学位論文要旨



No 117999
著者(漢字) アサワメーターパン,ウィーラチャイ
著者(英字) ASAWAMETHAPANT,Weerachai
著者(カナ) アサワメーターパン,ウィーラチャイ
標題(和) 多波長利得結合DFBレーザアレイの作製に関する研究
標題(洋) Study on Multiple Wavelength Gain-Coupled DFB Laser Array Fabrication
報告番号 117999
報告番号 甲17999
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5457号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨 要旨を表示する

 (本文)現在の高度情報化社会には情報伝達技術の勢いはとどまることを知らず、激増的に進歩している、現在ではTbit/secの情報伝送を目指して光通信の研究が盛んに行われている。そして、光通信において光ファイバ当たりの総伝送容量を増やす技術として、時分割多重TDM (Time division Multiplexing)技術と波長分割多重WDM (Wavelength Division Multiplexing)技術がある。特に、後者のWDM技術はTDM技術による大容量化の限界を打ち破り、さらに伝送容量を増大させられる。この理由からWDMシステムの実用化が始まっている。

 また、WDMシステムの光源として分布帰還半導体レーザダイオードアレイ(multiple wavelength DFB laser diode array)が期待されている。その中で、利得結合DFBレーザ(gain-couple DFB laser)はいろいろな分野で研究をなされている。利得結合DFBレーザは、利得または吸収が周期的に変調されたレーザであって、位相シフトや反射防止膜がなくても安定に単一モード発振するという特長がある。本論文は利得結合DFBレーザダイオードアレイの作製を目的とする。利得結合DFBレーザアレイを作製するには同一基板上への異なる周期の回折格子を形成する必要がある。本論文は異周期回折格子の形成を電子ビーム(EB)露光法による直接描画を採用することで利得結合DFBレーザダイオードアレイの作製を成功した。

 利得結合DFBレーザの発振波長に影響を与えるパラメータがいろいろあるため、レーザを作製するときに、作製した利得結合DFBレーザが所望の波長で発振するとは限らない。この問題は非常に深刻な問題である。この問題を解決するために、「発振波長トリミング」技術が提案された。この技術はDFBレーザの発振波長を作製後に微調整する技術である。これまで、屈折率が変わる物質を使う方法と活性層量子井戸無秩序化を行う方法が提案された。屈折率が変わる物質を使う方法による問題は波長トリミングの量(0.14nm)が現在のWDMシステムに必要とされている集積型分光器(Arrayed Waveguide Grating)の分解能に足りない問題だった。後者の方法の問題はレーザの活性層量子井戸の無秩序化が行われるため、レーザの電流-光出力(L-I)特性が悪くなる問題だった。

 本論文はこれらの問題を解決するために光誘起超格子無秩序化による発振波長トリミング方法を提案した。この方法に使用される利得結合DFBレーザ構造はレーザの活性層量子井戸の上にトリミング用の超格子が成長してある構造である。この方法はYAGレーザを照射することによってレーザの活性層の代わりに超格子の無秩序化を起こさせて波長トリミングを行う方法である。また、この方法で波長トリミングを行う際、YAGレーザのほとんどのフォトンが超格子で吸収され、利得結合DFBレーザの活性層の無秩序化を直接起こさせるわけではないため、レーザの発振波長以外の特性に影響を与えないと考えられる。

 波長トリミング実験には中野研究室の従来の利得結合DFBレーザ構造と本研究で新しく提案した利得結合レーザ構造を使用した。両者は有機金属気相堆積法を用いてInP基板上に作製した。両者の利得結合DFBレーザは活性層としてバンドギャップが約1550nmにある0.9%圧縮歪み多重量子井戸(InGaAsP組成)を含む半導体層構造である。活性層の井戸層(well)と障壁層(barrier)の膜厚はそれぞれ10nmである。新しいレーザ構造の波長トリミング用の超格子と活性層量子井戸の距離は250nmである。超格子層のwellとbarrierの組成は活性層量子井戸と同じである。ただし、超格子層のwellとbarrierの膜厚はそれぞれ3nmである。超格子層のwellとbarrierの膜厚を活性層量子井戸のwellとbarrierの膜厚より狭く設計することによって、超格子層のバンドギャップエネルギーは活性層量子井戸のバンドギャップエネルギーに対して透明な波長の領域にあるように設計できる。そのため、超格子を従来のDFBレーザ構造に加えても、レーザのL-I特性に悪影響を与えない構造になる。

