学位論文要旨



No 118052
著者(漢字) 松村,功徳
著者(英字)
著者(カナ) マツムラ,カツノリ
標題(和) ガラス粒子分散オプティカル複合材料の透明性評価手法
標題(洋)
報告番号 118052
報告番号 甲18052
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5510号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 助教授 井上,博之
 東京大学 助教授 近藤,高志
内容要旨 要旨を表示する

第1章緒言

 ポリマーやガラスといった可視光を透過する材料は、弾性率や熱膨張係数等の光学特性以外に関して、材料単体では利用できる特性に限界がある。光を通す材料を複合化し、光学特性を犠牲にせずに他の特性を付与したオプティカル複合材料は、単体材料では得られない材料特性の組み合わせを持つ材料として期待されている。現在までに、構造材料への利用を目的として繊維や粒子をプラスチックやセラミックスと複合化した材料が報告されている。

 これらのオプティカル複合材料は構成材料間の屈折率差とその分布によって材料中で光が散乱され、散乱による光透過性の低下を避けることが重要である。これまでに光透過率を大きくするための複合化指針が報告され、大きな透過率を持つ複合材料が得られているが、散乱されずに材料中を透過する光を反映する「透明性」が十分でないという新たな問題が生じている。この理由から、透明性を定量的に評価し、それを改善する手法が求められているが、透明性評価には透過率以外の指針がなく、新たな手法の開発が必要である。

 本章ではこれらの結果を踏まえ、複合材料の透明性に影響を及ぼす因子を明らかにし、その原因を検出する手法を確立することを本論文の第一の目的とした。ついで、この検出手法を用いて複合材料の透明性に影響を及ぼす因子を定量的に評価し、散乱されて透過した光と散乱されずに透過した光を分離して複合材料の透明性を評価する手法を確立することを目的とした。

第2章複合材料中での光散乱の観察と透過率測定

 第2章では、複合材料の透明性低下の原因を明らかにすることを目的として、複合材料の作製、光透過現象の観察、透過率測定を行った。

 素材間の屈折率差は〜10-2オーダーのSiO2粒子分散エポキシ複合材料を粒子体積率0〜0.012の範囲で変化させて作製した。複合材料の外観の観察には、試料を台紙の上に直接置いた場合と台紙から〜20mm離した場合の観察を行った。光伝播観察として、試料側面に波長λ=873nmの半導体レーザーを照射し、試料中の散乱現象を観察した。また、試料表面にλ=633nmのHe-Neレーザーを照射し、試料透過光パターンを観察した。全透過率・直線透過率の測定も行った。

 試料を台紙に直接置いた場合、エポキシ単体、複合材料ともに文字が明瞭に読み取れる。一方、試料を台紙から離すとエポキシ単体では文字が認識できるが、複合材料では粒子体積率の増加に伴い文字がぼやけ識別が困難になった。光透過現象の観察の結果、エポキシ単体中で光が直進し透過光パターンも広がりを示さない。複合材料中で光は空間的な広がりを伴って進み、透過光パターンはぼやけて空間的な広がりを示した。

 エポキシ単体、複合材料の全透過率は、λ>400nmで=90%を示す。直線透過率はエポキシ単体で同じく高いものの、複合材料ではfpとともに大きく低下した。

 以上の結果から、複合材料の透明性は光散乱が原因で低下し、透明性評価には透過光量よりも材料中での散乱過程を知る必要があることが明らかとなった。

第3章複合材料中での光散乱シミュレーション

 第2章で示されたように、複合材料を透過した光は散乱の影響を強く受けている。しかし、材料中で微視的な光の挙動を実験的に検出する手法はなく、散乱現象自体にも不明な点が多い。そこで、複合材料中での光散乱挙動を知るために、材料中の波長オーダー領域における光散乱シミュレーションを行った。

 複合材料中の散乱は複合化相の大きさや複合化相間の散乱を考慮する必要があるため、Maxwell方程式に基づく時間領域有限要素法を用いた。材料モデルを800×1500の要素に分割し、各要素の電場が定常状態に達するまで計算を繰り返して振幅・位相分布を得た。材料中に直径1.6μmの繊維相をランダムに分散させ、λ=873nmの平面波を一方向から入射させた。

 複合材料中を進む光は繊維に散乱され、局所的な振幅と位相の乱れが生じた。繊維に散乱された光は特定の方向に高い振幅を示し、別の繊維に散乱されると散乱光の方向が変化した。振幅分布から、光の経路が散乱により変化し、繊維分布に影響されることがわかった。同様に、散乱の相互社用により位相の乱れが生じ、位相分布が繊維の配置により大きく影響を受けた。この結果、複合材料中の光散乱は繊維の数や分布により光の経路と位相の変化を生じ、光は時間的に一様でない時間的な広がりの現象が確認できた。

第4章ピコ秒パルスを利用した光経路の評価手法

 第3章の結果、光は経路と位相の変化を伴って複合材料中を進むことがわかった。このことは、材料を透過した光の経路と位相を検出できれば、散乱されて透過した光と散乱されずに透過した光を区別でき、透明性評価に利用できることを示している。

 透光性材料中を光は1psで-200μm進むため、ピコ秒パルスを用いた光経路検出手法が考えられる。本章では、ピコ秒パルス法を用い、試験片の透過パルス波形を測定した。半導体パルスレーザーを試験片に垂直に照射し、サンプリング型ストリークカメラで透過パルス波形の測定を行った。計測系のドリフトを除去するため参照波を導入して同時に計測した。

 エポキシ単体の透過光に比べ、複合材料を透過した光は粒子体積率の増加に伴い強度が低下した。また、エポキシ単体と複合材料を透過したパルスでは波形の変化が観測された。波形変化の指標として、透過波形のピーク強度<I>と、規格化半値幅<△t>FWHMを導入した。粒子体積率の増加に伴い透過波形ピーク強度は減少し、規格化した半値幅は増加した。第3章の結果から材料中で散乱された光は経路が変化し、遅れの生じた透過光はピーク強度に対する寄与は少ない。従って、散乱されずに直進して試験片を透過した光は、<I>を用いて定量的に評価できる。一方、材料中で散乱が多くなれば、光経路のばらつきは増加するため、<△t>FWHMは光散乱の指標として利用できることが明らかになった。

第5章空間分解型ピコ秒パルス法による光経路の定量的評価

 第4章の結果から、複合材料中の光は経路の増加に伴う時間的な広がりを示し、また、第2章の結果から、光は空間的な広がりを示すことがわかった。時間的な広がりを考慮すれば複合材料中の散乱を光の経路を利用して評価することができると考えられる。そこで、本章では時間的な広がりと空間的な広がりを同時に計測する手法として、空間分解型ピコ秒パルス法を提案した。

 ピコ秒パルス法にアパーチャーを加えた装置を作製した。アパーチャーの径を変えて直線的に透過する光IA(t)と広がって透過する光IB(t)を求めた。

 エポキシ単体では、IA(t)は大きく、IB(t)は小さい。複合材料では、IA(t)が低下し、IB(t)が増加した。これは、第2章で示した材料中での光の空間的広がりが原因であると考えられる。透過光波形の形状に着目すると、IA(t)はピーク位置がほぼ一定であるのに対し、IB(t)は粒子体積率の増加に伴ってピーク位置の遅れがみられる。散乱により経路が変化した光は、経路変化に対応した遅れが生じるため、IB(t)の変化は光経路の増加に対応したものである。透過波形のピーク位置から最頻の経路変化を求めた。直線的に透過する光は遅れがほぼゼロなのに対し、広がりを生じた光は散乱の増加に伴い経路が増加していることが定量的に明らかになった。

第6章透過波面の位相分布測定手法

 第3章の結果は材料を透過した光の位相が変化することを示している。複合材料を透過した光は散乱された様々な位相をもつ光の重ねあわせである。本章では、複合材料を透過した光の位相変化を知るために、干渉計を時間的に変動させる手法を用い、複合材料の透過波面の位相分布測定を行った。

 He-Neレーザーの径を拡大して平面波に近づけ、試験片に垂直に入射させた。試験片を透過した光の直交偏光成分を2枚の干渉板の表面と背面で反射した。干渉板を微小振動させ、反射光による干渉縞強度の変化をCCDで計測し、位相ψを求めた。大気中を透過した光の位相との差△ψにより光散乱の影響を評価した。

 エポキシ単体を透過した光では、平滑な波面が計測された。波面の歪は、密度揺らぎによるRayleigh散乱が原因であると考えられる。複合材料を透過した波面は、光軸部分が遅れた不均一なカップ型形状を示した。粒子体積率が大きくなると形状の歪が大きくなり、波形中央部分と周辺部分の位相差が増加した。この位相差は材料中での光の広がりによるものと考えられ、透過波面の位相分布は材料中での光散乱に起因している。

 透過波面位相分布測定法により、従来は困難であった散乱による位相変化の分布を評価できることが示された。

第7章総括

 本論文の研究結果を総括し、次の結論を得た。

(1)ガラス粒子分散複合材料中で光は空間的に広がりながら材料を透過することが確認された。

(2)複合材料中での光散乱によって光の経路と位相は変化し、光の時間的な広がりが生じることがわかった。

(3)ピコ秒パルス法を用いて、非散乱透過光と散乱量を定量的に評価できることを示した。

(4)空間分解型ピコ秒パルス法を用いて、光経路の変化を定量的に評価することができた。

(5)干渉型位相波面計測装置を用いて、材料中の光散乱による位相分布を検出できることを示した。

 以上のように、本研究では複合材料の透明性の問題を明らかにし、時間的パラメーターとして光の経路と位相を利用した手法を提案し、散乱を考慮した複合材料の「透明性」評価の可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 可視光を通す材料を複合化し、光学特性を犠牲にせずに他の特性を付与したオプティカル複合材料は、単体材料では得られない材料特性の組み合わせを持つ材料として期待されている。現在、実用的に十分な光透過率を持つ複合材料は得られているが、散乱されずに材料中を透過する光を反映する「透明性」に対する評価が十分でないという新たな問題が生じている。本論文はオプティカル複合材料の透明性を定量的に評価するため新たな手法を提案したものであり、全7章からなる。

 第1章は序論であり、オプティカル複合材料の研究分野で透明性の評価手法を確立することが新たな材料開発には必要であることを、従来の研究成果をもとに明らかにし、本論文の目的を明確にするとともに、オプティカル複合材料で求められている透明性評価への期待を述べている。

 第2章では、複合材料中での光散乱の観察と透過率測定を通して複合材料の透明性評価の必要性を実験的に示した。まず、複合材料の透明性低下の原因を明らかにするために、論文全体で用いるガラス粒子分散エポキシ複合材料の製造方法を決定した。マトリックスとの屈折率差が10-2オーダーで直径1.6μmの球状ガラス粒子を体積率0.012までの範囲で変化させて複合材料を作製した。複合材料を台紙に直接置いた場合、エポキシ単体、複合材料ともに文字が明瞭に読み取れるが、複合材料を台紙から離すと複合材料では文字がぼやけて見えることを示した。この現象は複合材料中で光は空間的な広がりを伴って進むために生じることをレーザー照射による複合材料中を伝播する光の様子や透過光のパターンを観察することにより示した。従来から透過率の評価に用いられている全透過率と直線透過率の結果を、観察した複合材料中の光散乱をもとに考察し、透明性評価には透過光量よりも材料中での散乱過程を知る必要があるという結論を得た。

 第3章では、複合材料中での光散乱挙動を知るために、材料中での光散乱シミュレーションを行った。Maxwell方程式に基づく時間領域有限要素法を用い、円形断面を持つ繊維状材料が複合化された二次元モデルを用い、材料中の局所的な光の振幅・位相分布を求めた。複合材料中を進む光は繊維に散乱され、局所的な振幅と位相の乱れが生じることを明らかにした。また、繊維に散乱された光は特定の方向に高い振幅を示し、別の繊維に散乱されると散乱光の方向が変化することも明らかにした。これらの結果より、複合材料中の光散乱は繊維の数や分布により光の経路と位相の変化を生じ、光は時間的に一様でない時間的な広がりの現象が生じることを確認した。

 第4章では、ピコ秒パルスを利用した光経路の評価手法を述べた。ピコ秒パルスを用いた安定性の良い光経路検出手法を考案した。半値幅が40psの半導体パルスレーザーを複合材料に照射し、サンプリング型ストリークカメラを用いて透過パルス波形の測定を行った。複合材料を透過した光は粒子体積率の増加に伴い強度が低下するとともにパルス波形の変化が生じた。波形変化の指標として、透過波形のピーク強度<I>と、規格化半値幅<△t>FWHMを導入し、材料中を散乱されずに直進した光は<I>を用いて定量的に評価でき、散乱の大小は<△t>FWHMが指標として利用できることを示した。

 第5章では、空間分解型ピコ秒パルス法による光経路の定量的評価を行った。まず、時間的な広がりと空間的な広がりを同時に計測する手法として、空間分解型ピコ秒パルス法を提案した。第4章で用いたピコ秒パルス法にアパーチャーを加え、直線的に透過する光IA(t)と広がって透過する光IB(t)を分離して求めた。複合材料を透過した光では、IA(t)が低下し、IB(t)が増加した。また、透過パルス光のIA(t)はピーク位置がほぼ一定であるのに対し、IB(t)は粒子体積率の増加に伴って数10psのピーク位置の遅れがみられた。これらの結果から、材料中で広がりを生じた光は散乱の増加に伴い試料厚さのオーダーで経路が増加していることを定量的に明らかにした。

 第6章では、複合材料を透過した光の位相変化を測定した。干渉計を時間的に変動させる手法を開発し、複合材料に平面波としたHe-Neレーザーを入射させ、透過光の位相を求めた。複合材料を透過した波面は、光軸部分が遅れた不均一なカップ型形状を示し、粒子体積率が大きくなるとカップの凸部が大きくなり、波形中央部分と周辺部分の位相差が波長オーダーで増加することを明らかにした。また、この位相分布が材料中での光散乱に起因していることを示した。透過波面位相分布測定法により、従来は困難であったオプティカル複合材料中の光散乱による位相変化の分布を評価できることを初めて示した。

 第7章は総括であり、本論文の結果をまとめている。要するに、本論文は、ガラス粒子分散オプティカル複合材料中で生じる光散乱を従来とは異なる新たな手法を持って明らかにし、その手法を透明性の評価に利用する有効性を実験的に検証したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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