学位論文要旨



No 118003
著者(漢字) 舘林,潤
著者(英字)
著者(カナ) タテバヤシ,ジュン
標題(和) 長波長半導体レーザへの応用に向けたInAs自己形成量子ドットの形成と光学評価
標題(洋) Fabrication and optical properties of self-assembled InAs quantum dots for application to long-wavelength laser diodes
報告番号 118003
報告番号 甲18003
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5461号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 高橋,琢二
内容要旨 要旨を表示する

 量子ドットは電子を3次元的に狭いエネルギーポテンシャルに閉じこめる究極の量子ナノ構造であり、量子ドットの持つ非常に強い量子閉じ込め効果により、半導体レーザの活性層に用いると閾値電流や温度特性などのようなデバイス特性が飛躍的に上昇することが理論的に示されている。さらに近年、量子ドットはそのバンドの自由度から、GaAs基板上で光通信用波長1.3或いは1.55μmでのレーザ発振を実現させるためのアプローチとして注目を集めている。また、量子ドットを用いた半導体レーザは、量子ドットの持つ量子効果と非常に大きなモード利得により、従来量子井戸では実現できなかった10GHz以上での高速変調も可能になると予想され、今後、InP基板に替わりGaAs基板上での次世代光通信用半導体レーザとして非常に注目を集めている。現在までに様々なグループが1.3μm帯での室温連続発振を報告しており、その閾値電流密度は現在用いられている量子井戸系レーザとほぼ遜色ないレベルにまで到達している。しかしながら、報告されている量子ドットレーザのほとんどは分子線エピタキシー法(MBE)により成長したサンプルであり、またより長波長帯である1.5μm帯での発光は実現していない。量子ドットレーザが今後実用化された場合、MBEよりも有機金属気層成長法(MOCVD)によってサンプルを作製した方が量産性などを考えると非常に有利である。また、MOCVD法はMBEに比べ再成長や選択成長などが行い易く、分布帰還型半導体レーザや光集積デバイスなどへの応用を考えてもMOCVDで量子ドットレーザを実現することの意義は非常に大きい。

 本論文では、長波長帯半導体レーザの実現に向けた量子ドットの形成・光学評価に関し研究を行った。まず初めに、自然形成法による量子ドットの作製技術の改善を行った。自然形成法は、二結晶間の格子歪みを利用した結晶成長法のため、サイズ揺らぎによる発光の不均一広がりが問題であった。今回、量子ドット形成における重要な成長パラメータである成長温度・成長速度・V/III比及び供給量が量子ドットの形成・光学特性に与える影響を詳細に調べ、最適化を行った。その結果、均一性が良く室温で1.3μmにて発光する量子ドットを作製することに成功した。サイズの均一性を示す指標とされる発光スペクトルの半値幅は現在のところ最小で19meVと非常に狭いものが得られた。

 また、より長波長帯である1.5μm帯での発光を実現するには構造の工夫が必要である。本研究では、MOCVD法を用いてGaAs基板上に自己形成法によりInAs量子ドットを形成させ、膜厚の薄いInxGa1-xAs量子井戸を挿入した後GaAsで埋め込んだ構造を作製した。この構造においては、InxGa1-xAs層子井戸はInAs量子ドット内のバンドを制御する「バンド制御層」として機能している。今、バンド制御層であるInxGa1-xAs量子井戸の組成xを変化させると、量子ドット内の圧縮歪み及び量子閉じ込め効果の変化により量子ドット内のバンドギャップは大きく変化する。このことから、量子井戸の組成を制御することにより量子ドットからの発光波長を制御することが可能である。今回、InAs量子ドットとInGaAs層を組み合わせた構造を用いることにより、従来GaAs基板では実現不可能であった、光通信用波長1.5μm帯での室温発光を実現することに成功した。現時点で達成した最長波長は1.52μmであり、サイズの均一性を示す指標とされる発光スペクトルの半値幅は22meVが得られた。この結果は、量子井戸層に埋め込む際にも量子ドットの形状が変化していないことを示しており、量子ドット自体の結晶の質を保つことが可能であることを示した。また、バンド制御層であるInGaAs量子井戸層のIn組成を変化させることにより、量子ドットの発光波長を1.3μmから1.5μm帯まで自在に制御することが可能であることを実証した。

