学位論文要旨



No 118037
著者(漢字) 金橋,秀豪
著者(英字)
著者(カナ) カナハシ,ヒデタカ
標題(和) ユニット・セル構造を有する超軽量材料の変形挙動に関する研究
標題(洋) Dynamic Deformation Behavior of Ultra Lightweight Materials with Unit-Cell Structure
報告番号 118037
報告番号 甲18037
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5495号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 朱,世杰
 東京大学 助教授 近藤,勝義
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景と目的

 京都議定書の施行を始め、世界的な地球環境保持の動きは加速している。自動車業界では燃費向上のため軽量化された構造部材材料の開発が盛んである。同時に衝突時の耐衝撃特性向上も構造部材開発のキーワードであり、軽量かつ強度を合わせ持つ材料の開発が急がれている。

 従来の軽量化手法は、AlやMgなど非鉄軽金属材料を積極的に使用した組織制御を中心であった。最近、殊に自動車業界で、飛躍的な軽量化できるセル構造材料に大きな関心が注がれている。これは相対密度が0.3以下と超軽量で"構造制御"という全く新しい概念に基づく材料である。更に圧縮荷重下で独特な変形挙動から優れた衝撃エネルギー吸収能を有するため、軽量化に加え衝突安全性という二重の付加価値を有する理想的な材料と言える。

 セル構造材料の実用化に最適設計への体系化された力学モデルは欠かせない。GibsonとAshbyは、単純立方体モデルの1本のはり;セルカラムの座屈現象に基づいた力学モデルを提案している。式(1)のように力学特性は相対密度だけで記述できる。ところが内在する不均一構造に起因した脆弱でバラツキが大きい機械的強度が実用化を阻害する第一の要因である。構造制御による軽量化の達成は、強度の確保および信頼性向上が鍵となる。ここでσ;応力、ρ;密度およびC;定数である。

 ところがSuhらはGriffith理論よりセルサイズをμmオーダーにできれば脆弱でバラツキが大きい機械的性質を改善できると考え、Microcellular Plastic(相対密度;〜0.05、気泡径;10μm以下)を提案し作製に成功した。興味深いのは衝撃強度が相対密度が減少するに従い増加し、稠密材より最大で4倍にも達する事である。この結果は明らかにセル構造の微細化による効果であり、式(1)で記述できるマクロな古典力学系では説明不可な現象である。

 一般に高遠度領域では、材料の局所変形が支配的となり、材料の構成単位(鋳造組織、結晶粒径、空洞など)の変形そのものが現象を記述するようになる。したがって、セル構造材料の静的から動的な荷重負荷状態、即ちより幅広いダイナミック・レンジに対して統一的な力学モデルを考慮した時、相対密度だけでなく内部構造、つまり3次元網を形成するセルカラムの連結性から見える代表的な構成要素;ユニット・セル構造というパラメーターを交えた議論が必要不可欠である事を意味している。

 本研究はセル構造材料が有する『ユニット・セル構造の大きさ』に着目して、衝撃荷重下での力学応答と変形挙動について詳細に把握した上で、セル構造材料すなわち超軽量材料の幅広いダイナミック・レンジに対し統一的な最適構造設計指針を提案する1つの方法論の確立を目的とする。

2. 実験方法

 本研究の使用材料は従来まで議論されてきたセルサイズおよび微細化したセルサイズを有する材料である(表1)。その動的な力学応答(ε〜103 s-1)はスプリット・ホプキンソン棒法により測定した。これは金属材料だけでなく高分子系材料の動的力学特性の評価手に幅広く用いられ、打撃棒から応力棒に与えられたひずみパルス波をひずみゲージで検出し、一次元波動伝播理論より応力-ひずみ-ひずみ速度の関係が求められる。ところがセル構造材料は稠密材料より強度が低いため、応力棒との特性インピーダンスの差が大きく、透過ひずみパルスの検出が困難になることが指摘されている。そこで非接触光学式変位計より得られる相対変位と算出されるひずみを比較レたところ良い一致を示したので、この動的試験法による力学特性評価の正確性を確認することができた。また準静的ひずみ速度1×10-3s-1の圧縮試験も行った。

