薄膜の超電導-常電導転移(SN転移)で生じる抵抗を用いて短絡電流を抑制する抵抗形限流器は、現状では容量が小さいものの、過電流に対して瞬時に応答するなど動作特性が優れているだけでなく、コンパクトな電力用限流器の実現可能性も有している。

 YBCO超電導薄膜テープ線材は、現状ではBi系超電導テープ線材のようなkm級の長尺化が達成されていないものの、高臨界電流密度と優れた磁界特性から高機能線材として期待され、長尺、高特性、および低コストを目的として国内外で激しい研究開発競争が行われている。この線材が実用域に入ると、高磁界マグネットや回転機等の電気機器の更なる高度化が可能となる。

 YBCO薄膜用いた限流素子容量は、経験的に単結晶サファイア基板上のYBCO薄膜1cm2当たり約1kVAであり、それ以上の熱負荷では焼損しやすいことが報告されている。そのため電力用限流器を一枚の素子で作成することは困難であり、大電流化のためには複数の素子の並列接続を、また高電圧化のためには直列接続を必要とする。限流動作時の重要な技術課題は、素子の内部または素子間の局所的なSN転移の防止である。YBCO薄膜にはその特性に必ず不均一性があり、素子に過電流が流れても全体は同時にはSN転移せず、時間的あるいは空間的にばらつきをもって常電導状態となる場合がある。状況によっては素子の一部分に回路の全電圧が印加されてしまい、素子の熱負荷が局所的に設計以上に増大することによって焼損に至る場合もある。そのために実用的な限流器開発においては、このような不均一なSN転移を抑制する技術の確立が不可欠である。限流器の製造・最適化には、超電導特性のばらつきの許容値、ばらつきを抑えるため金属膜の厚み、動作開始電流、抵抗発生過程、必要な基板厚み等の情報が必要である。これらを決定するには所望の限流比、外部回路条件、素子物性値などを総合的に考慮しなければならず、さらに超電導体をどのようにモデル化して解析すべきかといった課題が残されている。従来からの一般的な限流特性解析は、超電導薄膜での電流分布と超電導特性を均一と仮定し、集中定数回路を用いた簡易的手法により行われている。また熱連成解析では、基板中の温度分布を考慮しない無次元的な取り扱いがされている。これらの手法では超電導特性のばらつき等の影響を考慮することができず、正確な限流特性の解析は困難である。

 薄膜限流素子とYBCO超電導薄膜テープ線材に共通する技術課題は、交流通電時に薄膜端部に電流が集中する偏流現象である。偏流は交流損失を増大させるため、現象を明確にする必要がある。交流損失の見積もりと低減は、冷却コストが大きな負担となる超電導機器が実用的なものとして成立するかどうかに関わる極めて重要な課題である。これまで超電導薄膜での偏流現象の解析手法は確立されておらず、そのため現状では交流損失の見積りは測定データに頼らざるをえない。その他、限流動作後に所望の時間以内に再び超電導状態に復帰するかどうかの見積りも重要である。超電導限流器と超電導テープ線材を製作する際には、これらの現象を定量的に把握しておく必要があり、物理現象の解明と実験の代替となる解析手法の確立が強く望まれている。

 そこで本論文では、薄膜限流素子の詳細な物理現象の解析を可能とする有限要素法を用いた数値解析手法を提案する。またこの解析手法を用いて、限流特性や交流損失特性などの把握を試みており、一連の研究の成果が全7章にまとめられている。

 第1章は「序論」であり、まず本研究の背景を説明する。次に本論文の理解の基礎となる超電導体の一般的性質を説明する。超電導限流器と超電導薄膜線材の研究開発動向などを説明する。これまでに行われている超電導限流器の限流特性解析について述べる。以上を踏まえて本研究の目的を明確にする。最後に本論文の構成を述べる。

 第2章は「有限要素法による解析手法」と題し、超電導薄膜の解析に適した有限要素法解析手法を提案すると共に、その手法の詳細な説明を目的とする。本解析手法は電磁界解析、熱伝導解析および電気回路の3達成解析からなる。電磁界解析では、超電導薄膜の構造に注目して、薄板近似を適用した電流ベクトルポテンシャル法を採用する。これにより3次元の電磁現象を2次元として解析することが可能となり、通常の3次元有限要素法と比較して計算コストの大幅な軽減を図ることが可能である。有限要素法は最終的に大規模連立一次方程式を解くことに帰結する。マトリクスを構成する際に必要となる特異点を含むガウス-ルジャンドル積分について説明する。外部回路との関係で決まる通電電流は解析領域に適切な境界条件を与えることにより考慮することが可能であり、その境界条件を導く。本解析は過渡解析であり、時間方向の離散化について説明する。超電導体のモデル化とそれを有限要素法に導入するための手法を述べる。超電導体の電圧-電流特性は著しい非線形性を示すことを説明して、有限要素法の非線形計算について述べる。限流素子のYBCO薄膜の上には、限流動作時の局所的な温度上昇による素子の焼損を防止するために金属保護膜が蒸着により成膜されている。解析にはこの金属保護膜を考慮する必要があり、導入方法を説明する。超電導特性には温度依存性があるため、限流動作時の限流素子の温度変化を考慮する必要がある。限流素子の基板に着目した3次元過渡熱伝導解析について説明する。限流素子は液体窒素で冷却されており、熱解析には液体窒素冷却特性を考慮する必要がある。液体窒素冷却特性のモデル化について説明する。連成解析の際に各解析を相互に関連付けるための手法を説明する。限流動作時のスイッチング解析の精度を高めるための工夫を説明する。

 第3章は「偏流特性解析」と題し、本解析手法の妥当性を示すことを目的とする。超電導薄膜に生じる偏流現象について説明する。解析結果と実験結果を比較して両者の良い一致を確認する。実験結果は超電導薄膜表面に配置したホール素子で磁界分布を測定し、これから電流分布を計算する方法により得られたものを文献から引用する。交流通電時には、電流分布は薄膜端部から急激に変化して、徐々に内部が追随していく様子を示す。また臨界電流以下の通電でも、薄膜端部では臨界電流密度以上の電流が流れていることを指摘する。

 第4章は「限流特性解析」と題し、本解析手法を用いて超電導薄膜の限流特性を明らかにすることを目的とする。限流開始電流の金属保護膜厚依存性と限流素子の温度変化を示す。また限流素子の超電導特性にばらつきがある場合の限流特性を示し、臨界電流密度の低い部分を電流が迂回して流れることを示す。限流素子の抵抗発生過程を示す。SN転移の伝播速度について考察して、実験結果との比較を行う。

 第5章は「復帰特性解析」と題し、限流動作後の超電導状態への復帰特性を明らかにすることを目的とする。ここでは有限要素法を用いた熱伝導解析を行う。復帰時間は基板温度と液体窒素冷却状態の影響を受ける。複数の基板温度と液体窒素冷却状態を想定して復帰特性を明らかにする。液体窒素冷却状態が良好である場合には、1秒以内に超電導状態に復帰することを示す。

 第6章は「交流損失特性解析」と題し、提案する手法を用いて超電導薄膜の交流損失特性を明確にすることを目的とする。経験的に超電導薄膜の交流損失特性は、ビーンモデルを仮定したノリスの解析式に良く一致することが報告されている。本解析手法で得られた結果とノリスの解析式を比較することにより、両者が良く一致することを示すと共に、本解析手法の妥当性を確認する。ノリスの解析式にはストリップモデルと楕円モデルがあり、どちらが交流損失特性として、より妥当なのかという長年の議論がある。提案する解析手法から得られる交流損失特性は、超電導特性が均一である場合、電流が小さい領域ではストリップモデルと楕円モデルの中間的な性質を示し、電流が大きくなるにつれて徐々に楕円モデルに近づき、さらに大きくなると楕円モデルからも乖離することを示す。

 第7章は「結論」であり、以上の研究成果を総括する。また今後の課題について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「超電導薄膜を用いた抵抗形限流素子の数値解析に関する研究」と題し,高温超電導薄膜の超電導-常電導転移(SN転移)に基づく抵抗形限流素子の限流特性や交流損失特性の解析のためのシミュレーション技術を確立し,これらの特性と限流素子中の電磁現象等をまとめたものであり,7章から構成される。

 第1章は「序論」であり,超電導体中の電磁現象,超電導限流器と超電導薄膜テープ線材の研究状況を整理し,超電導薄膜を用いた抵抗形限流器の特徴と技術的課題を明らかにした上で,本研究の目的と内容について述べている。

 第2章は「有限要素法による解析手法」と題し,超電導薄膜を用いた抵抗形限流素子の解析に適した有限要素法による解析手法について述べている。本解析は,二次元電磁界解析,三次元熱伝導解析および電気回路からなる三連成解析であり,そのための解析コードを開発した。電磁界解析では,電流ベクトルポテンシャル法に薄板近以を適用し,超電導体の電流電圧特性はべき乗則でモデル化して等価的な抵抗率として組み込んでいる。超電導薄膜上の金属保護膜の影響も考慮した解析手法となっている。また,限流動作時のスイッチング解析の精度を高めるための工夫が施されている。

 第3章は「偏流特性解析」と題し,超電導薄膜における交流通電時の偏流現象について述べている。まず,超電導薄膜に生じる偏流現象の概要を述べている。次に,限流素子中の電流分布の解析を行い,ホール素子を用いた測定結果との比較から,解析手法の妥当性を確認した。交流通電時には,電流分布は薄膜端部から急激に変化して徐々に内部が追随していく様子を確認し,磁束フロー抵抗が端部で大きいことを示した。また,1μV/cmの電界基準による臨界電流以下の交流通電の場合でも薄膜端部では臨界電流密度以上の電流が流れること,および,臨界電流の約1.3倍程度の通電で偏流が緩和されて電流分布が均一になることを見出した。通常,限流素子の限流動作開始電流は臨界電流の2倍程度であるから,限流動作時には電流分布を均一であることを明らかにした。

 第4章は「限流特性解析」と題し,限流素子の限流特性の解析結果について述べている。超電導薄膜中に超電導特性のバラツキがない場合とある場合の電流分布を比較し,両者の違いを考察している。臨界電流の低い部分での磁束流抵抗は大きいため,その部分を迂回して電流が流れることを確認し,その様子をベクトル表示で可視化している。また,超電導特性のバラツキの程度を変化させて,抵抗発生過程と限流特性の違いを述べている。さらに,解析結果からSN転移伝播速度に算出し,20〜100m/sであることを示した。これらは,提案する解析手法が限流素子の最適設計や物理現象の理解に有用であることを示している。

 第5章は「復帰特性解析」と題し,限流動作後の超電導状態への復帰特性の解析結果を述べている。液体窒素の冷却特性は素子表面の状態などで決まるため,ここでは5通りの液体窒素の沸騰曲線を仮定し、基板厚(0.1・1.0mm)と初期温度(100・500K)の違いが復帰特性に与える影響を議論している。液体窒素の冷却特性が良好である場合には,1.0秒以内に超電導状態に復帰する可能性があることを示した。

 第6章は「交流損失特性解析」と題し,超電導薄膜の交流損失特性の解析結果について述べている。測定値と良く一致するNorrisの解析式から得られる理論値と解析結果を比較している。両者は良く一致し,解析手法の妥当性を示している。また,Norrisの解析式のストリップモデル,楕円モデルと解析結果の差異についても言及している。この原因として,Norrisの解析式で想定しているBeanモデルとは異なり,実際には磁束フローが生じる部分と生じない部分が不連続に存在するのではないこと,および,磁束フローが生じる部分での磁束フロー抵抗は一様ではないことを挙げている。提案する解析手法は次世代超電導線材として期待されるYBCOテープ線材の交流損失の見積りにも有用である。

 第7章は「結論」であり,本研究の成果を総括している。

 以上これを要するに,本論文は,高温超電導薄膜の超電導-常電導転移(SN転移)に基づく抵抗形限流素子に関して,発熱と冷却,外部電気回路等を考慮して素子内部の電磁現象を詳細に解析するシミュレーション技術の確立と解析コードの開発を行い,さらにその解析手法を用いて抵抗形限流素子の限流動作特性,交流損失特性等を明らかにしたものであり,電気工学および超電導工学に貢献するところが多い。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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