学位論文要旨



No 118034
著者(漢字) 所,千晴
著者(英字)
著者(カナ) トコロ,チハル
標題(和) 天然ガスハイドレート輸送・貯蔵システムヘの離散要素法の応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 118034
報告番号 甲18034
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5492号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 定木,淳
 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 助教授 福井,勝則
 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 助教授 佐藤,光三
内容要旨 要旨を表示する

 天然ガスは、その環境性や供給安定性から21世紀のエネルギー源として注目を集めている。天然ガスハイドレート(NGH)システムは、従来のLNG技術を補完する新しい天然ガス輸送・貯蔵技術として近年急速に調査・研究が進められている。NGHは、自己保存効果により大気圧下、-10℃程度の環境下において固体状態で安定に存在することができ、LNGシステムに比べて初期投資時において20〜30%程度のコスト低減が可能とされている他、エネルギー効率の面でも30%程度の省エネおよびCO2の削減が可能と考えられている。輸送時のNGHの形態については、現在種々の検討がなされているが、自己保存性およびハンドリングに優れたペレット式が有望であると考えられている。しかし、NGHシステムの概念は1996年にGudmundssonが提唱したのが初めてであり、まだシステムの確立には至っていない。

 本研究はペレット式NGH輸送・貯蔵システムの確立を目指すべく、その設計の根幹を成すと考えられるペレットの基礎物性および充填・排出特性の把握を目的とするものである。ペレットの挙動は粉粒体特有の非線形性を有するため、連続体シミュレーションでは十分に再現することができない。したがって、それらの挙動を再現できると考えられる離散要素法(DEM)を用いて充填・排出特性をシミュレーションで解析する。NGHペレットに関する実験は基本的に-10℃程度の環境を必要とし、想定するNGH輸送船は規模が大きいため、本研究におけるシミュレーションは実験に代わる重要な意味合いを持つ。

 NGH輸送・貯臓システムヘの離散要素法の応用にあたって、離散要素法における計算負荷が大きいという欠点を、主に2つの観点から考察することによって克服した。1つは接触検索アルゴリズムの効率化、もう1つは時間刻みの大きいDEMの開発である。前者では、一般のDEMで用いられているセル法をより定量的に見直し、計算時間的に最適なセルの区切り方を考察した。また、従来分子動力学法に適用されてきたリスト法に関し、接触カのみが作用するDEMではリストの更新頻度が定義できず適用が困難であるとされてきた点に関し、リスト法をセル法と組み合わせてセル幅に若干の余裕分を持たせることによってリストの更新頻度を少なくするという修正リスト法を提案し、3倍〜50倍の高速化を実現した。後者では、DEMにおける積分アルゴリズムを見直し、接触力予測法と称する新規な方法を提案することによって、3倍〜9倍の高速化を実現した。一連のDEMの高速化に関する考察によって、10倍〜400倍の高速化を実現した。

 ペレットの充填特性に関しては、エネルギー輸送効率の点から、容易にかつ可能な限り多く充填するという目的から、ペレットの自由落下によって充填率を大きくする条件に関して、DEMを用いたシミュレーションにより解析を行った。NGHペレットの物性に関しては不明な点が多いため、DEMに必要なパラメータである反発係数および摩擦係数を実験により求めた。ペレットは充填率を向上させるために2成分系を想定しており、その容積比および粒径比に関する解析を行ったところ、容積比は細粒子容積比が0.3程度で最大充填率が得られることが確認された。また、粒径比は大きいほど大きい充填率が得られることが確認された。摩擦係数、バネ定数、反発係数が充填率に与える影響を解析したところ、摩擦係数が最も影響を及ぼすことが確認された。また、充填強度や充填層への衝突速度に関して充填率に与える影響を解析したところ、若干の影響はあるものの、摩擦係数ほどの影響はないことが確認された。したがって、充填率を向上させるには、摩擦係数を軽減させることが必要であることがわかったが、表面への物質のコーディング等では摩擦係数はそれ程軽減されないことが確認されており、充填率をより向上させるには自由落下以外の方法の提案が必要であることがわかった。

 ペレットの排出特性に関しては、輸送船からの揚荷の際に容易にがつ安価にペレットを排出させたいという目的から、ペレットの流動特性を、DEMを用いたシミュレーションにより解析した。始めに、2次元排出実験を行い、DEMがその挙動を再現していることを確認した。次に、ペレットの流動特性に大きな影響を及ぼすペレット間の固着について実験を行い、ペレットが荷重を受けてから十分に時間が経過した範囲では固着破断力は荷重の0.8倍に比例することと、固着面積はペレット間の換算径に比例することを確認した。また、DEMを固着性粒子に拡張するに当たり、従来のDEMにおける付着性粒子への拡張で用いられている付着モデルでは、付着面積を考慮しないために矛盾が生じる可能性があることを示し、固着面積を考慮した新規の固着モデルを開発し、3連結ペレットのせん断破断試験によってその妥当性を確認した。固着モデルを組み込んだDEMによるシミュレーションにより、現在想定している輸送船の仕様では、ペレットは強固に固着し、流動性は得られないことが確認された。

 以上の充填排出特性を考慮して、容易、安価に、かつペレットの特性を活かした充填および排出特性の改善を目的として、NGH輸送・貯蔵システムヘの壁面の利用を提案した。壁面の利用による効果は、船底ペレットヘの圧力の軽減、壁面振動による充填率の向上および固着破断による流動性の確保の3点である。これらの特性についてDEMを用いたシミュレーションにより解析したところ、それぞれ効果があることが確認された。

 本研究において得られたNGHペレットの基礎物性および充填・排出特性に関する以上の結果は、NGH輸送・貯蔵システムの確立に向けて、今後の研究および設計の方向性を示唆するものである。また、これらは、従来のDEMに関して、高速化、および固着性粒子への拡張の2点の改良を行った結果、可能となったものであると言える。

審査要旨 要旨を表示する

 天然ガスは、その環境性や供給安定性から21世紀のエネルギー源として注目を集めていおり、天然ガスハイドレート(NGH)システムは、従来のLNG技術を補完する新しい天然ガス輸送・貯蔵技術として近年急速に調査・研究が進められている。本研究は、NGH輸送・貯蔵システムの確立を目指し、離散要素法(DEM)に種々の修正・改良を加えてNGHペレットの充填・排出挙動のシミュレーションに適用し、NGH輸送・貯蔵システムの研究に関する今後の方向性を示唆する結論を導いたものである。

 本論文は全7章で構成されている。

 第1章は序論で、国内外の天然ガスに関する動向をまとめ、NGHシステムの確立の重要性と、本論文の構成について述べた。

 第2章はNGHシステムの概要として、NGHの基礎特性を述べると共に、NGHシステムの研究の歴史が非常に浅いことなどから、これからの研究成果が期待される状況であることを述べた。また、NGH輸送・貯蔵システムにおけるペレット式の位置付けとその有望性についてまとめた。

 第3章では、DEMをNGH輸送・貯蔵システムヘ応用するに当たり、DEMの高速化を検討した。すなわち、接触検索アルゴリズムを効率化すると共に、大きい時間刻みに耐え得るDEMを開発した。接触検索アルゴリズムの効率化では、セル法の定量的見直しを行い、充填率および粒度分布が大きい場合には、検索範囲内のセル数を大きくした方が高速化されることを示した。また、セル法にリスト法を組み合わせ、セル幅に若干の余裕を与えることによりリスト更新頻度を少なくする修正リスト法を提案し、検索アルゴリズムを大幅に効率化した。修正リスト法を用いたDEMでは、セル法のみの場合と比べて、接触検索の計算時間で100〜2000倍、総計算時間で3倍〜50倍の高速化が達成された。大きい時間刻みに耐え得るDEMの開発では、粒子間の接触カを計算するアルゴリズムの改善として、2体接触の段階における接触点ごとの接触力の予測値を使用する接触力予測法を提案した。多体接触が支配的である現象の例として充填および排出問題を取り上げ、接触力予測法では3倍〜8倍の高速化が実現できることを示した。両者の効果を合わせると、全体で10倍〜400倍のDEMの高速化に成功し、NGH輸送・貯蔵システムヘの応用に耐え得る計算速度を達成した。

 第4章では、NGHペレットの充填特性を検討した。まず、容積比および粒径比に関する検討では、粒径比が大きいほど充填率が大きくなることや、細粒子の容積比が30%付近で最大充填率が得られることを示した。次に、最大充填率が得られる条件で種々の因子が充填率に及ぼす影響を検討した。その結果、摩擦係数の影響が最も大きく、充填強度や衝突速度も影響するものの、その影響は小さいこと、また、ばね定数や反発係数の影響はほとんどないことを明らかにした。第4章では、NGHペレットの摩擦係数の測定も行っており、実験値0.3〜0.8を得ている。NGHシステムの効率向上のため、できる限り大きい充填率を実現させることが不可欠であるが、そのためには種々の課題があることを確認した。

 第5章では、NGHペレットの排出特性を検討した。まず、ペレット排出装置を用いてDEMの検証実験を行い、DEMがその挙動をよく再現していることを示した。次に、ペレットの排出特性で支配的になると予想される固着モデルを開発した。開発したモデルは、ノーテンションジョイントを外した付着モデルに角度に関する固着力の項が加わり固着面積を考慮したものとなっている。固着破断に関しては、引張りにより破断が起きると仮定したモデルを導入し、3連結ペレットのせん断試験によってその妥当性を確認した。固着カ測定は引張破断力測定装置を用いて行い、付加荷重を受けてから十分時間が経過したときの固着破断力が付加荷重のおよそ0.8倍であることを明らかにした。実験値に基づき、固着モデルを組み込んだDEMを用いて2成分系の排出シミュレーションを行ったところ、現在想定している輸送船の仕様では固着カが非常に大きく、自重のみでペレットの排出を見込めるオーダーではないことが明らかになった。

 第6章では、NGH輸送・貯蔵システムヘの新たな提案として、壁面を利用したシステムを検討した。船倉内に適当な間隔で壁面を設けることによって、船底ペレットヘの圧力の軽減が期待される他、壁面を振動させることによって充填率の向上および固着破断による排出が期待される。これら3点の効果についてDEMによるシミュレーションで検討した。圧力に関してはある程度軽減し、その結果、固着力もある程度軽減するが、良好な流動性をもたらすオーダーまでは期待できないことが確認された。また、充填率の向上および固着破断による排出に関しては、適当な条件で壁面を振動させることによって良好な結果が得られることが確認された。

 第7章は結論として、木研究の成果をまとめた。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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