 また、量子ドットを有する光デバイスと導波路などの受動素子を同一基板上に有する光集積デバイスを実現するための要素技術として、選択成長法を用いた量子ドットを同一基板上で選択的に形成させる形成領域制御技術を提案し、その実証を行った。選択成長法とは、基板上に誘電体膜などのマスクパターンを施すことにより開口部にのみ選択的に原料を供給する方法で、マスクパターンを変えることにより供給量を変化させることが可能である。量子ドットの形成においては、量子ドットの密度は供給量に大きく依存し、ある臨界膜厚までは2次元的な層成長が起き、量子ドットが形成されない一方、臨界膜厚を超えると量子ドットの密度は急激に増加する。この量子ドット形成におけるドット密度の非線形性を利用することにより量子ドットを選択的に形成させることが可能である。今回、マスクパターンや成長条件を最適化することにより、量子ドットの形成する領域を自在に制御させることに成功した。

 一方、量子ドットを半導体レーザへ応用する際には、個々の持つマテリアル利得は非常に大きいものの、そのサイズが小さいことから、モード利得が小さくなってしまう。低い閾値利得を得るためには、大きな利得長が必要である。そのためには量子ドットの高密度化は必要不可欠である。しかし、平面上での高密度化には限界があるため、最も容易に高密度化させる方法として、量子ドットを垂直方向に積層化させる必要がある。しかしながら、量子ドットをキャップする際の成長温度が低いことと量子ドットに内在する歪みの影響により、埋込層に大きな歪みが加わり積層する際の上側における量子ドットの形成に影響を与えてしまう。今回、埋込層の成長温度を上げながらも量子ドットの形状・光学特性が変化しないような最適な成長条件を見出すことに成功し、積層しても量子ドットの形状が変わらず、それに伴うスペクトル線幅の増大を極力抑制させることが可能となった。また、より均一な積層量子ドットを作製する方法として、インジウムフラッシュ法が報告されている。Inフラッシュ法とは、量子ドット成長後キャップ層を薄く成長させた後、インジウムの供給を止め昇温する方法で、この方法を用いると量子ドットのキャップされていない部分が昇華し、その後にGaAsでキャップすると量子ドットの頂上部分が平らになる。インジウムフラッシュ法を用いるメリットとしては、まず、量子ドットの高さを制御することが可能であることと、ドットの頂上平らになるため積層化が改善されることが予測される。今回、インジウムフラッシュ法を用いて量子ドットの積層化を試みた結果、量子ドットの積層化に伴う形状変化は改善した。さらに、量子ドットの積層化に関する新たな構造として、近接積層化量子ドットの作製及び光学評価について検討を行った。積層化量子ドットのドット間隔を狭めていくと、量子ドット内の電子の波動関数同士が重なりを持つようになり、個々の量子ドット内にある電子は結合状態になる。量子ドット同士が結合状態、つまり結合量子ドットになると量子ドット内を占有することの出来る電子数を増やすことが可能になる。今回、積層化量子ドットのドット間隔依存性を詳細に調べ、間隔を狭めた時に量子ドット同士の結合に起因すると考えられる光学特性の変化を観測することに成功した。

 次に、量子ドットのデバイス応用として、長波長帯量子ドットレーザの作製及びその電流注入によるデバイス特性の評価を行った。今回長波長帯量子ドットを活性層に持つ半導体レーザ構造を作製し、電流注入により室温にて連続レーザ発振を達成することに成功した。また、量子ドットレーザの温度特性や閾値電流密度などのデバイス特性について詳細な考察・検討を行った。

