学位論文要旨



No 118017
著者(漢字) 奥,寛雅
著者(英字)
著者(カナ) オク,ヒロマサ
標題(和) マイクロビジュアルフィードバックのための高速可変焦点光学系の研究
標題(洋)
報告番号 118017
報告番号 甲18017
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5475号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 助教授 橋本,浩一
内容要旨 要旨を表示する

 マイクロマシンやバイオテクノロジーの進歩に伴い微小な対象の加工や操作の重要性が高まりつつある。しかし、このような作業の補助や自動化はほとんど実現されていない。この主な原因として、微小な対象に適したセンサフィードバックシステムが実現されていないことが考えられる。

 これに対し、これまで筆者らはこのような微小な対象のセンサフィードバックでは計測・フィードバックの高速性が特に重要であることを主張し、高速視覚と顕微鏡を組み合わせて微小な対象のフィードバックをおこなう手法であるマイクロビジュアルフィードバック(MVF)を提案して、特に機械系を対象とした実験からその有効性を示してきた。

 本研究の目的は大きく分けて2つある。1つは、これまで議論されていなかった微生物対象についてMVFが有効であることを示すこと、もう1つは、その結果から必要性が導かれる高速光学特性制御を実現することである。

 そこで、本論文では、まずMVFについて説明し、その課題として、微生物の制御についての有効性が未確認であることを指摘する。生物内部には高速な反応が存在することや、その運動は大きさに比べて高速であるため、センサには高速性が要求される。また、光による非接触な計測が重要であることを考えると、生物対象を制御するためには高速なビジュアルフィードバックと顕微鏡の組み合わせであるMVFが適する。実際にMVFが微生物対象について有効であることを示すために、運動する微生物のトラッキングを特に目的と仮定する。運動する微生物の観測では、対象の微生物が顕微鏡視野からすぐに外れてしまうという問題があり、対象を顕微鏡視野内にトラッキングしたいという要求が存在する。そこで、高速視覚システムを用いて微生物トラッキングシステムを構築し、実際に2次元的に運動するゾウリムシを顕微鏡視野内捕捉する実験をおこなった。これから構築した微生物トラッキングシステムは運動する微生物をトラッキングできることがわかり、MVFが微生物対象に有効であることがわかった。また、この結果から、現在のMVFでは実現できない、微生物の運動にあわせて視野や焦点面位置を制御することの必要性が示され、微生物を対象としたMVFでは顕微光学系の高速な特性制御が重要であることがわかった。

 次に微生物トラッキングシステムの結果から光学特性を高速に制御する手法について論じ、MVFに適用するためには光学特性制御にどのような仕様が要求されるかを説明する。まず、光学特性制御を用いた画像処理は従来から研究されており、画像だけからでは計測不可能な情報を取得できるために重要である。MVFの高速性を損なわずに光学特性制御を組み合わせるためには、光学特性制御に高速性が要求される。そこで、光学特性制御の目的を焦点面位置の制御と仮定し、MVFに応用するために焦点面制御に要求される仕様を1[kHz]の応答と焦点面位置の可動範囲が500[μm]であること、と決める。実際に可変焦点を実現する方法には、光学特性を制御する方法、対物レンズを動かす方法、撮像素子を動かす方法があるが、光学特性制御をおこなう手法でないと仕様を満たせない。次に光学特性制御をおこなう場合に侯補となるデバイスであるAO、SLM、可変焦点レンズを比較すると、可変焦点レンズが最も適する。そこで、本論文では可変焦点レンズについて詳しく研究をおこなう。

 可変焦点レンズに要求される仕様は、可変焦点面の仕様から20倍の対物レンズと組み合わせることを仮定して、焦点距離の逆数が-1/333〜1/315[1/mm]、応答速度が1[kHz]である。既存の可変焦点レンズではここで要求される仕様は実現できない。そこで、高速応答を可能とする新たな可変焦点レンズである高速可変焦点レンズ(HFL;High-speed Focusing Lens)を提案する。HFLは堅い容器の中に透明な液体を封入した構造をもち、容器には並行する二枚の透明な円形の板がとりつけられており、内部の圧力に応じて歪むように設計する。この部分がレンズとなり、ゆがめることで光の屈折する角度をかえ、焦点距離を変化させるものである。容器にはレンズとは別にもう一箇所ゆがむ面が取り付けられており、この面の面積はレンズ表面に比べて非常に大きく(100倍程度)設計する。ここを高速な積層型アクチュエータで歪めることで内圧を伝えるとともに、アクチュエータの変位を効率よく増幅してレンズに伝えることで十分な焦点距離の変化を実現する。次に、その設計にあたって、特にレンズ表面部分とシリンダー部の設計方法について円盤の振動方程式から導出すると、円盤の半径を小さくし、厚みを薄くすることが重要であることがわかる。その結果にしたがって高速応答確認用の試作品HFL V.0.1、V.0.15を製作した。試作品の周波数応答測定実験の結果から確かに1[kHz]で応答することが確認でき、提案したHFLの構造は1[kHz]の入力に対して応答可能である。

