学位論文要旨



No 118043
著者(漢字) ジュール,エドワード エンリケ
著者(英字) JULE,Eduardo Enrique
著者(カナ) ジュール,エドワード エンリケ
標題(和) 末端反応性ポリエチレングリコール-ポリラクチドブロック共重合体から形成される表層に糖を有する高分子ミセルの調製とその生医学方面における重要性。
標題(洋) Ligand-Installed Micelles Based on Acetal-Poly(ethylene glycol)-Poly(D, L-lactide) Block Copolymers. Preparation, Characterization and Biomedical Significance
報告番号 118043
報告番号 甲18043
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5501号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 教授 加藤,隆史
内容要旨 要旨を表示する

 疎水性・親水性など異なった性質のブロック構造からなるブロックコポリマーは、ポリマーミセルと呼ばれるコロイド状粒子を自発的に形成する事が知られている。そうして形作られるcore-shell構造では、疎水性鎖で形成される密なコア部が親水性鎖による外殻によって覆われることで、難溶性薬物の高濃度での封入や薬物の効果的な運搬が可能である。ポリマーミセルの有するこのような利点によって、癌治療などにおいて、病的部位への効果的な薬物集積が可能となり、治療効率の向上が得られる。高分子ミセルの重要な特徴は、100nmを越えない数十ナノスケールの微小粒子であること、また低い臨界会合濃度(c.a.c.)を有し、非常に安定なことである。これらの因子は、血流中でのlong circulation、またそれによる標的部位への効率的な集積を可能ならしめており、本質的に重要である。

 ガン細胞は非常に早く増殖するため、癌治療においては継続的な薬物投与が必要となる。このことが、癌治療における化学療法を煩雑化させ、好ましくない副作用を引き起こす原因となる。このような観点から、キャリアーとしての高分子ミセルに対し、標的部位の認識において重要となる分子を組み合わせることで、そのキャリアーの標的部位への効率的な集積と標的部位との接触時間を延長させ、治療効率の向上が可能となる。

 本研究では、表層に糖鎖を配した高分子ミセルの調製、物性評価、並びにその多岐にわたる生理学的重要性について論じる。ミセル表層の糖鎖修飾によって、糖を特異的に認識する肝臓へのactive targetingの獲得の可能性を探る。レセプター介在型エンドサイトーシスの誘発によって、そのような標的デバイスを有さないキャリアーに対する優位性を期待する。

 Acetal-poly(ethylene glycol)-poly(D、L-lactide)(Ac-PEG-PLA)ブロック共重合体をワン・ポット開環アニオン重合により合成した。PEGとPLAのブロック比率を変えて合成されたポリマーから調製されたミセルは、その組成比に支配された粒径依存を示した。ラクトース分子のミセル表層への導入は還元アミノ化プロセスによって行われ、粒径や組成に変化は与えなかった。

 高分子ミセルは安定な微小分子会合体であるが、溶液中において、ミセル内でのポリマー鎖の交換反応が起こる。これに関しても基礎的な理解が必要であり、その性質を明らかにするべきである。この高分子ミセルの溶液中における交換反応は、これら微小分子会合体である高分子ミセルのコアに、環境応答性の蛍光標識を施すことで評価され、ドラッグデリバリーシステム(DDS)の設計に向けて興味深い特性を示した。

 レクチンは有機タンパク質と結合し、細胞の接着、糖分子の不溶化、また特に糖を認識し、多くの生物学的プロセスに関与する。そこで、細胞表面の糖レセプターのシュミレーションとして、また同様の糖レセプターを有する細胞存在下でのラクトース導入PEG-PLA高分子ミセル(Lac-micelles)の挙動を再現する手法として、レクチンをを用いた。このような評価を行う意味深い手法として、表面プラズモン共鳴を適用した。この技術を用いることで、レクチンの金表面への固定化と、構築されたタンパク質層へ、高分子ミセルをパルスパターンで注入する事が可能である。ミセル表面のラクトースとレクチン上の糖レセプター間の特異的な相互作用によって、Lac-micellesは、このタンパク質に対してごく特異的に結合すると思われる。さらに、そのコンプレックス形成の強度は、糖修飾されていないミセルで起こる非特異的な吸着に比べて、数オーダー高いものである。一方で、高分子ミセルは、高いポリマー濃度においては、明らかにノイズとは区別される強い応答が得られるものの、臨界会合濃度(c.a.c.)域では、わずかな結合能を示した。したがって、溶液中の高分子ミセルの構造や結合能は、それ以下においてミセルが解離してしまう濃度であるc.a.c.と関連づけられる。Lac-micellesのレクチン層への結合は多価結合で順次起こり、その強い応答が平衡状態において得られる。そして、この強い結合はその表面における臨界のリガンド濃度と考えられる部分において得られるものである。

 観測されたデータをシュミレーション・ソフトウエアとfittingしながら、動的な評価もSPRによって行われた。その結果、多価結合によるLac-micellesのレクチン層との結合は、理論的には低い解離定数を呈した。80%のリガンド濃度を有するミセル(Lac-micelles 80% 100ポリマー鎖当たり80のラクトース)は迅速な結合を示した(kal=3.2.104 M-1.s-1)。しかしながら、一方で極めて遅い解離も呈した(kdl=1.3.104 s-1)。計測されたセンサーグラムはトリバレントな結合モデルとfittingされ、その平衡解離定数(KD1=kdl/kal)は、一般的なウイルスの値と近い4nMとなった。この協同的な結合の重要性についても、異なるリガンド密度を有するLac-micellesを調製することで、またそれらについて後者の動的定数を議論することで、検討を行った。興味深いことに、Lac-micelles80では、タンパク質層に対してトリバレントに結合するのに対し、Lac-micelles20%では、わずかにではあるが(KD1=1360nM)同じタンパク質層に対してバイバレントな結合能を有した。したがって、各場合において有利な結合によって向上する動的定数であるが、分子的レベルでは低いリガンド密度であるほどより効果的であると思われる。

 最後に、株化ヒト肝ガン細胞の培養においてLac-micellesをインキュベートし、その前後での取り込みを評価した。ラクトース・リガンドの、レセプター介在型エンドサイトーシスによる取り込みに対する影響を調べるため、Ac-PEG-PLA micelles(Ac-micelles)をコントロールとして用いた。ここで述べる結果は、未だ予備的段階であり、現在継続して行っている最初の実験結果を反映するものでしかないが、Lac-micellesによる取り込みの促進が示唆されている。この取り込みの促進は、ミセル表面のラクトース分子と、細胞表面に存在するアシアロ糖タンパク質レセプター間での特異的な認識、それに追随するコンプレックス形成によるものであると考えられる。前述のシュミレーションを信頼する限り、このコンプレックス形成は非常に急激に起こり、ナノ濃度域において極めて強いコンプレックスを生み出している。

審査要旨 要旨を表示する

 親疎水性のブロック共重合体が水中で自己組織化することによって形成されるコア-シェル型の高分子ミセルは、その表層のポリエチレングリコール(PEG)ブラシ構造に伴い、凝集や非特異吸着が抑制され、血中長期循環能を有する薬物キャリアとなることが期待されている。そこで、本論文ではこの様な高分子ミセルの特徴に着目し部位特異的な薬物キャリアとして利用可能な表層に官能基を有する高分子ミセルの設計とその生医学的物性解析が論じられている。

 緒論では、現在のドラックデリバリーシステム(DDS)における問題点を具体的な例を用いて明記し、その様な問題を解決するためのアプローチとして末端反応性PEG-ポリラクチド(PLA)ブロック共重合体から形成される高分子ミセル薬物の有用性について述べられている。また、今後の薬物キャリア設計に際して不可欠な細胞選択的な取り込みを可能にするべく、レセプター介在エンドサイトーシスを基調としたDDSへの展開についても詳細に解決がなされている。

 第1章では、末端にアセタール基を有するPEG-PLAブロック共重合体(acetal-PEG-PLA)の合成とリガンド分子としてラクトースが結合した高分子ミセル(Lac-Micelles)の調製、ならびに物性評価、さらには、生医学方面における重要性が述べられている。調製されたLac-Micellesは、水溶液中で高い安定性を示すことを確認している。また、ブロック共重合体のPLA鎖末端に蛍光物質を結合させた系を用いて、ガラス転移温度を測定した結果、その値は38℃であることが明らかとされている。さらに、高分子ミセルの臨界会合濃度が温度に依存することやミセル間での高分子鎖の交換が温度依存的に起きることなど、興味深い物理化学的特性が見出され、これらのミセルをDDS分野に展開する上で重要な知見が得られたと結論づけている。

 第2章においては、表面プラズモン共鳴(SPR)装置を用いたLac-Micellesとラクトース特異的結合能を示すことが知られているレクチン(RCA120)との相互作用について検討している。チップ表面上にRCA120を固定化し、Lac-Micelles水溶液を流すことによって、その認識能を評価した結果、ラクトースが導入されていないときには、チップ表面に固定化されたRCA120とLac-Micellesとの間には有意な吸着は観察されず、非特異吸着が有効に抑制されることが明らかとされている。また、ラクトース導入率が40%を境に急激なレクチンとの親和性向上が観測され、リガンド密度依存的な吸着特性を示すことが明確とされている。以上の結果から、Lac-MicellesとRCA120とのリアルタイムSPR解析は、糖レセプターを表面に有する細胞に対するLac-Micellesの挙動をモデル化できる実験系であると結論づけている。

 第3章においては、SPR装置を用いてLac-MicellesとRCA120との相互作用を速度論的なアプローチに基づいて詳細な検討を行っている。解析ソフトウェアーを用いるカーブフィッティングから、多価結合によるLac-MicellesのRCA120に対する結合は、典型的な多価結合の特徴を有し、非常に低い解離定数を呈すことが示さている。リガンド密度80%のLac-Micelles(高分子鎖100本あたり80本がラクトース化されている)は、RCA120に対して、迅速な結合が観察される(kal=3.2.104 M-1.S-1)が、一方で極めて遅い解離を示すことも明らかとされた(kdl=1.3.104 S-1)。このデータをもとに、フィッティング解析を行った結果、両者の結合は、3価の結合であることが確認され、その平衡解離定数(KD1=kdl/kal)は、興味深いことにウィルスが一般的に有する値と近い4nMとなることが示されている。一方、20%のラクトースが導入されたLac-Micellesにおいては、同じRCA120に対して2価で結合していることが確認されている(KD1=1360nM)。以上の結果から、リガンド密度の増大に伴いタンパク質認識能は著しく増加し、さらに詳細な速度論的解析から、その様な増加は主として解離抑制に基づくものであると結論づけている。

 第4章においては、実際に培養細胞(HepG2)を用いて、Lac-Micellesの細胞への取り込み能を評価している。具体的には、アセタール基が導入された高分子ミセル(Ace-micelles)をコントロールとして用いて、細胞表面に発現しているアシアロ糖タンパク質レセプターとの結合からレセプター介在性エンドサイトーシスによるLac-Micellesの細胞への取り込みを評価したところ、ラクトース導入率の高いLac-Micellesにおいて著しい取り込みの促進が観察された。これより、ミセル表面に適切なリガンド分子を導入し、その密度を制御することによって、細胞への取り込み能を向上できることが明らかとなり、受容体依存的DDSとしてリガンド導入高分子ミセルが有用であると結論づけられている。

 以上に示されたように、本論文で得られた結果は、特定の細胞に対するアクティブターゲティングを可能にする高性能薬物キャリア設計における多分子集合体構造の重要性を示すものであり、表層に糖を配した高分子ミセルの調製から物性詐価、さらには、培養細胞への取り込み評価を通じて、そのDDS材料としての有用性が明らかとされている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク