No | 118011 | |
著者(漢字) | 坂本,陽 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サカモト,アキラ | |
標題(和) | ファインマン・ダイアグラム量子モンテカルロ法によるポーラロン問題の研究 | |
標題(洋) | Numerical study of the polaron problem by the diagrammatic quantum Monte Carlo | |
報告番号 | 118011 | |
報告番号 | 甲18011 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5469号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 物理工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1個の粒子(電子、励起子)がフォノンと相互作用する系は「ポーラロン」と呼ばれ、固体物理学における基本的問題の一つとして長い間研究されてきた。これまでの理論はいずれも近似を用いておりその適用条件すら明らかでないのが現状である。 ポーラロンに関する興味深い問題として自縄自縛現象がこれまで議論されてきた。従来の理論では粒子フォノン相互作用が短距離型の場合に格子歪みが非常に小さい状態(自由状態)と格子歪みが非常に大きい状態(自縄自縛状態)が共存し、粒子フォノン相互作用の結合定数が臨界値を超えると基底状態が自由状態から自縄自縛状態へと不連続的に変化すると考えられてきた。 絶対零度における温度グリーン関数G(k,τ)の摂動展開の各項はファインマン・ダイアグラムによって表される。このファインマン・ダイアグラムをダイアグラム中にある自由粒子のプロパゲーター、自由フォノンのプロパゲーター、粒子フォノン相互作用のバーテックスを全て乗じた量を重みとして確率的に更新する過程でτの分布を調べればG(k,τ)を系統的誤差無しに計算することができる。(ファインマン・ダイアグラム量子モンテカルロ法)このようにして得られたG(k,τ)に対して解析接続を行えばスペクトル密度ρk(ω)を求めることができ、自縄自縛現象に関する信頼性の高い議論を行うことが可能となる。 数値計算の結果、以下のことが明らかになった。 (1)これまで最も精力的に研究されてきたフレーリッヒ・ポーラロン(1個の電子が分散を持たないフォノンと相互作用する系)の場合には1個の安定状態と3個の不安定状態が存在し、自縄自縛現象が起こらないことが判明した。 (2)ラシュバ・ペカール・ポーラロン(1個のワニア励起子が分散を持たないフォノンと相互作用する系)の場合には4個の安定状態が共存することが確認された。前述したように従来の理論では自縄自縛現象を2個の状態が関与した準位交差であると考えられていたが、実際には4個の状態が関与した複雑な現象であることが初めて明らかになった。 (3)以上の結果を総合するとポーラロンに関して4個の状態が存在するという普遍性が存在する可能性があることが明らかになった。 | |
審査要旨 | 結晶中のキャリアーは格子歪みの衣を伴って運動するのでエネルギー、質量、易動度などの物理量は裸のキャリアーが持つ値から変化することになる。この問題はポーラロン問題と呼ばれ、場の量子論にとって最も基本的であるのみならず半導体等の応用分野でも重要な問題として古くから調べられてきた。特に豊沢らにより予言され実験でも見出された自由状態と自己束縛状態の間の準位交差による基底状態の不連続的変化(これを自己束縛現象と呼ぶ)は中間結合領域で起こる非摂動論的な現象として多大な関心が寄せられてきた。 この問題に対して摂動論、Feynmanによる経路積分法に立脚した変分理論、中間結合法、強結合理論などさまざまな理論的手法が適用されてきたが、これらの手法はすべて近似を含んだものであるのみならず励起状態の情報を得ることが困難であることから厳密な取り扱いが強く望まれていた。 坂本氏は近年発展したダイアグラム量子モンテカルロにestimator法という新しい手法を導入しグリーン関数の精度を飛躍的に改善することによってスペクトラム関数をFrohlich polaron模型と励起子のRashba-Pekar polaron模型の両者に対して高精度で計算することに初めて成功した。(スペクトラム関数を用いることによって初めて自己束縛現象の有無を数学的に厳密に定義することが可能となる。)数値計算の結果から自己束縛状態がスペクトラム関数の振る舞いにどのように現れるかを初めて明らかにした。本研究で得られた新しい知見は以下の通りである。 Frohlich polaron模型: (1)長距離型相互作用を持つFrohlich polaron模型ではスペクトラム関数I(ω)に対する摂動論がフォノンのサイドバンドの端で〓(E0:基底状態のエネルギー、ω0:フォノンのエネルギー)という発散を含み無限次の級数の和を取らねばならない。結合定数αが小さいときのスペクトラム関数を数値的に求めた結果、この端における関数形が〓となり、さらに〓にピークが現れることを見出した。 (2)Frohlich polaron模型に関しては自己束縛現象が起こらないとする断熱近似による理論と自己束縛現象が起こるという変分法を用いた理論の間で論争があった。数値計算の結果、中間結合領域のスペクトラム関数に安定励起状態に対応するデルタ関数のピークが存在しないことを見出し、自己束縛現象が起こらないことを確立した。さらに、連続スペクトル部分には緩和励起状態に対応する共鳴構造(ピーク)が3つ存在し、αを変えてもその位置はほとんど変化せずに強度だけが変化することを見出した。つまり、自己束縛現象が起こらない場合でも自己束縛状態は励起状態として連続スペクトル中に存在し基底状態と交差しないだけであることが判明した。 Rashba-Pekar polaron模型; (1)一方のRashba-Pekar polaron模型は短距離型相互作用を持ち、摂動論が発散を含まない。αが小さい時のスペクトラム関数に関して摂動論の結果と数値計算の結果は良い精度で一致することが判明した。 (2)断熱近似による理論では、Rashba-Pekar polaron模型で自己束縛現象が起こることが予想されていた。スペクトラム関数に関する数値計算の結果から、〓付近でω>E0+ω0の連続状態から励起状態が次々に"はがれてきて"、デルタ関数のピークとして現れることが判明した。このピークは最大3本現れ、自己束縛現象に2個以上の状態が関与していることを初めて見出した。この束縛状態は基底状態とクロスオーバーを示し、フォノンの非断熱性によるレベル間の反発が起こることを初めて実際の模型で確認した。 本論文は6章からなり、第1章ではポーラロン問題へのIntroductionと自己束縛現象に関する研究の背景、本研究の動機が述べられている。第2章では従来のダイアグラム量子モンテカルロ法とその問題点について述べられている。第3章では本研究で新たな手法として導入したestimator法について述べられている。第4章ではこの新しい手法を用いて得られた上記の結果がFrohlich polaron模型、Rashba-Pekarpolaron模型それぞれについて述べられている。第5章ではこれらの結果を基礎に自己束縛現象に関する考察を行った。第6章は本研究の結論をまとめるとともに将来に残された課題を整理している。 本研究の独創的な点としてはestimator法をダイアグラム量子モンテカルロ法に導入して方法論をさらに発展させたこと、それを用いてポーラロンのスペクトラム関数を初めて計算し自己束縛現象に新たな知見を加えたことが挙げられる。ポーラロン問題の持つ豊かな側面の中で全く知られていなかった励起状態のスペクトルについて新たな知見を得るとともに場と相互作用する1粒子の問題に対する強力な理論的アプローチを大きく進歩させたといえるので、物理工学に寄与するところ大であると判断する。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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