学位論文要旨



No 118044
著者(漢字) 秋山,好嗣
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,ヨシツグ
標題(和) 機能性医用材料への展開を目指した末端反応性ポリエチレングリコール、ポリオキサゾリン誘導体の分子設計
標題(洋) Molecular Design of Biofunctional Materials Based on Heterobifunctional Poly(ethylene glycol) and Poly(2-substituted-2-oxazoline)s
報告番号 118044
報告番号 甲18044
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5502号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 堀池,靖浩
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
 東京大学 助教授 吉田,亮
内容要旨 要旨を表示する

 高分子科学の進歩には目覚ましいものがあり、あらゆる分野との融合から得られる新しい材料の機能には大きな期待がもたれている。本研究は、末端反応性ポリエチレングリコール(PEG)、ポリオキサゾリン(POx)誘導体の新規合成法の確立とこれを用いた機能性医用材料への展開について述べられている。合成面においては、大きく分けて2種のPEG誘導体と末端反応性温度応答ポリ(2-イソプロピル-2-オキサゾリン)(PiPrOx)の新規合成法について検討した。後者のPiPrOxの分子設計における研究目的と分子設計につては後ほど記述する。前者の2種PEG誘導体については、1つは末端にチオール基(SH基)とアセタール基(acetal基)がそれぞれ導入されたPEG誘導体(acetal-PEG-SH)である。そして、このポリマーを用いたアプローチとしては、金属微粒子の安定化と機能化について検討した。現在、金属微粒子は、電子工学をはじめバイオ関連分野においても広くその応用が検討されている。なかでもメルカプト基(SH基)を有する誘導体は、金と特異的に吸着することが知られており、これを用いた金微粒子の機能化に関しては、新しいナノサイズオーダーの材料として注目されている。しかしながら、これまでに組織化の支持体として多く用いられてきたアルカンチオール誘導体などは水溶液への溶解性や非特異吸着等の問題点を有しているためバイオ関連分野での応用に限界があった。そこで申請者の研究では、生体適合性に優れ、かつ水溶性であるPEGに着目し、acetal-PEG-SHを用いた金微粒子の安定化を試みている。実際、acetal-PEG-SHで覆われた金微粒子は、通常の金微粒子では安定に存在することができない条件(有機溶媒や酸、アルカリ性の水溶液、生理条件下など)においても凝集することなく非常に安定であることが確認できた。さらに、この粒子表層部に存在しているアセタール基を用いてラクトースを結合させた後、ラクトースに対して高い結合能を有するレクチンを添加したところ金微粒子は凝集し沈澱した。さらに、その凝集速度はレクチン濃度に依存することを確認した。また、凝集した系に過剰量のガラクトースを加えると粒子は分散状態へ戻ることも確認した。このような水溶液中で安定で、かつ末端の特異性による凝集と再分散が可能な機能性金微粒子の構築は本研究が初めての例である。

 もう1つのPEG誘導体は、ブロック共重合体の新規合成である。acetal-PEG-SHの合成は、その前駆体であるω-末端にメタンスルホニル基を有するPEG誘導体(acetal-PEG-OSO2CH3)からの高分子反応によって定量的に得られる訳であるが、ここで、視点を変えて、このacetal-PEG-OSO2CH3をマクロイニシエーターとしてオキサゾリン誘導体のカチオン重合を行うという研究を着想した。これにより、末端に反応性官能基を有するPEG-オキサゾリンブロック共重合体が得られることになる。実際、このacetal-PEG-OSO2CH3からは2-メチル-2-オキサゾリンのリビングカチオン重合が定量的に進行し、アルカリ処理によってacetal-PEG-ポリエチレンイミンブロック共重合体合成にも成功した。このブロック共重合体の展開としては、体内に直接遺伝子を導入するin vivo遺伝子治療を目指した高分子ミセル型遺伝子ベクターの構築が期待できる。in vivoによる遺伝子治療の実現には、現在ほかに治療法がない悪性腫瘍に対する新しい治療法として大きな期待が寄せられているが、そのためには遺伝子を安定化し、かつ、生体内の標的部位へ輸送するベクターシステムの開発が重要である。中でも非ウイルス型遺伝子ベクターは、安全性の面から得に注目されてはいるものの体内での安定性や細網内皮系による非特異処理などの問題点が解決されておらず、未だin vivoにおける遺伝子ベクターとしての利用は難しいのが現状である。また、遺伝子ベクターがエンドサイトーシスで細胞内に取り込まれた場合には、リソゾームから細胞質への移行も大きな障壁となっている。本研究では、これらの問題点を克服するために、新たに合成されたacetal-PEG-ポリエチレンイミンブロック共重合体とポリアニオンであるDNAとの間の静電的相互作用から形成されるポリイオンコンプレックス(PIC)ミセル型遺伝子ベクターとしての機能展開と有用性について述べられている。

 本研究においては、未端反応性温度応答ポリ(2-イソプロピル-2-オキサゾリン)(PiPrOx)の新規合成法の確立についても検討している。オキサゾリンの2位がイソプロピル基に置換されたモノマー(2-イソプロピル-2-オキサゾリン)から得られる高分子は、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAM)と同様、生理的条件下付近に下限臨界共溶温度(LCST)を有する温度応答性高分子である。ポリオキサゾリン誘導体は、既にFDAで体内使用が認可されている低毒性ポリマーの1つでもあり、PiPrOxは、PEGとPNIPAMが有するユニークな特徴を合わせ持つポリマーであり、さらに両末端に異なる官能基が導入できれば、様々な材料表面処理剤として有用である。

