学位論文要旨



No 118036
著者(漢字) ノビ グラニト
著者(英字)
著者(カナ) ノビ グラニト
標題(和) プラズマ窒化による自動車部品のための表面材料設計と制御に関する研究
標題(洋) Surface Material Design and Control in Steels for Automotive Parts by Plasma Nitriding Technique
報告番号 118036
報告番号 甲18036
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5494号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 光田,好孝
 東京大学 助教授 柳本,潤
内容要旨 要旨を表示する

1.背景と目的

 高信頼自動車部品、特にエンジン部品には耐摩耗性、疲労強度、耐スカッフ性などが要求される。そのために使用する前に通常、各部品に表面処理を施す。しかし、使用環境が過酷になると、従来の表面改質法が不十分である。例えば、ピストンリングの例を挙げると、無潤滑状態で高速往復運動するので、耐摩耗性、耐スカッフ性の優れた材料が必要とされる。最近になって、従来のピストンリング材の表面改質法である硬質クロムメッキやガス窒化を代わってガス窒化した表面上にさらにCrNコーティングを施すにより、耐スカッフ性を向上できるという報告例がある。このように、一つの処理では得られない特性を二つ以上の処理を組み合わせることにより実現される。また、表面層を硬くするという従来の表面改質の考え方に対して、表面層の靱性を向上するという考え方も検討されている。例えば、硬いCrN層と靱性のある比較的柔らかいCr層をPVD法で交互積層することによって優れた耐摩耗性を示した報告がある。しかし、このように積層すると界面が存在し、その界面における力学特性が問題となる。

 本研究では界面を考慮する必要のない表面改質法である窒化に注目し、窒化による表面構造化の実現を検討し議論した。まず、従来のプラズマ窒化による窒化層の特性に及ぼす合金元素の影響について検討した後、適切な窒化パラメーターの選択により全く新しい表面構造化を行い、その形成メカニズム及び強化機構について議論を展開した。

2.実験方法

 本研究では窒化層の制御性のよいプラズマ窒化法を用いて、Fe-(3〜20)Cr合金を窒化し、窒化層特性を組織、硬さ、析出の分布形態から評価した

3.従来の窒化層特性

 最初にFe-(3〜20)Cr合金を温度773-823Kでプラズマ窒化し、窒化層組織、硬さプロファイル及び析出形態を評価した上で、窒化機構及び強化機構を速度論及び析出強化機構に基づいて議論し、検討した。

[結果]:温度773Kでプラズマ窒化したFe-Cr合金の代表的な断面組織及び硬さプロファイルを図1に示す。従来報告されているような一様な窒化層を観察した。X線回折の結果、窒化層はa-Feマトリックス中にCrN析出した組織であることが判る。窒化層は表面から窒化先端まで硬さがほぼ一定な硬さプロファイルを示している。このような窒化層組織及び硬さプロファイルは窒化温度823Kまで形成されることを確認し、その厚さは窒化温度及び窒化時間と共に厚くなった。この温度領域での窒化層の形成をWagnerの速度論に基づいて考察した。それによると析出物をつくる窒素と合金元素との反応が常に窒化先端で起こり、窒化先端の成長速度がE2=Kptで記述できる。ここで、Kpは窒化先端の成長速度定数、tは窒化時間を表している。但し、このとき、合金元素(クロム)の拡散が窒素の拡散に比べて小さいので、窒化先端への合金元素の拡散が起こらないという仮定を設けている。このことから窒化層の成長は窒素の拡散が支配していると考えられ、拡散した窒素が窒化先端でクロムと反応し、CrN析出物を形成する。その結果、一様に分布したCrN析出物とマトリックスからなる窒化層が形成した。窒化層の硬さ上昇はCr濃度と共に上昇し、ΔHv=cf1/2で表すことができる。ここで、cは比例定数fはCrNの体積比を表している。従って、この合金の窒化による硬さ上昇は析出強化によるものである。但し、析出物粒径とマトリックスのバーガースペクトルの大きさとの比を考慮して、f1/2<0.2のとき強化機構は転位の析出物のせん断機構によるもので、f1/2>0.2のときOrowan機構によるものである。

4.シングルストライプ窒化層

 従来の窒化層では窒化時間及び窒化温度を変化させても窒化層組織及び硬さプロファイルは本質的に変化しないので、窒化層の新しい表面構造を実現するために、クロムの挙動に注目し、窒化層形成へのクロムの拡散の関与を検討した。そのために、通常の窒化温度よりも比較的高い温度、1023Kでプラズマ窒化を行った。

[結果]:温度1023Kでプラズマ窒化した窒化層の断面組織及び硬さプロファイルを図2に示す。従来と異なり、窒化層は表面で析出物の体積比が大きい層(強く腐食された層)と小さい層(腐食されない層)から構成されている。X線回折の結果から全窒化層中にCrN及びCr2Nを同定した。また、従来のFe-14Crの窒化材よりも表面硬さが低く(Hv250)、第一層と第二層の界面付近まで硬さが上昇し、そして第二層では硬さが窒化先端に向かって減少した。一方、X線回折結果から計算したCrNの体積比は表面から(=16.7%)窒化先端(=2.72%)に向かって急激に減少し、窒化層中に固溶クロムが残存している固溶したことが判る。このことは、表面から侵入・固溶・拡散した窒素が第一層で多量CrN及びCr2Nを形成し、固溶窒素の拡散のための有効断面席が狭められたと考えられる。第一層においてGibbsの自由度は窒化中に温度は一定であるので、f=0となる。従って、固溶限を超えた窒素は直ちにクロムと反応し、CrN又はCr2Nを析出し、析出量の多い第一層を形成する。この第一層では窒素が拡散するための有効断面積は小さくなり、固溶窒素濃度の低い第二層が形成される。このとき、第一層と第二層との境界でへのクロムの拡散が関与すると考えられる。また、表面でのCrN相と残りのFe(Cr)相の硬さをそれぞれの体積比を考慮して複合則から硬さを計算した結果、実測値とほぼ一致した。尚、内部での硬さ上昇は従来の析出強化によるものである。

5.ストライプパターン(縞状組織)窒化層

 窒化層の表面構造化を比較的高い温度、1023Kでのプラズマ窒化により実現できた。しかし、上述のように表面硬さが低く、耐摩耗材として使用するのが難しいのでより実用的に近い窒化層の表面構造が必要である。そこで、従来の窒化層に近い硬さを得られ且つ耐摩耗性を実現するような表面構造を得るための窒化法案を検討した。

[結果]:窒化温度873Kでプラズマ窒化したFe-13/14Cr材について従来の窒化層及びシングルストライプ窒化層とは異なる窒化層特性を示した。その断面組織及び硬さプロファイルを図3に示す。窒化層は腐食されやすい部分と腐食されにくい部分とが10-15μmの幅で交互になった縞状組織として成長した。硬さプロファイルは各層の幅に対応した硬さの上昇と低下の繰り返しながら表面から窒化先端に向かって逆傾斜するという特徴を示している。X線回折により窒化層はa-Feマトリックス中にCrNのみを析出していることが判った。また、CrNの体積比の変動やEDX分析結果から全クロム濃度の変動を組織と照合した。このとき、CrNとFe(Cr)が共存するので、Gibbsの自由度が1となり、X線回折及びEDX結果を考慮の上、固溶クロム及び窒素の濃度が自由に変化できると断定できる。つまり、縞状組織は固溶クロムと窒素の濃度変化により生じる。縞状組織において最初にCrN-rich層が形成されるので、シングルストライプと同様に、内部へ拡散する窒素の経路がCrN析出により妨げられ、内部への窒素の補給量が小さくなるので、窒素濃度の低い固溶Cr-rich層が次に形成される。シングルストライプに比べると表面で析出したCrNの体積比が低く(10.3%)、内部へ補給できる窒素量が比多くなる。この窒素はクロムの局所的拡散による固溶Cr-rich領域で反応し、CrNを析出して次のCrN-rich層を形成する。これらの過程が繰り返されて縞状組織が形成される。この縞状組織の硬さプロファイルはCrNの体積比の分布に依存することがわかる。

6.耐摩耗性

 上述の表面構造化した窒化材の耐摩耗性を検討するために、スカッフ試験を行った。プラズマ窒化したピストンリング材の耐スカッフ性と比較しながら議論検討した。

[結果]:一般に材料の耐スカッフ性は表面硬さと比例し上昇する。表面硬さがHv700となる従来の窒化層を示した試料のスカッフ荷重限度が525Nに対して、表面硬さHv900の窒化材のスカッフ荷重限度は590Nに向上した。しかし、傾斜硬さプロファイルを示したピストンリングの窒化材のスカッフ荷重は同じ表面硬さHv900でも650Nに達した。一方、本研究で得た縞状組織の窒化材は表面硬さはHv600にもかかわらず、スカッフ荷重は670Nまで達した。従って、本研究の結果から、表面硬さよりも硬さプロファイルが重要であることが判る。特に、縞状組織の窒化材についてはその逆傾斜硬さプロファイル及び硬いCrN-rich層と靱性のあるCr-rich層の組み合わせが耐スカッフ性向上に寄与すると考えられる。

7.総括

 本研究では合金元素Crの拡散を考慮し窒化による表面構造化を検討議論した。3種類の窒化層の表面構造、シングルストライプとストライプパターン及び均一な窒化層を開発した。特に、ストライプパターン窒化材の方は優れた耐スカッフ性を示し、使用条件に適した表面構造化設計に貢献できると考えられる。

図1 773K57.6ks(16h)でプラズマ窒化したFe-13Cr合金の窒化層断面の組織及び硬さプロファイル

(S:表面,F:窒化先端,E:窒化層厚さ)

図2 1023K3.6ks(1h)でプラズマ窒化したFe-14Cr合金の窒化層断面の組織及び硬さプロファイル

S:表面,F:窒化先端,I:析出物濃化層(第一層)と固溶クロム濃化層(第二層)との界面、E1:第一層の厚さ、E2:第二層の厚さ

図3 873K57.6ks(49h)でプラズマ窒化したFe-13Cr合金の窒化層断面の組織及び硬さプロファイル

(S:表面,F:窒化先端,E:窒化層厚さ)

審査要旨 要旨を表示する

 自動車用鉄鋼材料部品は、ほとんど例外なく、表面処理により耐摩耗性を向上させる加工を行っている。表面から材料内部に向かって窒素を侵入拡散させ硬化層を形成させる窒化プロセスはその典型である。現在、ガス相ならびに液相窒化プロセスが多く使用されているが、多量のガス使用・廃棄、有害なシアン・塩化物の使用など環境負荷を考慮すると、工業プロセスとしてのプラズマ窒化の重要性は増しつつある。一方、自動車部品表面処理法には、硬質めっき、溶射など競合技術も多く、高品質化を伴わなければ、プラズマ窒化が次世代の環境対応プロセスとして広く利用される可能性は小さい。すなわち、自動車用鉄鋼材料部品の環境対応表面処理プロセスとしてのプラズマ窒化を提案するためには、部品設計で要請される力学特性を満足できるような表面組織構造を付与する制御性が不可欠である。本研究は、高クロム鋼を対象として系統的なプラズマ窒化実験を行い、表面組織構造可制御性を実証した。特に、Crリッチ相とCrNリッチ相とが交互に現れるストライプ組織形成を、世界に先駆けて成功させ、実用耐摩耗性試験であるスカッフ試験においても優れた力学特性を示すことを見出した。本論文は、8章よりなる。

 第1章は序論であり、自動車部品における各種表面処理技術の現状、研究動向をまとめるとともに、種々の過酷な使用環境で耐摩耗性を要求されるピストリングを例として、現状の表面処理技術の課題、窒化技術の調査を行い、本研究の方向性を示している。

 第2章はプラズマ窒化における内部窒素挙動に関する理論モデル、特に従前の反応・窒素拡散同時進行機構によるWagnerモデルを紹介し、そのモデルが成立する前提条件と実プロセス条件との関係を議論している。また窒化による強化機構を議論するための第2相析出強化モデルと複合モデルとを紹介している。

