No | 117990 | |
著者(漢字) | 板生,知子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イタオ,トモコ | |
標題(和) | サービス創発のための適応型ネットワーキングアーキテクチャ | |
標題(洋) | An Adaptive Networking Architecture for Service Emergence | |
報告番号 | 117990 | |
報告番号 | 甲17990 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5448号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電子情報工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は,将来のユビキタスなネットワーク環境において,ネットワークの状況やユーザ嗜好に適応可能なアプリケーションをスケーラブルに提供することを可能とする,適応型ネットワーキングアーキテクチャJack-in-the-Net(Ja-Net)について論ずる。将来のネットワークは,従来のPCだけでなく,センサ,ウェアラブルコンピュータ,携帯電話,PDA,情報家電,ロボット,車など,我々が日常生活で接するあらゆるデバイスをノードとして繋ぐユニヴァーサルネットワークヘと発展していくだろう、このような環境では,ネットワーク上に分散する様々なサービス(i.e.,リソース,ハードウェア,ソフトウェア,情報コンテンツ)をユーザ要求に基づいて動的に連携することにより,個々人のニーズを満たすアプリケーションを臨機応変に構築することが期待される.多様化するユーザニーズに応えるためには,将来のネットワークは,個々のサービスのコンテクスト(i.e.,ネットワークの状況,ユーザ嗜好,サービスのアベイラビリティなど)をモニタし,これに応じてアプリケーションに必要な機能や振る舞いを自律的に創出する適応能力が求められる,しかし,従来のwebベースのネットワークでは,インターネット上のサーバーに依存した固定的で分散透過なサービス環境が前提となるため,局所的なサービスコンテクストに応じてアプリケーションの提供する機能や振る舞いを柔軟に変更することは困難である. 上述のような適応能力を備えたネットワークを実現するためには,生物界の生態系に例を見る,自律分散型のアーキテクチャが有効であると考えられる、生物界では,個々の生物の固体(e.g.,蜂の巣の構成単位である蜂)は単純な行動ルール(e.g.,移動,複製,交配,死,エネルギー交換,他の固体との関係の生成)に従いつつ,局所的な状況(コンテクスト)に応じて他の固体と自律的に連携することによって,集団(e.g.,蜂の巣)として有効な機能や秩序(e.g.,自己組織化,スケーラビリティ,適応進化,ロバスト性)を創発する.同様に,Ja-Netでは,ネットワークアプリケーションを,複数の,自律動作するシステム構成要素であるサイバーエンティティ(CE:Cyber-Entity)の組織(コミュニティ)として構築する.(図1参照).CEは,ハードウェア,ソフトウェア,情報コンテンツ,ユーザなど,あらゆるシステム構成要素を表現可能であり,CE単体で提供するサービスを持つ.また,生物の個体同様,移動,複製,死,他のCEとの関係(リレーションシップ)の生成などの単純な振る舞いを持つ.そして,複数のCEが自律的にインタラクションを行いつつ自己組織化することによって,アプリケーションに必要な機能(複数のCEによって提供する一連のサービス)を動的かつボトムアップ的に創発する(サービス創発). 本研究は,Ja-Netにおけるサービス創発のモデルとこれを実現する要素技術を確立し,自己組織化,スケーラビリティ,適応性,ロバスト性など,将来のネットワークにおいて望ましい特徴を具備したアプリケーションの構築を可能とするサービス創発フレームワークを提供する。本研究が実現するサービス創発フレームワークは,生物界における"創発"のコンセプトをネットワークアプリケーションの構築手法に適用した,新しいネットワーク設計パラダイムである.