学位論文要旨



No 118048
著者(漢字) 金野,智浩
著者(英字)
著者(カナ) コンノ,トモヒロ
標題(和) リン脂質ポリマーによる水中での疎水性ドメイン構築とコロイドバイオマテリアルとしての応用
標題(洋) Colloidal functions of amphiphilic 2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine polymers in aqueous system and their biomedical applications
報告番号 118048
報告番号 甲18048
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5506号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 堀池,靖浩
 東京大学 助教授 吉田,亮
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は両親媒性リン脂質ポリマーによる水中での疎水性ドメイン構築どこコロイドバイオマテリアルとしての応用を目的とする.側鎖に細胞膜と同様のリン脂質極性基を有するメタクリル酸エステル,2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)は高い親水性を有し,これを一成分として分子設計したMPCポリマーは優れた生体適合性を有するバイオインスパイアードポリマーである.これまでに水不溶性MPCポリマーは医療デバイスヘのコーティングマテリアルとして世界的にトップレベルの生体適合性を示すことが判明している.これを礎とした派生研究も近年のナノテクノロジーの隆盛とともに精力的に行われている.これはMPCポリマーがナノテクノロジー時代に必須のバイオマテリアルであることを予見する流れである.一方,水中でそれ自身が一定の溶存状態を構築することで機能するMPCポリマーに関する研究例は少ない.細胞は生体を構成する最小単位であり,マテリアル工学的観点からはコロイドバイオマテリアルと見なせる.本研究におけるコロイドバイオマテリアルとは水中で一定の溶存状態を構築することで機能するマテリアルであると定義する.また細胞はリン脂質二重層を形成しており,その最表面はリン脂質極性基の高集積表面である.本研究ではこれをバイオインターフェースと定義する.

 本研究は大きく以下5つの内容に分類される.

 第1章は本研究の背景と意義,またこれまでのポリマーバイオマテリアルに関する研究例,特に会合体,ナノ粒子に関して記述している.

 第2章ではMPCポリマーの特長を水溶液系に演繹することを目的に両親媒性MPCポリマーの分子設計を行った.合成から物性評価,難水溶性薬物可溶化剤としての応用を検討した.両親媒性MPCポリマーを合成するにあたり疎水性モノマーの化学構造に着目して系統的に合成した.その結果,疎水性n-ブチルメタクリレート(BMA)を70mol%有するにもかかわらず水溶性であるMPCポリマー(PMB30W,図1)を合成した.これまでの研究例ではBMAを70mol%含むMPCポリマーは水不溶性コーティングマテリアルとして最も高い生体適合性を示す組成比であることが判明している.同様の組成比,かつ水溶性であるPMB30Wの水中での溶存状態を検討した.その結果,溶存状態は水中で疎水性相互作用を駆動力とした安定な疎水性ドメインを5分子程度で構築した会合体であった.会合体の粒径は23nmであった.PMB30W会合体はタンパク質共存下でも構造を安定に維持する一方,タンパク質の変性を誘起せず,血小板の活性化も有意に抑制した.このような特長を有することから離水溶性薬物可溶化剤として展開した.近年創製される薬物は離水溶性のものが多く,その代表であるパクリタキセル(PTX)の可溶化を試みた.PTXは鋭い生理活性を示す一方で難水溶性であることから可溶化剤を必要とし,それによる副作用の発現が問題とされている.PMB30Wは種々のMPCポリマーのうち最も高い可溶化能を示した.またBMAユニットを70mol%有する特長から造膜性に優れており,フィルムとして得ることができた.フィルムは透明でPTXがPMB30W内に分子レベルで溶解していた.このフィルムは水への再溶解性も高く新しい剤形として期待できた.PMB30W/PTXコンジュゲート水溶液の動物実験を行った結果,全ての検体において急性毒性や溶血性などの現象は確認されなかった.これら一連の物性評価,応用研究の結果,PMB30Wが新しいコロイドバイオマテリアルであることを明らかにした.