 第3章は、実験手法であり、本研究で使用する試験材料、開発したプラズマ窒化装置、プロセス条件ならびに組織・構造解析、力学特性評価法について述べている。

 第4章は、773K以下でのプラズマ窒化挙動を論じている。組織構造解析、硬度試験結果などより、この比較的低温領域でのプラズマ窒化挙動は、従前のWagnerモデルで記述でき、窒化速度も析出物による補正を行うことで理論予測とほぼ良好な一致示すことを見出している。この標準プラズマ窒化幾構では、反応・窒素拡散同時進行により窒化相内の溶質CrはほぼCrNに反応し、硬度は表面から窒化先端までほぼ1200Hv一定のプラトーとなることを明らかにしている。

 第5章は、923Kをこえる比較的高温でのプラズマ窒化挙動を論じている。標準的な窒化構造と異なり、ほぼ一定の硬度をもつ窒化相と母相との2層構造ではなく、窒化相が、CrNリッチ相とCrリッチ相からなる1対のストライプ組織を形成し、それが窒化時間に伴って一定比のまま成長していくことを見出している。表面近傍では反応律速ゆえにCrN成長が生じ、標準窒化と比較して大きく表面硬度が減少する。窒化相内では、窒化先端にむけてCrN体積率は大きく減少し、逆に溶質Crは増大する分布をとり、窒素拡散支配型の窒化機構であることを示している。CrNリッチ相とCrリッチ相との境界にはCr2N相も存在し、この3相共存状態が、当該温度領域においてストライプ組織が単調に成長していく原因であると推察している。

 第6章は、823Kから873K程度までの中間温度領域でのプラズマ窒化挙動を論じている。標準プラズマ窒化と大きく異なり、窒化相は、CrNリッチ相とCrリッチ相からなるストライプ構造が同じ周期で反復する組織(マルチストライプ組織)を呈することを見出している。このストライプ形成では、窒化時間とともにそのストライプ数は単調に増加するが、ストライプ間隔、ストライプ幅はほぼ一定である。本窒化相の硬度分布も、この周期構造ゆえに、その平均硬度は比較的低い表面硬度から深部に向けて増加するとともに、CrNリッチ相では高くCrリッチ相では低くなるという変動を伴って変化する。これは、内部窒化機構においてもコーティング同様の階層構造化を実現できるとする表面技術上でも大きな発見である。詳細な機器分析により、この持続的なマルチストライプ組織形成には、深部母材から窒化先端への溶質Crの拡散、溶質Cr濃度と最大固溶窒素量との非線形関係、窒化相中での溶質Cr濃度・平均CrN体積率の一定化などが関連していることを見出し、窒化物析出反応と窒素拡散が相互協調することで、CrNリッチ相とCrリッチ相が対になって形成されるものと推察している。

 第7章では、ピストンリング実用高クロム鋼をも用いて、スカッフ実験により衝撃耐摩耗性評価を行っている。標準内部窒化では、表面硬度を400-1200Hv、スカッフ荷重を600-700Nの間で制御することができ、スカッフ荷重-表面硬度間に線形関係が成立し、工業用ガス窒化によるデータもその関係式で整理できることを示している。さらにマルチストライプ粗織により、表面硬度400Hvであっても670Nという高いスカッフ荷重を与えることを見出し、Crめっき・CrNコーティングと同等の衝撃耐摩耗設計曲線を与える可能性を示唆している。第8章は総括である。

 要するに、本研究は、高クロム鋼Fe-Cr2元系合金を主たる対象にして、プロセス条件を系統的に変化させたプラズマ窒化実験ならびに組織構造分析・力学特性評価を通じて、反応・窒素拡散同時進行による内部窒化機構、窒素拡散支配型内部室化幾構、反応-窒素拡散相互協調による内部窒化機構が可制御であることを示し、特に窒化物析出-窒素拡散の相互協調によるマルチストライプ組織形成により、耐衝撃磨耗特性が大きく向上する可能性を見出しており、材料加工学、材料信頼性工学への貢献が大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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