学位論文要旨



No 118032
著者(漢字) 星野,毅
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,ツヨシ
標題(和) 核融合炉ブランケット固体増殖材料の熱化学・熱物性的研究
標題(洋)
報告番号 118032
報告番号 甲18032
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5490号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

1 序論

 核融合炉ブランケット増殖材としてセラミックス増殖材が有望であり、トリチウムインベントリー、高温安定性などのほか、熱物性、蒸発特性も重要な特性として挙げられている。セラミックス増殖材としては、近年、Li2ZrO3と同様のトリチウム増殖性能があるLi2TiO3が注目されているが、ブランケット設計のための十分な熱物性データは得られていない。特にLi2TiO3は不定比性を持つ化合物に変わることにより、熱物性値、蒸発特性へ大きな影響を与えていると考えられるが、確立した報告は無い。

 本研究では、雰囲気制御型高温質量分析計を用い、核融合炉セラミックス増殖材Li2ZrO3、Li2TiO3の蒸気圧測定より蒸発特性を評価すると共に、レーザーフラッシュ法、DSCにより熱物性測定を行った。また、熱天秤によりLi2TiO3の重量変化を調べ、Li2TiO3の非化学量論特性の確立を目的とする。

2 実験

・測定試料

 試料はLi2CO3、ZrO2、TiO2を出発原料とし、固相法にて合成、単軸加圧成型により円盤状(10mmφ)ペレットを作成し測定に使用した。(仮焼:1223K、10h、焼成:1373K、24h)

 またLi2ZrO3、Li2TiO3共に組成の異なる下記のサンプルを合成し、組成の違いによる蒸発特性、熱物性への影響を調べた。

Li2ZrO3:100Li2ZrO3(Li2O/ZrO2=1.00)、95Li2ZrO3(Li2O/ZrO2=0.95)、90Li2ZrO3(Li2O/ZrO2=0.90)

Li2TiO3:100Li2TiO3(Li2O/TiO2=1.00)、95Li2TiO3(Li2O/TiO2=0.95)、90Li2ZrO3(Li2O/TiO2=0.90)、80Li2TiO3(Li2O/TiO2=0.80)

95、90Li2ZrO3はLi2ZrO3とZrO2の2相混合物になるのに対し、95、90Li2TiO3は不定比性をもつ試料になり、80Li2TiO3の組成ではLi1.793TiO2.897とLi4Ti5O12の2相混合物になる。

・重量変化測定

 不定比性の重量変化はCahn-1000熱天秤(CAHN INSTRUMENTS、INC.USA)を用いて測定した。粉砕した試料はPt製容器に入れ、表面不純物LiOHを蒸発させるために測定に先立って600℃・8h真空熱処理を行った。還元は、温度:1273K(1000℃)、雰囲気:Ar80%-H220%(PO2=5×10-24atm)、酸化は温度:1073K(800℃)、雰囲気:Ar-O2(PO2=1×10-5atm)、O2(PO2=1atm)の条件にて行った。

・蒸気圧測定

 装置は雰囲気制御型高温質量分析計を用い、リチウムセラミックスの蒸気圧測定を行った。粉砕した試料はPt製容器に入れ、表面不純物LiOHを蒸発させるために測定に先立って600℃・8b真空熱処理を行った。測定温度範囲は1423K(1150℃)〜1573K(1300℃)とし、真空中、D2雰囲気中の状態で測定を行った。なお装置定数の算出には107Agを標準物質として利用した。

・熱物性測定

 装置は理学電機(株)製レーザーフラッシュ熱定数測定装置(LF-TCM-FA8510B)を用いた。熱拡散率(α)の解析には対数法を、またパルス幅の補正に重心法を用いた。

 熱容量測定は、DSCでの測定も行った。測定には(株)パーキンエルマー社製入力補償型示差走査熱量計(Pyrisl DSC)を用い、窒素ガスフロー20ml/min、昇温速度5K/min、保持時間10minで、等温-昇温-等温を繰り返すステップ測定を(1)323K〜523K、(2)473〜673K、(3)623〜773Kの温度範囲で行った。解析にはエンタルピー法を用い、標準試料はα-Al2O3を用いた。

 熱伝導率(λ)は測定で求めた熱拡散率と熱容量値からλ=α・Cp・ρ(ρ:密度)の関係より算出した。

3 結果と考察

3.1 Li2TiO3の非化学量論特性

・Li2Oの欠損

 95Li2TiO3を合成した際に得られるものは、0.916Li2TiO3+0.017Li4Ti5O12のmixture compoundであるとRouxは提案[1]しているが、我々は非化学量論的化合物、Li1.9TiO2.95と考えた。XRD測定の結果、Li4Ti5O12のピークが現れなかったことから、Li2TiO3はLi2Oが欠損しても安定な構造をとることが分かった。

・Oの欠損(Tiの還元)

 Li2TiO3の還元時の構造は、我々とKleykamp[2]ではTiが4価から3価に還元するという点では考え方は同じである。しかしながら、還元後の化学式は、本研究ではLi2-xTiO3-yと提案しているのに対し、KleykampはLi2TiO3+LiTiO2となることを報告している。本研究での還元後のXRD測定結果からはLiTiO2の存在は認められなかった。このように異なる結果になった原因は、本研究ではLi2TiO3を還元しているのに対し、KleykampはLi2TiO3+14wt%Li4Ti5O12を還元しており、Li4Ti5O12の存在が還元後の組成に影響を与えていると考えられる。本研究にてLi4Ti5O12を還元し、XRD測定を行った結果、LiTiO2の存在が確認された。

・Oの欠損量

 100〜80Li2TiO3を試料とし、熱天秤にて重量変化を測定した。H2導入により試料が還元されTiの価数が4価から3価に変わり、酸素欠陥による重量減少がみられた。また酸化することにより、還元時にできた酸素欠陥に酸素が入るための重量増加がみられた。この重量増加分をO欠損量とした。

 サンプル1molあたりのO欠損量を算出した。この結果より、O欠損量はTiO2量の多い組成ほど大きく、80Li2TiO3>90Li2TiO3>95Li2TiO3>100Li2TiO3の順となった。80Li2TiO3はLi1.793TiO2.897とLi4Ti5O12の2相混合物を還元したことになり、計算値と実験値はよい一致を示した。

3.2 蒸発特性

 Li2ZrO3、Li2TiO3共に、真空中よりD2雰囲気中の方がLiの蒸気圧が高くなる。特にLi2TiO3はLiが多い組成(100Li2TiO3)ほどLiの蒸気圧が高くなり、測定後に試料が白色から深青色になる変化がみられた。このことから、D2導入により還元反応が起こり、不定比な組成の化合物へと変化していることが推測でき、組成の違いによるLiの蒸気圧変化は不定比性の影響を受けていると考えられる。D2導入により還元したLi2TiO3を酸化することによりLiの蒸気圧は真空中の値より若干低くなる。還元雰囲気ではLiが蒸発し、Li2O/TiO2比が測定前より小さくなるためであることが分かった。

3.3 高温熱物性・熱拡散率

 100〜80Li2TiO3の熱拡散率は、不定比の増大(Li2O/TiO2組成比の低下)につれて低下した。これは、95、90Li2TiO3では不定比の増加によって、欠陥構造を生成しフォノン散乱が増すためであり、また80Li2TiO3ではLi4Ti5O12の生成が、熱拡散率の低下に影響したと考えられる。100〜80Li2TiO3の熱拡散率の逆数の温度依存性をとると、700K付近から明らかに勾配に屈曲がみられた。この挙動について調べるため、高温X線回折により構造解析と格子定数の算出を行った。700〜800KにおいてLi2TiO3のβ角は急激な増加を示した。このように、700K付近で構造に歪みが生じ、熱拡散率の温度依存性に影響したものと考えられる。

・熱容量

 100Li2TiO3の測定値はChristensenらの値[3]やJANAFの熱化学表のデータ[4]と±1%以内で一致した。また、95Li2TiO3の測定値は、ほぼ同組成の試料を用いているKleykampの値[2]とよい一致を示した。

 これらの不定比試料では1mol当たりに含まれる原子数が異なるため、熱容量を比較するには同一の原子数に対する熱容量に直す必要がある。そこで、モル熱容量をそれぞれのモル当たりの相対原子数で割った相対モル熱容量を計算した。各試料わずかであるが熱容量に差が見られ、80Li2TiO3>90、95Li2TiO3>100Li2TiO3となり、不定比組成試料の方が定比の試料よりも熱容量が高くなった。この傾向は特に高温になるほど顕著であり、不定比組成による非調和性の増大によるものと解釈される。

・熱伝導率

 熱伝導率(λ)、熱容量値(Cp)、密度(ρ=3.43g/cm3)より、λ=αCpρの関係式から熱伝導率を算出した。300Kでの熱伝導率は、定比のLi2TiO3試料が3.3W・m-1・K-1を示し、最高であった。不定比の増大により熱伝導率は減少し、80Li2TiO3では44%減少し、1.8W・m-1・K-1を示した。300Kにおける熱伝導率の値を文献値と比較すると100Li2TiO3は同組成である斉藤らの測定値(83%T.D.)[5]と比べ14%高い値を示した。また、95Li2TiO3は同組成のRoux(87%T.D.)らによる測定値[6]と比べ約35%低い値を示した。この理由としては、斉藤ら、Rouxが使用したサンプルは、ホットプレス法を用いて成型したものであり、成型方法の違いが大きな影響を与えていると考えられるが、詳しい機構の解明は今後の研究の課題である。

4 結論

 Li2ZrO3、Li2TiO3は核融合炉ブランケット増殖材として有望視されている。核融合炉の設計において、熱物性値、蒸発特性評価は重要であるが、確立した報告は無く、特にLi2TiO3については研究者間のばらつきが大きい。本研究ではLi2TiO3の結晶構造に着目し、XRD、熱天秤による還元、酸化の測定を行うことにより、Li2TiO3はLi2-xTiO3-yの化学式で示される非化学量論的化合物であることを初めて解明した。

 また、不定比の増大につれて熱伝導率が低下する、100Li2TiO3のLi平衡蒸気圧は他のサンプルよりも高い値を示すなどの結果になり、現在までの研究者間の測定値のばらつきがLi2TiO3の非化学量論性と大きな関係があることを示すと共に、信頼性の高い値を確立した。

 以上の新たに発見された構造変化に関する結果、信頼性の高い物性値を得たことは、今後の核融合炉の開発・設計において重要な情報を提供することができたと言える。

Reference

[1] N. Roux, Proc.Sixth International Workshop on Ceramie Breeder Blanket Interaetions, Oetober 22-24, 1997, Mito City, Japan (1998) 139

[2] H.Kleykamp, Proc.10th International Workshop on Ceramic Breeder Blanket Interaetions, October 22-24, 2001, Larlsruhe, Germany (2001)

[3] A.U. Christensen, K.C Conway, K.K. Kelly, Report BMRI-5565, (1960)

[4] M.W. Chase, Jr (ed): NIST-JANAF Thermochemical Tables 4th ed. (1998) 1450.

[5] S. Saito, K. Tsuchiya ,H. Kawamura, T. Terai and S. Tanaka, J. Nucl. Mater. 253 (1998) 213

[6] N. Roux, J. Avon, A. Floreancig, J. Mougin, B. Rtasneur, S. Ravel, Proc.4th Int. Workshop on Ceramic Breeder Blanket Interactions, Kyoto, 1995.

審査要旨 要旨を表示する

 核融合炉ブランケット増殖材料として、セラミック増殖材料が有望視されているが、高温使用条件での安定性を評価するなどのために熱伝導率、熱容量、リチウム蒸発損失などの特性データが必要となる。本研究では、セラミック増殖材料のうち、Li2ZrO3、並びにLi2TiO3を取り上げ、これらの物性データを測定するとともに、不定比性などの構造特異性についても検討を加えたものである。

 第1章は序論で、ブランケット増殖材料に関する従来の研究をまとめるとともに、本研究の目的を述べている。

 第2章では、測定原理についてまとめている。本研究で用いた測定手法のうち、重要なものとして、熱天秤、雰囲気制御型高温質量分析計、レーザーフラッシュ法熱拡散率測定、および示差走査熱量測定について、原理、測定方法、データ解析手法などについてまとめている。

 第3章では、測定試料についてまとめている。Li2ZrO3、Li2TiO3とも、固相法により円盤状ペレット焼結体を作成している。数種類ずつの異なる組成の試料を作成しており、原料混合比により、例えば、Li2O/ZrO2=0.95の場合は95Li2ZrO3と命名している。他方、フランスのサクレー研究所からEU共通試料を入手し、また日本原子力研究所からも試料を入手して測定に供している。

 第4章では、Li2TiO3の不定比性について、詳細な実験的研究に基づき考察を行っている。従来、本複合酸化物の酸素不定比については、否定的な報告しかなかった。それに対し、本研究者は、試料組成を正確に制御しつつ還元を行って熱天秤で組成をフォローするとともに、X線回折試験を実施することにより、Li/Ti比の不定比性に加え酸素不定比を有する二重の不定比性を持つことを初めて明らかにした。

 第5章では、蒸気圧測定結果についてまとめている。Li2ZrO3、Li2TiO3の両試料とも微量水素ガスD2をクヌーセンセル内に導入した場合には、Li蒸気圧が1桁近く増加することが示された。Li2TiO3の場合は、水素雰囲気実験の後で、白色が青色へと変色がしたことが観察され、正定比組成に変わったことが明らかになり、第4章の結論と整合する結果となった。

 第6章では、高温熱物性について測定評価した結果をまとめている。熱拡散率は、対数法データ処理を行うことにより、±3%の再現性のよいデータを得ている。熱容量は示差走査熱量計での測定としては精度の高い±5%の再現性でデータを得ている。Li2TiO3では、熱拡散率の逆数を温度に対しプロットした曲線が、600-700K付近で折れ曲がることを見出し、高次相転移の存在を推定している。熱容量値はLi2TiO3系複合酸化物の場合、TiO2量が多くなるほど、低い値を示すことを明らかにしている。熱伝導率を、熱拡散率と熱容量の測定値を基に算出した結果、室温から800Kまで単調に下降し、その後1000Kまでは下降がやや緩やかになる温度依存性を示すことを報告している。先行研究とは大きな相違が見られる熱伝導率のデータとなったが、試料組成の違いから説明づけられるとしている。

 第7章は総括であり、本研究の成果をまとめている。

 以上のように、本論文はセラミック増殖材の有望な候補であるLi2ZrO3とLi2TiO3の焼結体を作成し、熱伝導率、熱容量、Li蒸気圧などを測定評価するとともに、特異な不定比構造を初めて解明したものであり、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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