学位論文要旨



No 118023
著者(漢字) 石原,大輔
著者(英字)
著者(カナ) イシハラ,ダイスケ
標題(和) 流体構造連成現象の大規模並列解法
標題(洋)
報告番号 118023
報告番号 甲18023
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5481号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉村,忍
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 助教授 奥田,洋司
 東京大学 助教授 陳,�c
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 通常、構造物は何らかの形で流体と接しており、大なり小なり、両者の間には連成が生じる。従って、構造物の複雑化・多様化が急速に進む中、これまであまり省みられなかった流体構造連成現象を高精度に予測し、設計に反映させることが望まれている。本研究においては、非圧縮性粘性流体と有限変形を有する弾性体の連成現象を取り扱う。ここで有限変形を考慮するため、弾性体の幾何学的非線形を考慮する。但し、弾性体の微小歪みを仮定する。流体単独での解析の場合と同様に、流体構造連成解析においても、流体解析に関する高い空間解像度が要求される。

 流体構造連成解析法は大きく強連成法、弱連成法、それらの中間的な手法(混合連成法)に分類でき、それぞれ得失を持つ。本研究では、弾性体の有限変形や流体や構造の物性値の設定によらず、性能が安定な強連成法を用いる。強連成法においては、近年、膜の構造座屈を含むような流体構造連成問題に適用されるようになってきたが、その一方で、強連成法の並列化手法やその大規模問題への適用に関する研究はあまり見当たらない。

 以上の背景の元に、本研究においては、非圧縮性粘性流体と有限変形を有する弾性体の連成現象において、流体側に要求される解析規模が構造側に要求される解析規模に比して大きく、その結果として、解析規模が大規模化する問題に適した解析手法を構築することを目的とする。

2.非圧縮性粘性流体と幾何学的非線形性を有する弾性体の連成現象に対する従来的な強連成解法

 非圧縮性粘性流体と有限変形を伴う弾性体の連成現象に対する従来的な強連成解法を構築し、大規模解析へ展開する際の鍵となる連立一次方程式の反復解法の適用性を議論するために、この従来的な強連成解法の特徴を代数的な観点から明らかにする。

 流体と構造の平衡方程式をそれぞれ有限要素離散化することで得たマトリクス形式の非線形方程式を増分形式で表し、境界面における連続・平衡条件式を用いることで、境界面の自由度をマージし、増分形式の連成系運動方程式を得る。ここで流体の移動境界を取り扱うため、Arbitrary Lagrangian Eulerian(ALE)法を、構造の有限変形を取り扱うため、Total Lagrangian法を用いた。構造に関してはNewmark法で、流体に関しては一般化台形則で、未知変数を加速度増分のみに減じることで、連成系の加速度増分に関する連立方程式を得る。連成系運動方程式の動的解析手法としては、陰解法と陽解法の相互の長所を利用した解法として知られるPredictor-multicorrector algorithm(PMA)を用いる。

 以上によって得られた連成系方程式の代数的特徴を一言で述べると、係数行列の非正定値・非対称/対称性、である。非正定値性は流体の非圧縮性条件から生じる。また非対称/対称性は連成系運動方程式の動的解析手法において、移流項の取り扱いが陰的か陽的かに応じて決まる。従来的な解法の特徴は、上述の特徴を有する連成系方程式を直接解くことにある。

3.多段階強連成解法

 大規模解析においては、計算負荷の観点から、反復解法が有利である。従来的な強連成解法では、近年、発展してきた非正定値・非対称/対称性用のソルバーが適用可能である。しかしながら、その話題に関する研究はほとんど見当たらないようである。一方、本研究では、連成系方程式の代数的な性質をより好ましいものに改善する分離型解法のアプローチをとる。まず従来的な強連成解法の代数的な特徴が非圧縮性条件に起因していることに注目し、その処理手法(連成系のための修正流速圧力分離)を提案した。連成系のための修正流速圧力分離は、非圧縮性粘性流体における流速圧力分離を連成系に拡張したもので、

(1)弾性体内部白由度の縮約(reduction)、

(2)縮約を施した連成系方程式に対する流速圧力分離、

 からなる。計算効率の観点から、流体の移流項と粘性項を動的解析手法の中で陽的に取り扱うことで、(1)+(2)から、正定値対称の連成系流体圧力ポアソン方程式を導出した。提案解法では、連成系流体圧力ポアソン方程式による流体圧力増分の求解、流体加速度増分の求解、弾性体内部自由度に関する加速度増分の求解という3段階の過程を経る。本研究においては、これを多段階強連成解法と呼ぶ。提案解法の利点は、

・解くべき連立一次方程式の元数が圧力自由度分に低減されること、

・連立方程式の流体内部自由度に関する部分が、非圧縮性粘性流体における通常の分離型解法と同じ形の式になること、

・共役勾配法が利用できること、

 である。一方、欠点は、

・境界面自由度に関して、フルマトリクスの逆行列が現れるため、構造解析規模に制限を持つこと、

 である。

 提案解法の精度検証は次のように行った。提案解法は、狭い流体中で微小振動する剛体の梁を両端が剛性の低い弾性体、それ以外が剛性の高い弾性体として、若干特殊なモデル化をすることで解析した。解析結果を剛体・非圧縮性粘性流体連成問題に対して、その精度が検証されたNomura-Hughesの解法と比較し、高々10%の相違で付加質量係数と付加粘性係数が良く一致することを確認した。

 次に、広い流路内で一端を固定された梁がもう一端にステップ荷重を受けて振動する問題に対して、弾性体が有限変形する場合と微小変形する場合とで、連成現象にどのような違いが現れるかを確認した。解析には約1万節点の有限要素モデルを用いた。その結果、弾性体が有限変形する場合、微小変形の場合では見られなかった複数の渦が見られ、両者で流れ場の様相がかなり異なることを確認した。

4.並列強連成解法

 本研究においては、データとそれに対する演算が各Processor Element(PE)に局在化しているため、現在の並列計算機の主流である分散メモリ型並列計算機に適した有限要素法の並列化手法である領域分割法に注目する。領域分割法に基づく並列解法には様々あるが、本研究では、解析手法の構成に大きな変更を必要とせず、計算負荷の観点から大規模解析に有利な領域型並列CG法に注目し、これと3で提案した多段階強連成法を組み合わせることで、並列強連成解法を提案した。まず流体解析規模が弾性体解析規模よりかなり大きいという仮定を考慮して、弾性体メッシュ領域とそれに接する流体メッシュ領域を領域Sとし、これ以外の流体領域をFとし、さらに領域Fを適当に領域分割する並列計算モデルを立てた。このモデルを多段階強連成法に適用した場合、PE間通信には、流体内部自由度に関するデータしか現れないため、非常に効率的である。そこで、本研究は、この計算モデルに従い、領域型並列CG法と多段階強連成法を組み合わせて、並列強連成解法を提案した。

5 大規模解析への適用性

 4で提案した並列強連成解法の大規模問題への適用性を検討した。4で示した並列計算モデルに従い、全体モデルの節点数、領域分割数、領域分割のしかたを様々変えた計7通りのケースについて、本並列強連成解法の並列化効率が調べられた。ここで計算環境としてPCクラスタを用いた。

 並列化効率の測定結果を分析することにより、並列化効率を低下させる主要な要因として、

・各PEの計算時間に対するPE間通信時間の増加、

・各PE間で不均一な計算負荷、

 であることが判った。前者に対しては、CG法におけるマトリクス・ベクトル積に関するPE間通信と内積に関するPE間通信に分類して、分析した。その結果、各PEが担当する解析規模が小さくなると計算時間に対する通信時間の割合が無視できなることがわかった。但し、この通信を部分的に他の計算で覆うことである程度緩和する技法を導入し、その有効性を確認した。また並列計算における同期点の存在から、最も計算の遅いPCに全体の計算時間が同期するが、計測時間からもそれを裏付けた。

 上記の分析結果を元に、例えば10万節点の有限要素モデルの領域Fを10分割した例において、PCクラスタ上で、95%程度の並列化効率を連成することができた。

 最後に流体領域の大規模化が流体構造連成現象の解析結果にどのような影響を与えるか調べた。問題設定は3と同様である。解析には、約1万節点(モデル1)と約10万節点(モデル2)の有限要素モデルをそれぞれ領域Fの分割数N=4とN=10としたものを用いた。

 梁の振動周期は両者でほとんど一致するが、その振動減衰はモデル2の方が若干大きいかった。空間解像度の違いにより、モデル1よりもモデル2の方が梁の先端における渦がよく発達していたことが原因と考えられる。梁の運動によって、流体側に与えられるせん断力は流体の粘性を介して渦を形成するが、逆に流体から梁に対して、粘性力が作用することとなる。

6.結論

 本研究は、非圧縮性粘性流体と有限変形を伴う弾性体の連成現象の解析において、流体側の解析規模が構造側の解析規模に比べて、通常、非常に大きくなる点に注目し、従来の強連成法とは異なるアプローチを通じて、その解決策を見出した。具体的には、

・CG法の適用が可能な強連成法の分離型解法(多段階強連成解法)を非圧縮性条件の処理手法(連成系のための修正流速圧力分離)に基づき、新たに提案した。

・多段階強連成法と領域型並列CG法と組み合わせて、並列強連成解法を、その効率性に関する評価式と共に提案した。

 その結果、流体解析規模の大規模化を伴う非圧縮性粘性流体と有限変形の弾性体の連成現象に対し、非常に効率的な並列解法を開発した。

審査要旨 要旨を表示する

 構造物は水や空気などの流体と常に接しており、両者の間には少なからず連成が生じる。原子力構造機器や航空宇宙構造物あるいはマイクロマシン等のように構造物の複雑化・多様化が急速に進む中で、流体構造連成現象を高精度に予測し、設計に反映させることが望まれており、流体構造連成現象の高精度の計算力学解析への期待が大きい。計算力学解析の高精度化にあたっては、一般に空間解像度を上げるためにメッシュ規模が増大し並列処理の導入が不可欠となる。ところが、流体構造連成現象は、支配方程式系の数理的性質や時定数が異なる現象を同時に扱はねばならないことから、連成現象に起因する解析の不安性にも配慮しながら空間解像度の向上を図ることが必要となる。そこで、本研究では、最も典型的でありかつ現実にも重要となる非圧縮性粘性流体と有限変形する弾性体の連成現象に着目し、その大規模並列解法に関する研究を行っている。

 流体構造連成解析法は大きく強連成法、弱連成法、それらの中間的な手法(混合連成法)に分類でき、解析の安定性と大規模化の容易さ、プログラム開発効率などに関してそれぞれに得失を持つ。本研究では、構造の有限変形の取り扱いの有無や流体、構造の物性値の設定によらず、解析の安定性に優れた強連成法を基礎として、新しい大規模並列解法の研究を行っている。

 本論文は、以下の7つの章からなっている。

 第1章は、序論であり、研究背景と位置付けをまとめたものである。本研究で対象とする流体構造連成現象の特徴と数値解析手法に対する課題をまとめ、研究目的を述べている。

 第2章は、従来の流体構造連成解析法について述べたものである。最初に連成解析法に関する強連成法、弱連成法、それらの中間的な手法(混合連成法)という基本分類が示され、第1章で述べた課題に対する流体構造連成解析法の現状が整理されている。

 第3章においては、はじめに、本研究の基礎となる従来の強連成法に基づく流体構造連成解析手法を提示する。次に従来の強連成解法に現れる連立方程式の代数的な特徴を分析し、係数行列の共通的な性質として、非正定値性が現れること、動的解析手法の構成の仕方に応じて対称・非対称性が現れることを整理し、正定値対称行列用の共役勾配法、非正定値行列用のGMRES法、Bi-CGSTAB法等の反復解法を列挙した上で、通常の強連成法の定式化では共役勾配法の適用が困難であることを指摘している。

 第4章においては、強連成法の枠組みのもとにより大規模な並列解析を実現するために、従来の強連成解法に現れる連立方程式の自由度を縮小し、同時に非圧縮性条件の処理も行って係数行列を正定値対称化し、代表的な反復解法である共役勾配法を適用する、多段階強連成解法を提案している。具体的には、弾性体自由度の縮約、流速-圧力分離、流体質量の集中化を施すことにより、連成系流体圧力ポアソン方程式の求解を中心とする多段階求解過程を導出している。得られた解法を、流体中でステップ応答集中荷重を受ける弾性梁の解析に適用し、精度検証を行い、弾性体の有限変形に伴う流体領域の様相に関して、妥当な結果が得られることを確認している。

 第5章では、領域分割型共役勾配法と第4章で提案された多段階強連成解法を組み合わせて、新しい並列強連成解法を提案し、PCクラスタヘの実装を行っている。

 第6章では、第5章で提案された並列強連成解法の大規模解析への適用性を評価している。PCクラスタ(16台のDual AthlonMP1700)上で、約25万自由度と約120万自由度の2種類の有限要素モデルに対して、68〜97%という並列化効率を有することを確認している。120万自由度の大規模問題において、領域分割数28の場合流体中での梁の振動1周期を約185時間で解析できることを実証している。また約2万自由度モデルと25万自由度モデルの2種類のモデルを用いて、流体中でステップ応答集中荷重を受ける弾性梁の解析を行い、自由度を増やすことにより、梁の振動先端部近傍に現われる微小渦の解像度が向上し、その結果梁振動の減衰特性が強めに評価されることを示している。

 第7章は結論であり、本研究で得られた成果をまとめた章である。

 以上を要するに、本論文は、非圧縮性粘性流体と有限変形する弾性体の連成現象に対して、強連成解法本来の解析の安定性を損なわず、より大規模な並列解析を可能にする新しい解法を構築し、その基本的な性能を検証した上で、大規模問題への有効性を示したものであり、計算力学研究および流体構造連成現象研究への進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク