学位論文要旨



No 117984
著者(漢字) 関,弘和
著者(英字)
著者(カナ) セキ,ヒロカズ
標題(和) 高齢者支援を目的とした計測制御システムの研究 : 福祉制御工学の確立を目指して
標題(洋) Research on Measurement and Control System Aiming at Support for Elderly People : Towards Establishment of Welfare Control Engineering
報告番号 117984
報告番号 甲17984
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5442号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では,「福祉制御工学」という新しい学問体系を確立することを目指し,その第一歩を踏み出す。我が国はすでに深刻な高齢社会を迎え,今後もさらに進むと見られるこの高齢化現象は,医療介護の容量不足,高齢労働者の増加,社会全体の活気などさまざまな面に問題を引き起こす。このような状況の中,高齢者・障害者に対する工学的支援は必要不可欠であるとともに重要な役割を占めている。福祉技術は総合技術であり,工学的支援においても多岐にわたるが,我々はとくに計測・制御の技術を基盤として支援の可能性を探る。

 本研究では大きく分けて三つの研究項目を設けている。高齢者支援を目的としたパワーアシストロボットの制御法,電動パワーアシスト車椅子の多機能制御法,高齢者の非日常的動作を検出するモニタリングシステムの開発とその産業用ロボットモニタリングヘの応用,である。ここで取り組む各研究項目はすべて,人間が計測制御システムの中に含まれる,あるいは対象となるものであり,シミュレーションではなく実際に被験者を用いての実験的考察が唯一の検討手段となる。

 第2,3,4章では,介護動作の補助や労働補助など,とくに高齢者支援を目的としたパワーアシストロボットの制御法の確立を目指す。第2章では,パワーアシスト動作に登場する三者<操作者・機器・環境>とその望ましい関係性,重要となる要求項目,さらに用途と制御手法から見たパワーアシスト形態の分類について最初に明確にしている。これまでパワーアシスト制御においてあまり検討されなかった要求事項として,操作者ができるだけ環境側の挙動や重さを感じることができる,さらに福祉応用で重要となる多様性への対応,つまりさまざまな人間,環境,場面に対応するための自由度の多い設計ができる,などの項目を設定し,後の制御系設計や実験的検討において考察することとしている。また,操作者の与える力や環境に作用する力を測定する際,力センサを使わずに外乱オブザーバで推定する手法を用い,コスト面,構造面での優位性を検討している。

 第3章では,三者のインタラクションに注目したパワーアシスト制御法を提案し,被験者も用いた実験的検討を行っている。位置でアシストするか力でアシストするかというパワーアシスト制御の本質的な部分の議論を行い,それぞれを位置制御ベース型,力制御ベース型パワーアシスト制御法と名づけ,いくつかの環境を用いて実験的検討を行った。それらに対し,力の増幅,操作性,安定性,さらに,環境側の情報をある程度感じられる,ある程度の設計の自由度をもっている,という要求項目において考察を加え,高齢者支援への適用の可能性といくつかの指針を示した。(環境オブザーバを導入した力制御ベース型パワーアシスト制御法において,ゴムを環境として実験を行った結果である。環境オブザーバのない制御系では望みどおりのアシスト比が実現できず,操作者に思いもよらない力を要求させてしまう。(c)に示す力積に基づいたパワーアシスト動作の評価値からも明らかなように,環境オブザーバを導入した手法により,環境特性を知らなくても操作者に楽に動作をさせるというパワーアシスト本来の目的を達成できることがわかる。)

 第4章では,操作者の感じる操作性の向上を目指したパワーアシスト制御法を検討している。従来よく用いられてきたインピーダンス制御を基本に,そのインピーダンスパラメータを可変にすることにより操作性の向上を目指している。しかしこれを力センサレスで実現する際,ロボットが環境と一体化されるために生じる慣性変動が,パワーアシスト制御系の安定性に大きく影響を及ぼすことが明らかとなった。慣性変動の大きさとインピーダンスパラメータの大きさにより安定性が左右されることを,根軌跡による解析で明確にし,設計における一つの指針を示した。また,アシスト動作開始時にロボットを数回揺らし,全体の慣性値を逐次最小二乗法により同定し,それに基づく設計を行えば,ある程度小さなインピーダンスパラメータを採用できることも実験を通して示した。

 以上のように,人間機械協調システムの代表的一例であるパワーアシストロボットの制御について,形態や制御手法を分類,要求事項を整理するとともに,その制御系の設計指針を明確にした。これらの成果は,後に述べるパワーアシスト車椅子の制御法の基盤にもなりうるものと言える。

 第5,6,7章では,移動支援技術の一つとして,人間と機械の協調によって走る電動パワーアシスト車椅子について,現時点で市販されているものを広く調査するとともに,ユーザのインタビューも行い,また実際に購入した車椅子で走行実験等を行った上で,そのアシスト制御法や,さまざまな状況に対応するための多機能制御について,製作した実機による実験を通して考察を行った。

 第5章では,パワーアシスト車椅子の基本となる構造の説明や数学的な解析を行うとともに,実際に購入した車椅子による走行実験を通して多側面から解析を行い,いくつかの問題点を明らかにしている。これらは,次章以降での検討課題となる。

