学位論文要旨



No 117991
著者(漢字) 今井,尚樹
著者(英字)
著者(カナ) イマイ,ナオキ
標題(和) 多様化する通信環境における適応型モバイルサービスに関する研究
標題(洋)
報告番号 117991
報告番号 甲17991
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5449号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森川,博之
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 中山,雅哉
 東京大学 助教授 江崎,浩
内容要旨 要旨を表示する

 ネットワーク技術やコンピュータ技術の急速な発展とともに,我々を取り囲むデバイスの数やネットワークから得られる情報量は驚くべき勢いで増加を続けている.このような状況にもとづくと,近い将来3CE(computing, cnnectivity, content everywhere)環境が出現すると予想される.ありとあらゆるモノ,情報がネットワークを介して有機的に接続される3CE環境においては,「多様性」がキーワードとなろう.このような状況下において,従来のようにサービスを画一的に扱うことはユーザにとって混乱を招くばかりか,情報通信サービスやアプリケーションの発展を妨げることになりかねない.したがって,多種多様なネットワークリソースの存在を想定しつつ,これらを有機的に接続することにより,より柔軟なモバイルサービスアプリケーションの構築が期待される.

 本論文は,次世代における多種多様な通信環境において柔軟なモバイルキラーアプリケーションの実現を目指すという立場にもとづき,ユーザの状況に適したモバイルサービスを構築するための機構を論じたものである.具体的には,パーソナルエリアネットワークにおけるゲートウェイに機能を持たせ,動的にリンクを切り替えるパーソナルメッシュ技術や,サービスセッションに焦点を当てたモビリティサポート機構を示している.さらに,パーベイシブデバイス環境におけるリンク適応型アドホックルーティング手法や,これらのシステムを利用したモバイルサービスシステムの例としてオンデマンド型データプリフェッチシステムを示すことにより,3CE環境における適応型モバイルサービスのあり方についての議論を行っている.

 第2章では,多種多様なネットワークリソースが存在する環境において,適応型モバイルサービスを実現するに当たっての基礎的な検討を行い,要求される技術項目を示している.まず初めに,柔軟なモバイルサービスを実現するためのモビリティサポート技術について論じている.3CE環境においては,サービスセッション指向のモビリティサポートが要求されることを明確にし,その要求条件を明らかにする.これとあわせて,身の回りのリソースにより構築されるパーソナル空間におけるリンク切り替えを検討するために,パーソナルエリアネットワーク技術に関する考察を行う.さらに,ノード数が増加する環境では,インフラを利用せずにローカルエリアでネットワークを自律的に構築する機構が要求されるため,アドホックネットワークにおけるルーティング技術に関する考察を行う.これらを通じて,今後のモバイルサービスを構築する上で多種多様な通信環境が要求する技術を議論するとともに,これらの技術をモバイルコンピューティング研究の中で位置づけることを試みている.

 第3章では,適応型モバイルサービスを実現するための基礎技術として,サービスセッションを中心としたモビリティサポート技術とリソース切り替え機構を示している.サービス指向のモビリティサポート手法としては,セッション層によるモビリティサポートを実現している.モビリティの隠蔽を上位層で行うことで,リソースの切り替えに対して柔軟な対応をとることが可能となる.具体的には,デバイスの移動を維持するターミナルモビリティと,サービスセッションを維持しながらリソース間におけるハンドオフを行うサービスモビリティを統一的に処理している.次に,ユーザの周辺空間に存在するデバイスやリンクを管理するとともに,リンクの動的な切り替えを行うパーソナルメッシュ機構を示している.パーソナルメッシュではグローバルネットワークとの境界点に存在するノードをゲートウェイノードとみなし,パーソナルメッシュ内とパーソナルメッシュ間におけるゲートウェイノード間で情報の交換や設定を動的に行うことで,リンクの切り替えを実現している.

 第4章では,片方向リンクを考慮したアドホックルーティング手法を示している.ノードが遍在する3CE環境では,そのほとんどのノードはセンサやタグのような,小型かつ安価な低機能デバイスであり,その中に少量の高機能デバイスが存在するようになるであろう.このようなローカルネットワークではインフラに頼らず,ノード同士が自律的に接続されて通信が行われると想定される,これらのデバイスを接続する無線リンクは片方向リンクを頻繁に生成するが,アドホックネットワークでは1箇所のリンク切断がルート全体の切断を意味するため,安定なリンクを利用したルート構築手法が望まれる.本手法では安定リンク測定用の特殊な制御パケットを利用することなく,安定ルートの構築を行っている.具体的には,各ノードがネットワークを流れるルート構築パケットを観測し,これを利用してリンク安定度を測定している.したがって,従来の手法と比較してネットワークヘの負荷を抑えつつ,より寿命が長いルートの構築を実現している.

 第5章では,多様な無線リンクを考慮したモバイルサービスとして,オンデマンド型データプリフェッチサービスを示している.ホットスポットエリアで構成される高速無線リンクを移動ノードが利用すると,エリア滞在時間が短いため,ネットワークの混雑によるスループットの低下などによってサービス自体の質的低下が懸念される.本手法では,高速無線リンクを主として下りのみで使用するリンクと想定し,携帯電話などのリンクを利用したデータの予約,プリフェッチシステムを構築することで,上記の問題の解決を実現している.また,移動によってプリフェッチが行われるスプールサーバを切り替える際に,セッション層モビリティサポートを利用することで,常に近隣に存在するスプールサーバの利用を実現している.

審査要旨 要旨を表示する

 論文は,「多様化する通信環境における適応型モバイルサービスに関する研究」と題し,5章から構成される.通信環境の急速な発達により,将来的には3CE(Computing, Connectivity, Content Everywhere)環境の出現が予想される.3CE環境はリソースの多様性と遍在性がその特徴であり,このような環境の中で新たなモバイルサービスの出現が望まれる、しかしながら,今日の通信環境は移動という概念が存在しない静的な環境を想定して構築されたため,エンドデバイスやネットワーク接続点を切り替えるとサービスセッションが切断される、また,3CE環境では,インフラを必要としないネットワークであるアドホックネットワークの出現も予想されるが,アドホックネットワークでは中間ノードの物理的な移動により,サービスセッションが中断されてしまう。リソースの切り替えやデバイスの移動は,3CE環境においては通常の動作であり例外的な動作ではない.本論文ではこのような観点から,今後出現するであろう柔軟なモバイルサービスを支援するための機構を示している.

 第1章は「序論」であり,ネットワークを取り巻く状況の変化から,将来のモバイルコンピューティング環境が3CE環境になることを予想している.3CE環境においては,リソースの切り替えや物理的な移動という動作が起こりうるが,従来のシステムでは,これらの動作がサービスセッションを中断させてしまうため,状況に適応可能なモバイルネットワークシステムの構築が必要であることを述べている.

 第2章は「3CE環境における柔軟なリソースハンドオフ機構」と題し,3CE環境において将来出現するであろうアプリケーションの基盤となりうるリソースバンドオフ機構を提案している。まずはじめに,ユーザの周辺に存在するリソースがローカルにネットワーク接続された空間をパーソナルメッシュと定義し,3CE環境において柔軟なアプリケーションを提供するには,パーソナルメッシュ内におけるリンクやデバイスなどのリソースを,サービスセッションを維持したまま動的に切り替える機構が必要であることを述べている.これを受け,パーソナルメッシュ構築時に必要となるアドレス設定手法とリソース発見/管理手法に関して議論を行っている.そして次に,サービスセッションを維持したまま,パーソナルメッシュ内のリソースを動的に切り替えることを実現するため,アクセスリンクを保持するデバイスにパ.一ソテルゲートウェイ機能を持たせ,パーソナルゲートウェイにサービスセッションの維持機構を持たせている.パーソナルメッシュ内の各デバイスは,リソース情報をもとにしてパーソナルゲートウェイと連携を図り,動的なリンクの切り替えとデバイスの変更を行うことが可能である.本章では,パーソナルメッシュを実際に実装し,リソースの切り替え遅延がRTTにほぼ依存することを示している.

 第3章は「スポット型ネットワークにおけるプリフェッチを利用した予約ダウンロードシステム」と題し,多様化するアクセスリンクを使い分けるサービスアプリケーションを示している.ホットスポットの出現やITSの発展により,将来的には高速移動中のユーザもホットスポットを利用して大容量のデータ受信を行うことが可能になると予想される、しかしながら,通信エリアにユーザが滞在する時間が短いため,ネットワークの遅延やサーバの負荷などにより,通常の通信手法ではユーザに対するスループットが低下するおそれがある.この問題を解決するために,本章では,データの要求とデータの受信とで異なるリンクを使用し,ユーザが進入するホットスポットの近くに要求データをプリフェッチするという手法を示している.本システムは,他のアクセスリンクを利用したデータの予約機構,ユーザの位置情報にもとづくプリフェッチ先の選択機構,データがプリフェッチされたスプールサーバからデータを受信する機構,スプールサーバ間でのデータ転送機構から構成される.本システムの実装実験を行い,本手法を利用してデータのプリフェッチを行うことで,ネットワークの混雑による影響を軽減することが可能であることを示している.

 第4章は「片方向リンクが存在するアドホックネットワークにおける安定ルート構築機構」と題し,中間ノードが周辺リンクの安定度に適応してルートを構築するアドホックルーティング手法を示している.従来のアドホックルーティング手法は,すべてのリンクが双方向であることを前提としたものが多い、しかしながら,無線通信環境においては頻繁に片方向リンクが発生し,その結果,中間ノード数の増加につながりルート切断率も上昇する.ルートの切断は,エンドノード間のサービスセッションの中断を意味するため,切断回数をなるべく少なくするようなルーティング手法が望ましい.このような観点から本章では,相対的に移動が少ない隣接ノードのみを中間ノードとして利用するルーティング手法を提案している.本手法は,隣接ノードとのリンク安定度を測定する際に定期的な存在通知パケットを利用せず,ルート構築時にネットワーク内を流れる制御パケットのみを利用するという点が特徴としてあげられる.その結果,周辺ノードの移動状態に適応したルートの構築を実現している.シミュレーションにより,本手法はネットワーク内である程度の通信ノード対が存在する場合には,従来手法と比較してより少ない制御パケット数で,より寿命が長いルートを構築することが可能であることを示している.

 第5章は「結論」であり,本論文における成果をまとめるとともに,今後残された課題について議論を行っている.

 以上,これを要するに,本論文は多様化する通信環境において,より柔軟なモバイルサービスを実現するために必要となる柔軟かつ動的なリソース切り替え機構の提案と,多様化するアクセスリンクを想定したサービスアプリケーションを示している.また,アドホックネットワーク環境において適応型ルーティング手法を提案している、本論文はこれらの手法を提案すると同時に,実装実験やシミュレーションを介して有効性を実証したものであり,電子情報工学上寄与するところが少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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