図2に,本フレームワークのサービス環境を示す、Ja-Netは,物理的なネットワーク上にオーバーレイしたpeer-to-peer型のヴァーチャルネットワーク上で動作する.このため,固定的なサーバーに依存しない,柔軟かつスケーラブルなシステム構成が可能である.CEは,論理的に決められた空間(スペース)において,白身のサービスコンテクストをモニタする.各CEは,自身が提供するサービスの意味情報(メタデータ)を表すサービスユニットを持ち,これに基づいて連携可能な相手を検索する、アプリケーションは,リレーションシップによって緩やかに結びつけられた,CEの組織(コミュニティ)の集合体として定義される. このとき,サービス創発フレームワークでは,ネットワークの状況やユーザ嗜好に応じて各個体(CE)を動的に関連付けることによって,有効なサービスを協調的に提供可能なCEの組織(コミュニティ)を適応的に生成する。特徴は,次の3つである. (1)生物的な振る舞い(e.g.,移動,複製,死,リレーションシップの生成)を具備した自己組織化型サービスコンポーネント(CE)の設計. (2)CEが,自律的に有効なリレーションシップを獲得することにより,一連のサービスを提供するCEが適応的に組織化することを可能とするリレーションシップメカニズム. (3)CEが,リレーションシップ獲得状況に応じて,移動,複製,リレーションシップの削除,新たなリレーションシップの生成などの振る舞いを行うことにより,一連のサービスを提供するCEの構成を適応的に変更することを可能とするCEの行動モデルの設計. 本フレームワークにより,アプリケーションのシステム設計者,管理者,ユーザをシステムの管理やチューニングから解放する,メンテナンスフリーなネットワークの実現が期待される。 本論文の構成と,各章の概要は,以下の通りである. 第1章では,将来予想されるネットワーク環境としてユニヴァーサルネットワークのビジョンについて論じ,将来のネットワークの具備すべき特徴として,自己組織化,スケーラビリティ,適応性,ロバスト性を導出する、また,適応の観点からネットワーキングアーキテクチャの体系的な分類方法を論じ,Ja-Netが,"ユーザ指向","創発的適応"のクラスに位置付けられることを示す。 第2章では,本研究が解決すべき課題と,これに対するアプローチを論ずる.本研究では,ユニヴァーサルネットワーク上で適応的にアプリケーションを構築するための課題として,(a)サービスの発見,(b)サービスの自己組織化,(c)状況変化に対するサービスの適応,の3つに着目する.これらの課題に対して,Ja-Netでは,生物界から応用した"サービス創発"のコンセプトに基づいて自律分散型のアプローチを試みることを宣言する. 第3章から第6章では,Ja-Netの実現に関する多角的な議論を展開する. 第3章では,サービス創発モデルについて論ずる.集中的,あるいは固定的なエンティティを必要としない自己組織化型のアプローチに基づいて,ネットワークの状況やユーザ嗜好に適応可能なアプリケーションをサポートする将来のネットワークの設計パラダイムを提案する. 第4章では,サービス創発フレームワークの設計と実装について述べ,Ja-Netのシステム化の手法について論ずる.本章では,Ja-Netにおけるサービス創発フレームワークのシステム概要と共に,CE開発者向けのAPIや,CE実装のサンプルコードを示すことにより,創発型アプリケーションの開発手法を明らかにする.また,Ja-Net上で実装したアプリケーションの例として,PDAを持ったユーザが,自宅,新宿アルタ前広場,映画館,カフェ,の4つの場所に設けられたホットスポットの間を渡り歩きながら,各ホットスポットに存在するCE群によって構成される一連のサービスを利用するシナリオを示す.(本シナリオは,実世界のネットワーク環境や,ユーザの移動をPC上でシミュレートすることにより実装した.)そして,Ja-Netを適用することにより,その場に行ってみないとどんなサービスが提供されるか分からないという"出会い"の楽しみや,そのときその場でブームとなっている(i.e.,有効なリレーションシップがある)サービスを紹介するなど,ユーザの傾向や,利用可能なサービスの特徴をダイナミックに捉え,これに適応可能なアプリケーションを実現できることを例示する。 