 これら高分子合成の設計段階では、新しい未端修飾剤の合成法についても着手しており、低分子有機化合物の新規合成のもと、広く応用できる高機能性材料としての展開が期待される。本論文の構成としては、全部で7章からなり、前半は本研究で検討したすべての合成について記した。その後、ここで得られた新規高分子を用いた医用材料としての有用性について記述している。

審査要旨 要旨を表示する

 近年の高分子合成科学の進歩は目覚ましく、とりわけ、バイオ関連分野との接点で用いられる新しい機能性高分子材料の創出に対しての大きな貢献が期待されている。本論文においては、その様なバイオ関連機能性高分子として、末端反応性ポリエチレングリコール(PEG)、ならびに、ポリオキサゾリン(POx)誘導体に着目し、これらの高分子材料の新規合成法の確立と、さらには機能性医用材料への展開について述べられている。

 第1章は緒論であり、バイオマテリアルとしての高分子材料の重要性が有機・高分子合成の果たす役割と関連づけて述べられている。さらに、機能性高分子材料の医学・薬学分野への展開例の紹介を通じて本論文の目的と構成が示されている。

 第2章は、片末端にメルカプト(SH)基を有するPEG誘導体の新規合成ルートの確立について述べられている。具体的には、開始末端(α末端)にアセタール基(acetal基)を有するPEG誘導体の停止末端(ω末端)へのSH基導入(acetal-PEG-SH)、SH基を保護した新しい未端修飾剤から得られたα末端へのSH基導入(thioacetal-PEG-OH)、並びに、ベンズアルデヒド基が保護された開始剤とω末端へのSH基導入を組み合わせたPEG誘導体の合成(acePhe-PEG-SH)である。ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)や核磁気共鳴スペクトル(NMR)、飛行時間型質量分析装置(MALDITOF MASS)等による構造解析から片末端にSH基を有する3種類のPEG誘導体の定量的な合成法の確立に成功したことが結論づけられている。

 第3章は、末端反応性PEG-POxブロック共重合体の新規合成法について述べられている。acetal-PEG-SHの合成は、その前駆体であるω末端にメタンスルフォニル基を有するPEG誘導体(acetal-PEG-OSO2CH3)からの高分子反応によって定量的に得られる訳であるが、ここで、視点を変えて、このacetal-PEG-OSO2CH3をマクロイニシエーターとしてオキサゾリン誘導体のカチオン重合を検討した結果、このacetal-PEG-OSO2CH3からは2-メチル-2-オキサゾリンのリビングカチオン重合が定量的に進行し、かつアルカリ処理によってacetal-PEG-ポリエチレンイミンブロック共重合体(acetal-PEG-PEI)の合成が成功に導かれることが述べられている。

 第4章は、α末端にアセタール基の導入を目指した2イソプロピル-2-オキサゾリンの重合について述べられている。比較的分子量分布の狭い高分子が得られ、かつ、NMR解析からα末端にはアセタール基が導入されていることを確認している。また、得られたPiPrOx誘導体の温度応答挙動を濁度測定により評価した結果、生理的条件近傍に下限臨界溶液温度(LCST)が存在することを確認している。以上の結果から、このPiPrOx誘導体は新規インテリジェント型DDS創出のための基盤材料として有用であると結論づけている。

 第5章は、末端反応性PEG化金ナノ粒子の構築について述べられている。第2章で得られたacetal-PEG-SHを用いて金ナノ粒子の安定化を試みた結果、acetal-PEG-SHで覆われた金ナノ粒子は、通常の金ナノ粒子では安定に存在することができない条件(有機溶媒や酸、アルカリ性の水溶液、生理的塩濃度下など)においても凝集することなく非常に安定であることを確認している。さらに、この粒子表層部に存在しているアセタール基を用いてラクトースを結合させた後、ラクトースに対して高い結合能を有するレクチン添加を行うことによって、金ナノ粒子がレクチン特異的凝集反応を示すことを確認している。また、その凝集速度がレクチン濃度に依存することに基づいて、高感度バイオ分析への展開を示唆している。凝集した系に過剰量のガラクトースを加えると粒子は分散状態へ戻ることも示されている。以上の結果から、水溶液中で安定で、かつリガンド特異的な凝集と再分散が可能な機能性金ナノ粒子の構築に成功したものと結論づけている。

 第6章においては、acetal-PEG-PEIからなるブロック共重合体とポリアニオンであるDNAとの間の静電的相互作用から形成されるポリイオンコンプレックス(PIC)ミセル型遺伝子ベクターの有用性について検討されている。第3章で合成されたacetal-PEG-PEIとプラスミドDNAから形成されるPICミセル(acetal-PEG-PEI/DNA)は、動的光散乱測定から粒径が100nm以下を示すことが確認された。また、培養細胞(HepG2)を用いた遺伝子発現実験より、一般的なポリカチオン型ベクターが高い発現効率を示すためにクロロキン等の助剤を必要とするのに対して、acetal-PEG-PEI/DNAはクロロキン非存在下においても明確な遺伝子発現を示す事が見いだされている。これより、本系はPEI鎖のバッファー効果に基づく細胞質へのスムースな移行が達成されたものと考察している。更に、血清存在下においても、市販の遺伝子導入試薬と比べて同等かそれ以上の発現効率を示すことが述べられている。以上の結果から、acetal-PEG-PEI/DNAは、体内に直接遺伝子を導入するin vivo遺伝子治療用ベクターへの展開が期待できるものと結論づけている。

 第7章においては、総括として本論文全体の内容をまとめるとともに、本論文で得られた結果に基づいて、新しい機能性医用材料の設計指針を提案している。すなわち本論文は、目的に適した高分子を斬新な手法で合成する道筋を示し、さらには、得られた高分子の特徴を最大限にいかした機能開発を独創的手法に基づいて進めていく発展性を提示するものであり、マテリアル工学の見地から極めて秀逸なものと判定される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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