学位論文要旨



No 118000
著者(漢字) ソイマディー,ナッタチャイ
著者(英字) SROYMADEE,Nutchai
著者(カナ) ソイマディー,ナッタチャイ
標題(和) 電界吸収非線型方向性結合器に基づく全光波長変換デバイスに関する研究
標題(洋) Study on all-optical wavelength converter based on nonlinear electro-absorption directional coupler
報告番号 118000
報告番号 甲18000
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5458号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨 要旨を表示する

 (本文)近年はより一層の高速大容量通信が必要とされており、光ファイバー通信が益々重要になっている。しかしファイバー・ケーブルの新規敷設には非常にコストがかかる為、既存の光ケーブルの通信容量を最大限に利用するための技術が研究されてきた。これらの研究は、大容量なデータを最短時間で伝送することを目的としている。この為には、「速度」が重要な要素になってくる。実際、「速度」には二つの意味合いがある。つまり伝送速度とスイッチング速度である。この二つには大きな違いがある。信号は光の速度で伝搬するので伝送速度はこれ以上速くすることはできない。しかし、スイッチング速度にはまだ問題が残されている。現在の光通信システムにおいては、電気によるスイッチが使われており、スイッチング速度を速くすることができない。電気によるスイッチングのデータ処理能力は、光ファイバーの伝送容量に対して較べものにならないぐらい小さい。このため、スイッチング能力が光通信システムにおけるボトルネックになっている。

 一方で、全光スイッチが高速で動作することはよく知られており、これを用いることで、光電変換することなしに、全光による制御が研究されている。しかし、光の間には直接的な相互作用が存在しないために、依然として電子の振る舞いが重要になる。従って、スイッチングに必要な電子の総数および動作速度を最適化することが必要となる。

 必要とする電子数が少ない非線型効果としては電界吸収(EA)が知られている。この電界吸収効果を利用することで、高速なスイッチを実現することができる。しかし、電界吸収効果は、Pump光だけではなく、Probe光も吸収するために大きなProbe光の入力パワーを必要とする。

 この研究では、方向性結合器(DC)を用いることでこの問題を解決する方法を提案した。方向性結合器の結合状態を電界吸収効果により制御することで、Probe光の入力ハワーは低いのに生き残れ、高速全光スイッチングを実現することができる。この論文において提案された電界吸収非線型方向性結合器(DC-EA)は、電界吸収を持つ導波路と受動導波路によって構成されている。方向性結合器の特性は屈折率の変化で起きるので、制御光は電界吸収導波路の屈折率を変化させるようにしなくてはならない。また、少ない電子でこの屈折率変化を起こさせる必要がある。従って、大きな非線型効果を持つ材料が最も重要になってくる。

 この論文では、電界吸収効果による方向性結合器の特性制御に関する研究を行った。まず、様々な方向性結合器の構造を考え、数値計算によりその特性を解析した。複雑な作製プロセスを避け、電界吸収以外の効果の影響を少なくするために、最も単純な構造を採用した。この構造のDC-EAを実際に作製して、電界吸収による結合状態の変化などの評価を行った。この結果、数値解析と同様に、光によるスイッチング特性が観測された。しかし、InGaAsP多重量子井戸とリッジ導波路を使っているために、充分なスイッチング特性は得られていない。スイッチング・パワーなどの特性を改善するためには、さらなる改善が必要となる。より実用的な光スイッチを実現するために、理論的な考察を行った。もっと高いエクシトン影響がある量子構造や、もっと電子閉じ込み係数があるDC構造などを用いれば、光スイッチングパワーを一層低減することが可能になる。これらの改善により、この論文で提案されたDC-EAが将来、光通信システムにおいて、重要な役割を演ずるものと考えられる。

 Recently, the demand of the enormous amount of data transmission is increasing rapidly, the optical fiber telecommunication is thus very important. Because the fiber construction of the optical fiber costs very large investment and, in fact, the utilization of the fiber cable has not reach the limit of the fiber, many engineers and researchers are trying to develop the optical fiber systems. The goal of this development is to complete transmission of the large data with various formats, source and destinations, within the shortest time. This leads to the meaning of the term of "speed". In fact, there are two meanings of this term; transmission speed and switching speed. Two meanings are very different. There is no doubt that the optical transmission is fastest because the transmission is at the speed of light. However, switching speed is another issue. The telecommunication system today relies on the electrical switches, which operate too slowly. The capability of the electronic switches to process data cannot be eompared with the capability of the optical fiber to transmit the data. Therefore, the bottleneck of the optical communication system is the switch.

 It is well known that all-optical switch can operate very fast. It gets rid of the necessity of electron interaction/transmission and controls light by another light directly. However, Iight cannot interact the other light by itself. Thus, the electron is still crucial. The all-optical switch, therefore, requires the compromising and optimizing between the sufficient amount of electron and the operating speed of switches.

 Electro-absorption effect is one among many to build up nonlinearity for materials that require few electrons to operate. This requirement yields the big chance for engineers to invent the high-speed switch. However, the drawback of EA is that it destroys photons, not only the pump light but also the probe light. Therefore, we have to deal with this problem instead.

 This research is proposed with the idea that, by using DC structure, if we can manage the coupling-uncoupling effect, we can possibly configure so that the probe lights will travel with low absorption. To achieve this scheme, the basic structure of the DC-EA device will compose of two waveguides; passive (or amplifying) waveguide and EA waveguide. Because DC will switch by using its refractive index, for the all-optical function, the pump light has to be able to change the refractive index of the EA waveguide very much but generate only few electrons. Therefore, the high nonlinearity material is very essential for DC-EA devices.

