学位論文要旨



No 118020
著者(漢字) 木村,浩
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ヒロシ
標題(和) 原子力認知構造における地域性と知識レベル
標題(洋)
報告番号 118020
報告番号 甲18020
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5478号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 本研究の目的は、人々の居住地域の別および原子力に関する知識の有無によって、「原子力」を認知する構造(原子力認知構造)がどのように異なるのか、また、人々が原子力の社会的受容の問題に対して自身の態度を決定する際に、その決定に寄与する原子力認知構造の影響がどのように異なるのかを明らかにすることである。本研究では、原子力の社会的受容の問題として「原子力政策に対する賛否」と「原子力発電所の立地に対する態度」を取り上げた。

 その目的のために、電力消費地域の3地域と電源地域の2地域において原子力に関するアンケート調査を実施し、収集したデータから原子力認知構造を構成する因子(認知次元)を探索的因子分析により抽出し、さらに、回答者の居住地域、性別、知識の有無による認知構造の違いを比較分析した。次に、「原子力政策に対する賛否」および「原子力発電所の立地に対する態度」に対して、回答者がこれらの問題に対して決定を行う際に、原子力に関する認知次元がその決定にどのように影響を与えるのか、また、回答者の属性の違いによって、認知次元が決定に与える影響の傾向やその大きさがどのように変化するのかを、重回帰分析の手法を用いて分析した。さらに、認知次元の相互関係および認知構造と原子力の社会的受容の問題に対する決定との関係を同時に把握するため、因子分析によって明らかにした認知構造を基にした質問紙尺度を作成し、認知次元間の関係や認知次元と決定との関係を、相関分析を用いて分析した。

 以下に、本研究によって得られた知見を示す。

原子力に関する認知構造

 因子分析の手法を用いて、原子力認知構造を構成する因子を探索し、その結果、4つの認知次元、すなわち「原子力事業主体に対する信頼」次元、「原子力発電の優位性」次元、「立地地域への恩恵」次元、「原子力技術に対するリスク認知」次元によって原子力認知構造の枠組みが構成されていることを明らかにした。

 次に、回答者をその居住地域、性別、知識の有無に着目して分類し、それぞれの分類に対する認知次元を相互比較することで、これらの属性による原子力認知構造の違いを分析した。その結果、原子力認知構造の枠組みが4つの認知次元によって構成されることは、回答者の居住地域の別や知識の有無に依らないことが示された。一方、質問紙尺度を用いた分析により、回答者の属性によって4つの認知次元の相関強度に違いが見られ、特に、知識を持つ回答者では、知識を持たない回答者に比べて、4つの認知次元の相関が著しく強化されることが明らかになった。これは、知識レベルが向上すると、認知次元間の関係に曖昧さが少なくなり、原子力認知構造が明確化することを示唆している。

原子力の社会的受容の問題-原子力政策に対する賛否の決定

 重回帰分析および相関分析の結果、原子力政策に対する賛否の決定には、「原子力発電の優位性」次元が与える影響がもっとも大きく、続いて「原子力事業主体に対する信頼」次元や「原子力技術に対するリスク認知」次元が影響を与えることが示された。β係数および相関係数の正負を考慮すると、この結果は、回答者が原子力発電の必要性や優位性を認識するほど、また、国や電力会社など原子力事業主体を信頼するほど、原子力政策に対して賛成し、逆に、原子力技術に対してリスクや危険性、不安を感じるほど、反対することを示している。そして、この傾向は、回答者の居住地域や知識の有無に依らない。

 しかし、回答者の居住地域によって4つの認知次元が決定に与える影響は大きく変化し、電力消費地域の回答者は、電源地域の回答者に比べて、「原子力発電の優位性」次元の影響の大きさ(影響力)が増大し、「原子力技術に対するリスク認知」次元の影響力が減少する。つまり、電力消費地域の回答者は、電源地域の回答者と比べて、政策の賛否を決定する際に原子力の必要性や優位性を重要視し、逆に、原子力技術に対するリスクや危険性、不安感にはあまり左右されない傾向が見られる。

原子力の社会的受容の問題-原子力発電所の立地に対する態度

 原子力発電所の立地に対する態度は、原子力政策に対して賛成の意思を表示した回答者において測定し、重回帰分析および相関分析を行った。その結果、原子力発電所の立地に対する態度の決定には、「原子力技術に対するリスク認知」次元がもっとも大きい影響力を与えることが示された。β係数および相関係数の正負を考慮すると、これは、回答者がたとえ原子力政策を支持していても、原子力技術に対してリスクや危険性、不安を感じれば、発電所立地に対する拒否が促進されてしまうことを示唆している。そして、この傾向は、回答者の居住地域や知識の有無に依らない。

 しかし、回答者の居住地域によって4つの認知次元が決定に与える影響は大きく変化し、電力消費地域の回答者は、電源地域の回答者に比べて、「原子力事業主体に対する信頼」次元の影響力が増大し、立地に対する態度の決定に対して比較的高い影響を持つようになる。逆に、電源地域の回答者にとっては、国や電力会社などの原子力事業主体に対する信頼感は発電所の立地に対する態度の決定をあまり左右しない要因になっている。

考察-知識の獲得過程

 ここまでの分析によって、回答者の決定に寄与する認知次元の影響から地域性を見出すことができた。一方、回答者の知識の有無によって、その影響の傾向は変わらないが、影響の大きさは異なり、知識を持つ回答者は、持たない回答者に比べて、影響力が大きいことが示された。したがって、知識レベルが向上すると、原子力認知構造と決定との関係を明確に把握するようになり、合理的で整合性の取れた決定を行うことが可能になると考えられる。

 回答者の居住地域によって、なぜ問題に対する決定に寄与する認知次元の影響が異なってくるのだろうか。ここで、回答者がどのような情報源から知識を獲得しているのか、また、そこから獲得した情報をどの程度信頼しているのかについて、回答者の居住地域によってどのような違いが見出せるかを分析した。その結果、電源地域の回答者は、電力消費地域の回答者よりも、「電力会社」「知人」のような媒体から情報を非常に多く獲得すること、また、この違いは回答者の知識の有無とは関係がないことが明らかになった。一方、獲得情報に対する信頼については、回答者の居住地域や知識の有無に依らないこと、同時に、自分自身で獲得した知識は信頼しやすいことが示された。

 さらに、回答者の居住地域や知識の有無によって、原子力に関する語句をどのくらい知っているのかを分析した。その結果、電源地域の回答者は、電力消費地域の回答者に比べて、「核燃料サイクル」や「プルサーマル」などの原子力発電に関係の深い語句をより多く知っていることが示された。これは、電源地域の回答者は、電力会社や知人から多くの知識を獲得し、それを信頼するという知識の獲得状況に置かれているためであると考えられる。

 以上から、回答者の持つ知識が居住地域によって異なることが明らかになり、したがって、4つの認知次元が原子力の社会的受容の問題に対する決定に与える影響から地域性が見出せると考えられる。

まとめ

 原子力認知構造の枠組みは4つの認知次元により構成されており、これは回答者の居住地域や知識の有無に依らないが、4つの認知次元の相関強度は回答者の属性によって異なる。特に、知識を持つ回答者は、持たない回答者に比べて、4つの認知次元の相関が大きく強化される。これは、知識レベルが向上すると、認知次元間の関係に曖昧さが少なくなり、原子力認知構造が明確化するため、整合性のある思考ができるようになることを示唆している。

 また、原子力の社会的受容の問題に対する回答者自身の態度の決定を行う際に、居住地域によって、その決定を左右する4っの認知次元の影響が異なる。知識の獲得過程を分析した結果から、回答者の持つ知識が居住地域によって異なることが明らかになっており、そのため、決定に寄与する4つの認知次元の影響から地域性が見出せると考えられる。一方、回答者の知識の有無は、決定に寄与する4つの認知次元の影響力に関係しており、知識を持つ回答者は、持たない回答者に比べて、その影響力が大きい。これは、知識レベルが向上すると、原子力の社会的受容の問題に対する態度を4つの認知次元で構成された原子力認知構造で決定する割合が多くなるため、合理的な決定を行うことが可能になることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、人々の居住地域の別および原子力に関する知識レベルによって、原子力認知構造がどのように異なり、また、人々が原子力の社会的受容の問題に対して自分自身の態度を決定する際に、その決定に寄与する原子力認知構造の影響がどのように異なるかを、社会調査を通じて明らかにしたものである。

 第1章では、多くの機関・研究者によって実施されている原子力に関する世論調査や社会心理学的・実証的研究を整理した上で、今までに行われてきた調査や研究において解析が不十分である地域性や知識レベルに着目した分析を行うことが重要であると、本研究の動機付けを行っている。

 第2章では、本研究で実施した社会調査の手続き、また、それによって得られたデータの概要について記述している。

 第3章では、探索的因子分析手法を用いて、原子力に関する認知構造の分析を行っている。30の調査項目に因子分析を適用した結果、4つの因子を抽出し、原子力認知構造の枠組みは4つの認知次元、すなわち、「原子力事業主体に対する信頼」次元、「原子力発電の優位性」次元、「立地地域への恩恵」次元、および「原子力技術に対するリスク認知」次元によって構成されていることを示している。同時に、原子力認知構造の地域性や知識レベルについての分析を行い、原子力認知構造の枠組みには、これらの要因は大きな影響を持たないことを示している。

 第4章では、原子力の社会的受容の問題として、原子力政策に対する賛否と発電所立地に対する態度を取り上げ、人々がこれらの問題に対して自身の態度を決定する際に、原子力認知構造がどのように影響を与えるかを、重回帰分析の手法を用いて分析している。原子力政策に対する賛否には「原子力発電の優位性」次元が、また、発電所立地に対する態度には「原子力技術に対するリスク認知」次元が最も大きな影響を与えることを示している。次いで、人々の居住地域や知識レベルによる比較分析を行い、原子力認知構造が与える影響は特に居住地域によって大きく異なることを示している。

 第5章では、第4章と同様の問題に関し相関分析手法を用い、本研究において抽出された4つの認知次元間の相関を考慮しながら、原子力の社会的受容の問題に対する認知構造の影響を分析している。分析の結果として、特に知識レベルによる認知次元間の相関強度の相違を見出しており、人々の知識レベルが向上すると認知次元間の相関強度が増大して原子力認知構造が明確化することを明らかにしている。

 第6章では、原子力に関する知識と地域性との関係に関しその情報源と情報源信頼の観点から分析している。その結果として、回答者の居住地域によって多くの情報を獲得する情報源が異なること、また自身が獲得した情報は非常に信頼しやすいことを示し、人々の知識には地域性が存在する可能性があることを示唆している。同時に、原子力に関する語彙の知悉度を分析し、そこに地域差が存在することを示し、これが原子力の社会的受容の問題に原子力認知構造が与える影響力から地域性が見出せる原因のひとつであると考察している。

 第7章は結言であり、本研究の結果をまとめるとともに、原子力の社会的受容の問題解決に向けて、リスク・コミュニケーションの在り方を提言している。

 以上のように、本論文は多変量解析の手法を用いて、原子力認知構造およびそれが原子力の社会的受容性に与える影響を明らかにし、さらに、人々の居住地域の別や知識レベルによって原子力認知構造およびその社会的受容性への影響が変化することを示した研究であり、原子力社会工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク