学位論文要旨



No 117997
著者(漢字) 王,溪
著者(英字)
著者(カナ) オウ,ケイ
標題(和) 光バーストネットワークにおけるルーティングと波長割当に関する研究
標題(洋) Routing and Wavelength Assignment for Burst-switched Photonic Networks
報告番号 117997
報告番号 甲17997
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5455号
研究科 工学系研究科
専攻 電子情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 中山,雅哉
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

 近年、インターネットの普及は通信トラヒックの爆発的増加をもたらしている。半年で2倍に増加しているといわれる通信トラヒックの増加は、電子回路の処理速度の発展を支配するムーアの法則を凌駕している。今後は、より高精細なカラー動画像コンテンツが当たり前のようにネットワーク上を行き交うようになり、中長期的に見てこの通信トラフィックはさらに増えていくものと予想されている。増え続けるトラフィックを滞りなく転送するために、光ネットワークは不可欠なものとなってきている。

 光ネットワークの重要な要素技術の一つとして光バーストスイッチングがある。光バーストスイッチング技術は、IPデータの転送要求に応じてミリ秒オーダ以下の短い時間で光パスを設定し、IPデータの固まりであるバーストデータを転送する、転送終了後は速やかに設定光パスを開放する。光通信の大容量性を活かして、ネットワーク中のノードにおいて光一電気変換をすることなく、通信の端から端まで光のままデータ伝送し、超高速な通信を実現する。結果として、電気的ノード処理だけでは実現困難となるテラビットクラスのネットワークスループットが可能となり、より経済的で機能性に優れた光ネットワークの実現が期待されている。

 光バーストスイッチングでは動的なチャネル予約のために一方向予約を採用しているため、複数のバーストが同時に同一リンクの同一波長を予約しようとした場合に衝突が発生し、どちらか一方のバーストは破棄されることになる。光バーストネットワークにおいてはいかに衝突を回避するかが重要な課題であるので、本論文では光バッファ、全光波長変換が共に実現困難な技術であるという現実的な立場から、光バッファ、全光波長変換に依存しないルーティングと波長割当手法による衝突回避手法について論じる。

 具体的に、ルーティングによる衝突回避手法として、ディフレクションルーティングプロトコルを示す。中継ノードにおいて本来ブロックされるはずのバーストを通常とは異なるリンクに送出することにより、衝突回避を実現する。広帯域だがバッファリング及び光論理処理といった機能が貧弱な光ネットワークにおいて、ディフレクションルーティングは他の衝突回避手法と比較して有利である。ディフレクションルーティングでは使用されていないリンクを仮想的なファイバー遅延線とし、ブロックされたバーストをバッファリングする。ネットワークの混雑部の負荷は比較的使用されていない領域に分散され、全体的なリンク利用効率やネットワークパフォーマンスが向上する。

 一方、波長割当による衝突回避手法として、波長優先度に基づいた波長割当(PWA)手法を示す。PWAは、中継ノードにおいて衝突が発生しないよう、送信ノードにおいて自律的に衝突発生の確率の低い波長を割当てるアルゴリズムである。各ノードは自身の送信履歴の統計結果から「学習」し各波長をランク付け、その順位に従って波長を割当てる。波長割当は各ノードで自律分散的に行われる。PWAを適用することによってランダムに波長を割当てる手法に比べバーストブロッキング確率、スループット共に改善が期待される。

 また、ルーティングと波長割当を統合したハイブリッド型衝突回避手法として、ディフレクション対応型PWAを示す。送信ノードにおいてバースト送信に先立ち、衝突発生の確率の低い波長を割当てることで一時的衝突回避策とする、送信ノードからネットワークに送出されたバーストに関して、中継ノードにおいてディフレクション中継を行うことで二次的衝突回避策とする。このように、ディフレクションとPWAを組み合わせることで、それぞれ単独のアプローチよりもさらに衝突確率を低減し、ネットワーク全体のパフォーマンスを改善する。

 論文各章の内容を簡単にまとめると、次のようになる。

 第1章は序論であり、インターネットの普及と通信トラヒックの増加、光ファイバー通信技術の準歩、光ネットワークヘのニーズなどについて簡単に触れ、本研究の背景と各章の目的について述べている。

 第2章では、インターネットの発展形として提唱され光インターネットの概念を紹介し、光インターネットの構築方式の一つとして光バーストネットワークアーキテクチャを提示する。光バーストスイッチングは波長ルーティングと光パケットスイッチングの中間に位置する技術として注目されている。光バーストスイッチングは波長ルーティングに比べて粒度の高いデータ伝送を可能とし、要求するデバイスも光パケットスイッチングに比べて少ない。中継ノードにおける光バッファを必ずしも必要とせず、バースト的なトラフィックに対応可能なことから有望なスイッチング技術である。しかし一方、エンド・エンドで波長予約を行わない光バーストネットワークにおいてはバースト衝突によるバースト棄却が大きな課題となり、効果的な衝突回避手法が不可欠となる。

 第3章では、ディフレクションによる衝突回避手法の「光バーストディフレクションルーティングプロトコル」を示す。この手法により、衝突する2つのバーストのうちの1つを、既定のリンクとは異なる空きリンクに出力する。空きリンクが複数あるときは、ランダムで出力リンクを決定する。ディフレクションルーティングはトラフィック負荷が小さい場合にはバースト廃棄率を低減できるが、高負荷時には性能が劣化する。これは、ディフレクションされるバーストが、空きリンクが見つかり次第即座にそのリンクから出力されてしまうためである。そのため、バーストの経由するホップ数が必要以上に多くなり、ネットワーク中のトラフィックを増大させる可能性がある。必要以上にホップ数が上昇するのを防ぐため、本手法ではTTL(Time To Live)を使ってホップ数に制限をかける方式をとっている。さらに、不必要なディフレクション中継を抑制する送信ノードチェック機能とネットワークのオーバーロードを防ぐアドミッションコントロールの送信ノード再送機構を導入し、高トラフィックロードにおけるディフレクションの性能向上を図る。

 第4章では分散波長割当による衝突回避手法の「波長優先度に基づいた波長割当(PWA)アルゴリズム」を示す。この手法では、各ノードにそれぞれの宛先ノード毎の波長優先度データベースを持たせる。このデータベースは送信の際の波長選択における優先度を保持し、各波長の優先度情報は過去の送信履歴を反映する。各ノードがバーストを送信する際に、バーストの宛先に対応した波長優先度データベースを参照し、空き波長のうち最も優先度の高い波長を送信波長に選択する。そして、バースト転送が成功した場合には送信波長の優先度を増加させ、逆に送信に失敗した場合には送信波長の優先度を減少させる。このように波長毎の優先度情報には過去の送信履歴が反映され、各ノードは衝突確率の低い波長を自律分散的に「学習」してゆく。「学習」が進むにつれ、ネットワーク内での波長の棲み分けが進み、衝突を解消することが可能である。

 第5章ではルーティングと波長割当ハイブリッド型衝突回避手法の「ディフレクション対応型PWA」を示す。送信ノードにおいてバースト送信に先立ち、PWAで衝突発生の確率の低い波長を割当てる。バースト送信後、中継ノードにおいてディフレクション中継を行う。波長割当による一時的衝突回避策とディフレクションによる二次的衝突回避策で、更なるバーストブロッキング率の低減を図る。PWAとディフレクションルーティングを協調動作させるために、両手法とも修正が必要である。その原因として、PWAはバーストが常に最短経路を経由していることを前提に設計されているのに対し、ディフレクションは衝突が発生するたびにバーストの経路を変更している、ディフレクションとPWAをそのまま組み合わせるだけでは、ディフレクションがPWAの「学習」を阻害し、適切な波長割当ができなくなるからである。この問題を解決するために、バーストコントロールパケットにディフレクションフラグを追加し、バーストのディフレクション状態とディフレクションの原因に関する情報を記述する。ディフレクションの際、ディフレクションフラグを更新し、PWAはディフレクションフラグ情報を考慮した波長優先度更新を行う。これにより、ディフレクションを適用しながら、正確なPWA波長割当が可能となる。ディフレクション対応型PWAを適用することで、ディフレクションとPWAそれぞれ単独のアプローチよりもさらに衝突確率を低減し、ネットワーク全体のパフォーマンスを改善する。

 第6章は論文全体を総括する。光バッファ、全光波長変換など光デバイス技術がまだ実用可能な段階にない状況の中で、本論文で示した高度な光処理を伴わないルーティングと波長割当手法は、光バーストネットワークに効果的な衝突回避策を提供する。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Routing and Wavelength Assignment for Burst-switched Photonic Networks(光バーストネットワークにおけるルーティングと波長割当に関する研究)」と題し,増え続ける通信トラヒックを滞りなく転送するために、光バーストネットワーク技術が今後重要になると予想し、光バーストネットワーク設計上の重要課題である、バースト衝突問題を解決するための、ルーティングと波長割当手法による衝突回避手法を提案し、論じている。本論文で示された手法は、光バッファ、波長変換器など高度な光デバイスを必要としない点と、ディフレクションルーティング及び自律分散型波長割当を用いて、ルーティングと波長割当双方による衝突回避を統合的に実現する点が、従来の衝突回避手法と大きく異なっている。本論文は全6章からなり一、光バーストネットワークの構成、バースト衝突問題、衝突回避のためのルーティング及び波長割当手法などについて包括的に論じている。

 第1章は序論であり、インターネットの普及と通信トラヒックの増加、光ファイバー通信技術の進歩、光ネットワークの必要性などについて簡単に触れ、本研究の背景と各章の目的について述べている。

 第2章では、インターネットの発展形として提唱されている光インターネットの概念を紹介し、その構成技術の一つとして光バーストネットワークアーキテクチャを提示している。光バーストネットワークは光バーストスイッチング方式を採用している。中継ノードにおける光バッファを必ずしも必要とせず、バースト的なトラヒックに対応可能なことから光バーストスイッチングは有望な光スイッチング技術として注目されている。しかし一方、エンド・エンドで波長予約を行わない光バーストネットワークにおいてはバースト衝突によるバースト棄却が大きな課題であり、効果的な衝突回避手法が不可欠である。

 第3章では、ディフレクションによる衝突回避手法の「光バーストディフレクションルーティングプロトコル」を提案している。この手法により、衝突する.2つのバーストのうちの1つを、既定のリンクとは異なる空きリンクに出力する。空きリンクが複数あるときは、ランダムで出力リンクを決定する。ディフレクションルーティングはトラヒック負荷が小さい場合にはバースト廃棄率を低減できるが、高負荷時には」性能が劣化する。これは、ディフレクションされるバーストが、空きリンクが見つかり次第即座にそのリンクから出力されてしまうためである。そのため、バーストの経由するホップ数が必要以上に多くなり、ネットワーク中のトラヒックを増大させる可能性がある。必要以上にホップ数が上昇するのを防ぐため、本手法ではTTL(Time To Live)を使ってホップ数に制限をかける方式をとっている。さらに、不必要なディフレクション中継を抑制する送信ノードチェック機能とネットワークのオーバーロードを防ぐ送信ノード再送機構を導入し、高負荷時におけるディフレクションの性能向上を図る。

 第4章では、分散波長割当による衝突回避手法の「波長優先度に基づいた波長割当(PWA)アルゴリズム」を示している。この手法では、各ノードにそれぞれの宛先ノード毎の波長優先度データベースを持たせる。このデータベースは送信の際の波長選択における優先度を保持し、各波長の優先度情報は過去の送信履歴を反映する。各ノードがバーストを送信する際に、バーストの宛先に対応した波長優先度データベースを参照し、空き波長のうち最も優先度の高い波長を送信波長に選択する。そして、バースト転送が成功した場合には送信波長の優先度を増加させ、逆に送信に失敗した場合には送信波長の優先度を減少させる。このように波長毎の優先度情報には過去の送信履歴が反映され、各ノードは衝突確率の低い波長を自律分散的に「学習」してゆく。「学習」が進むにつれ、ネットワーク内での波長の棲み分けが進み、衝突を解消することが可能となる。

 第5章では、ルーティングと波長割当ハイブリッド型衝突回避手法の「ディフレクション対応型PWA」を示している。本手法では、送信ノードにおいてバースト送信に先立ち、PWAを用いて衝突発生確率の低い波長を割当てるとともに、バースト送信後、中継ノードにおいてディフレクション中継を行う。波長割当による一次的衝突回避策とディフレクションによる二次的衝突回避策で、更なるバースト衝突確率の低減を図っている。ただし、PWAはバーストが常に最短経路を経由していることを前提に設計されているのに対し、ディフレクションルーティングは衝突が発生するたびにバーストの経路を変更しているため、ディフレクションルーティングとPWAをそのまま組み合わせるだけでは、ディフレクションがPWAの「学習」を阻害し、適切な波長割当ができなくなる。この問題を解決するため、バーストコントロールパケットにディフレクションフラグを追加し、バーストのディフレクション状態とディフレクションの原因に関する情報を記述する。ディフレクションの際、ディフレクションフラグを更新し、PWAはディフレクションフラグ情報を考慮した波長優先度更新を行う。これにより、ディフレクションを適用しながら、PWAによる適切な波長割当が可能となる。ディフレクション対応型PWAを適用すること.で、ディフレクションルーティング及びPWA単独のアプローチよりもさらに衝突確率を低減し、ネットワーク全体のパフォーマンスを改善する。

 第6章は論文全体を総括しており、本論文の成果をまとめるとともに、光バーストネットワークの衝突回避の残された課題、および今後の研究の方向性について述べている。

 以上、これを要するに、本論文は、光バーストネットワークにおいて、高度な光処理を必要とせずバースト衝突問題を解決する新しいルーティングならびに波長割当手法を提案し、シミュレーションなどを介して有効性を実証したものであり,電子情報工学上寄与するところ少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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