 第6章では,パワーアシスト車椅子のアシスト制御について,上述のパワーアシストロボットの制御法にも基づきながら検討を行っている。ここでもやはり,操作者の入力トルクから位置・速度の規範値を作るか,力の規範値を作るかという同様の議論が行える。当然ながら車椅子の場合,乗り心地やアシスト比の設定,さらには上り坂や下り坂,その他さまざまな路面での安定した走行が要求され,それらについて検討している。第7章では,さまざまな状況に対応するための多機能制御として,パワーアシスト車椅子の平面や坂道における後方転倒防止を考慮した安全な走行制御,また,段差を越える際に必要なウィリー動作を安全に実現する制御についても検討している。入力トルクを制限する方法などを用い,これも実機と被験者を用いた検討を行っている。ここで提案し実験的検討を行ったいくつかの制御手法が,今後のパワーアシスト車椅子の高機能化と普及に貢献するところは少なくないと考えている。

 第8章では,高齢者支援のための計測システムの一つとして,CCDなどの簡単なカメラを用いて,一人暮らしの高齢者の非日常的な動きを自動的に検出する新しいモニタリングシステムを提案する。脳卒中や心筋梗塞で急に倒れたり,家の中の段差で転倒したり,浴槽で溺死したりする人は多く,家庭内の不慮の事故による高齢者の死者数は,交通事故による死者数を上回っている。ここで提案するモニタリングシステムは,簡単なカメラを用いて普段と異なる非日常的な動作や様子を自動的に検出するもので,家族や医療施設などとつながるネットワークにおいても意義のあるシステムとなりうる。

 最初に,高齢者の普段の様子や動作パターンを学習する方法として,自己組織化マップ(SOM)を用いて食事をしている,寝ているなどの代表的な動作を抽出する。次に,統計資料に基づいて分類した4つの非日常動作それぞれに対し,固有空間法を用いた画像間相関の計算により検出するアルゴリズムを提案している。実際にいくつかの動作をカメラで撮影して解析,検討を行い,本手法の有効性を確認した。(画像データの圧縮と画像間の相関計算に優れた固有空間法を用いて,非日常的動作の検出を行った。図3(b)は,椅子に座っている動作を学習画像として固有空間を構築し,徐々に倒れていく動作をその空間上で解析したものである。学習画像の投影点からの距離がその相関値を示しており,相関が低いものを非日常動作とみなして検出している。)

 第9章では,前章の考え方が「福祉」という枠を越えて広くさまざまなモニタリングシステムに応用できるととらえ,その一例として,工場で動く産業用ロボットの異常動作を検出するモニタリングシステムに応用する。ロボット制御システムには依存しない独立したモニタリングシステムは,高い信頼性の実現に不可欠であり,しかも簡単なカメラで検出できれば非常に意義深い。異常動作検出のアルゴリズムは,前章に述べた固有空間法・パラメトリック固有空間法に基づいており,さらに,ロボットの速度解析を行う際に黄金分割法を導入することにより,速度異常発生時点から短時間で検出が実現できることを示した。具体的な異常動作をロボットに模擬させて行った実験からも,本手法の有効性が示された。(図4(b)のように途中で速度が落ちていき停止してしまうような異常動作は,パラメトリック固有空間法による速度解析と黄金分割法を用いた計算手法により,(C)のように短い時間で検出することができる。)

 最後の第10章に結論として,高齢者支援を目的とした計測制御システムについて検討し,「福祉制御工学」の確立を目指した本研究をまとめ,各研究項目に対する結論と今後の課題,将来の可能性を示すとともに,福祉工学と福祉制御工学の将来について議論している。

 以上のように本論文では,これまでの福祉工学研究と異なり,実用場面を大いに意識する一方で,理論展開も含めて技術的により深い議論も同時に行う新しい学問分野としての「福祉制御工学」を確立することを目指した。全体として大きく三つの研究項目を設定し,それぞれ目,腕,足の支援技術に関する研究を行ったと言える。本論文はその確立への第一歩を踏み出したにすぎないが,将来の福祉制御工学の研究につながるいくらかの可能性を示したことは確かである。

図1:環境オブザーバを導入した力制御ベース型パワーアシスト制御法の実験的検討

(a)位置と力の応答(b)アシスト比(c)環境オブザーバの効果

図2:製作した電動パワーアシスト車椅子

(a)製作したパワーアシスト車椅子(b)実験機の構成図

図3:高齢者モニタリングシステムの提案と固有空間法に基づく非日常的動作の検出

(a)高齢者モニタリングシステムの実現イメージ(b)固有空間上の軌跡

図4:産業用ロボットモニタリングシステムの提案と固有空間法に基づく異常動作検出

(a)産業用ロボットモニタリングシステムの実現イメージ(b)ロボットの速度応答 (C)パラメトリック固有空間法による速度異常検出

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「高齢者支援を目的とした計測制御システムの研究〜福祉制御工学の確立を目指して〜」と題し,これからの深刻な高齢社会において,高齢者や障害者に対する工学的支援を行う「福祉制御工学」という新しい学問体系を確立することを大きな目標としながら,とくに計測と制御の技術を基盤とした支援の可能性を追究したものである。

