学位論文要旨



No 118045
著者(漢字) 川端,健詞
著者(英字)
著者(カナ) カワバタ,ケンシ
標題(和) 第二相分散金属基材料の緩和機構を考慮した定常クリープ変形の解析
標題(洋)
報告番号 118045
報告番号 甲18045
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5503号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 岡崎,正和
内容要旨 要旨を表示する

第1章序論

 金属材料の高温での効果的な強化法の一つとして,強化相をマトリクス中に分散させた第二相分散金属基材料があり、高いクリープ強度から高温での使用が期待されている.金属基複合材料の定常クリープ挙動は,構成される相,製造方法に大きく依存し,その変形挙動は大きく異なり,(1)粉末冶金法によるAl基複合材料に代表されるしきい応力挙動(分散強化),(2)Ag/W(f)複合材料やTi基複合材料に代表される強化相への荷重の移動(複合強化),(3)TiAl/Ti2Al複合材料では高温での速い拡散による複合材料の軟化(複合軟化),が報告されている.これら複合材料の定常クリープは強化相をマトリクス中に分散させる点で同じ強化方法を用いているにもかかわらず,別個に議論,解析が行われそれぞれの関係は明確ではない.本研究では,マトリクスと強化相間に変形中に生じる塑性歪み不一致の緩和機構に注自することにより,分散強化,複合強化,複合軟化を一つにまとめて議論することができるモデルを提案する.また,そのモデルについて,検証可能なモデル材料を作成し,実験的に実証を行う.

第2章緩和機構による第二相分散金属基材料の高温変形モデル

 高温において考えられる強化相とマトリクス間の塑性歪みの不一致の緩和機構は拡散による拡散緩和と,マトリクスの不均一な塑性変形による塑性緩和の二種が考えられ,これらの緩和機構が複合材料の変形を律速することが考えられる.

 強化相が体積分率f,アスペクト比αを持ちそれぞれが相互作用を起こさず軸方向に整列している場合の複合材料の定常クリープ挙動の模式図をFig.1に示し,以下にそれぞれの構成方程式を示す.

 マトリクスの歪み速度εXMが次式のべき乗則クリープで示されるとする.

 ここでεXMは材料定数,Qvはクリープの活性化エネルギーで,通常体拡散のそれと等しい値を持つ,n,σ,Eはそれぞれ応力指数,負荷応力,マトリクスのヤング率である.

 拡散緩和律速クリープは,界面拡散が体拡散より十分に速く,界面でのすべりが十分に速いという金属で通常実現する条件において,次式で示される.

 ここでδ,Di,Ω,V,D0,Qiはそれぞれ,有効界面厚さ,界面拡散係数,原子容,強化相の体積,振動因子,界面拡散の活性化エネルギーである.

 塑性緩和律速クリープは,従来の連続体力学等の予測より,強化相の体積分率,アスペクト比に依存して,マトリクス単体よりも低いひずみ速度で,同じ応力指数のべき乗則クリープで示される.Leeらのポテンシャル法によれば、次式のような簡単な形で表される.

 ここでgは強化相のアスペクト比,マトリクスの応力指数に依存し数値計算により求められる定数である.

 マトリクスのひずみ速度が拡散緩和速度よりも速い場合,複合材料の変形は緩和機構により律速され,緩和機構のより速いほうに律速されることになる(領域III,IV).

 また,マトリクスのひずみ速度が拡散緩和速度よりも遅い場合,塑性歪みの不一致は拡散によって完全に緩和され,強化相への荷重の移動は起こらなくなり,複合材料はマトリクス単体と比べ軟化することが予測される.複合材料の軟化は次式で示されるべき乗則クリープに漸近する(領域II).

 また,分散強化で見られるしきい応力挙動は強化相周りの転位による歪み場が完全に緩和したことによる引力型相互作用によるものとされている.すなわち拡散により完全に緩和された領域(領域II)の低応力側で,領域Iとして発現することがわかり,しきい応力σthを考慮に入れた領域IIでの構成方程式は次式で示される.

