学位論文要旨



No 118021
著者(漢字) 志村,憲一郎
著者(英字)
著者(カナ) シムラ,ケンイチロウ
標題(和) セルオートマトン法による核融合炉燃料粒子-表面相互作用のモデル化
標題(洋) Modelling of Interaction of Fuel Particles with Surfaces in Nuclear Fusion Reactor by use of Cellular Automaton
報告番号 118021
報告番号 甲18021
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5479号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 大橋,弘忠
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 関村,直人
 日本原子力研究所 山口,憲司
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 核融合炉の開発では、プラズマ壁相互作用(Plasma-Wall Interaction;PWI)の解明が重要な課題の一つである。PWIとして主に、壁面物質の蒸発、スパッタリング、水素リサイクリングなどが挙げられる。これらの現象は、プラズマ燃焼性の低下や燃料となるトリチウムの環境への漏洩など、好ましくない結果を生ずる。これらがいかに引き起こされるかを知ることが、高い安定性を持ったプラズマの維持、トリチウムを含む燃料粒子の管理などの要請から是非必要であり、プラズマ対向材料に関する水素粒子挙動を把握することが重要である。

本研究の目的

 燃料粒子-表面相互作用は、材料表面付近における燃料粒子のダイナミックスが重要となり、気相と表面、表面とバルクの2つの相互作用から形成される。材料表面は燃料粒子の輸送挙動からみた場合、2次元の非連続面として解釈でき、様々な素過程が混在する。これらの素過程を統一的に反応速度論で扱うことは困難である。また、従来の微分方程式を基礎とするモデルでは、バルク内における入射粒子の挙動は拡散方程式に従うことから、「表面」は単なる拡散方程式の境界条件としての扱いがされる。しかし、表面をさらに厳密に扱うには、関数の連続性、飽和などの非線形性などの問題が浮上する。また、通常、表面には不純物や欠陥などが存在し、平滑ではなく局所的に非常に活性な部分などが局在する。この状況を考えると、微分方程式に依存したモデルによる解析手法では各条件の決定が難しく非効率的だ。以上の理由から、離散的な手法であるセルオートマトン(Cellular Automaton;CA)法を利用したモデル化の可能性、妥当性、応用性を検討し、燃料粒子・表面相互作用の理解をさらに深めることを目的とする。

水素輸送の概念、従来モデルとその問題点

 材料中に注入された水素は、あるプロファイルを持って深さ方向に分布する。注入された水素は、格子間原子として拡散し表面に到達し、再結合により気相中に脱離する。これらは、バルク内拡散、バルクから表面への偏析、表面から気相(真空中)への脱離から成る。水素は、バルク内では原子状で拡散するが、表面及びその近傍で再結合により水素分子を形成し、分子状で放出される。また気相中に水素がガスとして存在する場合、この逆方向の輸送として気相から表面への吸着、表面からバルクヘの溶解が同時進行する。表面付近における水素の挙動はいくつかの素過程から成り、各素過程の複合的な結果としてバルク方向へ原子状での拡散、または分子状での脱離が起こる。従来の手法では、再結合係数と呼ばれる現象的パラメータを導入することで各素過程を考えずに、それらの複合的要素として再結合を扱う。同時に、表面-サブ表面間における輸送が平衡状態にある(Surface Sub-surface Equilibrium、SSE)と仮定する。すなわち、気相とバルクを直接的な関係として表すことで、表面過程をバルク拡散方程式の境界条件として扱える。しかし、表面-サブ表面間における輸送の平衡条件においては、表面方向またはバルク方の内実質的な水素原子の輸送が無視されており、この扱いは定常状態において有効であるが、過渡状態への適用は懐疑的である。ゆえに、過渡状態を表すためにはSSE条件からの脱却が必要であり、各素過程を忠実に扱う必要がある。これらの過程は、気相(真空)、表面、バルクの三種類の違った性質を持つ媒体中の水素原子、分子の輸送であり、それらのダイナミックスもまた違ったものとなる。気相(真空)と表面、表面とバルクの二つの界面があり、その間にある表面は輸送挙動に大きく関係するため表面過程は燃料・粒子相互作用の理解において重要な意味を持つ。