3. 実験結果

3.1 ミリオーダーのセルサイズを有するセル構造材料(従来材)の力学特性

 従来材が示す応力-ひずみ曲線は、衝撃及び準静的荷重下でも明瞭な線形領域からプラトー領域、緻密化領域という3段階から成る。AとB材は同じセル構造を持つため、熱処理を施してセル母材のミクロ組織の影響を調べた。その結果(図1)熱処理により母材の延性が改善され耐衝撃特性を制御できる事がわかった。またC材の結果より、従来材のセルサイズの範囲内では力学応答には影響しないことが分かった。

3.2 微細化したセルサイズを有するセル構造材料(従来材)の力学特性

 D材の応力-ひずみ曲線(図2)は従来材と異なり、変形初期に明瞭な立上りがなく、緩やかに応力が上昇し緻密化した。これはセル構造が従来材に比較して微細化したためであり、また応力のひずみ速度依存性はセル母材のそれと定量的に一致し、変形機構が従来材と異なる可能性が考えられる。

4. ユニット・セル構造の微細化と変形機構

4.1 ユニット・セル構造の規則性

 セル構造材料はセルカラムが3次元空間で連結して充填した材料である。従来材でセル構造の不均一性が変形の起点となる事が報告されている。そこで、A〜D材のセルサイズの相対分布を比較すると、セルサイズの微細化がその大きさの規則化・均一化をもたらす事が分かった。つまり従来材の場合、セルサイズの不規則性に伴い、セル構造を形成するセルカラムは異なる座屈限界を有するため弱い座屈限界のセルカラムが変形の起点になり、従来材の圧縮変形はセル構造ではなく単なるセルカラムによる変形が支配的な変形機構である。ところが、微細材はセル構造が規則的であり、変形の起点と成りうるセルカラムが存在しない。その結果、全てのユニット・セル構造に荷重が伝達して全体的に一様な変形が進行したと考えられる。そのため母材自体の力学特性が関与して、従来材Cより高延性にも関わらずCu稠密体と同等のひずみ速度依存性を示した可能性が考えられる。

4.2 セル構造材料の変形素過程の観察

 ユニット・セル構造の大きさ概念を導入してセル構造材料の力学モデルを構築する際に重要なのは、力学応答の根底を意味する変形機構の解明とその定量化である。そこで実際の変形素過程を詳細に観察した。特に微細材Dは規則的で微細なユニット・セル構造を有しているため準静的ひずみ速度1×10-3s-1でのSEM内in-situ観察を行った。また動的ひずみ速度〜10-3s-1での観察には、高速度カメラを用いた。

 従来材の変形素過程を観察した結果、従来材で指摘したように、静的および動的素過程ともにセルカラムの変形が支配的な不均一な変形が起こる事がわかった。特に従来材Cは、母材自身が延性を有するため完全座屈せず、次々に隣接する他のセルカラムヘ荷重を伝達して変形する様子が観察された。この相互関係によりC材はひずみ速度依存性を示さない。

 一方、規則性の高い微細材は変形初期から従来材に見られる不均一変形した箇所は観察されなかった。そこでセルカラムが集結した節点の変化量を計測し定量化を行った。その結果、各節点はほぼ一定の変位変化量で変形し、全節点が一様な変化率で変形する事が明らかになった。即ちセルサイズが微細になると単一セルカラムからユニット・セル構造を単位とした変形機構へと遷移する。衝撃荷重下での変形素課程は、ユニット・セル構造が試験片全体の変形量に比例して一様に変形していることを示した(図3)。