 第1章「福祉制御工学の確立を目指して」は序論であって,本研究の背景や目的を述べ,本研究では,大きく三つの項目,すなわち,腕(パワーアシストロボット),足(電動パワーアシスト車椅子),目(高齢者モニタリングシステム)を扱うことを述べ,これらが,人間が計測制御システムの中に含まれたり対象となったりする特徴をもち,被験者を用いた実験的考察が必要であると主張している。

 第2章「高齢者支援を目指したパワーアシストロボットとその制御」では,パワーアシスト動作に登場する三者(操作者,機器,環境)の望ましい関係,要求項目,用途と制御手法から見た形態を分類している。とくに新しい要求事項として,操作者が環境側の挙動や重さを感じることができること,さまざまな人間,環境,場面に対応できること,などを指摘している。また,力センサを使わずに外乱オブザーバで推定する手法を提案し,コストや構造面での優位性を述べている。

 第3章「操作者・ロボット・環境間のインタラクションに注目したパワーアシストロボットの制御法」では,この三者間の関係に注目したパワーアシスト制御法を提案し,被験者を用いた実験的検討を行っている。パワーアシストの方法として,位置制御ベース型と力制御ベース型があることを示して実験的な比較検討を行い,力の増幅,操作性,安定性はもちろん,環境側の情報を感じられる,設計の自由度がある,という要求項目において考察を加え,高齢者支援への適用可能性に関するいくつかの指針を示している。

 第4章「操作者が感じる操作性の向上を目指したパワーアシストロボットの制御法」では,いわゆるインピーダンス制御のパラメータを可変にすることによって操作性の向上を行う手法を示している。しかしこれを力センサレスで実現する際,慣性変動によって制御系の安定性が大きく左右されることを,根軌跡による解析で示すとともに,アシスト動作開始時にロボットを数回揺らして貫性値を同定すれば,小さいインピーダンスパラメータも安定性をおびやかすことなく採用できることなどを,実験的にも示している。

 第5章「電動パワーアシスト車椅子の現状と多側面からの解析」では,パワーアシスト車椅子の基本構造や力学的解析結果を説明するとともに,購入した車椅子による走行実験を用いた多側面からの解析を行い,問題点を明らかにしている。

 第6章「電動パワーアシスト車椅子の新しいアシスト制御法の検討」では,パワーアシスト車椅子の制御について検討し,ここでも,操作者の入力トルクにもとづいて位置や速度の規範値を作る位置制御ベースと,力の規範値を作る力制御ベースが考えられることを述べている。車椅子の場合,当然ながら,乗り心地やアシスト比の設定,上り坂や下り坂,さまざまな路面での安定した走行が要求されるため,その検討を行っている。

 第7章「様々な走行場面に対応する電動パワーアシスト車椅子の多機能制御法」では,後方転倒防止を考慮した安全な走行制御や,段差を越える際に必要なウィリー動作の補助制御について検討し,実機実験と被験者を用いた検討を行い,今後のパワーアシスト車椅子の高機能化と普及を促進するであろう有益な提案を行っている。

 第8章「高齢者モニタリングのためのカメラ画像を用いた人間の異常動作検出」では,簡単なCCDカメラを用いて,一人暮らしの高齢者の非日常的な動きを自動的に検出する新しいモニタリングシステムを提案している。最初に,自己組織化マップ(SOM)を用いて,高齢者の普段の様子や動作パターンを学習し,次に,統計資料に基づいて分類した4つの非日常動作を,固有空間法を用いた画像間相関により検出するアルゴリズムを提案,実際にいくつかの動作をカメラで撮影して解析を行い,手法の有効性を確認している。

 第9章「カメラ画像を用いた産業用ロボットの異常動作検出」では,第8章の手法を産業用ロボットの異常動作検出に応用した試みについて述べている。ロボットの制御系に依存しない独立したモニタリングシステムは,高信頼性の実現に不可欠である。異常動作の検出アルゴリズムは,固有空間法・パラメトリック固有空間法に基づいているが,ロボットの速度解析に黄金分割比を用いた探索法を導入することにより,異常検出時間を大幅に短縮している。

 第10章は結言であって,「福祉制御工学」の確立を目指した本研究をまとめ,各研究項目に対する結論と今後の課題,将来の可能性を示すとともに,福祉工学と福祉制御工学の将来について議論している。

 以上これを要するに,本論文は,高齢者支援を目的とした計測制御システムが,人間が主体となることによって生じる備えるべき要件を明らかにし,新しい学問分野として「福祉制御工学」の確立が必要であることを述べ,具体的な支援技術として,腕(パワーアシストロボット),足(電動パワーアシスト車椅子),目(高齢者モニタリングシステム)に関する特徴あるいくつかの手法を開発するとともに,被験者を用いた評価を行ってその有効性を実証したもので,電気工学,制御工学上貢献するところが少なくない。よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1829