学位論文要旨



No 118041
著者(漢字) 楊,杭生
著者(英字) Yang,Hangsheng
著者(カナ) ヨウ,コウセイ
標題(和) 化学気相成長法における立方晶窒化ホウ素薄膜の堆積機構
標題(洋) Growth mechanism of cubic boron nitride thin films in plasma chemical vapor deposition process
報告番号 118041
報告番号 甲18041
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5499号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 堀池,靖浩
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
 東京大学 助教授 光田,好孝
内容要旨 要旨を表示する

 cBN(cubic boron nitride:立方晶窒化ホウ素)はダイヤモンドに次ぐ硬度、熱伝導度、高温における化学的安定性、鉄系との低反応性等の稀な性質を有している。一方、電気物性的に見てもIII-V族半導体として、広いバンドギャップを有し、p、n両タイプのドープングが容易であること等から、高温動作電子デバイスとしての応用が期待されている。

 近年になり、cBN薄膜は物理気相堆積(PVD)、および化学気相堆積(CVD)において比較的容易に作製することが可能となった。しかしながらこれら気相堆積においては、たとえCVD法であっても立方晶の生成にとって基板面へのイオン衝撃が必須であるという特徴から、極少数の例外を除いて純粋なcBN堆積は不可能で、常に堆積薄膜は三層からなる構造を有している。すなわち、基板界面に生じるアモルファス層、それに続くtBN(turbostratic boron nitride:乱層構造BN)、さらにcubic BN層からなる自発構造である。基板との間に生じるこれらsp2結合層、さらには膜自身の高い圧縮応力が高品位cBN薄膜の形成への障害となっている。最近、プラズマジェットCVD、高エネルギーイオン入射を含むPVD法などのアプローチにより、1μmを超える厚い薄膜が得られるようになってきたが、大面積にわたり高い付着力を有するより高品位薄膜を高速、低コストで形成するプロセス開発が求められているのがcBNを巡る研究の現状である。高硬度コーティング材料の他に、cBNの応用において期待される分野の一つは、その優れた電子物性を生かした高温動作デバイスである。それゆえ、cBN薄膜の合成指針として、その厚さだけでなく、純度の結晶性の高さが重要となってくるのである。このSp2結合層は堆積法、基板には依存せず、特にCVD法においてはしばしば厚い初期層が生成することが報告されている。現状においてプロセスパラメータの自由度において優れているはずのCVD法は、基板へのイオン衝撃が不可欠であるというcBN堆積に特有な堆積条件の制限によりPVD法に若千の遅れを取っている事を認めざるを得ない。他方、この特異なcBN核生成、成長については、選択性スパッタリング、応力誘起、サーマルスパイク、サブインプランテーション等のモデルが提唱されているものの、決定的なメカニズムは、未だ明らかにされておらず、高品質cBN薄膜の堆積指針となるモデルの出現が待たれている。

 以上を背景として、その場計測が可能なイオンエネルギー・質量分析器、高分解能TEM、EDS、EELS、XPS、FTIRによる多様な分析により、低圧ICP-CVD法による、高品位cBN薄膜の堆積機構を解明し、もって新たな堆積法を確立することを本研究の目的とした。具体的には圧縮応力を低減し、より厚く、高純度で、付着力の高い膜を堆積するための指針導出のための成長機構解明と、それに基づく新規プロセス開発である。より詳細には、

1、その場計測によるプロセスパラメータの定量化。

2、初期層の構造組成に及ぼす基板前処理の系統的検討。

3、初期層厚みの低減法の系統的検討。

4、堆積膜の硬度、表面のモルホロジー、付着性の評価とプロセス条件の対応検討。

 である。

 以下に本研究で得られた主な結果について概説する。

1、その場QMS測定によりプラズマ中でN2はごくわずか(約5%)しかイオン化していないにも関わらず、ジボラン(B2H6)は分解し、ほぼ完全にイオン化されていることが判明した。中性粒子としてのN2、N2*(励起状態)、H、H2、H2*が存在することはcBNの生成には極めて不利であり、Arの導入によりN2、N2*と成長表面の反応を低減させることでcBN成長が効果的に進むことを見出した。

2、EDS、EELS分析により、初期アモルファス層が10-20%の酸素を含む、ホウ素及びシリコンの酸化物からなっていることを明らかにした。水素雰囲気における1200Kの熱処理、もしくは基板正バイアス状態での水素プラズマ、窒素プラズマ連続処理を前処理として、TDBT(Time dependent bias technique)による堆積によりアモルファス層を除去することに成功した。アモルファス層の除去は世界でも全く報告されていない革新的な成果であり、理想的なcBN堆積に大きく近づくプロセス開発となった。

3、本プロセスにおいて成長した膜においてはtBNの(0002)面は成長段階によって異なる方向分布を有することを見出した。すなわち、ランダム(等方)状態から異方状態へ遷移し、さらに等方状態へと再び戻る過程である。このことは従来の機械研磨、イオン研磨によって作成したTEM試料だけでなく、極めて薄い堆積基板を用いた、堆積そのままの状態での試料に対しても観察された。これらの成長の方向性を定量的に評価し、tBNのc軸の約64%が基板表面と±10°内で平行になれば核生成が始まることを見出した。さらに成長の方位の分布関数はおよそcosineの6乗に合致することが定量的に示された。これらの結晶方向遷移層においては菱面体晶、六方晶構造、さらには転位による菱面体晶・六方晶転移が生じていた。両結晶構造はcBN核生成及び成長の前駆体と考えられた。上述のアモルファス層の除去とは逆に、プロセスの制御により初期tBN層を除去し、アモルファス上にcBNを生成することが可能であることもHRTEM観察によって示された。これら、反応を制御するガス混合率の最適化とTDBTによりイオンフラックスをの関数として制御することで初期sp2遷移層を3nm以下にし、体積分率98%以上のcubic層を有する超高品位な薄膜が堆積可能となった。この方法では厚さ400nm以上の厚い膜が形成可能で、堆積後半年間においても剥離現象は見られていない。

4、AFM観察により、表面荒さの二乗平均値は0.12nmという極めて平坦な膜であることが示された。さらにこれらの薄膜に対してナノインデンテーション、ナノスクラッチを行い、この薄膜の摩擦係数は0.1程度、硬度は約50Gpaにも達し、硬質コーティング材料として優れた特性を有することを明らかにした。薄膜表面は完全なcubic相からなり、ARHVEMによってB、N原子を識別することが可能であった。上述の無損傷TEM試料に対する観察によりtBN及びcBN核生成に必要な最小基板幅が数十nm程度であり、極めて小さな堆積領域にcBNを堆積することが可能であることを示した。これは電子放出材料や抵摩擦微小カンチレバー等の応用を考える上で重要な知見である。更に、極めて薄い堆積基板に堆積したtBNナノアレイ(BNNA)が非常に柔軟で復元力に富むことを、高真空中での微細曲げ試験によって見出した。作製したBNNAは最小曲率半径で0.3nmまで屈曲させても元の状態に復元し、変化は可逆的であった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Growth mechanism of cubic boron nitride thin films inplasma chemical vapor deposition process(化学気相成長法における立方晶窒化ホウ素薄膜の堆積機構)」と題し、立方晶窒化ホウ素(cBN)の化学気相堆積における成長過程のモデル構築と、それに基づく高品位cBN薄膜の大面積、高速堆積プロセスの開発研究に関する。特に、高分解能透過電子顕微鏡(HRTEM)、エネルギー分散X線分光(EDS)、電子エネルギー損失分光(EELS)、X線光電子分光分析(XPS)、フーリエ変換赤外分光(FTIR)、原子間力顕微鏡(AFM)、エネルギー・四重極質量分析(EA & QMA)等による様々な分析結果に基づき新たなcBN成長モデルを提案し、本申請者が開発したTime dependant biasing technique(TDBT)による核生成と成長過程を明確に分離した堆積手法と表面の化学結合状態を考慮に入れた基板前処理により初期tBN層もしくはアモルファスBN層を除去したcBN薄膜堆積を可能とした研究成果をまとめたものである。論文は五章から成っている。

 第一章では、cBN及び六方晶窒化ホウ素(hBN)の属性とその薄膜研究の進展が時系列にまとめられている。また、従来のcBN薄膜堆積における諸問題を提示し、それに対比する形で本研究の動機を述べ、cBN薄膜堆積における初期層の除去を目指したプロセス開発と実際のプロセスに還元されるcBN成長モデル構築が目的であるとしている。

 第二章では、新規プロセス開発の根幹となる、装置開発、堆積条件、堆積した膜の分析評価とTDBT法、および成長メカニズム分析に用いたEA&QMA装置について詳細に解説されている。

 第三章では、様々なガス条件におけるEAおよびQMAによるプラズマ診断と基板への飛来粒子種の分析における基本的なパラメータの最適化手法、およびcBN薄膜堆積に見られる三層構造の成長過程についてまとめられている。主な結果として、N2-B2H6プラズマ系では、窒素原子・分子のイオン化率は5%程度であるのに対しB2H6はすべて解離イオン化していること、HやN2などの中性粒子はcBN堆積を阻害することからArの導入によりN2のイオン化率を劇的に向上させ中性粒子の成長表面における反応を抑制することがcBN成長要件であることを見いだしている。また、EDS、EELSによる詳細な界面組成分析により、初期アモルファス層は10〜20%の酸素を含むホウ素およびシリコンの酸化物からなっていることを明らかにし基板処理の重要性を指摘し水素雰囲気における1200Kの熱処理、もしくは基板正バイアス状態での水素プラズマ処理とTDBTによる堆積によりアモルファス層を除去しうることを見いだしている。アモルファス層の除去は世界的に見ても過去に報告例がなく、エピタキシャルcBN堆積に一歩近づく画期的成果であると言える。さらに、極めて薄い特殊な基板への堆積により無損傷TEM試料を作製し、その成長過程において無秩序状態から配向状態へ、その後再度配向性が乱れる過程を明示し、c軸の約64%が基板表面と±10%内で平行になれば核生成が生じると結論付けている。これらの結晶方向遷移層においては菱面体晶と六方晶構造、さらに転位による両結晶構造転移が観察され、それらがcBN核生成の前駆体であることが述べられている。以上により、3nm以下の初期sp2-bonded遷移層を介して、100%に近いcubic相からなる表面あらさ0.12nmの超平滑性を有し50GPaの硬度を示す300nm程度のcBN薄膜を堆積可能としている。更に、無損傷TEM試料の開発途上で発見されたtBNナノアレイ(BNNA)に対して高真空中で微小曲げ試験が行われ、最小曲率半径で0.3nm程度までの変形を可逆的に生じさせることが可能であるとの興味深い結果も記載されている。

 第四章では、上記結果から導かれるamorphous、turbostratic、cubic三層それぞれの成長原理を分析し、これまでに報告された多数の報告とも統合し、実験結果を矛盾無く説明しうる表面でのcBN堆積メカニズムが提唱されている。

 第五章では総括であり、本論文全体の成果がまとめられている。

 以上を要約すると、本論文は申請者独自に開発した手法および様々な測定法に基づいてcBN薄膜の堆積メカニズムを提案するとともに、初期層tBNもしくはアモルファス層を除去させる画期的なcBN薄膜堆積プロセスを開発した研究成果についてまとめられたものであり、本成果はその特異な特性から多様な応用が期待されるcBNの薄膜堆積のみならず、プラズマCVDプロセシング全般に多大な寄与をするものであり、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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