5. セル構造材料のユニット・セル構造

 実験的事実と準静的ひずみ速度での詳細なSEM内in-situ観察および衝撃荷重下での変形素過程の観察より明らかとなったユニット・セル構造の変形機構から、セル構造材料の力学特性をモデル化するためには、セルカラム単一ではなく、それらの3次元的な連結性を考慮したユニット・セル構造の空間群に基づいた議論の必要性が明らかとなった。

 その際に最も重要なのは、セル構造材料を構成するユニット・セル構造が、いかなる3次元網を形成しているかを詳細に把握する事である。そこでグラフ理論の最小木法を利用して、幾つかのセルカラムが連結する節点からの最隣接距離にある節点を結ぶことで、従来材および微細材に形成される多角形の形状と割合を計測する画像解析を行った。

 その結果どの空間群も正方形と五角形、六角形の3種類から形成されていた。これまでの理論的アプローチには、正14面体(正方形と六角形の組合せ)が理想的なユニット・セル構造だった。しかし自然界にて報告された例はない。特にセルサイズが微細になると空間群を充填する正方形が消失する傾向にある。自然界で五角形の存在がしばしば重要視されるように、新たに発見されたユニット・セル構造がセルサイズが微細化した最も究極なユニット・セルかもしれない。

6. 総括

 セル構造材料は超軽量性と優れた耐衝撃特性を有る事から、構造用途として最も理想的な材料の1つである。そのために最適設計に利用できる力学モデルの存在が欠かせない。力学特性を左右する因子は相対密度だけではなく、それに寄与するセルサイズの微細化は、従来まで議論されてきたmmオーダーのセル構造材料とは本質的に異るセル構造の規則性(ユニット・セル)が重要な役割を果たすことを意味する。セル構造材料の幅広いダイナミック・レンジに対して統一的な力学モデルを考慮した時、単一のセルカラムのみではなく、それらが連結したユニット・セル構造から成る変形挙動および力学特性を把握する事が必要不可欠である。(図4)

表1 本研究に用いたセル構造材料の基本構造特性

図1 従来材のひずみ速度依存性と母材延性の関係

図2 Cuセル構造体の応力-ひずみ曲線

図3 高速度カメラによる微細材Dの変形素過程

図4 ユニット・セル構造を考慮した変形挙動

審査要旨 要旨を表示する

 自動車など運輸部門におけるCO2排出の86%は、車両使用時のCO2排出であり、それを大幅に軽減するために、燃費向上をはかることができる車体設計、車体・部品構成材料の見直しが多面的になされている。その中で車体重量の軽減はきわめて有用であり、次世代車設計では、軽量構造化の観点から、アルミニウム合金ポーラス材料の利用がはかられている。しかし、種々の事故時における安全性を考えると、これら軽量化材料は、高ひずみ速度変形をともなう衝突時変形において、衝突エネルギーを効果的に吸収することが不可欠である。従前のオープンセルあるいはクローズドセルのポーラス材料では、相対密度が0.3以下で大幅な強度、延性低下が生じるため、上記の要件を満足する段階にいたっていない。すなわち、セル構造を有する軽量化材料が、車体構造材料として利用されるためには、相対密度の減少によって、その相対的強度、変形が大幅に低減しない材料設計が求められている。本研究では、その要請への1つの解決法として、セル構造体のユニットセルに注目し、その規則化による変形挙動を記述することで、新たな超軽量構造材料の設計方法を提示している。本研究は、9章よりなる。

 第1章は序論であり、従前のセル構造体の力学特性ならびに動的変形挙動に関するサーベイを行い、相対密度低下に伴う相対強度低下、プラトー応力を有する固有の応力ひずみ関係などに言及するとともに、セル構造を微細化することで、その特性、特に衝撃靱性が向上する事例を示し、本研究で注目する規則化構造をもつユニットセル設計の重要性を指摘している。

 第2章はそのユニットセル設計であり、カラム構造に注目した従前の力学モデルと対比する形で、規則化した多面体構造を有するユニットセルを変形ユニットとする設計方法を提示している。

 第3章は、本研究における実験手法に関する記述であり、超軽量構造体の動的挙動を高精度で実験評価する手法をまとめている。本研究では、動的応カ-ひずみ関係を高精度で測定するために、インピーダンス・マッチング法で最適化したホプキンソン棒法を提案し、それを非接触型光変形測定と比較検討することで高精度を実証している。さらにアルミ合金ポーラス材料を用いて、従来実験データとの比較検討により、セル構造体への適用の妥当性を確証している。

 第4章では、アルミ合金・マグネシウム合金のオープンセル構造体の力学的応答への影響因子について考察し、特に熱処理条件により動的延性の異なる試料として、SG91A材とAZ91材を作製し、その動的ならびに静的応力-ひずみ関係の測定から、母材材質によらず動的プラトー応力と静的プラトー応力との比(以下、動静応力比と略す)と延性との間に一定の非線形関係が成立し、延性の向上とともに動静応力比は1に漸近し、延性的なセル構造体では、母材が有するひずみ速度依存性が消失することを明らかにしている。

 第5章では、相対密度を0.09、セルサイズ・アスペクト比を1.3、カラム・アスペクト比を7.5一定としたアルミ合金ポーラス材を用い、平均セルサイズのみを3-5mmの間で変化させ、上述の動静応力比-延性関係へのセルサイズ依存性を検討している。その結果、セルサイズに関わらず、同関係が成立し、溶製法で作製するセル構造体では、母材のひずみ依存性は消失し、その応力ひずみ関係は初期変形-プラトー領域-緻密化領域で類別できることを確認している。

 第6章では、より平均サイズの細かいセル構造体を作製するために、粉末冶金プロセスを採用し、相対密度0.1、カラム・アスペクト比8一定とし、平均セルサイズのみを変化させた純銅ポーラス材を作製し、その動静的変形挙動を調査した。平均セルサイズ250μmとした材料は、上述の応力ひずみ関係ではなく、母材のひずみ速度依存性と同等のひずみ速度依存性を示し、単調増加する応力ひずみ関係を示すことを明らかにした。同材で平均セルサイズを830μmとすると、同特性は消失し従前の関係に回帰することから、セルサイズ微細化の効果の重要性を指摘している。

 第7章は、動静的変形のその場観察によるユニットセル変形の直接観察、測定である。その結果、従前の動静的応力比-延性関係で整理されるポーラス材では、カラムの破断による連続的な座届現象ならびにカラムの塑性的曲げ変形による不均一塑性変形が主体であることが明らかとなった。一方、セルサイズ微細化に伴い、個々のユニットセルは協調的に変形するようになり、中実バルク材料と同様に均一変形主体となるためにひずみ速度依存性を示すことをはじめて実験的に確証した。

 第8章は、セル構造体のユニットセル構造を考慮した理論的考察であり、空間充填多面体を理想系として、その単位多角形セル面において、5角形セル面化の増大とセルサイズ微細化とが一対一に対応していることを見出し、ユニットセル構造内でのトポロジー変化がマクロな動静的変形応答を制御する可能性を示唆している。第9章は総括である。

 要するに本研究は、開発した高精度動的応答試験装置、動的ならびに静的変形その場観察装置を用いて、平均セルサイズなどユニットセル構造のみを変化させたポーラス材の動静的力学応答実験より、動静的応力比-延性関係上で従前のトレード・オフ・バランシングより高強度比・高延性を達成するセル構造の存在を示し、それがセル構造体ユニットセルの多面体構成比の相違にあることを明らかにしている。すなわち、空間充填多面体であるWeaire-Phelan多面体を理想系として、その構成5角形セル面化が増大することで、微小なセルサイズをもつセル構造体の高強度化がはかれることを示唆している。この成果は、材料信頼性工学、材料力学への貢献が著しい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク