学位論文要旨



No 118004
著者(漢字) 福地,裕
著者(英字)
著者(カナ) フクチ,ユタカ
標題(和) 擬似位相整合ニオブ酸リチウム光導波路の縦続二次非線形光学効果を用いた全光超高速ゲートスイッチの研究
標題(洋)
報告番号 118004
報告番号 甲18004
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5462号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 田島,道夫
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 土屋,昌弘
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨 要旨を表示する

 現在、本格的なIT時代の到来により、そのバックボーンを形成する光ネットワークに数Tbit/sの超大容量性が要求されている。このような超大容量伝送システムを実現する手段として、光領域での時間分割多重(OTDM)技術、および波長分割多重(WDM)技術がある。特にOTDM技術を駆使した光ネットワークは、単一の搬送波を用いるため、システム構成がWDMに比べて簡易であり、現在活発に研究が進められている。

 このようなテラビット級の超高速OTDM伝送システムでは、信号処理を電気的に行なうのは極めて困難であり、電気を介さない全光学的信号処理技術の開発が重要である。必要となる主な全光信号処理機能は、送信端での時間多重(MUX)、および受信端での時間多重分離(DEMUX)である。これらの機能の中で、MUXは比較的容易に実現できる。しかし、DEMUXは、ゲートスイッチに用いられる光ファイバや半導体光増幅器等の三次非線形光学材料の開発が未熟なため、現在、高速化および高効率化が制限されている。

 近年これらの困難を克服するものとして、擬似位相整合(QPM)ニオブ酸リチウム(LiNbO3)デバイスの縦続二次非線形光学効果が注目されている。QPMデバイスは、二次非線形光学係数の符号を周期的に反転させることで位相整合をとる素子であり、位相整合波長を任意に制御できるという利点を持つ。さらに、他のデバイスと比較して、実効的三次非線形性も大変大きく、超高速かつ高効率のスイッチング動作が期待される。

 本研究では、QPM-LiNbO3デバイスにおける第二高調波発生(SHG)と差周波混合(DFM)の縦続二次非線形光学効果を用いた全光超高速ゲートスイッチを提案し、超高速かつ高効率動作を実現した。以下に概要を示す。

 QPM-SHG/DFM-LiNbO3デバイスを全光超高速ゲートスイッチとして用いる場合、入カゲートパルスの中心波長にQPM波長を合わせる。これによって、まず入力ゲートパルスの第二高調波(SH)が発生し、SHゲートパルスと入力信号パルス間のDFMにより、波長変換された信号パルスがスイッチされ、ゲートスイッチングが達成される。例えば、QPM-SHG/DFM-LiNbO3スイッチをDEMUXに用いる場合には、伝送されたデータ信号から再生されたクロックパルスがゲートパルスとして用いられる。本研究では、まず理論および実験により、QPM-SHG/DFM-LiNbO3スイッチの詳細なスイッチング特性を解明した。それによると、本スイッチで扱えるビットレートは、スイッチのクロストークによって制限される。このクロストークは、ゲートパルスとそのSH間の大きな群速度不整合(GVM)により、SHゲートパルスに遅れが生じ、隣接する後方ビットの信号パルスをスイッチすることによって生じる。ビット間隔を狭めると、クロストーク量もそれに応じて増加するので、本スイッチで扱えるビットレートはクロストークによって制限される。本研究では、数値解析および実験により、この現象を確認した。特に、実験によりスイッチのクロストークの観測に初めて成功したことは重要である。また、入力ゲートパルスをスイッチする信号パルスの前方へ時間的にシフトさせることで、このウォークオフを補償すれば、扱えるビット・レートを大幅に改善できることも予見した。実際に、20mm長導波路型QPM-SHG/DFM-LiNbO3スイッチに対して、提案したウォークオフ補償法を適用した。この結果、6.25ps間隔のツイン信号パルスの一つを、クロストーク無しでスイッチすることに初めて成功した。これは、本スイッチが、160Gbps超高速OTDM信号をクロストーク無しでスイッチできることを意味している。

 一方、QPM-SHG/DFM-LiNbO3デバイスをOTDM伝送システム等における全光超高速ゲートスイッチとして用いる時、クロストークが問題となるのは、スイッチされた信号にパワーペナルティが生じるからである。そこで次に、クロストークとこれによって生じるパワーペナルティの関係を理論と実験の両方から明らかにした。それによると、クロストークを-17dB以下に抑えることで、これによって生じるパワーペナルティを1dB以下に抑えることができる。この結果は、QPM-SHG/DFM-LiNbO3デバイスが、OTDM伝送システム等における全光超高速ゲートスイッチに十分適用可能であることを示唆している。また、本スイッチの性能を最大限引き出すためには、最適化を行う必要がある。そこで、解明した詳細なスイッチング特性およびクロストークとこれによって生じるパワーペナルティの関係を下に、本スイッチの最適化法を新たに提案した。この最適化法は、初期条件として、システムで扱うビットレートと、スイッチされた信号のパワーペナルティの許容値を定め、この条件下でデバイス長つまり効率を最大化するものである。数値解析では、パワーペナルティの許容値を1dBとすると、最適化により扱うビットレートとデバイス長の積を約4Gbps・mまで高められ得ることが示され、QPM-SHG/DFM-LiNbO3全光ゲートスイッチの超高速かつ高効率動作の可能性が示された。さらに、実際に30mm長導波路型QPM-SHG/DFM-LiNbO3スイッチの最適動作を実現し、160Gbpsの超高速OTDM信号から、10Gbpsのタイムスロットをエラーフリーで時間多重分離することに成功した。