 第3章はマテリアル表面をリン脂質極性基の高集積表面(バイオインターフェース)とするという発想の元,PMB30Wを表面被覆剤として用いたポリ乳酸(PLA)ナノ粒子(PMB30W/PLAナノ粒子,図2)に関する研究である.PLAナノ粒子は薬物送達システムにおける薬物担体として大きな期待が寄せられていたが,血液適合性の低さから実用化に至っている研究例は少ない.本章ではPMB30W/PLAナノ粒子の調製から薬物担体としての基礎評価までを行った.ナノ粒子はポリマーの段階から調製できる溶媒蒸発法により行い,PLA鎖とBMA鎖が絡み合った粒径200nmの安定なナノ粒子を得ることができた.また調製時のPMB30W濃度を制御することで粒径制御も可能であった.表面解析を行った結果,リン脂質極性基の高集積表面であることを明らかにした.また表面電位は弱アニオンであり,生体成分との非特異的相互作用が弱いことが期待できた.これらの表面解析はナノ粒子とすることにより会合体とは異なり明確な界面を規定したことによるものである、全ての生体反応はマテリアル表面上で進行することから,バイオインターフェースを有するPMB30W/PLAナノ粒子は優れた血液適合性の発現,薬物担体としての応用が期待できた.PMB30W/PLAナノ粒子はタンパク質の非特異的吸着を抑制し,接触したタンパク質の構造変化も誘起しなかった.また血小板の活性化も有意に抑制した.つまりナノ粒子表面に生体膜類似構造を有するコロイドバイオマテリアルであった.これまでのナノ粒子は異物認識細胞であるマクロファージによる非特異的補足が血流中からの非特異的消失の要因であったが,PMB30W/PLAナノ粒子はそれを回避することができた.薬物担体として応用する際には薬物担持方法も機能発現には重要な因子である.把持方法としてナノ粒子表面への低分子物質の吸着を利用した.これはナノ粒子最表面のMPCユニットの高水和層を通過してPLAコア部に吸着する方法である.具体的には分子内に疎水性部位を有するアドリアマイシン(ADR)の吸着を行った.把持後においても表面特性は変化せず,ADRはPLAコア部に吸着していた.ADR把持ナノ粒子を培養細胞に添加した結果,薬理活性は粒子からのADR自身の拡散に依存するため,単独時よりもその発現に遅延がみられた.この結果,把持したADRの薬理活性を維持していることを明らかにした.この方法は把持の際に薬物を化学的に修飾する必要がなく,物理的に把持できることから幅広い薬物に対し適応できる.これらの結果,PMB30W/PLAナノ粒子はあたかも細胞類似ナノ粒子であり,さらにナノバイオインターフェースを兼備したコロイドバイオマテリアルとして応用することができた.

 第4章ではバイオ分子をコンジュゲートしたポリマーナノ粒子の創製と診断担体への展開についてである.ヒトゲノム解析の終了に伴い,今後は様々なバイオ分子が精力的に開発されることは明らかである.今後の発展はいかにそれらを有効に利用していくかである.ナノバイオインターフェース表面にバイオ分子をコンジュゲートしたバイオコンジュゲートナノ粒子は分子指向性薬物担体,診断担体として期待できる.具体的には側鎖に活性エステル基(p-ニトロフェニルカーボネート基)を有する新規モノマー(MEONP)を導入したMPC-co-BMA-co-MEONP(PMBN)を表面被覆剤として用いたPMBN/PLAナノ粒子(図3)を創製した.PMBN/PLAナノ粒子の物性評価を行った結果,PMB30W/PLAナノ粒子と同様,粒径200nm,表面電位は弱アニオンのナノ粒子であり,ナノバイオインターフェースを兼備していた.さらに表面に配向した活性エステル基を介して加水分解によりバイオ分子とコンジュゲートできた.コンジュゲートナノ粒子の応用分野の一つとして本研究では新しいマクロダイアリシスシステム(MDS)を構築した、MDSは脳科学を推進する有望な分析手法である.PMBN/PLAナノ粒子表面にバイオ分子としてアセチルコリンエステラーゼ(AchE),コリンオキシダーゼ(ChO),ルシフェラーゼ(Luc)をコンジュゲートした.ChO/PMBN/PLAナノ粒子を微小透析膜内部に充填し,目的検体であるコリンをナノ粒子表面上での酵素反応により検出した.生成した過酸化水素を白金電極上での還元反応により電流値として検出することができた.またLuc/PMBN/PLAナノ粒子では目的検体であるATPとの酵素反応によりナノ粒子表面上での発光を光ファイバーにより集光することができた.つまりPMBN/PLAナノ粒子表面に特定のバイオ分子の導入が可能であった.2種類の酵素分子の連続酵素反応(AchEとChO)により目的検体としてアセチルコリンの検出を行ったが,生成物の拡散や酵素分子の導入率に問題があることを認めた.これは複数の酵素分子を同時にコンジュゲートすることで酵素分子の局在化および基質拡散距離の短縮を狙うことで解決できると考える.

 第5章は一連の系統的研究のまとめである.本研究では新規に創製した両親媒性MPCポリマーが水中で疎水性相互作用を駆動力とした自己組織化体(会合体)を形成することで疎水性ドメインを構築できることを証明し,さらに難水溶性薬物可溶化剤として応用できた.PMB30W/PLAナノ粒子はリン脂質極性基が高集積化したナノバイオインターフェースを有する細胞類似ナノ粒子であり,薬物担体として応用できた.PMBN/PLAナノ粒子はバイオ分子とのコンジュゲートが可能であり,新しいMDSを構築した.

 本研究の遂行によりナノテクノロジーやバイオテクノロジーに大きな波及効果を持つコロイドバイオマテリアルを具現化できたと考える.