モデリング

 本研究では、大別して真空-表面相互作用、表面-バルク相互作用、ガス-表面相互作用の三つのモデルを開発した。第一に、真空-表面相互作用では水素の金属表面からの脱離モデルを開発した。主な脱離のメカニズムは、表面上に化学吸着した水素原子が表面拡散により表面上を移動し2つの原子が会合し、水素分子を生成し脱離すると考えられる。化学吸着はシヌソイダルに二次元表面に広がったポテンシャルの谷間に吸着原子が位置しており、表面拡散は、吸着原子がその谷間から隣の谷間へ熱活性化過程でホッピングする事により起こる。この現象により吸着原子は会合し、また会合した原子同士のみが脱離しうる確率を持ち、脱離の活性化エネルギーを越えるもののみが脱離する。このメカニズムにおける脱離モデルでは、二次元正方格子及び一次元正方格子を用いたモデルを開発した。まず、二次元正方格子を用いた脱離モデルでは、Chopardらによる拡散CAモデルを用いて表面拡散を表す。これは、2x2セルのマーゴラス近傍を用い、セル内部を粒子が左右に回転する遷移ルールを用い拡散現象が表せる。脱離は表面拡散した二つの原子が会合することが必要条件となるため、各マーコラスブロック中に二つ以上の粒子が隣り合って存在する時にのみ起こり、脱離の成功は、ブロック中から二つの粒子が消えることで表され、その遷移確率は熱活性化過程に依存する。すなわち、ポテンシャル障壁を越えるか越えないかを判断する事で脱離の成功、不成功を決定する。反対に脱離が失敗ならばブロック中の状態は変化しない。しかし、燃料-粒子相互作用のシミュレーションヘの応用を考えた場合、バルク拡散を扱う必要がある。二次元格子モデルでは、表面を2次元として扱っているが、バルクの効果を入れた場合、全体で3次元のモデルが必要となり、同時に計算コストが非常に大きくなる。そこで、表面過程の一次元化を検討し、一次元表面からの脱離モデルを開発した。通常、表面からの水素の脱離は二次反応で表され、ある意味では、表面拡散による表面原子の会合確率を表している。それゆえ、一次元正方格子中に存在する粒子は、各時間ステップごとにランダムに置き換わることで表面拡散を表すことができると考えられる。すなわち、各粒子の存在確率は被覆率と一致し、それらが隣り合う確率は被覆率の二乗に一致する。脱離に関しては、基本的に2次元の時と同じ考えに基づく。1次元の格子を端から順番に各セルの状態を見て行き、隣り合った2つのセルに同時に粒子が存在した時、熱活性化過程による確率で脱離が決定され、セル中から二つの粒子が消えることで脱離を表す。第二に、表面-バルク相互作用をモデル化しバルクとの輸送の関係付けを行った、バルクは二次元正方格子で表し、同時に表面は一次元正方格子で表される。表面脱離は、上記した一次元脱離モデルを適用し、バルク拡散は前述した拡散CAモデルを用いる。しかるに、表面-バルク間の輸送をモデル化する必要がある。バルク第一層をサブ表面と見なし、表面-サブ表面間の輸送と考えられる。表面格子上の粒子は、その真下のサブ表面セルに粒子が存在しない場合またはその逆の条件を満たすことで粒子の移動の必要条件が満たされ、移動の成功、不成功は各移動に必要なポテンシャル障壁を越えるか越えないかの熱活性化過程による。第三に、ガス-表面相互作用のモデルを概説する。二次元正方格子を材料表面と見なし、各吸着サイト等を配置し、その真上に同サイズの二次元正方格子を配置しこれを気相とする。気相中は、各分子が気体分子運動論に沿って配置され、表面に入射していると考える。気相と表面の正方格子間で熱活性化過程を考えることで、表面での吸脱着を表す。

結果と考察

 真空-表面相互作用、表面-バルク相互作用のモデルで、水素と金属の相互作用を主体とし、主に昇温脱離の模擬を行った。昇温脱離実験は表面過程の理解の上で重要な手法で、様々な素過程の複合的な結果をもたらす。また、これは過渡的な手法であり高温領域での水素注入による昇温脱離実験では、しばしば説明の難しい結果となる。そこで、昇温脱離はCA法を利用したモデル化の可能性を探る上で重要な位置づけを持つと考え、基本的な仮定のもとに単純な昇温脱離のシミュレーションを行った。一次元及び二次元脱離モデルでは、速度論による結果との一致が見られ、モデルの妥当性、自己完結性が確認された。これは、バルク相互作用を入れたモデルヘの適用の妥当性を示唆している。再度、昇温脱離の模擬を行った結果、脱離スペクトラムに新しいピークが観られ、実験結果との定性的な一致が観察された。昇温脱離におけるバルクの効果が明らかとなり、それは昇温時におこる律速過程の変化に起因するものと結論づけられた。ガス-表面相互作用モデルでは、水素と水の酸化リチウム(トリチウム増殖材)における吸脱着反応を模擬し、速度論的アプローチとの比較から定性的な議論が成された。

総括

 本研究では、表面を介する輸送のCAモデルを開発した。水素、金属における相互作用では表面で濃度の連続性を失うような系を一般的に扱える。また、表面をバルクの一部として扱う従来の輸送モデルに比べ、各界面を明確に区別していることから、過渡状態を表す上で有利であるといえる。しかし、従来の方法に比べ、さらに詳細なパラメータが必要であり、それらが既知の材料のみシミュレーションが可能である。また、計算結果から速度論的な手法との定性的な一致がみられ、単一の素過程のモデルにはある程度の定量性がみられた。しかし、複合的な素過程における定量性は確認されていない。また、実験結果の定性的な議論に効果があり、有用である。計算コストの面から観ると、速度因子が指数関数的であるため比較的大きなサイズの格子が必要であるといえる。最後に、定量的な議論にはさらなる理論的な解析が必要と考える。