 実験には超格子の無秩序化を起こさせるためにpulsed-YAGレーザを使用した。波長は逓倍されているため、532nmである。トリミングの条件のパラメータはpulsed-YAGレーザの1パルス当たりの照射エネルギーと照射のパルス回数とサンプルの温度である。実験の目的はトリミング後で発振波長以外の利得結合DFBレーザの特性が変化しないような最適なトリミング条件を探索することである。その結果、1パルス当たりの照射エネルギー12J/cm2、サンプル温度125℃のトリミング条件で実験を行うと、従来のレーザ構造の場合は活性層量子井戸の無秩序化による波長シフトが観察できなかった。つまり、この場合、レーザの活性層量子井戸の無秩序化が起こらなかった。それに対して、新しいGC-DFBレーザの場合は、波長トリミング後発振波長を長波長側に0.32nmシフトさせながらレーザのしきいち電流が変化しなかった。また、両者の活性層量子井戸の構造が同じであるため、この場合の波長トリミングは超格子層の無秩序化だけによる屈折率変化による影響だと考えられる。

 次に、波長トリミング方法を実際に多波長利得結合DFBレーザアレイの作製に応用してみた。まず、波長間隔0.8nm(100GHz)の3波長利得結合DFBレーザアレイを作製した。しかし、利得結合DFBレーザの発振波長に影響を与えるパラメータがいろいろあるため、作製した利得結合DFBレーザはそれぞれのチャネルレーザの波長間隔が設計した0.8nmにならなかった。ここで、それぞれのチャネルレーザの波長を所望の波長に微調整した。波長トリミング後では、全てのチャネルレーザの発振波長は長波長側にシフトし、波長間隔0.8nm(100GHz)の3波長利得結合DFBレーザアレイが得られるようになった。しかし、pulsed-YAGレーザを長く照射して波長トリミングを行うと、利得結合DFBレーザのしきいち電流が大きくなり、発光効率が下がる問題は残った。

 そこで、本論文は超格子の無秩序化プロセスの実験を行ってみた。実験にはYAGレーザの照射エネルギー、照射パルス回数、サンプルの温度を変化させながら、利得結合DFBレーザのL-I特性の変化と発振波長シフトの量を観察してみた。その結果、波長トリミングの量とL-I特性の変化はpulsed-YAGレーザの照射エネルギーと照射パルス回数とサンプルの温度に依存すると分かった。pulsed-YAGレーザの照射エネルギーが高いほど、照射パルス回数が多いほど、サンプルの温度が高いほどのトリミング条件を使用すると、波長シフト量が大きくなると分かった。しかし、あるしきいち照射エネルギー以上で波長トリミングを行うと、利得結合DFBレーザのしきいち電流が上大きくなってしまうと分かった。また、波長トリミングを行う際、発振波長シフトに影響を与える効果は2つ大きく分けられる。それらは超格子の無秩序化による影響とDFBレーザのしきいち電流の変化による影響だと考えられる。そこで、多波長利得結合DFBレーザの発振波長を微調整する際、しきいち電流の変化による影響を抑える必要がある。

 次に、波長トリミング方法を5波長利得結合DFBレーザアレイの作製に応用してみた。今回は無秩序化プロセスの実験から得られた結果に基づいて、それぞれのレーザチャンネルにしきいち電流が大きくならないように、それぞれのトリミング条件で波長トリミングを行った。その結果、波長間隔0.8nm(100GHz)の5波長利得結合DFBレーザアレイの作製を成功した。また、波長トリミング前後で、すべてのレーザチャネルのしきいち電流は変化しなかった。それぞれのチャネルレーザにとっての最適なトリミングを使用することによって、トリミング後のしきいち電流が大きくなる問題を解決できた。

 また、本論文は拡散モデルを使って波長トリミング後の超格子の屈折率変化と吸収係数スペクトルを計算し、超格子の無秩序化と波長シフトの関係を解析した。シミュレーションの結果より、超格子でIII族原子だけの拡散が起これば、超格子のバンドギャップエネルギーがred-shiftになり、波長1.55μmでの屈折率が大きくなると分かった。超格子がDFBレーザ導波路の部分のため、超格子の屈折率が大きくなると、DFBレーザ導波路全体の等価屈折率も大きくなる。その結果、トリミング後、DFBレーザの発振波長が長波長側にシフトすることになる。それに対して、同時に超格子層でV族原子も拡散し始めると、逆な結果が得られることが分かった。

 実際に作製した超格子の構造は0.9%圧縮歪み多重量子井戸(InGaAsP組成)であるが、波長トリミングの量をさらに大きく得られるためには超格子層の構造とレーザの構造を改良する必要がある。まず、拡散モデルを使ってトリミング後の超格子層の屈折率変化を計算してから、SELENE Softwareを使って超格子層の屈折率変化によるDFBレーザ導波路全体の等価屈折率変化を計算した。その結果、波長トリミングの量をさらに大きく得られるには超格子層と活性層量子井戸の距離を減らす必要がある。また、超格子の構造に関しては、いろんなことを考慮に入れると、InGaAs/InGaAsP超格子がその目的に適用する。特に、超格子のWell層に圧縮歪みを導入すると波長トリミングの量をさらに大きく得られると分かった。ただし、重要なのはその超格子のバンドギャップエネルギーは活性層量子井戸のバンドギャップエネルギーに対して透明な波長の領域にあるように設計する必要がある。

 以上のように、本論文では光誘起超格子無秩序化による発振波長トリミング方法を提案し、この方法を実際に多波長利得結合DFBレーザアレイの作製に応用し、波長間隔0.8nm(100GHz)の5波長利得結合DFBレーザアレイの作製を成功した。また、それぞれのチャネルレーザにとっての最適なトリミングを使用することによって、トリミング後のしきいち電流が大きくなる問題を解決できた。また、波長トリミング量を大きく得られるためには超格子層と活性層の距離を減す方法とInGaAs/InGaAsP超格子を使用するする方法を提案した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,波長多重(WDM)光通信において重要な多波長アレイ半導体レーザ光源の新しい作製技術に関する研究と,それを適用し実際に5波長利得結合分布帰還型レーザアレイを試作した結果について英文でまとめたもので,7章より構成されている.

 第1章は序論であって,研究の背景,動機,目的と,論文の構成が述べられている.分布帰還型(DFB)半導体レーザの発振波長は,多くの因子に影響されるため,作製前に決定することができない.これを解決するため「発振波長トリミング」技術が提案されたが,従来技術では十分なトリミング量が得られない,トリミングによって発振特性自体が変化するなどの問題点があった.本論文は,これらの問題を解決するために,光誘起超格子無秩序化による発振波長トリミング技術を新たに提案するものである.

 第2章は「Fabrication of Gain-Coupled DFB Laser with InGaAs Absorption Grating」と題し,本論文で用いるInGaAs吸収性回折格子型1.55μm帯利得結合DFBレーザの設計と試作方法について論じている.同型のDFBレーザは,劈開端面反射が存在しても発振モードが阻止帯の短波長側に必ず現れるために,多波長アレイ化する際の波長不確定性を減ずるに有効である.電流対光出力(L-I)特性に非線型性を生じさせないための吸収性回折格子の組成ならびにデューティー比の最適化を実験的に図るとともに,多波長アレイ向けの異ピッチ回折格子の電子線露光技術を新たに開発している.以上より,多波長利得結合DFBレーザアレイを作製する基盤が固められた.

 第3章は「Wavelength Trimming Using Photo-Absorption-Induced Disordering of Superlattice」と題し,活性層近傍に屈折率調整用InGaAsP超格子層を導入し,その光誘起無秩序化によって発振波長トリミングを行うという新たな手法の提案を行っている.まず超格子からのフォトルミネッセンス波長が第二高調波パルスYAGレーザ照射によって大きく変化することを確認した後,実際の利得結合DFBレーザに対しYAGレーザの照射エネルギー,照射パルス回数,サンプルの温度を変化させながら,L-I特性の変化と発振波長シフト量を観察した.その結果,照射エネルギー,照射パルス回数,サンプル温度いずれも,その増加とともに波長シフト量が大きくなったが,ある照射エネルギーを越えると,閾値電流の上昇を招くことがわかった.閾値電流変化自体も発振波長シフトを生むため,超格子無秩序化による効果のみを取り出すには,閾値電流の増加を抑制する必要のあることが示された.

 第4章は「Theoretical Analysis of Optical Properties of Interdiffused Superlattice Trimming Layer」と題し,3章の実験結果を説明する理論解析について論じている.拡散モデルを仮定して波長トリミング後の超格子の屈折率変化と吸収係数スペクトルを計算し,超格子の無秩序化と波長シフトの関係を解析している.その結果,超格子でIII族原子だけの拡散が起これば,超格子のバンドギャップ波長が長波長側ヘシフトし,波長1.55μmでの屈折率が大きくなるとわかった.従って,波長トリミングによりDFBレーザの発振波長が長波長側にシフトすることになる.それに対して,超格子層で同時にV族原子も拡散し始めると,逆に短波長側ヘジフトすることが予測された.実験結果との比較から,実際にはIII族原子の拡散が主であると結論している.

 第5章は「Fabrication and Wavelength Trimming of Multiple Wavelength Gain-Coupled DFB Laser Array with a Superlattice Trimming Layer」と題し,新たな発振波長トリミング技術を適用して実際に多波長利得結合DFBレーザアレイを作製した結果について述べている.レーザ用InGaAsP多層構造は,有機金属気相エピタキシャル成長を用いてInP基板上に作製した.活性層としてはバンドギャップ波長1.55μmの0.9%圧縮歪InGaAsP多重量子井戸(井戸,障壁ともに10nm厚)が用いられている.トリミング用超格子と活性層の距離は250nm,超格子層の井戸/障壁組成は活性層量子井戸と同じである.ただし,超格子層の井戸/障壁厚はそれぞれ3nmであって,バンドギャップエネルギーとしては活性層のそれに対し十分大きくなっている.

 まず,波長間隔0.8nm(100GHz)の3波長利得結合DFBレーザアレイを作製した、波長トリミングによって第1および第3チャンネルレーザの発振波長を長波長側にシフト・調整し,波長間隔0.8nmの3波長アレイを得ることに成功した.しかし,閾値電流の増加,発光効率の低下などの課題が残った.これを解決するため,パルスYAGレーザの照射条件を個々のチャンネルに対し適切に変えて5波長アレイの作製に臨んだ、その結果,波長トリミング前後で,すべてのチャンネルに対し閾値電流の変化のない,波長間隔0.8nmの5波長利得結合DFBレーザアレイを作製することに初めて成功した.

 第6章は「Optimization of Structure of GC-DFB Laser for Larger Wavelength Trimming Range」と題し,本研究で得られた波長トリミング量をさらに拡大する方策について論じている.超格子層の屈折率変化によるDFBレーザ導波路全体の等価屈折率変化を2次元モード解析により求めた結果,波長トリミング量拡大のためには超格子層と活性層量子井戸の距離を短縮することが有効であるとわかった.また,超格子の構造に関しては,井戸層組成をInGaAsとし,かつ圧縮歪を導入すると効果のあることが明らかになった.

 第7章は結論であって,本研究で得られた成果を総括している.

 以上のように本論文は,WDM光通信用多波長アレイ光源に向けて,光誘起超格子無秩序化による発振波長トリミング技術を提案し,その理論解析と実験による最適化を行うとともに,多波長回折格子の電子線描画技術を開発した.さらにこれらの技術を実際に適用して,波長間隔0.8nm(100GHz)の1.55μm帯5波長利得結合DFBレーザアレイの作製に成功したもので,電子工学分野に貢献するところ少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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