 Because this research has just been proposed for the first time, the purpose of this research is thus to examine the possibility of the coupling-uncoupling effect in the device. The research also studies the fabrication feasibility and the basic characteristics that can predict the performances of the devices for the further improvement in the future. First, it begins with the proposal of many DC structures. The primary consideration is then introduced for the simulations and analysis. The simplest device structure is chosen so that the complexity of the fabrication process would not obstruct, or make the other effect to the study. Then, the device is fabricated and measured; mainly to examine the existence of the coupling-uncoupling effect induced by EA.

 Finally, even we can prove the expected phenomena, but the device, based on InGaAsP MQW structure and ridge waveguide, is still not practical. It still needs more improvement, especially in the optical power requirement. By the theoretical study, we now know how to improve the device for the practical high performance all-optical swiches. The simulations indicate that the higher degree of exciton effect, the lower the threshold power. Also, the higher the carrier escape lifetime, the lower the threshold power.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,フォトニックネットワーク応用に向けた新たな半導体全光波長変換デバイスの提案および動作特性解析,試作,特性評価を行ったことについて英文で論じたものであり,6章より構成されている.

 第1章は序論であって,研究の背景,動機,目的と,論文の構成が述べられている.光情報通信ネットワークの光電変換に伴うボトルネックを解消するために,全光波長変換器の研究が進められている.効率的な全光制御には電子を介した光非線型性を用いるので,高速なスイッチングには,必要な電子数変化を小さくする必要がある.そのような光非線型効果としては量子井戸における電界吸収(EA)が知られている.しかし,電界吸収効果は,制御光だけではなく信号光も吸収するために,大きな信号光入力パワーを必要とすることが問題であった.本論文では,方向性結合器(DC)を用いることでこの問題を解決する方法を提案した.方向性結合器の結合状態を電界吸収効果により制御することで,信号光入力パワーが低くても吸収されない,高速全光波長変換を実現することができると考えられる.

 第2章は「Electro-absorption and refractive index of semiconductors」と題し,半導体多重量子井戸構造における電界吸収とそれにともなう屈折率変化について論じている.歪量子井戸におけるエキシトン電界吸収を一般的に記述する理論を整理した後,それに基づく電界吸収スペクトル計算プログラムを作成して,InGaAsP/InP系およびInGaAlAs/InP系1.55μm帯多重量子井戸における電界吸収と屈折率変化をシミュレーションしている.その結果,実験で用いる多重量子井戸の最適設計が可能となった.

 第3章は「Propagation of optical wave in DC-EA devices」と題し,本論文で提案する電界吸収非線型方向性結合器(DC-EA)型全光波長変換デバイスの動作原理と特性シミュレーションについて論じている.提案されたDC-EAは,電界卿又導波路と受動導波路のペアによって構成されている.信号光は受動導波路に入射し,制御光のない状態では方向性結合により電界吸収導波路から出射する.一方制御光が受動導波路に入射すると,やはり方向性結合を通じて電界吸収導波路に移行するが,吸収を通じて同導波路の屈折率を変化させる結果,方向性結合器が非結合状態に変わり,これにともなって信号光が受動導波路側ヘスイッチされるものである.この際生成されるキャリアが少ないほど高遠に動作するので,電界吸収導波路には大きな非線型効果を持つ材料を選択することが重要になる.ここでは様々な方向性結合器の構造を想定し,数値計算によりその波長変換特性を解析した.複雑な作製プロセスを避け,電界吸収以外の効果の影響を少なくするために,最も単純な水平並行リッジ導波路構造を採用することとしている.

 第4章は「Device fabrication」と題し,前章で提案したDC-EA型全光波長変換デバイスの試作方法に関し論じている.まず有機金属気相エピタキシー(MOVPE)によりバンドギャップ波長1.52μmのInGaAsP多重量子井戸構造を成長した.同サンプルの光吸収電流,電流電圧特性を測定し動作確認を行った後,フォトリソグラフィー他のプロセスを適用して方向性結合器構造に加工した.方向性結合器の並行2導波路の電極同士は,斜め電子ビーム蒸着により電気的に分離されており,異なる逆バイアス電圧が印加可能である.完成したデバイステップは,インジウム半田により銅ヒートシンク上に実装された.

 第5章は「Measurement and analysis」と題し,試作素子の基本特性と全光波長変換特性を測定評価した結果について論じている.全光波長変換の静特性の観測では,制御光の強度が不足してはいたものの,電界吸収による相互位相変調の発生している証拠は示された.次に,より高い強度の得られるパルス制御光を用いた動特性測定において,所期の全光スイッチング動作が確認された.スイッチングに必要な制御光強度を下げるには,エキシトン効果の大きいInGaAlAs系の多重量子井戸を用いるか,より閉じ込め係数の大きい方向性結合器構造をとる必要のあることが示された.最後に,本全光波長変換デバイスの高速化の指針について論じている.

 第6章は結論であって,本研究で得られた成果を総括している.

 以上のように本論文は,近未来の全光ネットワークにおける全光波長変換デバイスの新たな形態として「電界吸収効果非線型方向性結合器」を提案し,その動作解析手法を開発して特性シミュレーションを行うとともに,波長1.55μm帯で動作するInGaAsP/InP系デバイスの試作に成功し,所期の全光波長変換特性が得られることを実証したもので,電子工学分野に貢献するところ少なくない.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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