学位論文要旨



No 118030
著者(漢字) 中園,祥央
著者(英字)
著者(カナ) ナカゾノ,ヨシヒサ
標題(和) ThZr2HX水素化物燃料の特性に関する研究
標題(洋) FEASIBILITY STUDY OF ThZr2HX HYDRIDE
報告番号 118030
報告番号 甲18030
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5488号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 ThZr2Hxは大きい水素吸蔵量を持ち水素保持力が強いためアクチノイド水素化物研究[1-3]の一環として研究されており、水素吸蔵特性、熱物性が重要かつ主要な物性値として研究されている。これまでTRIGA燃料であるUZrH1.6、UTh4Zr10Hxなどがこれまで研究されてきたが、これらをさらに発展しアクチノイド密度を増加させるとともに大きな水素吸蔵量を持つThZr2Hxが注目されているが、しかし、これまでの熱物性データは不十分であり信頼性に疑問が残る。

 本研究ではSieverts型水素吸蔵試験装置によりThZr2Hxの水素吸蔵特性を評価し、また熱重量示差熱分析、レーザーフラッシュ法、DSCにより熱物性測定することで基礎物性データの確立を目指す。

2.実験

2.1(合金作製について)

 Th-Zr合金はTh:Zr=1:2の組成でアーク溶解炉によってAr雰囲気中で作製された。使用した合金はThの純度99.9at%、Zrが99.8at%であった。アーク溶解炉にて作製の際、均一な試料を得るため試料を数回上下反転させた。

2.2(水素化について)

 アーク溶解によって得られた試料をSieverts水素吸蔵試験装置(Fig.1)内で適当な圧力温度条件下で試料を水素化した。水素化物の合成法としては真空原点法により1.2×10-5[Pa]以下で真空脱気した後、水素吸蔵時に水素圧力が平衡に達したのを確認し、Table1に示すようにステップ上に水素を吸蔵させ水素組成は水素化前後での重量変化より求められた。また水素化により数%の膨張が見られ水素脆化によるクラックが試料に入らないように細心の注意を払い、酸化、クラックのない良好な試料を作製レた。

 また、試料の状態を調べるために水素化後に走査型電子顕微鏡観察、X線回折試験を行った。Fig.2に示すように試料は二相が観察され、グレーの領域であるThZr2Hxをマトリックスとして、黒い相であるZrHx相が観察された。また同領域のTh、Zrに関するEDS像をFig.4、5に示す。Thは母相に分散し析出相では密度が低く、Zrは全体に分散しているが析出相で密度が高くなっていることがわかる。Fig.3に示すようにX線回折試験からはThZr2Hx、εZrH1.7のピークが見られた。

2.3(TG-DTA測定について)

 水素化により得られた試料をTG-DTA測定に使用するため、ダイヤモンドカッターを用いてホイールスピード3000rpmにて2×2×1[mm3]のサイズに切断した。TG-DTA測定は300Kから1273Kまでの温度範囲で測定された。昇温速度は10[K/min]、高純度Ar(99.9999%)雰囲気中、フロー200[cm3/min]、Al2O3パンを使用した。

2.4(熱拡散率測定について)

 日本電子社製熱拡散率測定装置により熱拡散率の測定を行った。試料寸法はThZr2H3.7が直径10.012[mm]、厚さ1.688[mm]、ThZr2H5.2が直径10.012[mm]、厚さ1.719[mm]、ThZr2H6.0が直径10.00[mm]、厚さ1.788[mm]のディスク状である。熱伝導率はκ=α×Cp×ρより求めた。

2.5(比熱測定について)

 比熱測定をマックサイエンス社製のDSCを用いて行った。測定条件は昇温速度10[K/min]、高純度Ar雰囲気中でフロー200[cm3/min]で測定を行った。

3.結果と考察

3.1(TG-DTA測定について)

 Fig.6に示すように400K付近から重量が約0.02%増加し、580Kから重量が減少しており、DTAの吸熱ピークが観察されている。水素放出による吸熱ピークであることがわかる。600-930Kでの温度範囲でなだらかな重量現象が見られる。930-1190Kで急激に重量が減少しており、DTAで大きい吸熱ピークが観察されている。930Kで相転移が起こっており、これに起因した水素放出と考えられる。

 さらに、Fig.7に示すようにε-ZrH1.98のTG-DTA測定を行ったところ、1100-1170Kで大きい吸熱ピークを観察した。これにより900-1200Kの大きい3つの吸熱ピークのうち、1100-1170Kの吸熱ピークはε-ZrH2-x相による水素放出であることがわかった。

3.2(dHに関する考察)

 ThZr2HxはFd3mの対称性を持つbccラーベス構造をとるため96gと32eのサイトを持つ。Miedemaの理論に基づくJacobの理論[4、5]より96gと32eの両サイトのエンタルピーΔHを評価した。これによると、

ΔH'(ThZr2Hx)=ΔH(ThHx/2)+ΔH(ZrHx/2)、for 96g site、(1)

ΔH'(ThZr2Hx)=ΔH(ThHx/4)+ΔH(ZrH3x/4)、for 32g site、(2)

ここで、ΔH'、ΔH(ThHx/2)、ΔH(ZrHx/2)、ΔH(ThHx/4)、ΔH(ZrH3x/4)はimaginary binary hydrideの生成エンタルピーである。Table2は[6,7]の値を用いた。この結果より水素は両サイトに交互に入っていくことがわかった。この結果はBarcher[8]らの結果と一致している。

3.3(幾何学的考察について)

 さらにサイトの幾何学的考察を行った。C15型の結晶構造で水素吸蔵サイトは四面体格子間隙に位置している。四面体格子間隙の大きさはサイト内での水素原子の安定性に影響する。Westlake[9-11]らはサイトの大きさが0.4Å以上でないと水素が占有できないとしている。次の関係[12]が格子定数aと非化学量論組成Xとの間に成り立つ。

a=8.810+0.0559x(A) (3)

サイトの大きさは次のように計算される[13、14]。

r=0.052662a、for 96g site、(4)

r=0.048659a、for 32e site. (5)

計算されたThZr2Hxの半径は水素組成xに対してFig.8のようになる。両サイトの半径はWestakeの幾何学基準よりr>0.4Åとなり、0.4Å以下の大きさでは格子間に水素が入ることはできないという条件をクリアーしている。したがって、幾何学的考察により、32eサイトより96gサイトの方が占有しやすいことがわかった。

3.4(熱拡散率、密度について)

 熱拡散率の温度依存性をFig.9に示す。水素濃度が高い試料で熱拡散率は温度上昇とともに減少する傾向か見られた。Fig.10に密度の温度依存性を示す。

3.5(比熱測定について)

 比熱の温度依存性の測定結果をFig.11に示す。ThH2やZrH2より高い比熱を示している。温度が上昇するにつれ比熱が上昇している。

3.6(熱伝導率について)

 熱拡散率と比熱、密度のデータより熱伝導率を計算し、UO2の2倍程度の熱伝導率を持つことが明らかになりこの結果は燃料の物性値として好ましい結果であるといえる。

4.結論

 TG-DTAとMiedemaの理論に基づくサイトのエンタルピー評価、96g、32e両サイトの幾何学的評価により、570Kより水素放出が始まり930Kより大きい水素放出が開始、96gと32eの両サイトは水素組成が大きくなるにつれスムーズに占有されることがわかった。水素放出挙動を考慮すると930K以下で比較的安定であると思われる。

 また熱伝導率に関して350-500Kの温度範囲で水素濃度の非化学量論組成が影響を与えることがわかった。ThZr2HxはUO2の2倍程度の熱伝導率であり良好な物性値をもつことが初めて明らかになった。

参考文献

1) M. Yamawaki, H. Suwarno, T. Yamamoto, T. Sanda, K. Fujimura, K. Kawashima and K. Konashi, J. Alloy. Comp., 271-273 (1998) 530.

2) T.Sanda, K.Fujimura, K.Kobayashi. M.Yamawaki, K.Konashi,,J, Nucl. Sci. Technol., 37(4), 335-343, (2000).

3) K.Konashi, B.Tsuchiya, M.Yamawaki K Fujunura T Sanda "Development of actinide-hydride target for transmutation of nuclear waste", Proc. Int. Conf. on Future Nuclear Systems (GLOBAL 2001), Sep. 9-3 (2001), Paris, France.

4) I.Jacob, D.Shaltiel, J. Less Common Met. 65 (1979) 117-128.

5) I.Jacob, J.M..Bloch D.Shaltiel, D.Davidov, Solid State Communications 35(1980)155-158.

6) A.R. Miedema, J. Less Common Met. 32 (1973)117-136.

7) A.R. Miedema. J. Less Common Met. 41 (1975)283-298.

8) W.Bartscher, F.Rustichelli, J. Less-Common Met. 121(1986)455-460

9) D.G. Westlake, J. Less Common Met. 75 (1980) 177.

10) D.G. Westlake, J. Less Common Met. 90 (1983)251.

11) D.G. Westlake. J. Less Common Met. 91 (1933) 275.

12) W. Bartscher, J. Rebizant and J. M. Hascnke, J. Less-Common. Met., 136 (1988) 385.

13) C.B. Magee, J. Liu, C.E. Lundin, J. Less-Common Met. 78 (1981)119.

14) Karl J. Gross, Andreas Zuttel, Louis Schlapbach, J. of Alloys and Compounds 274 (1998) 239-247.

15) Ihsan Barin Thermochemical Data of Pure Substances, Third Edition

Fig.1 Sieverts水素吸蔵試験装置

Table 1. ThZr2Hx作製に関する水素化条件

Fig.2 SEM像(ThZr2H6.7、2000倍)

Fig.3 XRDデータ(ThZr2H6.7)

Fig.4 EDS像(ThZr2H6.7、Th scan、2000倍)

Fig.5 EDS像(ThZr2H6.7、Zr scan、2000倍)

Fig.6 TG-DTA測定結果(ThZr2H6.7)

Fig.7 水素放出率(ThZr2H6.7とZrH1.98)

Table 2. 水素原子のサイト内安定性の評価

Fig.8 サイトの幾何学的評価の水素濃度依存性(96g、32e、ThZr2Hx)

Fig.9 ThZr2Hxの熱拡散率測定

Fig.10 ThZr2Hxの密度評価

Fig.11 ThZr2Hxの比熱評価

Fig.12 ThZr2Hxの熱伝導率評価

審査要旨 要旨を表示する

 アクチノイド水素化物は、トリガ型原子炉用燃料U-ZrHxとして広く用いられてきたほか、近年になって長寿命放射性廃棄物マイナーアクチニド(MA)の核変換ターゲット材料として、また超長寿命燃料などとしても注目されて研究されるようになった。本研究では、水素保持力が大きい複合水素化物ThZr2Hxに着目し、その水素吸蔵特性、熱伝導率、熱容量など重要な物性値を測定評価することにより本水素化物の核燃料としての可能性を調べたものである。

 第1章は序論で、水素化物燃料に関する従来の研究をまとめるとともに、本研究の目的を述べている。

 第2章では、実験方法についてまとめており、本研究で用いた主要な実験手法であるアーク炉による合金調製、水素化・脱水素化測定、走査型電子顕微鏡、熱重量-示差熱分析(TG-DTA)、示差走査熱量測定(DSC)、熱膨脹率測定、微小硬度測定などについて説明している。

 第3章では、結果と考察をまとめている。ThZr2合金の水素吸蔵試験により、ボタン状の合金からクラックを発生させることなくThZr2H4の試料を作成する方法を確立している。水素化過程での試料温度と水素供給圧を時系列的に適切に制御することにより、亀裂のないバルク試料が作成できることを明らかにした。作成された水素化物試料は、ThZr2HxとZrHxの2相混合物であることが分った。ここで、トリウムの余剰量は、ThZr2HxのTh/Zr比不定比性によるものと推定している。

 ThZr2H6.7の試料のTG-DTA分析によって、1000K、1100K、1150K付近に吸熱ピークが観察され、重量減少とも対応していた。これらのうち1150Kの吸熱ピークはZrH1.98の分解によるピークであることがつきとめられ、他の2つのピークは、ThZr2Hxのbcc Laves構造中の96gと32eの水素吸蔵サイトからの水素放出によることが推定された。これらの吸蔵サイトに入りうる水素原子の各サイト内安定性について、lMieaemaの理論に基づくJacobの理論により吸収エンタルピの評価を行っており、その結果、水素原子は両サイトに交互に入っていくことが導かれた。この挙動は、中性子回折による観測結果とよく対応することが示された。

 ThZr2Hx試料の熱拡散率の温度依存性を測定した結果、その温度依存性は水素含有量xとともに変化することが分った。約800Kまでの測定では、水素濃度xが約5以下の試料では熱拡散率は温度とともに増加し、x=5.2でほぼ温度依存性がなくなり、x>5では温度とともに減少するという傾向があることが明らかにされた。このような傾向は金属性の特徴から、水素濃度が増加するにつれて非金属性の特徴へと変化したことを物語っている。600K付近の温度では水素濃度の相違に拘らず一定の熱拡散率を示すという興味深い特性を見出している。熱拡散率の測定値と、熱容量の推定値、並びに密度の測定値を合わせて計算することにより熱伝導率を評価している。熱伝導率の温度依存性についても、ほぼ熱拡散率の温度依存性と類似の傾向を示すことが示された。またその絶対値の評価値はUO2の値の約2倍となり、水素化物燃料の核燃料としての有利性を明らかにしたと考える。

 第4章は、決論であり、本研究で得られた成果をまとめている。

 以上を要するに、本論文は、アクチノイド水素化物燃料の代表的構成水素化物として、水素容量の大きいThZr2Hxを合成し、その水素吸蔵特性の研究から亀裂のないバルク状試料を作成する方法を確立するとともに、熱重量・示差熱分析で観測された吸熱ピークを、理論的解析による水素吸蔵サイトの水素吸収エンタルピ値から説明づけ、さらに熱伝導率などの物性値の測定評価を行うことにより、本水素化物の核燃料としての適性を明らかにしたものであり、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク