No | 118049 | |
著者(漢字) | 柴田,直哉 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シバタ,ナオヤ | |
標題(和) | ジルコニアセラミックスの界面構造 | |
標題(洋) | Interface Structures in Zirconia Ceramics | |
報告番号 | 118049 | |
報告番号 | 甲18049 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5507号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 材料学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ジルコニアセラミックスの優れた機能特性は、その微細界面構造と密接に関連している。通常、ジルコニアセラミックスは多結晶体として実用に供されており、各結晶粒間の界面である結晶粒界の存在がマクロな特性を支配する主要因であると考えられている。結晶粒界のどのような性質が材料全体の特性に影響を及ぼすのかを定量的に明らかにすることができれば、粒界を制御し、より高機能且つ高性能なジルコニアセラミックスを創製する指針を示すことが可能となる。本研究では、結晶方位関係及び粒界面を任意に制御することの出来る双結晶試料を作製し、ジルコニアセラミックスの粒界構造、組成、化学結合状態などを系統的且つ包括的に調べ、セラミック材料の粒界の本質を明らかにすると共に、粒界制御による材料設計の指針を示すことを目的とした。 正確に方位制御された立方晶ジルコニア単結晶(ZrO2-9.6mol%Y2O3)同士を高温拡散接合することにより、双結晶を作製した。Y3+イオンは、高温相である立方晶相を安定化させる目的で単結晶中に添加されている。本研究では、[110]軸及び[001]軸を共通回転軸とし、傾角を系統的に変化させた対称傾角粒界を計19種類作製した。これらの粒界には、小傾角粒界、低Σ粒界、ランダム粒界など、特徴的な方位関係を有する粒界が多数含まれている。 これらの粒界に対して、サーマルグルーヴィング法に基づく粒界エネルギー測定を行った結果、粒界エネルギーは傾角に伴って大きく変化し、[110]軸対称傾角粒界においてはΣ=3,[110]/{111}粒界及びΣ=11,[110]/{113}粒界においてエネルギーカスプを取ることがわかった。一方、[001]軸対称傾角粒界においては、低Σ粒界においても顕著なエネルギーカスプは観察されず、傾角軸の違いによる粒界エネルギー方位依存性の差異が観察された。このような粒界エネルギーの方位依存性は、同じ空間群を有するFCC金属と類似する傾向にあるといえる。 次に、これらの粒界に対して高分解能透過型電子顕微鏡法(HRTEM)を用いて、その粒界原子構造を直接観察した。その結果、すべての方位関係において粒界にはアモルファス相などの第二相は存在せず、双方の結晶が原子レベルで直接接合し粒界を形成していることがわかった。また、ジルコニアセラミックスの粒界構造は双方の結晶の方位関係及び粒界面に大きく依存していた。その代表的な例としては、まず小傾角粒界の領域において、粒界は基本的にはb=a/2<110>のバーガースペクトルを有する完全転位の周期的な配列で構成されることがわかった。しかしながら、粒界面方位が変化すると、積層欠陥と部分転位を伴う特異な構造が形成されることも明らかとなった。このような現象は、粒界における転位の周期配列に伴う弾性歪みエネルギー解析からも理論的に予測されるものであった。一方、広角側の粒界においては、Σ=9,[110]/{221}粒界に代表されるような、粒界構造が構造ユニットの周期的な配列で構成されるものが存在することがわかった。また、これらの粒界には、ステップや転位状の二次構造が形成されていた。このような二次構造は正確なΣの方位関係からのずれを緩和するために導入されたDSC転位に起因するものと考えられる。 さらに、Σ=3,[110]/{112}粒界においては、粒界面を{112}面とするように接合したにもかかわらず、大規模な粒界移動が起こり、ファセット化することがわかった。このファセット面は{111]/{115}と指数付けされることから、ファセット化の起源はΣ3の方位関係において、ジルコニアの安定表面である{111}面とそれに非常に整合性の高い{115}面が平行となり、安定な粒界構造を形成するためであると考えられる。また、すべての粒界に対して、透過型分析電子顕微鏡(ATEM)を用いて、粒界直上近傍の組成分析を行った結果、どの傾角の粒界にも添加物であるY3+イオンの偏析が観察された。しかし、粒界へのY3+イオン偏析量は各粒界において大きく異なり、Σ=9,[110]/{221}粒界で最大値を、Σ=11,[110]/{113}粒界で最小値を取ることが分った。 