 以上が本研究の成果であり、QpM-LiNbO3光導波路におけるSHGとDFMの縦続二次非線形光学効果を用いた全光超高速ゲートスイッチの実用化に貢献した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は"擬似位相整合ニオブ酸リチウム光導波路の縦続二次非線形光学効果を用いた全光超高速ゲートスイッチの研究"と題し、8章からなる。

 光領域での時間分割多重(OTDM)システムでは、全光学的信号処理技術の開発が重要である。なかでも、時間多重分離(DEMUX)やリタイミングを行う全光ゲートスイッチは必須のデバイスである。これまで、光ファイバや半導体光増幅器の三次非線形光学特性を用いた光スイッチが研究されてきたが、実用には至っていない。これに対して本研究では、擬似位相整合LiNbO3デバイスにおける縦続二次非線形光学効果を用いた全光超高速ゲートスイッチを提案し、超高速かつ高効率動作を実現している。

 第1章は"序論"であり、まず、光領域での時間分割多重(OTDM)システムで要求される全光学的信号処理技術について論じている。次に、OTDMシステムにおける超高速・高効率の全光ゲートスイッチの必要性について述べ、これを実現するために、擬似位相整合(QPM)ニオブ酸リチウム(LiNbO3)デバイスの縦続二次非線形光学効果が有力であることを指摘している。

 第2章は"擬似位相整合全光ゲートスイッチの基礎理論"と題し、QPMデバイスの構造と作製法を説明している。次に第二高調波発生(SHG)と差周波混合(DFM)による縦続二次非線形光学効果を用いた全光ゲートスイッチの動作原理を示し、その非線形過程を記述する非線形結合モード方程式について論じている。

 第3章は"擬似位相整合全光ゲートスイッチの性能限界"と題し、擬似位相整合全光ゲートスイッチのスイッチング速度限界を支配する要因を、実験および数値解析両面から明らかにしている。ゲートパルスとその第二高調波(SH)間には大きな群速度不整合(GVM)が存在する。SHゲートパルスは信号パルスより群速度が遅く、隣接する信号パルスの後方ビットをスイッチすることによってクロストークを生じさせる。ビット間隔を狭めるとクロストーク量もそれに応じて増加するので、本スイッチで処理できるビットレートはクロストークによって制限される。本研究では、数値解析および実験によりこの現象を確認した。 第4章は"擬似位相整合全光ゲートスイッチの性能改善"と題し、ゲートパルスを信号光パルスの前方にシフトして入力し、ゲートパルスと信号パルスのウォークオフを補償することによって、クロストークを低減する方法を検討している。これによりビットレートを大幅に改善できることを、数値計算により明らかにした。20mm長導波路型QPM-LiNbO3スイッチに対して、提案したウォークオフ補償法を適用した結果、6.25ps間隔のツイン信号パルスの一方を、クロストーク無しでスイッチすることに成功した。この結果は、本スイッチが160Gbps超高速OTDM信号をクロストーク無しでスイッチできることを意味している。 第5章は"擬似位相整合全光ゲートスイッチの最適化"と題し、全光ゲートスイッチの最適化法を提案している。まず、クロストークとこれによって生じるパワーペナルティの関係を理論と実験の両方から明らかにした。それによると、クロストークを-17dB以下に抑えることにより、パワーペナルティを1dB以下に抑えることができる。ビットレートとスイッチされた信号のパワーペナルティの許容値を定めると、この条件下でデバイス長つまり効率を最大化する設計が可能となる。数値解析により、パワーペナルティの許容値を1dBとすると、ビットレートとデバイス長の積を約4Gbps・mまで高め得ることが示された。

 第6章は"擬似位相整合全光ゲートスイッチの実現"と題し、160Gbpsの信号を10Gbpsに時間多重分離する実験により、設計の妥当性を検証している。30mm長導波路型QPM-LiNbO3スイッチの最適動作条件を実現し、160Gbpsの超高速OTDM信号から10Gbpsのタイムスロットをエラーフリーで時間多重分離することに成功した。

 第7章は"擬似位相整合全光ゲートスイッチの実用化に向けた課題"と題し、高効率化、偏波無依存化など、本スイッチ実用化のための課題についてまとめる。

 第8章は本論文の"結論"である。

 以上のように本研究は、擬似位相整合LiNbO3光導波路における縦続二次非線形光学効果を用いた全光超高速ゲートスイッチのスイッチング速度を支配する要因を明らかにし、スイッチング速度を改善する手法を提案した。さらに、許容されるパワーペナルティとビットレートからデバイス長を最適化する手法を提案し、その有効性を160Gbps信号の時間多重分離実験により検証した。擬似位相整合LiNbO3光導波路を用いた超高速光ゲートスイッチの実現可能性を示しており、電子工学への貢献が多大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1906