 HFL内部の液体がHFLの性能に及ぼす影響について考察する。まず、液体を理想気体であると近似して、その膨張や圧縮とHFLの性能について関係式をたてると、容器の体積をできる限り小さくすること、液体の体積変化率を大きくすること、レンズ表面部分が発生する圧力を小さくすることが重要であることがわかる。次に液体を非圧縮性の粘性流体と仮定し、円筒管モデルと拡大管モデルに定常流を流した場合にその圧力損失について求める。これから、このモデルで考える限り、粘性抵抗による圧力損失はHFLに大きな応答遅れを及ぼすものではないことがわかった。最後に液体のキャビテーションの問題について考察し、気体の圧縮についての式から気泡の発生はHFLの性能に深刻な影響を及ぼすため、できるかぎり気泡の発生を防ぐ必要があることがわかった。

 また、HFLのレンズ部分を薄くするためには、流体の粘性抵抗の実際の形状での評価が重要である。レンズ部分を薄くすると、液体の流れる流路の断面積が小さくなるので、それに伴って液体の粘性抵抗が増す。粘性抵抗が大きすぎると流れを妨げることで高速な応答が実現できなくなる。そこで、実際の粘性抵抗は流路の形状に依存するので、流路の形状をきめるためにFEMを用いて流体の粘性抵抗を評価することで、実現可能と思われるレンズ部分の設計をおこなう。この結果から、レンズ部分の厚みは流路部分が2[mm]まで薄くすることが可能であると見積もられた。最後に、レンズ部分を薄くしたHFL V0.2を設計し、実際に試作して応答特性を測定した。これから、流路による粘性抵抗の影響は認められず、設計した流路は適切であった。また、レンズ表面形状測定から、加工精度が原因でレンズ表面形状が理論的な形状とは異なっているが、解決策として精度の高い加工法を適用することが考えられることを示した。

 次に、実際にHFLがMVFにとって有効であることを実験から示す。HFLと顕微鏡対物レンズを組み合わせて共焦点の原理を応用した高速可変焦点光学系を構築すると、共焦点の原理と焦点面制御を組み合わせることで対象の奥行き方向の情報を計測することが可能になる。そこで、実際にガラス薄板を対象として奥行き方向の情報を測定する実験をおこない、対象の奥行き情報を1[ms]で取得できることを示した。さらに、奥行き方向の一次元画像についてMVFを適用することで、対象の奥行き方向の運動についてトラッキングができるので、人間が対象の奥行き方向位置に手で外乱を入れ、その対象位置に焦点を合わせ続ける実験をおこなう。この結果、実際に人間が手で入れる外乱にたいしトラッキングできることを示し、HFLを用いた高速可変焦点光学系はMVFの高速性を損なうことなく焦点面制御を実現し、MVFに適していることが示された。

 最後に将来的にHFLに重要と思われる、HFLのレンズ径に関するスケーリングと収差補正とについて議論する。HFLのレンズ半径のスケーリングに対してHFLを構成する各部分がどのように変化するかについて関係式を導出し、その式を用いることで、積層型ピエゾアクチュエータの出力の限界から実現可能なHFLのレンズ半径を求めると、最大のレンズ半径は5[mm]であった。次に、異なる半径をもつ2つのHFLを組み合わせることで、動的に収差を補正する手法を提案し、実現可能な半径をもつHFLの組み合わせについてその収差を数値的に算出し、その結果から提案手法の有効性を示した。

 以上の議論から、

・微生物の計測・制御にMVFが適していること

・MVFにとって顕微鏡の光学特性を高速に制御することが重要であり、高速な光学特性制御の実現には可変焦点レンズが適していること

・提案した高速可変焦点レンズHFLが1[kHz]以上の高速な応答を可能とすること

・HFLを用いて構築した高速可変焦点光学系にMVFを適用することで光軸方向のトラッキングが可能になり、HFLを用いた高速可変焦点光学系がMVFに適していること

・HFLは、複数を組み合わせて制御することで、将来的には動的に収差を補正することが可能であると考えられること

 が示せた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「マイクロビジュアルフィードバックのための高速可変焦点光学系の研究」と題し、9章より構成されている。近年、マイクロマシン技術やバイオテクノロジーの発展に伴って、微小な対象の操作の補助や自動化の重要性が高まりつつある。しかしながら、微少な対象に対するセンシングの難しさから、実効的なシステムは実現されていない。この問題を解決する手法の一つとして、微小な対象に対して高速な視覚システムを用いたフィードバック制御を行う手法であるマイクロビジュアルフィードバック(MVF)が提案されている。本論文は、MVFにとって光学系の高速制御が重要であることを指摘した上で、光学系の高速制御を実現するための高速可変焦点レンズを提案し、その理論的考察、試作、性能評価、並びに高速可変焦点レンズを用いた高速可変焦点光学系の構築と応用実験を行い、その有効性を示すものである。

