学位論文要旨



No 117993
著者(漢字) 佐川,立昌
著者(英字)
著者(カナ) サガワ,リュウスケ
標題(和) 大規模観測対象のための幾何および光学情報の統合
標題(洋) Geometric and Photometric Merging for Large-Scale Objects
報告番号 117993
報告番号 甲17993
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5451号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 西田,豊明
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
 東京大学 助教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

 3次元形状を計測する従来の研究では,観測対象が室内に置かれた物体などの比較的小さな物体であったが,文化遺産の中には建物や大仏などの大規模な構造物を観測対象とする場合,モデリングの各段階において様々な新しい問題が発生する.そのような観測対象を行う場合,1回の観測で全てのデータを取得することは不可能であるので,本論文における主題は複数の観測をいかに「統合」するか,ということになる.

 まず,観測対象が大規模かつ複雑な形状を持つ場合,大量のデータを取り扱う必要がある.本論文では以下に提案する3つの手法を用いて大規模なデータの統合を行う.第一にPCクラスタを用いた並列計算により計算時間を削減する.我々の手法はWheelerらの手法を応用し,3次元空間に設定したボクセルから距離画像までの符号付距離(signed distance)を計算して陰表面関数とし,同位面(isosurface)を抽出する.距離画像の統合における計算時間を減らすためには符号付距離を並列に計算することが必要である.そのため,巨大なデータ量を扱うためにPCクラスタを用いて並列に計算する次の二つの要素からなる手法を開発した.1.距離画像を各PCに分散して保持する.2.octreeの部分木に分割して並列に探索する.これによりPCクラスタの多数のCPUとメモリが利用可能になった.

 第二にk-d treeの探索方法を拡張し,効率的に最近傍点を探索する方法を開発した.距離画像の統合過程における計算コストにおいて最近傍点の探索が大部分を占めるため,その高速化が重要である.これまで多次元空間での最近傍点探索をおこなうデータ構造であるk-d tree用いて探索を行っていたが,距離画像の統合における問題では近傍の点のみが重要であるという特徴を利用し,k-d treeの構造を変えることなく効率的に必要な最近傍点を探索する手法を提案する.

 第三に観測対象の形状やテクスチャに応じて適応的に距離画像の統合を行うことにより効率的に計算資源を利用する方法である.従来の手法ではoctreeを用いて効率的に符号付距離を計算していたが,表面形状に依らず常にもっとも細かな解像度のメッシュモデルを生成していた.octreeを用いてボクセルを分割する際に表面の曲率を考慮することにより,曲率の高い部分では細かいボクセルに分割され,平面に近い部分では大きいボクセルで表現する.したがって,生成した幾何モデルはより少ないポリゴン数で物体を表すことが可能になる.

 次に距離画像に付加された光学情報の統合する手法を提案する.3次元物体認識やトラッキングのような幾何形状モデルを利用する応用を考えた場合,色や輝度値といった付加的な情報をもった3次元モデルを用いることができれば,精度やロバスト性が向上することが期待できる.このような3次元モデルを構築するため,複数の距離画像間で光学的情報の合致をとって画像取得時におけるノイズによる外れ値を除外するように距離画像統合法を拡張する.また,固定された光源環境下において観測対象の見えの変化の少ない部分を抽出することにより,Lambertian反射特性を持つ3次元モデルも生成できる.

 またノイズが多い距離画像を用いて精確なモデルを生成する手法を提案する、そこで本論文では,位置合わせされた複数距離画像間の重複領域に対して,各々が持つ固有の誤差特性を考慮して距離画像を補償することで,より高精度の3Dモデルを獲得する手法を提案する.ガウシアンフィルタなどの空間フィルタを用いた場合,滑らかな面が得られるのと同時にエッジ等の細かな特徴も消えてしまうが,本手法を用いるとフィルタ処理では消えてしまう細かな特徴も残したモデルを生成することが可能である.また,この処理は距離画像間の合致をとる新たな手法であるとも位置付けられ,この手法を用いて合致をとることによって,従来の合致表面法ではマージングが難しかった凹凸の激しい距離画像の統合処理が可能になる.

 大規模な観測対象の場合には地上から観測できない部分が発生する.そのような部分を観測するためにデジタルスチルカメラ9台から構成されるシステムを気球に搭載し,ステレオマッチングによって距離計測を行うセンサを開発した.レーザレンジセンサの距離計測精度に比べて,ステレオ視を用いた距離計測の精度は低いが,カメラを用いて画像を取得するのでデータ取得に必要な時間が短く,気球に取り付けて撮影する場合でも,気球の揺れの影響を考慮する必要がない.あらかじめカメラ間のキャリブレーションを計測の前に行った複数のカメラを取り付けて撮影するので,気球を完全に固定しなくても計測が可能である.

 様々なセンサを用いて計測を行った場合においても計測できない部分が発生するため,そのような形状データの欠落を補う方法を提案する.本手法では統合過程において符号付距離を計算し,陰表面関数で物体形状を表現する.この方法を用いることにより,距離画像が存在しない領域の表面形状を補完することが可能である.しかし,最近傍点探索によって計算した符号付距離は,その符号が形状データの欠落部分付近でデータのノイズや距離画像の位置合わせ誤差に敏感になるため,そのままでは欠落を埋めることができない.そこで,その符号付距離の整合性を近傍のボクセル間でとることによりデータの欠落を補完する手法を提案する.

 これらの手法を用いていくつかの文化遺産についてモデリングを行い,大規模かつ複雑な形状をもつ観測対象のモデリングが可能になったことを示す.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「Geometric and Photometric Merging for Large-Scale Objects」と題し、文化遺産である建物や大仏などの大規模な構造物を観測対象としたモデリングにおいて発生する様々な新しい問題に対する研究をまとめたものであり、9章で構成されている。

 第1章「Introduction」では、3次元形状を計測する従来の研究では観測対象が室内に置かれた物体などの比較的小さな物体であったのに対し,大規模観測対象を扱う場合にどのような問題が発生するか示すとともに,従来の研究と比較しつつ,本論文において提案する拡張したモデリング手法の流れについて説明している.本論文では1.並列化距離画像統合,2.最近傍点探索の効率化,3.適応的な統合,4.光学情報の統合,5.距離画像のノイズ除去,6.対象を上方から観測するステレオセンサ,7.距離画像欠落部分の補間,について拡張する手法を提案している.

 第2章は「Parallel Processing of Merging」と題し、観測対象が大規模かつ複雑な形状を持つ場合,大量のデータを取り扱う必要があるという問題に対し,並列計算により距離画像の統合処理の計算時間を削減する手法を提案する.本手法はPCクラスタを用いて並列に符号付距離を計算する次の二つの要素からなる手法を開発している.1.距離画像を各PCに分散して保持する.2.octreeの部分木に分割して並列に探索する.これによりPCクラスタの多数のCPUとメモリが利用可能となった.

 第3章は「Effective Nearest Neighbor Search」と題し、統合処理中に計算する最近傍点探索において用いているk-d treeの探索方法を拡張し,効率的に最近傍点を探索する方法を提案している.距離画像の統合過程における計算コストにおいて最近傍点の探索が大部分を占めるため,その高速化が重要である.距離画像の統合における問題では近傍の点のみが重要であるという特徴を利用し,k-d treeの構造を変えることなく効率的に必要な最近傍点を探索する手法を提案している.

 第4章は「Adaptive Merging Algorithm」と題し、観測対象の形状やテクスチャに応じて適応的に距離画像の統合を行うことにより効率的に計算資源を利用する方法を提案している.表面の曲率を考慮して適応的な解像度のボクセルを用いることにより,曲率の高い部分では細かいボクセルに分割され,平面に近い部分では大きいボクセルで表現することにより,より少ないポリゴン数で物体を表現するモデルを生成可能となった.

 第5章は「Merging of Photometric Attributes of Range Images」と題し、距離画像計測によって得られる光学情報の統合する手法を提案している.テクスチャマッピングなどの応用に利用するため,複数の距離画像間で光学的情報についても合致をとるように距離画像統合法を拡張した.

 第6章は「Refining Range Images」と題し、ノイズが多い距離画像を用いて精確なモデルを生成する手法を提案している.位置合わせされた複数距離画像間の重複領域に対して,各々が持つ固有の誤差特性を考慮して距離画像を補償することで,より高精度の3Dモデルを獲得した.ガウシアンフィルタなどの空間フィルタを用いた場合,滑らかな面が得られるのと同時にエッジ等の細かな特徴も消えてしまうが,本手法を用いるとフィルタ処理では消えてしまう細かな特徴も残したモデルを生成することが可能である.

 第7章は「Flying Stereo Range Sensor」と題し、大規模な観測対象の場合には地上から観測できない部分を上方から観測するために,デジタルスチルカメラ9台から構成されるシステムを気球に搭載し,ステレオマッチングによって距離計測を行うセンサについて説明している.レーザレンジセンサの距離計測精度に比べて,カメラを用いて画像を取得するのでデータ取得に必要な時間が短く,気球に取り付けて撮影する場合でも,気球の揺れの影響を考慮する必要がないことを利用し,観測対象を上方から計測することが可能となった.

 第8章は「Complement of Unobservable Surface」と題し、様々なセンサを用いて計測を行った場合においても計測できない部分が発生するため,そのような形状データの欠落を補う方法を提案している.最近傍点探索によって計算した符号付距離は,その符号が形状データの欠落部分付近でデータのノイズや距離画像の位置合わせ誤差に敏感になるため,そのままでは欠落を埋めることができない.そこで,その符号付距離の整合性を近傍のボクセル間でとることによりデータの整合性をとる手法を開発し,距離画像の欠落部分を補間することが可能となった.

 第9章は「Conclusion」であり、本論文の成果を要約するとともに今後の課題が示されている。

 以上これを要するに、本論文では、大規模かつ複雑な形状を持つ観測対象の幾何的および光学的なモデリングにおいてどのような問題が発生するか考察し,大規模距離画像を統合する問題では並列化距離画像統合,最近傍点探索の効率化,適応的な統合手法を提案し,また距離画像の光学情報の統合,距離画像のノイズ除去,形状計測を補うために気球に搭載するステレオセンサと距離画像欠落部分を補間する手法を提案しており,これらのモデリング手法は今後重要となる文化遺産のデジタル保存などに有用であると期待され,電子情報工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/59