 最後に、量子ドットの光デバイス応用の一例として、量子ドットを活性層に有するアクティブフォトニック結晶光デバイスの作製及び光学評価を行った。フォトニック結晶とは、屈折率の異なる物質が光の波長のオーダで周期的に配列している光材料を意味し、フォトニック結晶内では光子のエネールギーに対する禁制帯(フォトニックバンドギャップという)が形成されるという特徴を持つ。このような禁制帯が形成される結果、フォトニックバンドギャップに相当する光子は結晶中を伝播し得ないことになる。このような結晶を半導体で加工・作製し、今回発光層に用いる量子ドットの発光スペクトルとフォトニックバンドギャップを重ねることにより、自然放出光を抑制することが可能である。また周期性を壊すような欠陥を導入することによりバンドギャップ内に局在モードが発生する。これに発光スペクトルを重ねれば自然放出光を増強することができる。本研究では、量子ドットを活性層に持ち点欠陥を有する2次元フォトニック結晶スラブ構造を作製し、その光学評価を行った。その結果、同一サンプル構造において3つの対称性の異なる欠陥モードを観測することに成功した。これは、自然形成法により作製された量子ドットの持つスペクトルの不均一広がりと離散的な準位の存在に起因する広帯域な発光スペクトルによって初めて観測可能になったことである。また、量子ドットは量子井戸と異なり、キャリアの3次元的な閉じ込め構造を持つため、表面再結合が小さくなることが予期され、アクティブフォトニック結晶用の発光源としても非常に注目を集めることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 第1章は序論であり、研究動向をまとめるとともに、本論文の構成を論じている。

 第2章は、長波長帯InAs量子ドットの結晶成長およびその光学評価について論じている。量子ドットの形成においては、室温における量子効率の向上、ドットの寸法のばらつきの抑制、長波長化が重要な課題である。自己形成量子ドットの成長条件依存性を詳細に調べ、その最適化を行った結果、成長条件の最適化により室温で発光波長L35μmにおいてスペクトル半値幅19meVの量子ドットを得ることに成功した。

 第3章では、InAs量子ドットをInGaAs層に埋め込んだ構造を用いることにより、InAs量子ドットの発光波長のさらなる長波化の実現について論じている。特に、InGaAs層のIn組成を変えることにより、量子ドットの基底準位の波長を1.3から1.52μmまで制御することが可能であることを明らかにした。また、微小蛍光分光による評価を行っ結果、基底準位および高次のサブバンドからの急峻な発光ピークが観測された。これは、今回の長波長発光量子ドットにおいても、3次元閉じこめ効果が発現されていることを示している。

 第4章では、量子ドットの面密度を等価的に上げるために必要な積層化InAs量子ドットの作製について論じている。特に、埋め込み層成長後の表面モフォロジーや発光波長、強度の成長条件依存性について詳細に明らかにした。その結果、埋め込み層の長を徐々に温度を上げながら行うことにより、量子ドットの光学特性が変化することなく埋込後の表面モフォロジーを改善させることに成功した。

 第5章では、InAs量子ドットの形成領域制御選択成長法を提案し、これを用いて量子ドットを同一基板上で選択的に形成させる技術について論じている。微小蛍光分光により、発光特性分布を測定した結果、量子ドットが形成させる領域では、長波長側で発光が確認された一方、量子ドットの形成していない領域では、短波長側で濡れ層からの発光が確認された。これは、量子ドットが選択的に形成されたことを示している。

 第6章では、長波長帯InAs量子ドットレーザの作製及びデバイス特性の評価を行った結果について論じている。InGaAs層に埋め込まれたInAs量子ドットを3層積層化し活性層に組み込み、リッジ型構造を作製しその特性を評価した結果、80℃以上までの室温連続発振を実現した。特に室温において閾値電流6.7mAが実現されたが、これはMOCVD法で作製した量子ドットレーザとしては最も低い値である。

 第7章では、量子ドットを活性層に持ち点欠陥を有するフォトニック結晶の作製と光学評価について論じている。点欠陥を有する2次元フォトニッタ結晶スラブ構造を作製しその光学特性を測定した結果、3つの急峻なピークが観測された。解析結果との比較の結果、点欠陥に起因する欠陥モードに対応していることが明らか1こなった。

 以上これを要するに、本論文は、量子ドットレーザの光通信応用に向けて、MOCVD法によるInAs自己形成量子ドットの結晶成長について、長波長化、不均一広がり抑制のための条件を明らかにし、低閾値電流を有する量子ドットレーザの作製するとともに、形成領域制御選択成長法など新しい量子ドット形成手法を開発したものであり、電子工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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