図1両親媒性PMB30Wの構造式

図2PMB30W/PLAナノ粒子の模式図

図3PMBN/PLAナノ粒子の模式図

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、今世紀のバイオ技術を応用して社会貢献を図る際に必須となるマテリアルの創製を目的とした研究である。特に新規ポリマーをコロイド状態でマテリアルとして利用するという独創的視点から、両親媒性リン脂質ポリマーの分子設計から具体的な診断・治療あるいは検査システム構築までを系統的に研究している。2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)ポリマーは側鎖に細胞膜の主成分であるリン脂質極性基を有するポリマーバイオマテリアルである。本論文では分子設計手法による両親媒性MPCポリマーの合成、水媒体中に極性が異なる疎水性ドメインの構築、そのコロイド科学的解析及び特性を利用したポリマーナノ粒子の創製と機能化について系統的に全5章で展開している。

 第1章では、社会的背景、目的、意義、および周辺領域の研究例の概観を通し、本研究の新規性・独創性を示している。またコロイドバイオマテリアルおよびバイオインターフェイスを定義し、以降の各章への導入となっている。

 第2章では、新規両親媒性MPCポリマーの分子設計からその水中での一定溶存状態である会合体の物性評価を行っている。組成、分子構造を制御して合成し、水媒体中に安定な疎水性ドメインを構築するポリマー構造を規定した。光散乱法、蛍光分光学的手法により両親媒性MPCポリマーが水中で疎水性相互作用を駆動力とした5分子程度からなる直径20〜50nmの疎水性ドメインを構築した安定な多分子会合体を形成することを明らかとしている。このポリマー会合体を離水溶性薬物可溶化剤として応用する研究を展開している。会合体内部の疎水性ドメインには各種疎水性薬物を分子レベルで可溶化でき、このポリマーフィルム中に抗ガン剤を内包した新しい製剤を実現している。このポリマー会合体の薬物可溶化剤としての有効性が動物実験を通しても極めて高いことを示している。

 第3章では、MPCポリマー会合体内部に核となる疎水性ポリマーマトリックスを導入することで、リン脂質極性基が表面に局在化したバイオインターフェイスを持つMPCポリマーナノ粒子の研究を行っている。ポリマーナノ粒子の設計から薬物輸送担体としての応用性について議論している。ポリマーナノ粒子表面にリン脂質極性基を高集積化することで、血液適合性に優れ、異物認識細胞からの認識回避を可能とするMPCポリマーナノ粒子を創製している。本章では、原子間力顕微鏡観察、光散乱法によりナノ粒子の形状、粒径、表面状態について解析し、これらが調製時のMPCポリマー濃度に強く依存することを見出している。血液細胞及び貧食細胞を用いた生物学的評価から生体成分との非特異的相互作用が極めて弱いことを明らかとしている。さらにナノ粒子の薬物輸送担体への応用として疎水性薬物の核マトリックス部分への吸着を利用した薬物担持システムを提案している。

 第4章では、新規に設計した反応性MPCポリマーを合成すると共に、これを利用した酵素結合型MPCポリマーナノ粒子を創製している。MPCポリマーナノ粒子表面に活性エステル基を導入し、これを利用した種々のバイオ分子(酵素分子)のアミノ基との縮合反応により、コンジュゲートナノ粒子を創製している。本章では、MPCポリマーの分子設計から酵素固定化ナノ粒子を利用したシステムとして、新しい光シグナル変換型バイオセンサーの構築を行っている。生体内でのアセチルコリン濃度変化の連続測定を目的に、アセチルコリンエステラーゼ、コリンオキシダーゼ、ルシフェラーゼをMPCポリマーナノ粒子表面上に導入している。このナノ粒子をマイクロダイアリシスシステムに展開し、新規バイオセンサー(モニタリング)システムを構築している。微小中空糸プローブ膜内部にナノ粒子を充填し、プローブ膜内部におけるナノ粒子上での酵素反応による生成物を電流値、または光シグナルとして検出している。さらにMPCポリマーナノ粒子表面に複数の酵素分予を導入することにより、ナノ粒子上での連続酵素反応を実現している。これはMPCポリマーナノ粒子がシグナル変換・伝達の場を提供する素子として機能していることを示しており、新しい情報伝達ツールとして医学、分子生物学領域への展開について示唆している。

 第5章では、コロイドバイオマテリアルとしての新規両親媒性MPCポリマーについて総括している。本論文ではバイオインスパイアード、バイオインターフェイス、バイオコンジュゲートというキーワードの下、水中での疎水性ドメイン構築を実現し、その機能化、またポリマーナノ粒子とすることによるバイオインターフェイスの構築を実現した。

 さらに近年のバイオ分子の発展を加速するための基幹となるバイオコンジュゲートナノ粒子を創製し、それを具体的システムヘ展開した。

 これらの系統的研究の遂行によりコロイドバイオマテリアルを具現化し、ナノテクノロジーやバイオテクノロジーに多大な波及効果を持つバイオマテリアル工学領域の開拓を行った。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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