学位論文要旨



No 118051
著者(漢字) 中村,篤智
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,アツトモ
標題(和) アルミナ単結晶の転位構造制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 118051
報告番号 甲18051
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5509号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 助教授 枝川,圭一
 東京大学 助教授 山本,剛久
 東京大学 助教授 渡邉,聡
内容要旨 要旨を表示する

 転位は結晶中の原子配列が不連続になった線欠陥であり、その周囲に生じる弾性ひずみ場においては、ひずみ緩和のためにしばしば溶質元素の偏析が起こる(コットレル効果)。また、弾性ひずみ場では、拡散速度が完全結晶領域と比べて速くなる(パイプ拡散)ことが知られている。しかし、コットレル効果やパイプ拡散といった転位特有の諸現象のメカニズムについて未だ不明な点が多い。その要因として、現象がナノスケールであるため、解析が困難であったことがあげられる。

 一方、これらの転位特有の現象を上手く利用すれば、新材料の創生につながる可能性がある。たとえば、量子ドットや量子細線などのナノスケール低次元量子構造は、同じ組成・結晶構造であってもバルクと異なる特異な物理特性を発現することが注目されている。ここで、転位特有の高速パイプ拡散やコットレル効果といった性質を利用し、転位に沿って添加物を1次元的に配列させることができれば、それは1種の1次元ナノ構造となると考えられる。つまり、転位は結晶内部に1次元ナノ構造を創出する媒体となりうると期待される。

 これまで転位の研究は主として構造材料としての視点から行われてきたため、転位自体が有する機能特性に関しては十分に理解されていない。また、転位物性の積極的な利用を目指した研究はほとんどない。そこで本論文では、特有の諸特性をナノスケールで解明するとともに、転位の物性を利用した高機能材料の開発を行うことを目的とする。そのため、代表的なセラミックスであるアルミナの単結晶を用いて、高温変形により形成される転位の組織および原子構造の解析を行うとともに、マクロならびにナノスケールな観点から転位構造の制御を行う。

 結晶の高温変形により導入される転位の密度は、温度やひずみ速度、変形量などの変形条件によって変化することが知られている。しかし、転位の密度を制御することを目的とした研究がなされることはこれまでほとんどなかった。セラミックスや半導体などはぜい性のために転位を高密度に導入することが難しい。したがって、転位を高密度に導入する手法が確立できれば、より広範囲な転位密度制御が可能となる。また、転位の配列や方向性の積極的な制御を試みた研究はこれまでほとんど知られていない。そこで、マクロスケールな転位構造制御として、高密度な転位の導入法と転位線の一方向制御法を開発した。

 転位高密度化のためにアルミナ単結晶を用いて高温圧縮変形試験を行った。試験片を1400℃で予備変形させた後、再度1200℃で変形させた場合、破壊に至ることなくbasalすべりにより変形できることが明らかとなった。これは、予備変形により導入されたすべり転位が結晶のすべり変形を促進したためであると考えられる。こうした2段変形により、アルミナのbasalすべりにとって低温といえる1200℃でのすべり変形が可能となった。その結果、アルミナ結晶中に1.1×109/cm2という高密度なすべり転位を発生させることに成功した。つまり、セラミックス等のぜい性材料に高密度な転位を導入する際、2段変形は非常に有効な手法であるといえる。また、予備変形により結晶中に多数のすべり転位を導入することによって、結晶における双晶形成を抑制できることが明らかとなった。

 また、転位の一方向制御を目的に、上述の2段変形が施されたアルミナ単結晶から切り出した高密度転位を含む薄膜に対し1400℃30分の熱処理を施した。その結果、高密度に存在する転位のほとんどが膜面に対して直立化することが明らかとなった。アルミナの体拡散速度がそれほど高速でない1400℃において、転位が短時間で移動したことは興味深い。この要因としては、高密度転位の大部分がすべり転位でありすべり面とほぼ平行に存在するのですべり運動によって移動可能であること、および転位がすべり面上にない場合にも高速パイプ拡散のため高速に上昇運動可能であることがあげられる。

 ミクロな転位構造制御を行うにあたっては転位構造を詳細に解析する必要がある。そこで、次に、アルミナにおける転位構造を検討するために、変形により導入されるbasal転位についてHRTEM解析を行うとともに、その原子構造を剛体モデルならびにシミュレーションにより検討した。また、basal転位と同様のバーガースベクトルを有する粒界転位が形成される[0001]粒界の転位構造をHRTEMおよび弾性論的立場から解析を行った。

 アルミナにおいて高温下で主すべり系を担うbasal転位の詳細な構造についてはこれまで明らかにされてこなかった。そこで、basal転位を転位線に対して平行な方向から高分解能電子顕微鏡法(HRTEM)により観察を試みた。その結果、basal転位が4-5nmという極めて近い距離に配置された2本の半転位から構成されていることが見出された。basal転位における2つの半転位は、すべり面に対して垂直な分解(上昇分解)を有した構造をしている。また、結晶構造の詳細な検討から、半転位間には常に決まった構造の積層欠陥が形成される。ピーチ・ケーラーの式に基づき、積層欠陥エネルギーを見積もると、約0.27-0.33J/m2であった。上昇分解を有した構造では転位はすべり運動を起こすことができない。したがって、すべり運動停止後に、転位構造はすべり分解から上昇分解へと変化すると予測された。

 アルミナの[0001]方向に沿ったAl-Al間とAl-O間の2種類がbasal転位の上昇分解により形成される半転位のextra half planeの終端面になりうる。そのため、basal転位には3つのパターンの原子構造が考えられることが分かった。そこで、それぞれの構造を格子静力学計算により予測した後に像シミュレーションを行った。その結果、極薄い領域に存在するbasal転位をHRTEM観察できれば、3パターンのいずれが実際の構造となるかが判別できる可能性があることが分かった。アルミナにおいて[1100]入射の完全なHRTEM観察は容易ではないが、basal転位の原子構造は将来的には1つに決定できると期待される。

 [0001]軸周り傾角2°の対称傾角粒界の転位構造をHRTEMにより解析したところ、b=1/3[1120]の粒界転位が2つの半転位に分解していることが分かった。この分解形態は同じくb=1/3[1120]のbasal転位と同様である。したがって、アルミナにおいては、b=1/3[1120]を有する転位は本質的に2つの半転位へと分解して存在していると考えられる。また、転位間の弾性反発力を足し合わせた累積的弾性力が積層欠陥エネルギーと釣り合うと仮定して、分解転位で構成された小角粒界において累積的弾性力を求め、積層欠陥エネルギーを見積もった。その計算値γSF=0.32J/m2は、孤立したbasal転位の分解に基づき計算された値とよい一致を示した。このようにして、累積的弾性力と積層欠陥エネルギーの釣り合いは粒界においても成立することが明らかとなった。すなわち、ここで提案された累積的弾性力の計算法は、分解した転位で構成された小角粒界において、広く適用可能な一般式であることが確認できた。この計算式により、分解転位を含む小角粒界の転位の構造とエネルギーを理論的に予測することが可能となると期待される。

 最後に、ナノスケールでの転位構造制御を考える。金属元素が半導体結晶やイオン結晶において1次元的に配列すれば、その結晶は特異な電気的特性を発現すると考えられている。しかし、金属元素が転位に沿って結晶表面から内部に浸透することが確認されたことはほとんどなかった。これは、転位における偏析現象のスケールが小さく、それゆえに容易に解析できなかったことに起因している。そこで、高密度直立転位を含むアルミナ結晶に金属Tiを意図的に拡散させ、Ti元素を転位に沿って偏析させることを試みた。さらに、走査型プローブ顕微鏡(SPM)のコンタクト電流モードを利用して、転位に沿って偏析したTi元素の電気伝導性を評価した。

 高密度直立転位を有するアルミナ単結晶薄膜に金属Tiを蒸着した後、Ar雰囲気中にて1400℃2時間の熱処理を施した。その結果、basal転位に沿ってTi原子が高濃度かつナノスケールに偏析することが明らかとなった。STEM-EDSを用いた詳細な解析から、Tiの偏析がbasal転位における積層欠陥の極近傍において顕著であり、偏析領域は転位の分解に沿った直径約5nm以下の領域に限定されていることが分かった。これは、コットレル効果の1つである化学的相互作用が強く働いたためであると考えられる。また、TiのL2,3-edgeにおけるELNES(electron-energy loss near edge structure)から、転位におけるTiの化学結合状態はTiO2におけるTi4+に近いことが分かった。

 続いて、SPMを用いた電圧印加電流測定を行った結果、転位に沿った高濃度Ti雰囲気が導電性を有することが明らかとなった。すなわち、高濃度Ti雰囲気は導電性ナノ細線であるといえる。この導電性ナノ細線の伝導率は1×10-1Ω-1・cm-1であり、母材の高純度アルミナに対して1013倍以上高い。このようにして、絶縁結晶中に高密度な1次元導電性ナノ細線束を形成することに成功した。

 以上のように、本論文では、アルミナの転位構造を原子レベルで解明するとともに、転位構造をマクロならびにナノスケールに制御することで、結晶中に転位または溶質元素を一次元的に配列させる手法を提案した。その結果、絶縁体結晶であるアルミナ単結晶中に1次元導電性ナノ細線束を形成することに成功した。これはすなわち、転位に沿って溶質元素を偏析させることによって、バルク結晶に対して母材にない新物性の発現に成功したことを意味する。用いられた手法が塑性変形、蒸着、熱処理と特殊なものではないので、どのような材料に対しても容易に適用可能である。つまり、本手法によって、あらゆる結晶性材料に新たな物性を付与できると思われる。本研究の成果が、将来、透明導電性結晶や一軸方向導電性結晶、結晶内量子細線などの作製を可能とすると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 材料におけるナノスケール構造は、同じ組成・結晶構造であってもバルクと異なる特異な物理特性をしばしば発現する。そのため、新材料および高機能材料の開発を目指したナノ構造の作製が、近年活発に研究されている。本論文では、アルミナの単結晶(サファイア)を対象として、その結晶内部に高密度の転位を導入することによってナノ構造制御の可能性を探求した。転位の構造制御は、系統的な塑性変形と熱処理を駆使して行い、その転位組織変化過程と溶質元素の転位偏析挙動に関する微細構造解析ならびに転位に沿った線状ナノ構造の物性測定を、高分解能透過型電子顕微鏡法(HRTEM)、走査型透過電子顕微鏡法(STEM)、走査型プローブ顕微鏡(SPM)、X線エネルギー分散分光法(EDS)、電子エネルギー損失分光法(EELS)等を用いて行った。その結果、マクロならびにナノスケールでの転位構造制御を行うことで、絶縁体であるアルミナ単結晶中に導電性ナノ構造を作製することが可能であることが明らかとなった。本論文は5章からなる。

 第1章は序論であり、転位の構造と物性およびアルミナ単結晶の塑性に関する研究について概説し、材料開発における転位ならびにアルミナの重要性と有用性について述べている。また、本研究の役割、位置づけ、新規性などとともに本研究の目的について述べている。

 第2章では、マクロスケールな転位構造制御のために、高密度転位の導入法と転位線の一方向制御法の検討を行った。高密度転位を導入するためには、低温で均一な塑性変形を行う必要があるが、より高温で可動転位を導入した後、低温で塑性変形することによりこれが可能であることを明らかにした。すなわち、アルミナ単結晶を1400℃で圧縮変形し可動転位を導入した後、通常は均一な変形が困難な1200℃でのすべり変形が可能となることを示した。その結果、結晶中に1×109/cm2という高密度なすべり転位を導入することに成功した。セラミックス等の脆性材料に高密度な転位を導入する際、こうした2段変形は非常に有効な手法である。次に、高密度転位が導入された結晶から切り出された薄膜に熱処理を施し、高密度転位の大部分を膜面に対して直立化させた。このようにして、アルミナ単結晶中に一次元に配向した高密度転位を導入することに成功した。

 第3章では、高温でのすべり変形により導入されるbasal転位について、主としてHRTEMを用いた構造解析が行なわれている。その結果、basal転位を転位線に対して平行な方向から観察し、basal転位が4-5nmという極めて近い距離に配置された2本の半転位から構成されていることが見出された。これら2つの半転位は、すべり面に対して垂直な分解(上昇分解)を有した構造をしている。また、結晶構造の詳細な検討から、半転位間には常に決まった構造の積層欠陥が形成されることが分かった。このような上昇分解を有した構造では転位はすべり運動を起こすことができない。したがって、すべり運動停止後に、basal転位の構造は、すべり分解から上昇分解へと変化することを予測している。

 第4章では、高密度直立転位を含むアルミナ結晶に金属Tiを意図的に拡散させ、Ti元素を転位に沿って偏析させることが試みられている。さらに、SPMのコンタクト電流モードを利用して、偏析処理後におけるアルミナ単結晶の電気伝導性評価が行われている。ます、STEM-EDSによる解析より、金属Tiを拡散させて試料においては転位に沿ってTi原子が高濃度かつ直径5nm程度のナノスケールで1次元的に偏析することが明らかにされた。また、転位におけるTiの化学結合状態は、TiのL2,3-edgeにおけるELNES (electron-energy loss near edge structure)から、TiO2におけるTi4+に近いことが確認された。次に、SPMを用いた電圧印加電流測定より、転位に沿った高濃度Ti雰囲気が導電性を有することが明らかとされた。すなわち、高濃度Ti雰囲気は導電性ナノ細線であることが確認された。この導電性ナノ細線の伝導率は1×10-1Ω-1・cm-1であり、母材の高純度アルミナに対して1013倍以上高い。このようにして、絶縁結晶中に高密度な1次元導電性ナノ細線束を形成することに成功している。

 第5章は総括であり、本論文全体の成果がまとめられている。

 以上を要約すると、本論文では、アルミナの転位構造を原子レベルで解明するとともに、転位構造をマクロならびにナノスケールに制御することで、結晶中に転位または溶質元素を1次元的に配列させる新しい手法を提案した。その結果、絶縁体結晶であるアルミナ単結晶中に1次元導電性ナノ細線束を形成することに成功した。これはすなわち、転位に沿って溶質元素を偏析させることによって、バルク結晶に対して母材にない新物性の発現をもたらしたことを示している。本研究で用いた手法は、塑性変形、蒸着、熱処理を駆使するものであるが、どのような材料に対しても容易に適用可能である。つまり、本手法は、あらゆる結晶性材料に新たな物性を付与できる可能性を示唆したものといえる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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