 第1章は、「序論」と題し、MVFの概念とその応用例を述べて研究の背景を示した上で、本論文の目的と構成を述べている。

 第2章は、「微生物トラッキングシステム」と題し、微生物を対象とした視覚トラッキングシステムについて述べている。微生物の運動は微生物の大きさに対して高速であるため、運動を捕らえるセンサには高速性が要求される。このため、高速なビジュアルフィードバックと顕微鏡の組み合せであるMVFがこの要求に適することを述べ、特に、ビジュアルフィードバックの高速性が重要であることを論述している。さらに、実際に高速視覚システムを用いて微生物トラッキングシステムを構築し、2次元的に運動するゾウリムシを顕微鏡視野内に捕捉する実験を示し、MVFが微生物対象に有効であることを実験的に示している。

 第3章は、「MVF用顕微光学系の特性制御と可変焦点レンズ」と題し、光学特性の高速制御ついて詳しく議論を進め、MVFに適用するためには光学特性の制御にどのような仕様が要求されるかを議論している。まず、光学特性の制御による画像処理として従来研究を説明し、MVFに適用するためには光学特性の制御が高速でなければならないことを説明している。これを実現するために、焦点面位置の制御に要求される性能を決定し、可変焦点を実現する方法を比較から、光学特性を制御を行う手法が最適であることを導いている。さらに、光学特性の制御をおこなう方法を比較し、可変焦点レンズが最適であることを示している。

 第4章は、「高速可変焦点レンズHigh-speed Focusing Lens(HFL)」と題し、可変焦点レンズに要求される仕様を検討し、高速応答を可能とする新たな可変焦点レンズである高速可変焦点レンズ(HFL;High-speed Focusing Lens)を提案している。まず、従来の可変焦点手法では要求される仕様は実現されないことを示し、液体を封入した薄いガラス容器内の液体の圧力を変えることでそのレンズ特性を変換させる方法を提案し、その設計方法を示している。また、実際に試作並びに基本的評価実験を行い、試作したHFLは1[kHz]の入力に対して応答可能であることを示している。

 第5章は、「HFLの流路設計論」と題し、HFL内部の液体がHFLの性能に及ぼす影響について考察している、まず、液体を理想気体であると近似して、その膨張や圧縮と即しの性能について考察し、容器の体積をできる限り小さくすること、液体の体積変化率を大きくすること、レンズ表面部分が発生する圧力を小さくすることが重要であることを示している。また、液体を非圧縮性の粘性流体と仮定し、円筒管モデルと拡大管モデルに定常流を流した場合にその圧力損失について求め、そこで起こる圧力損失はHFLに大きな応答遅れを及ぼすものではないことを述べている。さらに、液体のキャビテーションの問題について考察し、気泡の発生はHFLの性能に深刻な影響を及ぼすため、できるかぎり気泡の発生を防ぐ必要があることを説明している。

 第6章は、「HFLレンズ部分の薄型化」と題し、HFLのレンズ部分を薄くするためには、流体の粘性抵抗の評価が重要であることを述べ、簡略化したモデルを用いて粘性抵抗の評価を行っている。次に、FEMを用いて流体の粘性抵抗を評価することによって流路の形状を決定し、実際にレンズの設計、試作を行い、その応答評価実験から、粘性抵抗の影響が理論と合っていることを示している、

 第7章は、「MVFのHFLによる高速可変焦点光学系への適用」と題し、HFLと顕微鏡対物レンズを組み合わせて共焦点の原理を応用した高速可変焦点光学系を用いることで、対象の奥行き情報を取得する方法を提案し、実際に実験を行って、対象の奥行き情報を1[ms]で取得できることを示している。さらに、奥行き方向の一次元画像についてMVFを適用することで、対象の奥行き方向の運動についてトラッキングができることを実験的に示している。

 第8章は、「HFLのダイナミック収差補正」と題し、HFLのレンズ径に関するスケーリングと収差補正について議論している。HFLのレンズ半径のスケーリングに対してHFLを構成する各部分がどのように変化するかを論じ、実現可能なHFLのレンズ半径の最大値は5[mm]であることを示している。異なる半径をもつ2つのHFLを組み合わせることで、動的に収差を補正する手法を提案し、実現可能な半径をもつHFLの組み合わせについてその収差を数値的に算出し、その結果から提案手法の有効性を示している。

 第9章は、「結論」と題し、以上の結果がまとめられている。

 以上要するに、本論文は、光学系の特性を高速に制御することがマイクロビジュアルフィードバック(MVF)にとって重要であることを示し、これを可能にする高速可変焦点レンズ(HFL)を提案・試作し、その高速性を実験的に確認するとともに、実際にMVFとHFLによる高速可変焦点光学系を組み合わせた実験からMVFに対する高速可変焦点光学系の有効性を示したものである。これにより、既存の光学系が持つ特性制御の速度のボトルネックを解消し、微小対象制御のみならず高速ビジュアルフィードバックの応用全般に新たな展開をもたらすものであり、関連する分野の研究の発展に貢献するとともに、計測工学の進歩に対して寄与することが大であると認められる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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