次に、粒界偏析と粒界構造の相関性を明らかにするために、Σ=3,[110]/{111},Σ=11,[110]/{113},Σ=9,[110]/{221}粒界に対して、より詳細なHRTEM観察及び格子静力学計算による粒界構造予測を行った。 まず、Σ=3,[110]/{111}粒界について詳細な解析を行ったところ、この粒界は双方の結晶の{111}面を粒界面とした非常に整合性の高い粒界構造を有していること、陽イオン副格子の粒界構造は、粒界面をはさんで左右対称となること、粒界近傍には数nmの幅で、Y3+イオンの偏析が存在することがわかった。また、格子静力学計算による粒界最安定構造の理論予測により、陽イオン、陰イオン副格子ともに鏡面対称となるが、その鏡面が互いに2原子面ずれたような構造が最安定構造となるという計算結果が得られた。この粒界構造モデルを用いてHRTEM像シミュレーションを行うと、実験像と非常に良い一致を示した。また、この粒界モデルを詳細に検討すると、粒界近傍に配位数欠損を有する陽イオンサイトのみで構成された原子面が1面存在することがわかった。このような配位数欠損は陰イオン副格子を有するジルコニアセラミックスに特有であり、ジルコニアの陽イオン副格子と同じ構造を持つFCC金属のΣ3,{111}粒界には配位数欠損をもつ原子サイトは存在しない。FCC金属のΣ3,{111}界には溶質原子は偏析しないと報告されていることから、ジルコニアのΣ3,{111}粒界へのY3+イオンの偏析は、酸素イオン副格子の存在に伴う粒界での局所的な配位数変化をその起源とすると考えられる。 次に、同様にΣ=11,[110]/{113}粒界に対する詳細な解析を行った結果、この粒界は構造ユニットの周期的な配列で記述され、Σ3,{111}粒界と同様に粒界近傍に配位数欠損を有するサイトが存在することが明らかとなった。このようなサイトの出現は、共有結合結晶の粒界においてはほとんど報告されていないことから、セラミックス粒界特有の緩和モードを反映していると考えられる。 さらに、Σ=9,[110]/{221}粒界に対しても同様の解析を行ったところ、粒界には同様に配位数欠損を有するサイトが多数形成されていることが示された。このことから、ジルコニアセラミックスの粒界では、このような配位数欠損サイトが本質的に形成されやすいと考えられる。このような配位数欠損サイトの効果を定量的に評価するために、その粒界面密度を各粒界に対して計算し比較したところ、Σ=11,[110]/{113},Σ=3,[110]/{111},Σ=9,[110]/{221}の順でその値が高くなることが分った。この順序は粒界エネルギー及び粒界偏析量が高くなる順序と一致しており、配位数欠損サイトの面密度と粒界エネルギー、粒界偏析量には強い相関性があることが示唆された。このような傾向は、[001]軸周りのΣ=5,[001]/{210}粒界においても成り立つことから、ジルコニア粒界において一般性の高い法則であると考えられる。 配位数欠損サイトの形成による粒界構造の緩和は、イオン結合の特徴を大きく反映しているものと考えられる。このようなサイトの特徴として、ほぼ8配位の立方配位多面体を保ちながら欠損が生じていることが挙げられる。この傾向は、粒界近傍において各イオンがイオン間距離を一定に保つように配列する傾向にあることを示唆していると考えられる。イオン結合は一般にクーロン相互作用による中心力の一種であると考えられており、イオン間距離に大きく依存する。このようなイオン結合の特徴が粒界における配位数欠損サイト出現による緩和モードの主要因であると考えられる。またこのようなサイトは周囲との配位環境が異なることから、長距離のクーロン相互作用により粒内とは異なるポテンシャルを有することが予想される。つまり、このような長距離の相互作用により各サイトにおけるエネルギーに変化が生じることから、マクロな粒界エネルギーと配位数欠損サイトの面密度に強い相関性が現れたと考えられる。また、このような配位数欠損サイトは、Y3+イオンの置換エネルギーに変化を及ぼすことが考えられる。第一原理計算を用いたこれまでの研究により、このような欠損サイトに対するY3+イオンの置換エネルギーが減少する傾向にあることが示唆されている。この結果は、粒界偏析量と配位数欠損サイトの面密度に相関性が現れた大きな要因として、粒界サイトにおいてY3+イオンの選択的な置換固溶が起こっていることを示唆していると考えられる。 このように、ジルコニアセラミックスにおける粒界特性には、その方位関係が密接に関連している。その要因は、配位数欠損サイトの形成がマクロな方位関係に影響を受けるからであると考えられる。つまり、本研究により提案された配位数欠損サイトの面密度は、ジルコニアセラミックスの粒界特性を決定付けるより本質的なパラメータであると考えられる。 | |
審査要旨 | セラミック材料の種々の機能特性は、その材料中に存在する微細界面構造と密接に関連している。近年、材料の高機能・高性能・高密度化、また新たな機能発現を目指し、こうした微細界面構造を原子・電子のスケールで任意に制御する材料設計・プロセス研究が盛んに行われている。しかしながら、原子・電子レベルでの材料制御は、特にセラミック材料の場合、現象の複雑さから未だ統一的な理解が得られておらず、多分に試行錯誤的に行われているのが現状である。高機能セラミック材料の開発をさらに飛躍的に発展させるためには、その微細界面構造に対するサブナノスケールでの基礎的な理解とそれに基づいた合理的な材料設計指針を得る必要がある。本研究では、代表的なエンジニアリングセラミックスであるジルコニアセラミックスに着目し、その機能特性に大きな影響を及ぼすと考えられている結晶粒界に対して、系統的にモデル材を作製するとともに高分解能透過型電子顕微鏡法(HRTEM)及び理論計算による定量的な評価・解析を行い、粒界特性と粒界原子構造との相関性を考察したものである。本論文は7章からなる。 第1章は緒言であり、これまでのジルコニアセラミックスにおける粒界研究について概説し、材料開発における微構造の制御及びその解析の必要性と重要性について述べている。また、その中で、本研究位置づけ、必要性、新規性、独創性などについて記述し、本研究の目的について述べている。 第2章では、ジルコニアセラミックスの粒界に対する系統的な研究を行うためのモデル材として、粒界の方位関係を任意に制御することのできる双結晶試料を作製し、[110]及び[001]対称傾角粒界のエネルギー、粒界原子構造、粒界偏析挙動といった粒界特性を原子間力顕微鏡法(AFM)及びHRTEMを用いて系統的に評価・解析している。その結果、これらの粒界特性は粒界の方位関係及び粒界面に大きく依存し、イオン結晶であるジルコニアセラミックスの粒界は、金属・共有結合性物質とは異なる挙動を示すことが明らかとなった。このような解析は、従来の多結晶材料を用いた実験では困難であったが、本実験により、ジルコニアセラミックスの粒界方位と構造およびエネルギーとの相関性を初めて明らかにすることができた。 第3章では、さらに粒界原子構造とエネルギー、偏析の関係を詳細に解析し、HRTEM観察から得られた粒界原子構造像と、格子静力学計算により理論的に予測された安定構造モデルとを比較考察している。その結果、エネルギー、偏析と粒界原子構造には密接な関係があることが明らかとなり、粒界コア近傍に存在する配位数欠損サイトと粒界エネルギー及び粒界偏析に強い相関性が存在することが分かった。このような解析により、セラミック材料の粒界における方位関係、原子構造、エネルギー、偏析の相関性を初めて定量的に理解することが可能となった。 第4章では、[110]軸と[001]軸の対称傾角粒界において、傾角軸が異なるものの粒界原子構造が類似したΣ=11,[110]/{113}粒界とΣ=5,[001]/{210}粒界に着目し、傾角軸の効果について考察している。詳細な構造解析の結果、傾角軸の違いは構造緩和のモードに大きな影響を及ぼすことが分かった。また、第3章で用いた配位欠損サイト数による定量化は、傾角軸の異なる粒界においても成り立つことが明らかとなり、その一般性が示される結果となった。 第5章では、Σ=3,[110]/{112}粒界におけるファセット化現象の起源とそのメカニズムについて、各種電子顕微鏡法と理論計算を組み合わせた解析を行っている。その結果、ファセット化は粒界における構造ユニット内部のイオン間相互作用と密接に関係しており、微小な原子変位のみにより協同現象的に起こることが示された。また、ファセットの周期は双方の粒の方位ずれに起因する粒界転位と同じ周期を有し、方位制御によりその周期を制御し得る可能性が示されている。 第6章では、ジルコニアセラミックスの小傾角粒界に対する系統的な研究が示されており、小傾角粒界の転位構造と傾角及び粒界面の関係を系統的に解析している。その結果、転位構造は粒界面と密接に関連しており、粒界面によっては部分転位と積層欠陥からなる特異な構造が出現することが明らかとなった。また、転位の弾性論的解析からこのような粒界転位構造出現の可能性を検討し、その妥当性を検証している。 第7章は総括である。 このように、本論文はジルコニアセラミックスのマクロ特性に大きな影響を及ぼす結晶粒界に対して、粒界の方位関係と、構造、エネルギー、偏析の関係を系統的且つ定量的に明らかにし、ジルコニア粒界の粒界特性発現に寄与する因子の抽出に成功している。また、粒界原子構造の詳細な解析から、各粒界に共通する構造的特徴と構造緩和機構についても明らかにしており、これまでのセラミックス粒界の研究には無い新たなモデルを提案している。本論文はそれらの内容を包括的に纏めたものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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