審査要旨 要旨を表示する

 核融合炉の開発において、プラズマ-壁相互作用(Plasma-Wall Interactions;PWI)の解明は、高い安定性を有するプラズマの維持、トリチウムを含む水素同位体燃料粒子の管理などの点から、重要な課題の一つである。PWIはさらに幾つかの重要な「素過程」にブレークダウンされ、プラズマ対向材料表面は、燃料粒子の輸送という観点からは、気相(真空)とバルクの間に存在する2次元の非連続面とみなすことができ、これを介して様々な素過程が競合することになる。その複雑さゆえ、今や燃料粒子の振る舞いを既存の反応速度論で扱うことは限界に達したと言わざるを得ない状況にある。そこで、本研究は、離散的な手法であるセルオートマトン(CA)法に注目し、これを利用した核融合炉燃料粒子-表面相互作用のモデル化の可能性を検討した。全体は10章より構成されるが、まず第1〜3章で上述した点を踏まえて本研究の位置付けを行っている。さらに、本論に入る前に、第4章で論文提出者が共同研究者として行ったNbに対する原子駆動重水素透過実験に触れ、そこで得られた結果の一部が既存の理論やモデルでは解釈できないことを指摘している。

 こうして第5章ではじめてCA法が取り上げられ、その登場した歴史的な経緯や特長が述べられている。さらに、幾つかの重要な概念が提示され、以降の第6章から第9章において、本手法を初めて核融合炉燃料粒子-材料表面相互作用の問題に適用した結果とそれに対する考察が展開される。

 まず第6章では、表面吸着水素の脱離に関する2次元モデルの構築を試みている。脱離を、ランダムに動き回る水素原子が表面拡散により表面上を移動し、2つの水素原子同士が会合し水素分子を生成し表面から放出されるプロセスと捉え、モデルでは、表面拡散と表面からの放出について単純な「遷移ルール」を与え、これに基づき脱離速度を計算している。別途、反応速度論に基づく厳密解(Polanyi-Wigner式)を導出し、両者の結果を比較している。CA法による計算結果はセル数に依存するものの、100万セル以上で、厳密解と良く一致することが示されている。しかし、より複雑なメカニズムに適用するとなると計算時間が膨大になることが懸念された。そこで、セル数を減らした計算が可能か否かの検討を、続く第7章で述べている。ここで構築したモデルは表面を一次元とみなすものであるが、2次元の場合の1/10程度のセル数で厳密解と定性的に符合している。

 表面を1次元的にみなせるということで、表面とサブ表面(バルクの一部)が結合した系を対象にできる見通しが得られたとして、第8章では表面-サブ表面間で粒子の輸送を伴う脱離の問題に取り組んでいる。ここでは初期条件としてバルクにも水素が存在するとして計算を行っている。計算により、表面上の水素のみからの脱離に加え、バルクから表面に流入した水素による脱離のピークが高温側に現れることが示された。こうした現象は実際の昇温脱離実験でも見られており、ここでもCA法による計算結果は現実的な描画を再現している。さらに特筆すべきは、計算結果を精査すると、表面→バルク、バルク→表面へ流れる水素原子のフラックスが等しくならないことが示されている点である。これは、表面-バルク間の"擬似"平衡を仮定して初めて定義される「水素再結合係数」なる速度定数がもはやその根拠を失ったことを意味し、これに依拠する「古典的な」反応速皮論はここに破綻する。ただ、ここでの計算における仮定や初期条件は、計算機の制約上、やや非現実的な側面を露呈しているが、この点が改善されれば結果の定量性はさらに向上するものと期待される。

 一方、第9章では、セラミックス増殖材料からのスイープガスによるトリチウム回収を念頭に置いたモデリングを試みている。酸化リチウムのようなイオン結晶は非均質性が大きく、表面での吸着・脱離は金属に比べはるかに複雑である。しかし、ここでも従前の章で採用したような単純な遷移ルールを与えることで、反応速度論に基づくモデルと定性的に符合する結果を得ている。しかも、既存の限られた計算機の能力で、表面での相互作用がほぼ定常に達するまでの長時間にわたって反応プロセスの追跡ができている。

 以上で述べられたことから、本研究の結論が第10章で導かれる。一般に複雑と思われていた核融合炉燃料粒子-材料表面相互作用に関わる問題が、抽象的なモデルとはいえ、全く新しい観点より解釈できることを示した点が、本研究の最大の成果と言うことができる。

 以上を要約すれば、本研究は、このように、システム量子工学の中でも核融合炉工学、とりわけプラズマ-壁相互作用の分野の発展に寄与するところが少なくない。また、CA法の適用範囲を固相-気相間、固相中の物質移動一般の問題にまで拡張し得ることを示したという点でも貢献は大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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