第5章では,Ja-Net上で構築したアプリケーションの適応能力を定量的に測定することにより,サービス創発フレームワークの有効性を実験的に検証する.本評価実験では,ショッピングモール内の複数の店舗(CE)が提供する店舗ごとの広告を,ショッピングモールを訪れている不特定多数の客(CE)に適応的に配信するアプリケーションを実装し,システム上のシミュレーション実験により評価した.本アプリケーションでは,店舗間で生成するリレーションシップのネットワークを使って,店舗を訪れている客に広告を配信する。リレーションシップメカニズムにより,店舗は客の商品購入パターンに応じて有効なリレーションシップを獲得し,これに基づいてユーザ嗜好に応じた適応的な広告配信を行う、本実験では,広告配信の適切性を評価指標として,アプリケーションの適応能力を定量的に測定した.これにより,店舗間のリレーションシップがユーザ嗜好のトレンドを反映して生成した結果,適切な広告配信を行うことが可能となることを明らかにした. 第6章では,Ja-Netにおけるサービス発見手法について論ずる.Ja-Netでは,CEが連携相手.を探す,ユーザがその場で利用可能なサービスを探すなど,様々なシーンにおいてサービスの発見が必要となる。本章では,Ja-Netにおいて有効と考えられる,次の3つのサービス発見メカニズムを考案し,その特徴を論ずる.(1)共通の嗜好を持つユーザのコミュニティを利用して,当該コミュニティで人気のあるサービスを紹介してもらう.(2)類似したサービスを提供するCEのコミュニティを利用して,ターゲットサービスを検索する.(3)物理的な実体のあるCE(例えば,ハードウェア)を対象とし,位置属性に基づくCEのコミュニティを利用して,ターケットサービスを検索する.なお,(1)-(3)のいずれの場合も,CEが自律的にリレーションシップを獲得することにより適応的にコミュニティを生成する. 第7章では,本研究で提案したJa-Netのサービス創発フレームワークによって実現されるアプリケーションの特徴(自己組織化,適応,スケーラビリティ,ロバスト性)についてまとめ,Ja-Netが将来のネットワークの設計パラダイムとして有効であることを結論付ける。 図1:Cyber-entities and a network application 図2:Ja-Net service environment | |
審査要旨 | 本論文は,"An Adaptive Networking Architecture for Service Emergence"(サービス創発のための適応型ネットワニキングアーキテクチャに関する研究)と題し,将来のユビキタスなネットワーク環境において,ユーザの嗜好や環境に応じて柔軟かつスケーラブルにアプリケーションを構築するための,次世代の分散アプリケーションプラットフォームアーキテクチャJack-in-the-Net(Ja-Net)を提案して論じている.Ja-Netは,ネットワークアプリケ二ションの構築手法に生物学的なコンセプトを適用した"サービス創発"のモデルを特徴とする.すなわち,生物的な振る舞いを具備した自律的なサービスコンポーネントが,局所的な情報に基づいて自律的に有効な関係(リレーションシップ)を獲得することにより,ユーザの嗜好や環境に応じた一連のサービスを柔軟かつ適応的に構成する点が,従来のプラットフォームと大きく異なる.本論文は,全7章から成り,Ja-Netのサービス創発モデル,フレームワーク設計,要素技術およびアプリケーションの開発,実装評価などについて包括的に論じている. 第1章は「序論」であり,将来のネットワークが,センサ,PDA,携帯電話,自動車などの多様なデバイスから構成され,様々な情報やサービスにいつでもどこでもアクセス可能なユニヴァーサルネットワークに発展することを予想している.ユニヴァーサルネットワーク上では,利用可能なデバイス,ソフトウェア,情報コンテンツを動的に組み合わせることにより,ユーザの嗜好や環境に応じたサービスを柔軟かつ適応的に構成する仕組みが必要となることを指摘している. 第2章は「本研究の目的」と題し,本研究の目的と関連研究について述べている.本研究では,サービス創発の考えに基づいた,ユーザの嗜好や環境に応じたサービスを柔軟かつ適応的に構成するためのオープンアーキテクチャを目的としている.既存のアプローチとして,ユビキタスコンピューティングとWebサービスフレームワークを挙げ,これらがそれぞれオープンアーキテクチャ,適応性に欠如することを指摘している. 第3章は「Ja-Netにおけるサービス創発」と題し,Ja-Netのコンセプトであるサービス創発が,オープンかつ大規模な分散システムにおいて柔軟かつ適応的にサービスを構成するために重要であることを述べている.キーコンセプトとして,生物的な振る舞いを具備した自律的なサービスコンポーネントであるCE(Cyber-Entity)と,CE同士が自律的に有効な関係(リレーションシップ)を獲得し,これに基づいて適応的に組織化することを可能とするリレーションシップメカニズムについて述べている.Ja-Netでは,自律的なCE間のpeer-to-peer型のリレーションシップにより,集中管理機構を持たない,スケーラブルで柔軟なアプリケーションの構築が可能となることに言及している. 第4章は「Ja-Netプラットフォームソフトウェアの設計」と題し,本論文で提案されているJa-Netアーキテクチャの設計について詳細に述べている.本章では,CEをサービス名,インタフェース,キーワードにより記述することを特徴とするサービス記述と,複数のCEが動的に連携することにより一連のサービスを提供し,同サービスに対するユーザ評価に基づいてCEが有効なリレーションシップを学習することにより,適応的に組織化することを可能とするリレーションシップメカニズムを具備したサービス創発フレームワークについて述べている.また,CE開発者向けのAPIを示すことにより,創発型アプリケーションの開発手法を述べている.次いで,リレーションシップメカニズムのシミュレーション実験について述べ,同メカニズムがユーザの嗜好や環境に応じたサービスを構成するために有効であることを示している. 第5章は「Ja-Netの実装評価」と題し,設計したサービス創発フレームワークとその上で動作する2種類のアプリケーションの実装を行い,ユーザの嗜好や環境に適応可能なアプリケーションの具体的な実現方法とその実現結果について述べている.上記アプリケーションの1つとして,ショッピングモールを訪れる不特定多数の客(ユーザ)の商品購入パターンに基づいて店舗CE同士が自律的にリレーションシップを獲得することにより,ユーザの嗜好に応じた広告配信を行なうアプリケーションを実装し,シミュレーションに基づいてリレーションシップの適応能力を定量的に評価することにより,サービス創発フレームワークの有用性を示している. 第6章は「サービス発見」と題し,Ja-Net上で特定のサービス属性を持つCEを発見するメカニズムについて述べている.Ja-Netでは,発見のためのリレーションシップをCE間で自律的に獲得し,リレーションシップのネットワーク上をクエリを転送することにより,CEを適応的に発見する.提案したメカニズムについて,シミュレーションにより有用性を示している.また,フレームワークに発見機能を実装し,発見機能を用いたアプリケーションの具体的な実現方法とその実現結果について述べている. 第7章は「結論」であり,本論文の成果をまとめると共に,Ja-Netアーキテクチャの残された課題,および今後の研究の方向性について述べている. 以上これを要するに,本論文は将来のネットワークにおいて必要となる適応型アプリケーションを支援するための分散プラットフォームアーキテクチャに関する研究において,サービス創発を実現するJa-Netアーキテクチャを提案し,フレームワークの設計,要素技術(CEのサービス記述,リレーションシップメカニズム)および創発型アプリケーションの開発,実装評価を行うことでその有用性を示したものである.本論文で提案されているJa-Netは,従来のネットワーキングアーキテクチャと異なり,ユーザの嗜好や環境に適応可能なアプリケーションを明示的にサポートする新しいアーキテクチャであり,電子情報工学の今後に貢献するところが少なくない. よって本論文は,博士(工学)の学位論文として合格と認められる. | |
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