 (2),(3),(5)式を結んだσ-εとのS字カーブの構成方程式は,εcom+ditを媒介変数とした次式で示される.

 ここで,εcom+ditは完全拡散緩和クリープと拡散緩和律速クリープが同時に生じている際の歪み速度に相当する.

 以上のように,緩和機構を元とした複合材料の定常クリープは,拡散により完全に緩和された領域(I,II),拡散緩和律速クリープ(III),塑性緩和律速クリープ(IV)に分けられ,拡散緩和速度を中心としたs字カーブを示すことが予測される.また,従来別個に議論されていた,分散強化,複合軟化,複合強化は,緩和機構を元にしたモデルによって、それぞれ領域I,II,IVであることがわかる.

 しかしながら,従来の複合材料のクリープ挙動では,このようなS字状カーブは観察されていない.その理由として,以下の原因があげられる.

(a)Al基複合材料における微細酸化物では(2)式で示される拡散緩和速度が測定領域よりも遙かに高い歪み速度側に存在する.

(b)Ag/W複合材料では拡散緩和速度が測定傾域より遙かに低い歪み速度側に存在する.

(C)巨大なしきい応力を発生する材料ではしきい応力を実験的に決定する際の不確定性から緩和機構による解析が困難.

(d)球状粒子あるいは配向の不十分なウィスカーが分散しているため塑性緩和速度が,マトリクス単体の歪み速度より大きく低下せず(n=5,f=0.15,α=1の場合,(1-f)x=0.52),拡散緩和律速領域の観察が困難.

 そこで本研究では,測定領域中に適度な拡散緩和速度,塑性緩和速度を持つ強化相が分散し,マトリクス,強化相界面は強固で,またマトリクス中には巨大なしきい応力の起因となる微細分散相を含まないモデル材料を作成し,Fig.1に示したモデルを実証する.

第3章α-Ti/TiB複合材料を用いた完全拡散緩和,拡撒緩和律速,塑性緩和律速領域

 本章では完全拡散緩和(領域II),拡散緩和律速(領域III),塑性緩和律速(領域IV)領域のS字状の変形挙動を,α-Ti/TiB(w)in situ複合材料というモデル材料を用いて示し,各領域における渦度依存性,体積分率依存性,負荷方向依存性を用いてモデルの妥当性を検討する.

実験結果及び考察

 Fig.2にα-Ti/5,15,20TiBの1123Kでの定常状態での応力と歪み速度の両対数グラフを示す.拡散緩和速度近傍でS字のクリープ挙動を示しおり,2章で述べた領域II,III,IVが発現していることが予測できる.

 Fig.3に各複合材料の各領域における活性化エネルギーを示す,完全拡散緩和,塑性緩

和律速領域では体拡散に,拡散緩和律速領域では界面拡散の値と等しい.

 Fig.4に各領域での体積分率に対する歪み速度の変化を示し,塑性緩和律速領域では体積分率の増加と共にひずみ速度は減少するが,完全拡散緩和領域では,歪み速度の減少は生じていない.このことから,塑性緩和律速領域で見られる強化相への荷重の分配は,拡散緩和律速から完全拡散緩和へと遷移する領域で消失することがわかる.

 負荷方向をウィスカー軸に対して垂直方向に取った結果をFig.5に示す.Fig.5では塑性緩和律速クリープ領域においては平行方向に負荷した方が垂直方向よりも歪み速度が低下し,完全拡散緩和領域では両結果とも同じ歪み速度になっている.

 以上の結果は2章で述べたモデルと定量的にもよく一致し,モデルの正当性を証明している.

 第4章I/M Al-Mg/Al2O3複合材料を用いた完全拡散緩和領域でのしきい応力

 本章では3章においては議論できなかった完全拡散緩和領域でのしきい応力挙動についてモデル材料(I/M Al-Mg/Al2O3複合材料)を用いて議論する.

結果及び考察

 Fig.6に723KでのAl-Mg/Al2O3の定常状態での応力と歪み速度を示し,比較のため同じ手法で作成されたAl-5at.%Mg(以下Al-Mg)の実験結果を示す.Al-Mgの応力指数は3を示し,またその活性化エネルギーの値(112kJ/mol)はAl中のMgの体拡散の活性化エネルギーの値(130.5kJ/mol)とほぼ等しいことから,この応力域において,マトリクスのクリープ機構は転位の粘性すべりによって律速されていることがわかる.またAl-Mg/Al2O3の変形挙動は低応力側で明らかな応力指数が増加が見られ,しきい応力の発現が示される.しきい応力以上の応力では徐々にAl-Mgのべき乗則クリープに漸近していく様子が見られる.

 Al-Mg/Al2O3の拡散緩和速度を求めるとFig.6中の破線となり、Al-Mg/Al2O3の測定領域のほとんどが完全拡散緩和領域であることがわかり,しきい応力は転位と強化相の引力型相互作用によって発現したと示唆される.引力型相互作用によるしきい応力の値は次式で予測される.

ここから予測される値と実験結果の1.2MPaと比較するとFig.7となり,本実験で得られたしきい応力の値は引力型相互作用によるσdの値にほぼ等しい.一般にしきい応力はサブミクロンサイズの微細分散相によって発現するとされているが,完全拡散緩和域では粗大粒子であっても引力型相互作用によるしきい応力が発現することがこれにより示された.

第5章β-Ti/TiB複合材料を用いた完全拡散緩和,塑性緩和律速領域での複合強化/軟化

 本章では3章において十分に観察されなかった複合軟化についてTi/TiB in situ複合材料をβ領域でクリープ試験を行うことにより議論する

実験結果及び考察

 Fig.8にTi/i0,20vol.%TiBの1MPaと9MPaでのクリープカーブを示す.1MPaにおける定常クリープ速度Ti/20TiB(8.1×10-7 s-1)の方がTi/10TiB(6.8×10-7 s-1)よりも速く,複合軟化が示されている.歪み速度比ε10/ε20は0.81を示し,これは理論値0.61((4)式)と近い値が得られた.また9MPaにおいては歪み速度の大小関係は逆転し複合強化が見られる.またその歪み速度比ε5/ε20は5.9となり,理論値5,2((3)式)とほぼ一致した.Fig.9に定常状態での応力とひずみ速度の関係を示し,拡散緩和速度を境として複合強化/軟化が発現することは明らかである.

第6章総括

 分散強化,複合強化,複合軟化の各現象は,マトリクスと強化相聞に生じる塑性歪みの不一致の緩和機構を元とした変形モデルを用いることによって整理することができる.すなわち,分散強化は完全拡散緩和,複合強化は塑性緩和律速,複合軟化はしきい応力を無視できる負荷応力での完全拡散緩和領域において発現することが予測される.このモデルの妥当性はα-Ti/TiB,Al/Al2O3,β-Ti/TiB複合材料を用いて,巨視的変形挙動から明らかとした.

Fig.1緩和機構を考慮した第二相分散金属基材料の定常クリープ挙動

Fig.2α-Ti/TiBの定常クリープ挙動

Fig.3各領域での活性化エネルギー

Fig.4体積分率に対するひずみ速度の変化

Fig.5負荷方位依存性

Fig.6Al-Mg/Al2O3の定常クリープ挙動

Fig.7しきい応力の比較

Fig.81473KでのTi/TiBのクリープカーブ

Fig.91473KでのTi/TiBの定常クリープ挙動

審査要旨 要旨を表示する

 金属材料の高温強度を改善する目的でマトリクス中により剛な強化相を分散(複合)させた場合、定常クリープには、しきい応力による分散強化、強化相への荷重の移動による複合強化と、強化相周りの拡散よって荷重の移動が消失する複合軟化という、見かけ上全く異なる3種の挙動が現れることが知られている。しかしながらそれらの挙動は、発現する材料系が全く異なることから別個に議論され、それらの関係は不明のままであった。本論文は、同一の強化原理に基づいているにもかかわらず別個に議論、検討されていた3種の挙動について、強化相とマトリクス間に生じる塑性歪みの不一致の緩和機構に注目することにより、それらの関係を明確にすることを試みており、6章から構成されている。

 第1章は序論であり、高温における金属材料の強化法に関してのこれまでの研究の推移を概括し、本論文の位置づけ、すなわち同一の強化原理に基づいているにもかかわらず、見かけ上全く異なって現れる3種の挙動の統一的解釈の必要性を述べている。

 第2章は、高温クリープに共通する現象としての界面での拡散による拡散緩和とマトリクスの不均一な塑性変形による塑性緩和をとりあげ、そこから第二相分散金属基材料の定常クリープ挙動が、拡散緩和速度を境として完全拡散緩和領域と緩和律速領域に分けられることを述べている。そして、完全拡散緩和領域は分散強化が見られるしきい応力領域と複合軟化が見られる完全拡散緩和領域に分けられ、緩和律速領域は拡散緩和律速領域と、複合強化の見られる塑性緩和律速領域に分けられることを導いている。このことからは理想的なクリープ曲線がS字状に描かれることが期待されるが、従来の実用的第二相分散金属基材料では、拡散緩和および塑性緩和の速度が極めて小さい、しきい応力が巨大、マトリクス/強化相界面での割れや剥離等の理由によりS字曲線は観察されないことを述べている。このため、緩和機構を考慮した定常クリープ挙動の解析に適したモデル材料(Ti/TiB複合材料、Al-Mg/Al2O3複合材料)によるモデル実験を提唱している。

 第3章〜第5章は、それらの実験結果であり、まず第3章では、体積分率、配向性をそろえたTi/5,15,20vol.%TiB複合材料において、緩和機構を考慮した定常クリープ挙動を実験的に検証した。すなわちまず定常クリープ挙動がS字曲線を呈することを示し、変形の活性化エネルギーが、低応力域ではTiの体拡散の活性化エネルギーに、高応力域では界面拡散の活性化エネルギーにほぼ等しいこと、また高応力域では体積分率の増加と共にひずみ速度が減少し、その傾向は複合強化で予測されるものとほぼ等しいこと等々、2章で述べたクリープ挙動が拡散緩和速度を境に完全拡散緩和、拡散緩和律速、塑性緩和律速領域に分けられることを実験的に示している。

 次いで第4章では、Al-Mg/Al2O3複合材料を用いて完全拡散緩和領域でのしきい応力について実験から、高応力側でAl-Mgのべき乗則クリープに漸近するものの、低応力側で応力指数の増加が見られ、その値は完全拡散緩和による転位と強化相の引力型相互作用で得られる値とほぼ等しいことを導き、完全拡散緩和下では粗大強化相であっても引力型相互作用によるしきい応力が発現することを述べている。

 第5章ではTi/10vol%TiBとTi/20vol%TiBを中間の応力域でクリープ試験を行うことにより完全拡散緩和領域での複合軟化と塑性緩和律速領域での複合強化を実験的に示している。すなわち両者の定常クリープ挙動はひずみ速度10-6 s-1を境として低ひずみ速度側でTi/20vol%TiBの方がTi/10vol%TiBよりもひずみ速度が大きくなる複合軟化挙動を示し、高ひずみ速度側では逆にTi/10vol%TiBの方がひずみ速度が大きくなる複合強化挙動を観察している。

 第6章は総括であり、第二相分散金属基材料において従来全く別の変形挙動として議論されてきた分散強化、複合強化、複合軟化挙動について、緩和機構に基づいて解析することにより、それぞれが完全拡散緩和領域、塑性緩和律速領域の変形挙動として統一的に理解できることを結論づけている。

 以上要するに、本論文は高温における金属材料の強化に際して遭遇する分散強化、複合強化、複合軟化といった見かけ上全く異なる現象の統一的解釈を行った研究である。本研究は、粒子分散合金はもとより金属基およびセラミックス基複合材料の設計、使用法に関しての適切な指針を与えるものであり、材料強度学、特に高温材料強度学への貢献が大きいと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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